17 / 18
最終話
-3-
しおりを挟む
ヴァンパイアを親とし、師とした子供は、十六歳を迎えた。
数年前まで、まともに言葉も話せなかったことが嘘かのように、何ヵ国もの言語を自由に操り、大人すら舌を巻くほどの知識を身につけていた。
産み母のことについては、少年が世の理を解するようになった頃、ヴァンパイアから真実を告げられた(ヴァンパイアのほうは命乞いする村人から、生贄にと少年のことを勝手にべらべらとしゃべって聞かされた)。復讐する相手はすでにないが、それでも人間社会に戻るなら好きにしていいと言う。
少年は選んだ。
否。
選ぶまでもなかった。
だから今もこうして、相変わらずヴァンパイアと行動をともにし、ヴァンパイアのために日々過ごしている。
十六歳になった夜、少年は改めてヴァンパイアに呼ばれた。
そうして聞かされたのはヴァンパイアの身の上話で、なんと自分と年齢の近いダンピールの息子がいるというではないか。
ヴァンパイアは続ける。
「私はあの子に何もしてやれなかった。あの子の母親を奪い、卑怯にも逃げた私自身によって、父親をも奪った。私の罪は許されない。私は私を罰さなければならない。だから永遠にあの子には会わないと誓った」
そう言ったヴァンパイアの表情を、ミロは生涯忘れられない。
貴族の称号に相応しく、凄絶な美貌と長者の貫禄を備え、何者にも頭を垂れず、常に他者をその足もとにひれ伏させてきた超然孤高の魔物が、息子を不幸にしたと項垂れ、罪の意識に苛まれ苦しんでいる。
ミロには信じられなかった。
たかだか子供一人のために、ヴァンパイアがこんな姿を見せるなんて。
ミロにはわからなかった。
両親を知らずに育った少年には、親の悲嘆など想像の範疇になかった。
だからその息子に興味が湧いた。
いったいどんな子なのだろう。
自分と年齢が近いなら、一人取り残されたその子は、どうやって生き伸びてきたのだろう。
ミロにはヴァンパイアがいた。
本当ならその子に与えられるべきものが、ミロに与えられた。
これ知ったら、自分は恨まれるのだろうか。憎まれるのだろうか。殺されるのだろうか。
「しかしそれでも私はあの子を愛している。――ミロ。私はあの子におまえを残すことにした」
何を言われたのかわからなかった。
残すとはいったいどういう意味だ。
ミロは無言でヴァンパイアに問いかける。
そうして聞かされたのはダンピールの悲しいサガだった。
ヴァンパイアから忌み嫌われ、人間から恐れられ、どちらの血をもその体内に受け継いでいながら、どちらからも受け容れられることはない。
いつ果てるとも知れぬ命をただゆっくりと消費し、世界という名の牢獄をたった一人で彷徨う。
孤独しか許されない運命にあるからこそ、孤独な一生を過ごして欲しくない。
愛しい息子に友を与えたい。
子供から大事な両親を奪った父親の、それが残された唯一の親心だった。
「来なさい」
少年は言われるまま近づく。
ヴァンパイアは椅子から立ち上がり、養い子の月光色の髪を指で梳き、首筋を撫でた。
「おまえの血に、私の力をほんの少し与える。そうすればおまえはヴァンパイアと同じ長い命と、人間には持ち得ない能力を持つことになる。そしていつか、おまえと出会ったあの子はおまえの中の私に気づき、そうしておまえに気づく」
「マスター」
「安心しなさい。だからといって、決しておまえをヴァンパイアにするのではない。人間でもなくなるが、ヴァンパイアにもならない」
少年は養い親の双眸を見つめた。
「おまえはあの子だけのものになる」
琥珀色の一対から揺らぎは見出せない。
「あの子だけを愛してくれ」
その悲しいほどの懇願に、――やがて小さく頷く。
「イェス、マスター」
ヴァンパイアが愛しているダンピールの子。
生きているなら、会ってみたい。
会いに行くまで、どうか生きていてほしい。
絶対見つけるから。
決して独りにはしないから。
だから……待っていてほしい。
――迫りくる牙に身を委ね、ミロは、目を閉じた。
数年前まで、まともに言葉も話せなかったことが嘘かのように、何ヵ国もの言語を自由に操り、大人すら舌を巻くほどの知識を身につけていた。
産み母のことについては、少年が世の理を解するようになった頃、ヴァンパイアから真実を告げられた(ヴァンパイアのほうは命乞いする村人から、生贄にと少年のことを勝手にべらべらとしゃべって聞かされた)。復讐する相手はすでにないが、それでも人間社会に戻るなら好きにしていいと言う。
少年は選んだ。
否。
選ぶまでもなかった。
