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学園編 2年目
学年末パーティー3
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戸惑うシヴァと共にハンス達の元へ戻る。ドラゴに困り果て連れて来たギルバートも居た。しかしドラゴが離れる気がないらしく、今だに胸の前に抱っこされたままだ。その状態でイルラがドラゴに餌付けしていた。
「上から見たらキスしてるように見えたんじゃねぇっすか?」
フィルを撫でながらハンスが指摘する。
「ああ、なるほど。そうかもな」
「えっ!そ、それは…恥ずかしいですね…」
納得してる横でシヴァは頬を真っ赤にさせて、ふにゃふにゃと笑った。満更でもないのが誰の目にも明らかだ。周囲の数人が絶望するような顔をした。
「先輩、そんな顔しない」
あろう事かジンはシヴァの鼻を摘んだ。「ぶっ」と言うシヴァの声と、ほぼ同時にパアンッと腕を叩く音が響いた。ハンスとギルバートとテオドールが3人掛かりでジンの手を叩き落とした。
「お馬鹿っすか!何してんすか!」
「場所を考えろ貴様!」
「流石にまずい!流石に!!」
常識を弁えた3人に怒られてジンは無言で手を下ろす。
シヴァもびっくりして鼻を押さえた格好のまま固まっていた。
「あ、あの、私はその、大丈夫ですので…」
「先輩が大丈夫でもコイツが大丈夫じゃなくなるんすよ!」
「公式の場で神官に危害を加えたと受け取られても仕方ない行為だ!此奴の事を思うなら貴方もやられる前に止めなければ!!」
「下手したら処罰モンだから!」
3人の気迫に押され「ごめんなさい…」とシヴァはしおしおと謝ってジンの後ろに隠れた。「もうしません」とジンが言うと、3人は「分かれば良い」と怒気を治めてくれた。2人で顔を見合わせ、こっそりと笑い合う。まさかあんなに怒られるとは。
曲調がアップテンポなものへと変わった。弾むようなリズムに合わせた難易度の高いステップを要する曲は、ダンスが得意な者や自信がある者がこぞって参加する。ジン達の影響か、同性同士でダンスフロアへ飛び出す生徒がちらほらと見えた。ジンは果実水を飲むテオドールの方へと歩み、片手を差し出す。
「一曲、踊って頂けますか」
「えっ!?」
何となく自分は誘われないだろうと思っていたテオドールは、ジンの言葉に心底驚いた。揺れて零しかけたグラスをサッとハンスが手から奪い、イルラが戸惑うテオドールの背をそっと押し出す。
「えっ…え、でも、俺…」
「ダンスは浮気にならないだろ。既婚者だって他の奴と踊るんだし。…勿論、断ってもいい」
「………」
テオドールはジンの手を見詰めた。夏の日、海の音に包まれた夜。循環などの目的のない手繋ぎを思い出す。
素肌に触れ合えるのは、あれが最後だと思っていた。
この思い自体が不純で不誠実だから、あれ以上望んでは駄目だと。
差し出された手に我慢なんて出来なかった。
「お、俺で良ければ」
手を乗せると微笑むジンに心が震えた。顔も首も赤くなるのが分かる。引き寄せられて、胸の中へ。腰に添えられた手にそわそわする。慣れたリードで返すか、フォローに回って彼に任せるか、どう踊ればジンは喜ぶだろうか、どれがジンは楽だろうか、悩む左手が彷徨った。
「テオ、楽しもう」
低い囁き声に指先まで熱くなる。同時に心は軽くなる。グルリと大きく回るジンに合わせて、テオドールも大きく回る。その時々で入れ替わるフォローとリード。複雑なステップで絡みもせず、足は床を滑る。ホールドを外し、背中合わせにターンして再び手を取り合う。不規則で自由なルーティン。
目まぐるしく変わる視界に、焦点が合っているのはジンの顔だけ。
フロアの外から恍惚と2人の踊る姿を見ていたシヴァに、神学科の生徒が数人束になって近付いていた。気配を察したギルバートが振り返り、咄嗟にシヴァを腕で庇う。ギルバートの動きにシヴァも背後に気付いた。邪魔をするなとばかりにギルバートを睨み付けている生徒達にシヴァは首を傾ぐ。
