13 / 63
東京公演編
-13-
しおりを挟む
それぞれの義のもと、親友同士の生死をかけた戦いに、稽古場じゅうが固唾飲んで見守っている。
さすがはオリジナル・メンバーというだけのことはあって、トージもケイも役への解釈やのめり方が神がかりだった。
数回剣を交えたあと、暁と斐ノ介は木材を組んで作った稽古場用のセットに上り、そして斐ノ介は上段にいる親友を見つめつつ、そこから一段一段ゆっくり下りるという動きがつけられている。
ところが――
「ヒラン!」
ジャンプして切りかかってくるはずのトージが剣を捨て、こちらに向かって手を伸ばしている。
しまった、とケイが我に返るも時すでに遅く、体が傾いたと思ったら、足首にツキンッとした痛みが走った。
平台から足を踏み外したのである。
演出家から大丈夫かという声が飛んでくる。
スタッフがすばやく救急箱を取りに走る。
共演者たちも駆け寄ってくる。
稽古場は騒然となった。
「だいじょうぶです。軽く捻っただけですから」
すみません、とケイは床に座ったまま頭を下げた。
自己管理はプロの本分。基本中の基本。
怪我なんて言語道断だ。
東京公演初日まであと三日。
もっとも気を引き締めなければいけない時期の怪我は、どれほどカンパニーに迷惑をかけるか。
おまけにケイは初演に続けての出演であるオリジナル・メンバー。
年齢からすれば「年少組」に数えられようとも、今回新たに参加したキャストたちから頼られる立場である。それなのにこの体たらくでは示しがつかない。
ケイの胸のうちで悔しく思う気持ちと、プロとして恥ずかしく感じる気持ちがないまぜになって、涙腺を刺激した。
だけど泣いてはいけない。
少なくとも今、涙を流す甘えを自分に許してはいけない。
トージが慎重な手つきでケイの靴を脱がし、靴下をも脱がしているのを見ながら、ケイはひとまず自分の感情を腹の底に押し込んだ。
右足の踝あたりが赤く腫れあがっている。
救急箱を持ってきたスタッフが、患部に冷却スプレーをかけ、湿布をあてる。
「包帯は俺がやります」
そう言ってトージは有無を言わさず、慣れた手つきで丁寧に包帯を巻いていった。
ケイは少し驚いたが、黙って恋人の好きなようにさせた。
ケイの自己診断どおり、軽い捻挫のようだった。
それがわかると稽古場の緊張感も緩み、演出家から十分の休憩が告げられる。
「暁と斐ノ介のシーンはとばす。休憩明けはその次から最後まで通すぞ」
そしてアンダーキャストが呼ばれ、ケイの代わりを務めるよう言われた。
ケイはそのままスタッフに付き添われ、近くの病院に行くことになった。
誰の手も借りず、ひょこひょこと稽古場をあとにするケイ。
去り際、一瞬だけトージと目が合う。
心配するなと無言で伝えてやる。
トージも頷いて応える。
その力強い真っ直ぐな眼差しは、斐ノ介はおまえしかいない、俺の相棒はおまえだけだと言っていた。
ケイは、胸の中のもやもやが少し晴れたような気分になった。
さすがはオリジナル・メンバーというだけのことはあって、トージもケイも役への解釈やのめり方が神がかりだった。
数回剣を交えたあと、暁と斐ノ介は木材を組んで作った稽古場用のセットに上り、そして斐ノ介は上段にいる親友を見つめつつ、そこから一段一段ゆっくり下りるという動きがつけられている。
ところが――
「ヒラン!」
ジャンプして切りかかってくるはずのトージが剣を捨て、こちらに向かって手を伸ばしている。
しまった、とケイが我に返るも時すでに遅く、体が傾いたと思ったら、足首にツキンッとした痛みが走った。
平台から足を踏み外したのである。
演出家から大丈夫かという声が飛んでくる。
スタッフがすばやく救急箱を取りに走る。
共演者たちも駆け寄ってくる。
稽古場は騒然となった。
「だいじょうぶです。軽く捻っただけですから」
すみません、とケイは床に座ったまま頭を下げた。
自己管理はプロの本分。基本中の基本。
