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第3話
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「びっくりした?」
まるで悪戯に成功した子供のような表情で神父が笑う。
あまりにも邪気がなく、長い髪も相まって、一瞬天使が立っているのではないかと錯覚しそうになった。
衝撃がまだ尾を引いているせいで、神父を凝視したまま動けないリュシアンは、その隙をつかれ、欠片の洒落っ気もない眼鏡を丁寧にはずされた。そして反対に乱雑な動作でポイッと草むらに放り捨てられた。
「あなた」
やっとの思いで言葉を喉から押し出す。
「ただのヴァンパイア・ハンターではありませんね」
「ヴァンパイア・ハンターではあるけどな」
ニッと口もとの笑みを深くし、言い当てられた正体をあっさり認めた神父は、一歩、リュシアンから離れる。
新たに弾丸を装填して、再度「ヴァンパイア」の息の根を止めようと構えた。
「だから。私はヴァンパイアではないと言いました」
「俺の血が欲しくねえのかよ」
銃口から的の距離は一発目のときよりも近い。
けれどもリュシアンはまったく恐れない。いったん驚愕が過ぎれば平常心に戻るのも速い。泰然と立ち上がり、爪を引っ込めた手でわざとらしく衣服の埃を払い、乱れた髪を整えた。
「もちろん、欲しいです」
「やっぱヴァン――」
「ダンピールです」
今度は神父が目を瞠る番だった。
「私はヴァンパイアではありません。ダンピールです」
ヴァンパイアから生まれた眷属でも、種族はダンピールである。念を押すようにやや強く主張してみせたが、神父にはそんなことどうでもよかったらしい。
まるで殺人の現場に出くわしたかのような目つきで凝視してくるので、リュシアンは思わず口を噤んだ。
ダンピール。
ヴァンパイアと人間が結ばれて生まれる魔物。
それはよほど上位のヴァンパイアと、よほど清純な性質をもった人間との間にしか生まれず、また生まれても、その特殊な血の所為で滅多に生き延びることができないため、ほとんど幻の存在として扱われる伝説の生き物。
ダンピールはヴァンパイアの血を引いていながら、ヴァンパイアを狩る。
彼らはその血ゆえにヴァンパイアを探知する力があり、過去、歴史に登場したダンピールの多くが、何かしらの形でヴァンパイア・ハンターを生業とした。
そうしてダンピールは力が特殊であるためにヴァンパイアから忌み嫌われ、魔物であるために人間から恐れられた。
神父は銃を構えたまま微動だにしない。呼吸をしているのかすら怪しいくらい、さながら彫像だ。
その様子は、希少価値の高いダンピールに遭遇したことで驚いている、と取るには妙だった。目顔の端から気迫めいた感情が発露し、見方によっては憎しみが混じっているようにも見えるからだ。
ひょっとして過去にダンピールと何か因縁があったのか。
そう推察してみるも、しかしすぐに否定した。
外見年齢と実年齢が一致しないリュシアンですら、生まれてこの方、いまだ同類の存在を聞いたことも、出会ったこともない。人間の神父などたかだか二十数年しか生きていないのだから、そんな経験があるとはとても思えなかった。
もちろん因縁の相手がリュシアンでないのも明白だ(何しろ今回が初対面である)。この町に滞在している間、一個人として恨み・憎しみを買ったのなら仕方がないが、しかし、だとすればダンピールと聞いてこれほどまでに驚くのは変じゃないだろうか。何故ならヴァンパイア・ハンターにとって、ヴァンパイアもダンピールも、狩る対象という意味ではさほど違いがないのだから。
どうするのか――どうしようか。
自分の攻撃をよけたことといい、この神父は本当に何者だ?
思いがけない展開に、ダンピールが自身の次の一手を決めあぐねていると、唐突に神父は息を吹き返し、詰め寄ってきた。
夜の闇の中にあって、いくらか透明度を下げたブルーの瞳が迫り、反応する間もなく、どうしてだか口づけられた。
神父であるところのヴァンパイア・ハンターが、人外生物であるところのダンピールの唇を、奪ったのである。
脈略のない行動についていけず、ダンピールは体を硬くして、されるがままになってしまう。
それをいいことに、最初は軽く触れるだけの行為が、すぐに白黒が逆転し、無理やり口をこじ開けられ、奥へ奥へと押し入ってきた。
……なんだ、これは。
試そうとしているのか。
そんなばかな。
ヴァンパイア・ハンターがダンピールの何を試そうというのだ。
意味がわからない。
けれども意味がわからないながらも、もし本当に試そうとしているのなら、理由がどうであれ負けるわけにはいかない。
こちらは誘惑に長けたヴァンパイアの眷属。獲物と定めた者に主導権を握らせおくのは言語道断。挑まれた戦いなら、なおさらだ。
息を吹き返したダンピールは俄然やる気になった。
気がつけば庭に立つ二人は互いの腰に腕を回して、抱き合っていた――抱き合っているとしか言いようがなかった。
神父がダンピールの口内をかき回すと、ダンピールも負けじと神父に食らいつく。
二人の体を取り巻く熱気が螺旋を描きながら煽り立て、夜気に冷やされては注ぎ込み、冷やされては注ぎ込まれる。
背徳の調べを鎧に、刹那の快楽を剣に、本能を背に暴き合う二人は、夜のしじまを淫らな決闘場にかえる。
盾はいらない。
こんなにも甘く、殺伐とした光景に、防具など無粋極まりない。
二人はただフルムーンが愛しげにかけたヴェールの中で、互いの熱を感じ続けた。
まるで悪戯に成功した子供のような表情で神父が笑う。
あまりにも邪気がなく、長い髪も相まって、一瞬天使が立っているのではないかと錯覚しそうになった。
衝撃がまだ尾を引いているせいで、神父を凝視したまま動けないリュシアンは、その隙をつかれ、欠片の洒落っ気もない眼鏡を丁寧にはずされた。そして反対に乱雑な動作でポイッと草むらに放り捨てられた。
「あなた」
やっとの思いで言葉を喉から押し出す。
「ただのヴァンパイア・ハンターではありませんね」
「ヴァンパイア・ハンターではあるけどな」
ニッと口もとの笑みを深くし、言い当てられた正体をあっさり認めた神父は、一歩、リュシアンから離れる。
新たに弾丸を装填して、再度「ヴァンパイア」の息の根を止めようと構えた。
「だから。私はヴァンパイアではないと言いました」
「俺の血が欲しくねえのかよ」
銃口から的の距離は一発目のときよりも近い。
けれどもリュシアンはまったく恐れない。いったん驚愕が過ぎれば平常心に戻るのも速い。泰然と立ち上がり、爪を引っ込めた手でわざとらしく衣服の埃を払い、乱れた髪を整えた。
「もちろん、欲しいです」
「やっぱヴァン――」
「ダンピールです」
今度は神父が目を瞠る番だった。
「私はヴァンパイアではありません。ダンピールです」
ヴァンパイアから生まれた眷属でも、種族はダンピールである。念を押すようにやや強く主張してみせたが、神父にはそんなことどうでもよかったらしい。
まるで殺人の現場に出くわしたかのような目つきで凝視してくるので、リュシアンは思わず口を噤んだ。
ダンピール。
ヴァンパイアと人間が結ばれて生まれる魔物。
それはよほど上位のヴァンパイアと、よほど清純な性質をもった人間との間にしか生まれず、また生まれても、その特殊な血の所為で滅多に生き延びることができないため、ほとんど幻の存在として扱われる伝説の生き物。
ダンピールはヴァンパイアの血を引いていながら、ヴァンパイアを狩る。
彼らはその血ゆえにヴァンパイアを探知する力があり、過去、歴史に登場したダンピールの多くが、何かしらの形でヴァンパイア・ハンターを生業とした。
そうしてダンピールは力が特殊であるためにヴァンパイアから忌み嫌われ、魔物であるために人間から恐れられた。
神父は銃を構えたまま微動だにしない。呼吸をしているのかすら怪しいくらい、さながら彫像だ。
その様子は、希少価値の高いダンピールに遭遇したことで驚いている、と取るには妙だった。目顔の端から気迫めいた感情が発露し、見方によっては憎しみが混じっているようにも見えるからだ。
ひょっとして過去にダンピールと何か因縁があったのか。
そう推察してみるも、しかしすぐに否定した。
外見年齢と実年齢が一致しないリュシアンですら、生まれてこの方、いまだ同類の存在を聞いたことも、出会ったこともない。人間の神父などたかだか二十数年しか生きていないのだから、そんな経験があるとはとても思えなかった。
もちろん因縁の相手がリュシアンでないのも明白だ(何しろ今回が初対面である)。この町に滞在している間、一個人として恨み・憎しみを買ったのなら仕方がないが、しかし、だとすればダンピールと聞いてこれほどまでに驚くのは変じゃないだろうか。何故ならヴァンパイア・ハンターにとって、ヴァンパイアもダンピールも、狩る対象という意味ではさほど違いがないのだから。
どうするのか――どうしようか。
自分の攻撃をよけたことといい、この神父は本当に何者だ?
思いがけない展開に、ダンピールが自身の次の一手を決めあぐねていると、唐突に神父は息を吹き返し、詰め寄ってきた。
夜の闇の中にあって、いくらか透明度を下げたブルーの瞳が迫り、反応する間もなく、どうしてだか口づけられた。
神父であるところのヴァンパイア・ハンターが、人外生物であるところのダンピールの唇を、奪ったのである。
脈略のない行動についていけず、ダンピールは体を硬くして、されるがままになってしまう。
それをいいことに、最初は軽く触れるだけの行為が、すぐに白黒が逆転し、無理やり口をこじ開けられ、奥へ奥へと押し入ってきた。
……なんだ、これは。
試そうとしているのか。
そんなばかな。
ヴァンパイア・ハンターがダンピールの何を試そうというのだ。
意味がわからない。
けれども意味がわからないながらも、もし本当に試そうとしているのなら、理由がどうであれ負けるわけにはいかない。
こちらは誘惑に長けたヴァンパイアの眷属。獲物と定めた者に主導権を握らせおくのは言語道断。挑まれた戦いなら、なおさらだ。
息を吹き返したダンピールは俄然やる気になった。
気がつけば庭に立つ二人は互いの腰に腕を回して、抱き合っていた――抱き合っているとしか言いようがなかった。
神父がダンピールの口内をかき回すと、ダンピールも負けじと神父に食らいつく。
二人の体を取り巻く熱気が螺旋を描きながら煽り立て、夜気に冷やされては注ぎ込み、冷やされては注ぎ込まれる。
背徳の調べを鎧に、刹那の快楽を剣に、本能を背に暴き合う二人は、夜のしじまを淫らな決闘場にかえる。
盾はいらない。
こんなにも甘く、殺伐とした光景に、防具など無粋極まりない。
二人はただフルムーンが愛しげにかけたヴェールの中で、互いの熱を感じ続けた。
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