「どうかされましたか?」
そっとギルバートを下がらせると、神学科の生徒達はシヴァの周りを囲んだ。
「…シヴァ様、兄弟は今日で解消なされるのでしょう?あまりベタベタさせない方がよろしいかと」
「……確かに兄弟は本日までですが…」
「ジン・ウォーリア卿を目に掛けているのは分かりますが、彼はその…身持ちの軽い方と聞いております。複数の方と関係を持つような方はシヴァ様に相応しくありません…!」
「そうですね…ジン君は色んな方とのご縁を楽しんでらっしゃるようですが……え?それが何か?」
「何かって、だから彼は…遊び人で」
「遊ぶ…遊ぶと言うには真面目な気がしますが…それが何か…?」
「えっ!?」
「え…?」
「あ、遊び人ですよ?真面目など…」
「だって…どなたの事も大変可愛がっていらっしゃいますよ。彼が手の中の方をぞんざいに扱っている所を見た事がありません、実際に私もとても大事にして頂いていますし…」
ギルバートはちょっと眉を顰めた。
神学科の生徒は慌てたように反論する。
「そ、そんなの当たり前じゃないですか!快楽を得る為には優しくもするでしょう!口だけですよ!」
「口だけではありません」
きっぱりと言い切る声に驚いたのは神学科の生徒だけではない。ギルバートや周辺で聞き耳を立てていた生徒達もだ。聞いた事のない鋭く重みのある声だった。
「彼の優しさは本物です。存じ上げる機会がない事、大変同情致します。あ、何でしたら教えて差し上げましょうか?」
突然キラキラと目を輝かせたシヴァに神学科の生徒達はたじろいだ。
「へ?あ、いえ…」
「ジン君は何かと目を引く方ですし、多数の肩書きのせいで誤解も生じ易いのでしょう。あなた方の心配も理解出来ます。ですがきちんと知ればそれが杞憂だったと分かりますよ。あの方は兄弟になられた日から一度も約束の時間を破った事なく、貴族と言う身分でありながら礼拝堂の掃除や雑用などもサボった事なく、私の身の周りの事も甲斐甲斐しく手伝って下さり、孤児院の視察時にはそれはもう優しく子供達に接して下さるのですよ。その姿はまさに父であり兄であり、時には友のように…ああ、でも子供達も信徒方も彼の事はエレヴィラス様だと…!私もまさに彼の優しさ強さそして暖かさはーー」
凄まじい早口にも関わらず、滑舌の良い賛辞が次から次へと溢れ出す。シヴァは瞳を煌めかせてジンの良さをあらゆる角度から声高々に弁じる。神学科生徒は勿論、ギルバートや横目で様子を見守っていたイルラやハンスですら慄いた。と言うか、若干引いた。
「お分かり頂けました?彼の素晴らしさを」
「「「ハイ、ジンサンハスバラシイ」」」
神学科の生徒達の声が揃う。
「理解を頂けて大変感激しております。彼を褒めて頂けると兄弟として選んだ私自身を褒められているようです。ここまで聞いて頂き感謝致します。あなた方に祝福あらん事を」
「「「ハイ、シュクフクアランコトヲ」」」
フラフラと去って行く下級生達に朗らかに手を振るシヴァ。唖然として見詰めていた3人に気付き、シヴァは口の前に指を立て
「…今の、ジン君には内緒ですよ」
と悪戯っぽい笑みを浮かべた。どの部分への忠告なのか分からないが、3人は素早く頷いた。
「ああ!折角のダンスが終わってしまいます!」
シヴァは慌ててダンスフロアを見た。切り替えの早いハンスとイルラは踊る2人へと目線を戻す。ギルバートは中々シヴァから目を離せなかったが、小さく起こった歓声にやっとフロアを見た。
ジンの両手がテオドールの腰を掴んだ。こんな振り付けはない。戸惑うまま、テオドールの足が浮いた。持ち上げられ、ジンを見下ろす体勢で一回転した。黒と赤のペリースのはためきが優雅に円を描き、ストンと地面に戻され、そのまま手を引かれて更に大きく回る。
これほど長時間、こんなにも近くで身体を寄せ合うのは初めてだった。恋心を隠し切れない、ステップの一歩一歩にジンへの思いが溢れる。
(やば…泣きそうだ)
テオドールは滲む視界に気付いた。このまま時が止まれば良いと願ってしまう。だが叶う訳もなく、最後のターンでお互いに手を離した。曲の終わりと同時に回転を止め、離れたジンを見た。