怪我なんて言語道断だ。
東京公演初日まであと三日。
もっとも気を引き締めなければいけない時期の怪我は、どれほどカンパニーに迷惑をかけるか。
おまけにケイは初演に続けての出演であるオリジナル・メンバー。
年齢からすれば「年少組」に数えられようとも、今回新たに参加したキャストたちから頼られる立場である。それなのにこの体たらくでは示しがつかない。
ケイの胸のうちで悔しく思う気持ちと、プロとして恥ずかしく感じる気持ちがないまぜになって、涙腺を刺激した。
だけど泣いてはいけない。
少なくとも今、涙を流す甘えを自分に許してはいけない。
トージが慎重な手つきでケイの靴を脱がし、靴下をも脱がしているのを見ながら、ケイはひとまず自分の感情を腹の底に押し込んだ。
右足の踝あたりが赤く腫れあがっている。
救急箱を持ってきたスタッフが、患部に冷却スプレーをかけ、湿布をあてる。
「包帯は俺がやります」
そう言ってトージは有無を言わさず、慣れた手つきで丁寧に包帯を巻いていった。
ケイは少し驚いたが、黙って恋人の好きなようにさせた。
ケイの自己診断どおり、軽い捻挫のようだった。
それがわかると稽古場の緊張感も緩み、演出家から十分の休憩が告げられる。
「暁と斐ノ介のシーンはとばす。休憩明けはその次から最後まで通すぞ」
そしてアンダーキャストが呼ばれ、ケイの代わりを務めるよう言われた。
ケイはそのままスタッフに付き添われ、近くの病院に行くことになった。
誰の手も借りず、ひょこひょこと稽古場をあとにするケイ。
去り際、一瞬だけトージと目が合う。
心配するなと無言で伝えてやる。
トージも頷いて応える。
その力強い真っ直ぐな眼差しは、斐ノ介はおまえしかいない、俺の相棒はおまえだけだと言っていた。
ケイは、胸の中のもやもやが少し晴れたような気分になった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・不定期
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
すれ違いがちなヒカルくんは愛され過ぎてる
蓮恭
BL
幼い頃から自然が好きな男子高校生、宗岡光(ヒカル)は高校入学後に仲間と自然を満喫したいという思いから山岳部へ入部する。
運動音痴なヒカルは思いのほか厳しい活動内容についていけず、ある日ランニング中に倒れてしまう。
気を失ったヒカルが見たのは異世界の記憶。買い物中に出会った親切な男が、異世界ではヒカルことシャルロッテが心から愛した夫、カイルだったのだと思い出す。
失神から目が覚めたヒカルの前には、記憶の中のカイルと同じ男がいた。彼は佐々木賢太郎、ヒカルの同級生で山岳部の部員だと言う。早速ヒカルは記憶が戻った事を賢太郎に話した。
過去に仲睦まじい夫婦であったという記憶を取り戻したからなのか、ヒカルは賢太郎の事を強く意識するようになる。
だが現代での二人はただの同級生で男同士、これから二人の関係をどうするのか、賢太郎の言葉だけでははっきりと分からないままその日は別れた。
溢れた想いを堪えきれずについDMで好きだと伝えたヒカルだったが、賢太郎からの返信は無く、酷く後悔することに。
主人公ヒカルをはじめとした、登場人物たちの勘違いによって巻き起こる、すれ違いストーリーの結末は……?
幸せのカタチ
杏西モジコ
BL
幼馴染の須藤祥太に想いを寄せていた唐木幸介。ある日、祥太に呼び出されると結婚の報告をされ、その長年の想いは告げる前に玉砕する。ショックのあまり、その足でやけ酒に溺れた幸介が翌朝目覚めると、そこは見知らぬ青年、福島律也の自宅だった……。
拗れた片想いになかなか決着をつけられないサラリーマンが、新しい幸せに向かうお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる