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『春』それは出会いと別れの季節

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 ここ一週間、俺の日常がどうもおかしい。
「ねーねー人成ひとなりくーん。そろそろこの刀で迫り来る敵と戦ってくれないかねぇ」
 今起きたばかりなのに既に眠そうな顔と声で、このおっさん西条 鷹影さいじょう たかかげは言った。台所で朝飯の準備をしようとしている俺に眠そうな視線を送る。俺はこの言葉を三日ほど聞き続け、耳にタコ、否、耳にクラーケンでもできそうだった。
「君ぐらいの歳の子ってさ、こういう刀とか迫り来る敵とか好きじゃん? なんでやる気にならないの?」
その眠そうなぺにょっとした視線を受け、俺はガスコンロに火をつけてから こう返した。
「そんな眠いなら寝ろ。永遠にな」
「全く、君は釣れないなぁ」
西条はよいしょと起き上がると、首をふるふるさせた。これがこいつの癖だと言うのはここ数日で何となく分かった。
「そうだ。それ昨日の晩飯の残りだよね? あの味噌汁は絶品だ……俺の分もよろしく」
西条は天井を向きながら自分の目ヤニを中指で取りながらそんなことを言った。
「二十歳無職ニートの家に居候しといて、三度の飯まできっちり食うとか、もう見ていて清々しいよ」
俺は少し憧れるような目を向けて微笑んだ。そして、冷蔵庫の中に少し残っていた冷や飯をレンジにぶち込み、まだ少し残っている気味の悪い汁を小さめのお椀に流し入れた。
 このおっさんとの出会いは一週間ほど前に遡る。

 四月六日、父が死んだ。
それはとても突飛なことで、実感が湧かなかった。そもそも俺はそこまで父と仲が良かったわけではない。最後に会ったのも一年は前のことである。
 葬儀やお通夜の喪主は俺なので、葬儀屋との打ち合わせや準備挨拶は俺がやらなければならなかった。葬儀場で一泊したが、気味が悪いくらいぐっすりと眠れたので不思議な気分だった。 

 父の死因は事故死というか、獣害事件というか、早いとこ言うと「熊に食われた」のだ。父の死体には内蔵はほとんどなく、右目は飛び出し下半身はほぼなかったらしい。あまりに悲惨な状況だと警察から説明を受けた為、俺は親父の遺体を見なかったし、葬式でも見せなかった。「人成くん。これから一人で大変ねぇ」と親戚のおばさんに声をかけられたが、元々一人のようなもので、「あ、はい」と短く返事することしか出来ず、非常に気まずい思いをしたというのは言うまでもない。
 思い返せば父はとても凄い人だった。十年前に母を無くしてから男手ひとつで俺をここまで育てあげ、会社は入社当時から1度も休んだことがなかった。そして、酒も飲まず、タバコも吸わず、女遊びもすることがない素晴らしい父だったと思う。
 そんな父親の骨を家に持ち帰るというのもなんだか複雑な気分だった。

 「しかし、こんな死に方するとはね」 
葬儀や通夜が終わり、家の床にゴロンと寝転がって、父の骨壷の方を見た。そして、父と最後に会った時言われた言葉を思い出した。
 「大学出れるなら出とけ」
これが生前、多分最後に俺に言った言葉だ。その時の俺は「うん。流石にそれはちゃんとするよ」と笑顔で答えたが、今の俺はそうではない。変わったのだ。人は短い時間でいつの間にか変わるのだ。
 思い立ったら吉日だと思い、俺はその日のうちに退学の手続きを終わらせた。止める人間はいなかった。仲の良い友達や教員もおらず、取得単位はほぼ皆無であり、大学に在籍している意味は無かったと言っても過言ではない。

 学校を辞めて数日後、父の遺産が沢山入った。もしもの時のために俺に色々遺して置いてくれたらしい。本当に良い父親だと思う。

「そんな父から産まれたのはこのろくでなしかぁ……死にてぇ」

 そんな時であった。我が愛すべき居城陽光ようこうハウスの一室にコンコンとノックの音が響いた。今の俺は大変眠たく、どうせ宗教勧誘だろうと思い居留守することにした。己の信じるものは己である。しかし、奴らは懲りずにやってくるのだ。

唯野 人成ただの ひとなりくんのお宅でしょうか? 」

外から名前を呼ばれた。自分の事を知っている人間なら別だ。親戚の人や葬儀屋には住所教えたはずだし、その人たちかもしれない。ならば出てやるかと気だるげに身を起こして、いかにも壊れそうな木製のドアをガチャりと開けるとそこにたっていたのは明らかに怪しい人物だった。

「あっ……人違いです」と言ってバタムとドアを閉めようとした。

「ちょ、 ちょ待ってよ! 怪しいものじゃない僕は君のお父さんの同僚だ! 」

「警察呼びますよ」

「呼んでみたまえ! 私は無実だ! 法廷で会って負けるのは君だ! 」

「いや、気が早いわ」

とにかくうるさく喚くので、家に入れた。それこそ隣人や管理人に警察を呼ばれたら厄介だからだ。
父の同僚と名乗る男はボサボサの髪に無精髭、ヨレヨレのアロハシャツの上に少し黄ばんだ白衣を着こなし、左手にアタッシュケースを持っていた。こんな怪しいオーラを撒き散らす男など葬式に来てた覚えはない。しかし、「父の同僚」という肩書きが妙に引っかかり、つい家に入れてしまったのだ。
そのことについては後悔してもしきれない。
 これが俺の最低な日々の始まりであった。



    
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