微笑んでいるジンとの距離が、遠い。
(これが俺とお前の距離)
グッと拳を握って一礼して、笑い返す。これ以上は望まない。どうせ卒業と共に忘れなければいけない思いだ。学生の間だけ良い。これ以上離れる事がなければそれで。
ジンは歩み寄ってくれた。そして肩を叩く。
「流石テオ、抜群の反射神経とセンス」
その笑顔にテオドールは面映く頷いた。
「ジンのおかげ。足捌きとか、俺の慣れてる動きしてくれてたろ」
「いや、俺は好きに踊ってただけだよ」
2人で並んで戻ると、ハンスが興奮気味に駆け寄って来た。
「えー!すっげぇかっこよかった!ホントに2人で踊るの初めてっすか!?修行とか言いながら実は剣術じゃなくダンスレッスンしてたとか…」
「俺、ダンスに対してそんな健気になれねぇよ」
ハンスがわざとらしく窺い見てくるから、ジンは笑った。テオドールも「何だよそれ」と笑いながら、ぼんやり此方を見ていた給仕係の盆から、林檎の果実水を取って手渡してくれる。ありがたく受け取り、喉を潤す。
「踊れないと言うウソは何だったんだ」
「いや、嘘じゃねぇよ。お前らは初めての授業の時に居ただろ。アレが全てだよ」
「「「…うーん……」」」
イルラの問い掛けに曖昧に答えるジン。唸る3人に対し、ギルバートとシヴァは何の事か分からずに居る。
ダンスの最初の授業。女子と組まされたが、ジンの一歩に未発達な貴族女子では付いて来れず、まだ自立出来る技術を持たない彼女は簡単に転び、髪を振り乱す勢いで回されてついには泣き出したのだ。『暴力だ!!』と。正直ハンス達にも、か弱い女子をただ振り回す乱暴者にしか見えなかった。力加減の問題だろうが、相手を変えても動きを変えても、ついぞ変わる事はなく、2回目からダンス授業に来なくなったのだ。
「相手が男だと踊れるって、何がそんなに違うんすかね…?」
「…心持ち、じゃね?ジンの」
「…ソレしかないだろう」
ついて行けていないシヴァとギルバートは放っておいて、3人は好き勝手に考察を始めた。
「まあ、良いじゃん俺の事は」
「出た」
半笑いで考察を止めたジンにハンスが指を差した。正直テオドールの指摘通り、恐らく心持ちの問題だ。だがジン自身よく分かっていない。何らかの呪いなのかもしれない。その程度の思考で、真面目に原因を追求する気もなかった。
「それよりまだダンスの曲鳴ってるし、誰か踊る?」
「恋人でもない限り、同じ相手と何度も踊るのはマナー違反だ」
すかさずイルラがジンの言葉を叩き落とした。
「じゃあ…」
「…お前とだけはごめんだ」
まだ口にしていないのに、察したギルバートは顔を逸らした。
「ええ…他に踊りたい奴なんかいねぇよ」
「では私と踊りましょうギルバート」
「は、はっ!?」
シヴァが突然ギルバートを誘った。驚いて全員目を見開いた。
「先輩、さっき人生初のダンス踊ったばかりだろ。大丈夫?」
「さっき踊ったばかりなので身体が覚えてます!ほら、行きましょうギルバート。私がリード?して差し上げます!」
「えっ…え、オイ、ウォーリア…!」
「楽しんで」
自信満々に手を引くシヴァを断れず、助けを求めてくるギルバートに手を振った。フロアには男子女子関係なく同性で組んだダンスカップルが増えている。友人との思い出にと踊っているようで、笑い声が絶えない。教師陣は頭を抱えているだろうし、伝統を重んじる貴族の子達は戸惑っていた。
(うーん、これ怒られんのかな)
おかげでジン達だけが悪目立ちすると言う空気はなくなったが、原因だと言われればその通りでしかなく。視界にはいざフロアに立つと「?」となって適当に踊っているシヴァに足を踏まれながらも、何とか合わせてあげているギルバートが居る。
「イルラ、俺らも踊るっすか?」
「……うん、踊ろう」
ハンスの問い掛けにイルラは微笑んだ。フロアに出る直前にイルラからカカココを肩に預かり2人を見送った。隣にテオドールが残る。足元のフィルの頭を撫でていた。
「テオはどうする?」
「俺はもう良いや、満足したから」
テオドールは爽やかに笑った。その笑顔は確かに満足そうだった。ジンも微笑む。
「そう、俺もだよ」
ギルバートは元々踊ってくれるとは思ってなかったので、当初の目標は無事に達成された。ロキだけが心残りではあるが、教員である彼を誘うのは迷惑にしかならないし、何より彼自身が踊るなど絶対に嫌だと言ったので仕方ない。シヴァも似た理由で踊れないと思っていたのだが。胸の中に残る彼らの笑みや体温を思い描き、ジンも満足気に頷いた。
「オレ様もやる」
ドラゴが唐突な我儘をジンとテオドールの隙間で言った。2人が見ると、姿を現したドラゴはフロアで踊る友人達を指差している。その目はキラキラしており、期待に満ち溢れていた。
「踊れるのかドラゴ」
「踊れる!!」
「しょうがねぇな」
「ジン違う!!テオ行くぞ!ダンスだ!」
言い出したら聞かない、ジンがドラゴへ手を差し出したがドラゴに拒否された。「え?俺で良いの?」と戸惑うテオドールの手を掴み、引っ張って行く。
「…あ、俺の真似をしたいのか」
ドラゴの行動の意味を理解し、だから自分では駄目だったのだと分かった。テオドールより少し上で飛んで、小さな手を繋いで一応リズムに合わせて動かしている。時々テオドールがくるりと回してあげていた。
ドラゴンの踊る姿に注目が集まる。上からロキも見ているようだ。ジンでさえ初めて見る。踊りとは到底思えない動きだが楽しそうに動き回るドラゴは愛らしい。ズズ…と肩のカカココが下に向かって身体を這う。見ると足元のフィルに顔を合わせている。
「なんだ?お前らも踊るのか?」
そんな訳はないだろうが、カカココはフィルの上へと降りてしまった。身体にカカココを巻き付け、フィルもドラゴとテオドール、その近場に移動したイルラとハンス、ギルバートとシヴァの元へ駆け出した。
1人取り残されるジン。
この状況は予想していなかった。
笑い声が上がった。フィルとカカココに気付いた友人達の声だ。煌びやかなシャンデリアの灯りの下で、華やかな衣装に身を包まれた彼らを見ていると胸が温かいもので満たされていく。
(これも良いな)
日常とは少し違う特別な空間、思い出の中でも色鮮やかなものになるだろう。
「上から見たらキスしてるように見えたんじゃねぇっすか?」
フィルを撫でながらハンスが指摘する。
「ああ、なるほど。そうかもな」
「えっ!そ、それは…恥ずかしいですね…」
納得してる横でシヴァは頬を真っ赤にさせて、ふにゃふにゃと笑った。満更でもないのが誰の目にも明らかだ。周囲の数人が絶望するような顔をした。
「先輩、そんな顔しない」
あろう事かジンはシヴァの鼻を摘んだ。「ぶっ」と言うシヴァの声と、ほぼ同時にパアンッと腕を叩く音が響いた。ハンスとギルバートとテオドールが3人掛かりでジンの手を叩き落とした。
「お馬鹿っすか!何してんすか!」
「場所を考えろ貴様!」
「流石にまずい!流石に!!」
常識を弁えた3人に怒られてジンは無言で手を下ろす。
シヴァもびっくりして鼻を押さえた格好のまま固まっていた。
「あ、あの、私はその、大丈夫ですので…」
「先輩が大丈夫でもコイツが大丈夫じゃなくなるんすよ!」
「公式の場で神官に危害を加えたと受け取られても仕方ない行為だ!此奴の事を思うなら貴方もやられる前に止めなければ!!」
「下手したら処罰モンだから!」
3人の気迫に押され「ごめんなさい…」とシヴァはしおしおと謝ってジンの後ろに隠れた。「もうしません」とジンが言うと、3人は「分かれば良い」と怒気を治めてくれた。2人で顔を見合わせ、こっそりと笑い合う。まさかあんなに怒られるとは。
曲調がアップテンポなものへと変わった。弾むようなリズムに合わせた難易度の高いステップを要する曲は、ダンスが得意な者や自信がある者がこぞって参加する。ジン達の影響か、同性同士でダンスフロアへ飛び出す生徒がちらほらと見えた。ジンは果実水を飲むテオドールの方へと歩み、片手を差し出す。
「一曲、踊って頂けますか」
「えっ!?」