だから今もこうして、相変わらずヴァンパイアと行動をともにし、ヴァンパイアのために日々過ごしている。
十六歳になった夜、少年は改めてヴァンパイアに呼ばれた。
そうして聞かされたのはヴァンパイアの身の上話で、なんと自分と年齢の近いダンピールの息子がいるというではないか。
ヴァンパイアは続ける。
「私はあの子に何もしてやれなかった。あの子の母親を奪い、卑怯にも逃げた私自身によって、父親をも奪った。私の罪は許されない。私は私を罰さなければならない。だから永遠にあの子には会わないと誓った」
そう言ったヴァンパイアの表情を、ミロは生涯忘れられない。
貴族の称号に相応しく、凄絶な美貌と長者の貫禄を備え、何者にも頭を垂れず、常に他者をその足もとにひれ伏させてきた超然孤高の魔物が、息子を不幸にしたと項垂れ、罪の意識に苛まれ苦しんでいる。
ミロには信じられなかった。
たかだか子供一人のために、ヴァンパイアがこんな姿を見せるなんて。
ミロにはわからなかった。
両親を知らずに育った少年には、親の悲嘆など想像の範疇になかった。
だからその息子に興味が湧いた。
いったいどんな子なのだろう。
自分と年齢が近いなら、一人取り残されたその子は、どうやって生き伸びてきたのだろう。
ミロにはヴァンパイアがいた。
本当ならその子に与えられるべきものが、ミロに与えられた。
これ知ったら、自分は恨まれるのだろうか。憎まれるのだろうか。殺されるのだろうか。
「しかしそれでも私はあの子を愛している。――ミロ。私はあの子におまえを残すことにした」
何を言われたのかわからなかった。
残すとはいったいどういう意味だ。
ミロは無言でヴァンパイアに問いかける。
そうして聞かされたのはダンピールの悲しいサガだった。
ヴァンパイアから忌み嫌われ、人間から恐れられ、どちらの血をもその体内に受け継いでいながら、どちらからも受け容れられることはない。
いつ果てるとも知れぬ命をただゆっくりと消費し、世界という名の牢獄をたった一人で彷徨う。
孤独しか許されない運命にあるからこそ、孤独な一生を過ごして欲しくない。
愛しい息子に友を与えたい。
子供から大事な両親を奪った父親の、それが残された唯一の親心だった。
「来なさい」
少年は言われるまま近づく。
ヴァンパイアは椅子から立ち上がり、養い子の月光色の髪を指で梳き、首筋を撫でた。
「おまえの血に、私の力をほんの少し与える。そうすればおまえはヴァンパイアと同じ長い命と、人間には持ち得ない能力を持つことになる。そしていつか、おまえと出会ったあの子はおまえの中の私に気づき、そうしておまえに気づく」
「マスター」
「安心しなさい。だからといって、決しておまえをヴァンパイアにするのではない。人間でもなくなるが、ヴァンパイアにもならない」
少年は養い親の双眸を見つめた。
「おまえはあの子だけのものになる」
琥珀色の一対から揺らぎは見出せない。
「あの子だけを愛してくれ」
その悲しいほどの懇願に、――やがて小さく頷く。
「イェス、マスター」
ヴァンパイアが愛しているダンピールの子。
生きているなら、会ってみたい。
会いに行くまで、どうか生きていてほしい。
絶対見つけるから。
決して独りにはしないから。
だから……待っていてほしい。
――迫りくる牙に身を委ね、ミロは、目を閉じた。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。


王道にはしたくないので
八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉
幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。
これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。
絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!
toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」
「すいません……」
ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪
一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。
作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる