とわに

空居アオ

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第3話

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「びっくりした?」

 数分前とまったく同じセリフを、まったく同じ表情で神父は言う。
 しかしリュシアンにそこまで考える余裕はなかった。
 自分で突き飛ばしたにもかかわらず、愉しそうに笑う眼前のヴァンパイア・ハンターを、今度は思いっきり引き寄せ、中の白いシャツごと、彼を覆う黒の僧衣を引き裂いた。
 そしてなんの躊躇いもなくその白い首に食らいつくのだった。

「はあぁ………」

 神父の口から吐息がもれる。
 含み笑いが混じっているその声に、リュシアンはいくらも味わっていない首から牙を引き抜く。

「なぜ――」

 まさに絶句して立ち尽くすリュシアンに、神父は首から血を流したまま、親しげに腕を伸ばした。

「あんただ」

 探した。
 そう言ってヴァンパイア・ハンターは、ヴァンパイアの眷属であるダンピールの頬を両手で包み込んだ。
 近づいてくる顔を呆然と見つめるリュシアンにかまわず、愛しげに唇を重ねる。
 最前の奪い合うものではなく、近しい人――もっとはっきりいえば恋人にするような、やさしいキスを繰り返した。

「見つけた」

 永遠に見つけられないものを探し当てた安堵。

「やっと見つけた」

 引き離された唯一の半身を取り戻した歓喜。

「もう離さねえ」

 そんな神父のなすがままのリュシアンは、ぽつりと問う。

「あなたは誰」
「ミロ」
「――お父さま?」

 そう口から押し出すには、思っていた以上に努力が必要だった。



 かつて一人、貴族と呼ばれる高位のヴァンパイアがいた。
 ヴァンパイアは人間の女性を愛し、愛され、そうして生まれたのがダンピールのリュシアン・ジン。
 リュシアンがまだ幼い頃、父親は血の暴走によって発狂し、最愛の女性をその血の赴くままに殺した。
 以来、行方不明。
 生死すら不明だが、何しろ魔物の中でも最強クラスのヴァンパイアである。そう簡単には死なないだろうと息子は思っていた。

 その父親の痕跡が、ミロ・アレオッティ――よりにもよって敵であるヴァンパイア・ハンターの血の中にあった。



「どういうことですか」

 言葉遣いは丁寧でも、ダンピールの口調は詰問以外の何ものでもない。
 目が爛々と輝いていることといい、牙が伸びたままになっていることといい、完全に臨戦態勢に入っている。引っ込んでいた爪もいつの間にかまた伸びていた。
 目の前に立っているのが、ついさっきまで欲しくて欲しくてたまらなかった相手なのに、もはやそのことを忘れている様子だった。

「あなたは誰ですか」

 同じ質問に、しかし神父は苛立つことなく、同じ口調で答えた。

「ミロ」
「何故あなたの血にお父さまの痕跡があるのです」
「そりゃあ噛まれたからだ」
「でもあなたはヴァンパイアではない」
「違うねぇ」
「――…」

 言葉を探しあぐねるリュシアンの前で、ミロは眼帯を外す。
 現れた左目は、息子がよく知る父親の色だった。
 磨かれた琥珀のような輝きは、血よりももっと、かのヴァンパイアに連なる顕著な証拠であった。

「リュシアン……」

 我慢できないといったふうに、ミロはリュシアンをかき抱いた。

「本物、だな」
「え?」
「探したんだ。何年も何十年も、ずっと。もう見つからねえって何回も諦めようとした。けど、諦めないでよかった」

 耳もとで搾り出すようにささやかれる。
 少しかすれたような声が、棘で武装したリュシアンの心を宥め、慰めた。
 ポツポツと棘が落ちていくにつれ、ミロの肩が微かに震えていることに気づいた。
 それは喜びからなのか、悲しみからなのかはわからない。
 けれどもリュシアンをずっと探し求めていたと、そう全身を使ってぶつかってくるこの男から、嘘は感じられなかった。

 リュシアンは小さく嘆息した。
 不思議なことに、あれほど波打っていた感情が穏やかになっている。
 自分の肩口に顔をうずめ、髪や首筋、外気に触れている肌へ余すことなく、何度も何度もキスを落としていく男は、彼自身の生業も、彼が抱きしめているものの正体も、ましてやダンピールの牙で穿たれた傷でさえも、まったく気に留めていない。
 さながら子供のようにリュシアンを求め、リュシアンの存在を確かめ、絶対に逃がさないとばかりに捕まえて離さない。

 揺れる月光色の髪が傷口をかすめ、ところどころ血の赤がついている。
 せっかく綺麗なのにもったいないと、リュシアンはそこへ指を通した。
 露わになった傷に、お返しとばかりに舌を這わせる。
 癒すように傷の周りを舐め、清めるように血を舐め取ると、静かに言った。

「教えてください。あなたのこと」


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