何となく自分は誘われないだろうと思っていたテオドールは、ジンの言葉に心底驚いた。揺れて零しかけたグラスをサッとハンスが手から奪い、イルラが戸惑うテオドールの背をそっと押し出す。
「えっ…え、でも、俺…」
「ダンスは浮気にならないだろ。既婚者だって他の奴と踊るんだし。…勿論、断ってもいい」
「………」
テオドールはジンの手を見詰めた。夏の日、海の音に包まれた夜。循環などの目的のない手繋ぎを思い出す。
素肌に触れ合えるのは、あれが最後だと思っていた。
この思い自体が不純で不誠実だから、あれ以上望んでは駄目だと。
差し出された手に我慢なんて出来なかった。
「お、俺で良ければ」
手を乗せると微笑むジンに心が震えた。顔も首も赤くなるのが分かる。引き寄せられて、胸の中へ。腰に添えられた手にそわそわする。慣れたリードで返すか、フォローに回って彼に任せるか、どう踊ればジンは喜ぶだろうか、どれがジンは楽だろうか、悩む左手が彷徨った。
「テオ、楽しもう」
低い囁き声に指先まで熱くなる。同時に心は軽くなる。グルリと大きく回るジンに合わせて、テオドールも大きく回る。その時々で入れ替わるフォローとリード。複雑なステップで絡みもせず、足は床を滑る。ホールドを外し、背中合わせにターンして再び手を取り合う。不規則で自由なルーティン。
目まぐるしく変わる視界に、焦点が合っているのはジンの顔だけ。
フロアの外から恍惚と2人の踊る姿を見ていたシヴァに、神学科の生徒が数人束になって近付いていた。気配を察したギルバートが振り返り、咄嗟にシヴァを腕で庇う。ギルバートの動きにシヴァも背後に気付いた。邪魔をするなとばかりにギルバートを睨み付けている生徒達にシヴァは首を傾ぐ。
「どうかされましたか?」
そっとギルバートを下がらせると、神学科の生徒達はシヴァの周りを囲んだ。
「…シヴァ様、兄弟は今日で解消なされるのでしょう?あまりベタベタさせない方がよろしいかと」
「……確かに兄弟は本日までですが…」
「ジン・ウォーリア卿を目に掛けているのは分かりますが、彼はその…身持ちの軽い方と聞いております。複数の方と関係を持つような方はシヴァ様に相応しくありません…!」
「そうですね…ジン君は色んな方とのご縁を楽しんでらっしゃるようですが……え?それが何か?」
「何かって、だから彼は…遊び人で」
「遊ぶ…遊ぶと言うには真面目な気がしますが…それが何か…?」
「えっ!?」
「え…?」
「あ、遊び人ですよ?真面目など…」
「だって…どなたの事も大変可愛がっていらっしゃいますよ。彼が手の中の方をぞんざいに扱っている所を見た事がありません、実際に私もとても大事にして頂いていますし…」
ギルバートはちょっと眉を顰めた。
神学科の生徒は慌てたように反論する。
「そ、そんなの当たり前じゃないですか!快楽を得る為には優しくもするでしょう!口だけですよ!」
「口だけではありません」
きっぱりと言い切る声に驚いたのは神学科の生徒だけではない。ギルバートや周辺で聞き耳を立てていた生徒達もだ。聞いた事のない鋭く重みのある声だった。
「彼の優しさは本物です。存じ上げる機会がない事、大変同情致します。あ、何でしたら教えて差し上げましょうか?」
突然キラキラと目を輝かせたシヴァに神学科の生徒達はたじろいだ。
「へ?あ、いえ…」
「ジン君は何かと目を引く方ですし、多数の肩書きのせいで誤解も生じ易いのでしょう。あなた方の心配も理解出来ます。ですがきちんと知ればそれが杞憂だったと分かりますよ。あの方は兄弟になられた日から一度も約束の時間を破った事なく、貴族と言う身分でありながら礼拝堂の掃除や雑用などもサボった事なく、私の身の周りの事も甲斐甲斐しく手伝って下さり、孤児院の視察時にはそれはもう優しく子供達に接して下さるのですよ。その姿はまさに父であり兄であり、時には友のように…ああ、でも子供達も信徒方も彼の事はエレヴィラス様だと…!私もまさに彼の優しさ強さそして暖かさはーー」
凄まじい早口にも関わらず、滑舌の良い賛辞が次から次へと溢れ出す。シヴァは瞳を煌めかせてジンの良さをあらゆる角度から声高々に弁じる。神学科生徒は勿論、ギルバートや横目で様子を見守っていたイルラやハンスですら慄いた。と言うか、若干引いた。
「お分かり頂けました?彼の素晴らしさを」
「「「ハイ、ジンサンハスバラシイ」」」
神学科の生徒達の声が揃う。
「理解を頂けて大変感激しております。彼を褒めて頂けると兄弟として選んだ私自身を褒められているようです。ここまで聞いて頂き感謝致します。あなた方に祝福あらん事を」
「「「ハイ、シュクフクアランコトヲ」」」
フラフラと去って行く下級生達に朗らかに手を振るシヴァ。唖然として見詰めていた3人に気付き、シヴァは口の前に指を立て
「…今の、ジン君には内緒ですよ」
と悪戯っぽい笑みを浮かべた。どの部分への忠告なのか分からないが、3人は素早く頷いた。
「ああ!折角のダンスが終わってしまいます!」
シヴァは慌ててダンスフロアを見た。切り替えの早いハンスとイルラは踊る2人へと目線を戻す。ギルバートは中々シヴァから目を離せなかったが、小さく起こった歓声にやっとフロアを見た。
ジンの両手がテオドールの腰を掴んだ。こんな振り付けはない。戸惑うまま、テオドールの足が浮いた。持ち上げられ、ジンを見下ろす体勢で一回転した。黒と赤のペリースのはためきが優雅に円を描き、ストンと地面に戻され、そのまま手を引かれて更に大きく回る。
これほど長時間、こんなにも近くで身体を寄せ合うのは初めてだった。恋心を隠し切れない、ステップの一歩一歩にジンへの思いが溢れる。
(やば…泣きそうだ)
テオドールは滲む視界に気付いた。このまま時が止まれば良いと願ってしまう。だが叶う訳もなく、最後のターンでお互いに手を離した。曲の終わりと同時に回転を止め、離れたジンを見た。
微笑んでいるジンとの距離が、遠い。
(これが俺とお前の距離)
グッと拳を握って一礼して、笑い返す。これ以上は望まない。どうせ卒業と共に忘れなければいけない思いだ。学生の間だけ良い。これ以上離れる事がなければそれで。
ジンは歩み寄ってくれた。そして肩を叩く。
「流石テオ、抜群の反射神経とセンス」
その笑顔にテオドールは面映く頷いた。
「ジンのおかげ。足捌きとか、俺の慣れてる動きしてくれてたろ」
「いや、俺は好きに踊ってただけだよ」
2人で並んで戻ると、ハンスが興奮気味に駆け寄って来た。
「えー!すっげぇかっこよかった!ホントに2人で踊るの初めてっすか!?修行とか言いながら実は剣術じゃなくダンスレッスンしてたとか…」
「俺、ダンスに対してそんな健気になれねぇよ」
ハンスがわざとらしく窺い見てくるから、ジンは笑った。テオドールも「何だよそれ」と笑いながら、ぼんやり此方を見ていた給仕係の盆から、林檎の果実水を取って手渡してくれる。ありがたく受け取り、喉を潤す。
「踊れないと言うウソは何だったんだ」
「いや、嘘じゃねぇよ。お前らは初めての授業の時に居ただろ。アレが全てだよ」
「「「…うーん……」」」
イルラの問い掛けに曖昧に答えるジン。唸る3人に対し、ギルバートとシヴァは何の事か分からずに居る。
ダンスの最初の授業。女子と組まされたが、ジンの一歩に未発達な貴族女子では付いて来れず、まだ自立出来る技術を持たない彼女は簡単に転び、髪を振り乱す勢いで回されてついには泣き出したのだ。『暴力だ!!』と。正直ハンス達にも、か弱い女子をただ振り回す乱暴者にしか見えなかった。力加減の問題だろうが、相手を変えても動きを変えても、ついぞ変わる事はなく、2回目からダンス授業に来なくなったのだ。
「相手が男だと踊れるって、何がそんなに違うんすかね…?」
「…心持ち、じゃね?ジンの」
「…ソレしかないだろう」
ついて行けていないシヴァとギルバートは放っておいて、3人は好き勝手に考察を始めた。
「まあ、良いじゃん俺の事は」
「出た」
半笑いで考察を止めたジンにハンスが指を差した。正直テオドールの指摘通り、恐らく心持ちの問題だ。だがジン自身よく分かっていない。何らかの呪いなのかもしれない。その程度の思考で、真面目に原因を追求する気もなかった。
「それよりまだダンスの曲鳴ってるし、誰か踊る?」
「恋人でもない限り、同じ相手と何度も踊るのはマナー違反だ」
すかさずイルラがジンの言葉を叩き落とした。
「じゃあ…」
「…お前とだけはごめんだ」
まだ口にしていないのに、察したギルバートは顔を逸らした。
「ええ…他に踊りたい奴なんかいねぇよ」
「では私と踊りましょうギルバート」
「は、はっ!?」
シヴァが突然ギルバートを誘った。驚いて全員目を見開いた。
「先輩、さっき人生初のダンス踊ったばかりだろ。大丈夫?」
「さっき踊ったばかりなので身体が覚えてます!ほら、行きましょうギルバート。私がリード?して差し上げます!」
「えっ…え、オイ、ウォーリア…!」
「楽しんで」
自信満々に手を引くシヴァを断れず、助けを求めてくるギルバートに手を振った。フロアには男子女子関係なく同性で組んだダンスカップルが増えている。友人との思い出にと踊っているようで、笑い声が絶えない。教師陣は頭を抱えているだろうし、伝統を重んじる貴族の子達は戸惑っていた。
(うーん、これ怒られんのかな)
おかげでジン達だけが悪目立ちすると言う空気はなくなったが、原因だと言われればその通りでしかなく。視界にはいざフロアに立つと「?」となって適当に踊っているシヴァに足を踏まれながらも、何とか合わせてあげているギルバートが居る。
「イルラ、俺らも踊るっすか?」
「……うん、踊ろう」
ハンスの問い掛けにイルラは微笑んだ。フロアに出る直前にイルラからカカココを肩に預かり2人を見送った。隣にテオドールが残る。足元のフィルの頭を撫でていた。
「テオはどうする?」
「俺はもう良いや、満足したから」
テオドールは爽やかに笑った。その笑顔は確かに満足そうだった。ジンも微笑む。
「そう、俺もだよ」
ギルバートは元々踊ってくれるとは思ってなかったので、当初の目標は無事に達成された。ロキだけが心残りではあるが、教員である彼を誘うのは迷惑にしかならないし、何より彼自身が踊るなど絶対に嫌だと言ったので仕方ない。シヴァも似た理由で踊れないと思っていたのだが。胸の中に残る彼らの笑みや体温を思い描き、ジンも満足気に頷いた。
「オレ様もやる」
ドラゴが唐突な我儘をジンとテオドールの隙間で言った。2人が見ると、姿を現したドラゴはフロアで踊る友人達を指差している。その目はキラキラしており、期待に満ち溢れていた。
「踊れるのかドラゴ」
「踊れる!!」
「しょうがねぇな」
「ジン違う!!テオ行くぞ!ダンスだ!」
言い出したら聞かない、ジンがドラゴへ手を差し出したがドラゴに拒否された。「え?俺で良いの?」と戸惑うテオドールの手を掴み、引っ張って行く。
「…あ、俺の真似をしたいのか」
ドラゴの行動の意味を理解し、だから自分では駄目だったのだと分かった。テオドールより少し上で飛んで、小さな手を繋いで一応リズムに合わせて動かしている。時々テオドールがくるりと回してあげていた。
ドラゴンの踊る姿に注目が集まる。上からロキも見ているようだ。ジンでさえ初めて見る。踊りとは到底思えない動きだが楽しそうに動き回るドラゴは愛らしい。ズズ…と肩のカカココが下に向かって身体を這う。見ると足元のフィルに顔を合わせている。
「なんだ?お前らも踊るのか?」
そんな訳はないだろうが、カカココはフィルの上へと降りてしまった。身体にカカココを巻き付け、フィルもドラゴとテオドール、その近場に移動したイルラとハンス、ギルバートとシヴァの元へ駆け出した。
1人取り残されるジン。
この状況は予想していなかった。
笑い声が上がった。フィルとカカココに気付いた友人達の声だ。煌びやかなシャンデリアの灯りの下で、華やかな衣装に身を包まれた彼らを見ていると胸が温かいもので満たされていく。
(これも良いな)
日常とは少し違う特別な空間、思い出の中でも色鮮やかなものになるだろう。
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