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学園編 2年目

男爵家男孫の学園生活17

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夏季休暇の後半は主にギルドで過ごした。

課外授業の話が出回ってしまい、様々な憶測や噂が飛び交い面倒になったからと言うのもあるが、純粋にあの異常事態の報告や今後の対策に追われていたからだ。ガランが。
事情も分かっているのでジンが手足となり手伝っていた。ついでに関係ない依頼も受けていた。

因みに狼口マスクは見つかったが、どうやら騒ぎの最中、何者か(多分グラス)に踏み付けられて使い物にならなくなっていた。元々これは顔隠しの為だけの物だったから無くても困りはしないが。

マントは結局見つからなかったそうだ。
風でどこかに飛ばされてしまったのだろう。
まあ、また買えば良い。

学園に戻ると、帰省していた生徒達もちらほらと帰って来ており、人が日に日に増えて行く。比例してジンを敬遠する人々も増える。
噂に対する反応が良くないだろう事は分かっていたし、敬遠されるのは全く構わない。

心配なのは友人達だけだ。
しかし3人は3人でそれぞれしっかり対策しているらしく、困った事はないと言ってくれる。

本当だろうかと疑っていたら、夜、珍しくイルラがベッドに入って来た。自ら胸の中へ収まると「…何があろうとオレはオマエの味方だ」と言われて抱き潰してしまったし、ハンスに談話室で「勝手に離れたらダメっすよ」と肩に擦り寄られたので抱き潰した。
テオドールは直接的には「大丈夫だぜ」としか言ってなかったが、どうやら何か聞かれる度に丁寧に訂正をしてくれているようだった。「俺の友人を悪く言うな」とハッキリ言ってる姿を見て、ハグくらいしても許されるんじゃないかと揺らいだが我慢した。

学園長は「いつでも精神魔法の準備は出来ておるぞ」と、冗談なのか本気なのか分からない事を言って何度かロキに窘められていた。

シヴァとギルバートには会えていない。元々夏休み中は兄弟フラーテルを休んで良いと言われていたし、シヴァはギルバートを護衛に外を駆け回っているようだ。

ギルドも学園も落ち着いたとは言い難いままだったが、気分は悪くない。
そんな夏季休暇は終わりを告げ、ついに2学期が始まる。



始業式。



全学年が講堂へと集められた。こんな事は異例だそうだ。実際、入学して以来初めての事だった。
全科、全学年が揃うのは。

その大衆が見守る講堂のど正面、壇上のど真ん中。
第二王子と向かい合わせで立たされているジンの顔は



死んでいた。



軽く頭を揺すり、表情を作り直した。


「………」

ジンの目の前には、白磁の肌を持つビスクドール。

ユリウス・リーベリー・ソール・アウルム。
琥珀の瞳に蜂蜜のような黄金の髪を持つ王子。
キラキラとしたオーラを纏いつつ、少し気怠そうな目が印象的だ。眠そうとも言える。

背丈はハンスと同じくらいなので、頭ひとつ違う。緩やかに波打つ髪は斜めに色っぽく分けられている。

(やっぱ見た目はすげぇ良い)

面食いの血が騒ぎ掛けるが、『王族!』と文字が背後に見える気がしてすぐに収束する。

いくらなんでも王族と火遊びをする気にはなれない。

ユリウスは眠たげな瞳でジンを見上げて来た。

こんな大衆の面前で眠いまんまなのは凄いなと純粋に思うジンだが、大衆プラス王族の前でも普段と変わらないジンも、他者からは同じように思われている。

ブゥンと緑の魔術紋が現れた。『拡声魔術』だ。
それを横目にちらりと見て、ユリウスはジンに笑い掛けた。少々胸をくすぐられる。

「私はユリウス、ユリウス・リーベリー・ソール・アウルム。この国の第二王子である」

まるで下手な大根役者の演劇のような、抑揚のない台詞。寝起きの掠れ声にも似た、少し鼻にかかった柔らかい声は良い。内容は入って来ないが、良い声に聞き入る。

「この度は君に命を救われた。私だけではない、あの場に居た全員の命の恩人だ。本当にありがとう、君には感謝してもし切れない。あの時の恐怖も、君への感謝も、我々は生涯忘れないだろう。
陛下も君の勇姿に感銘を受けていらっしゃった。私とは別に感謝と褒賞が届いている、どうか遠慮せずに受け取って欲しい」

「……はい」

ユリウスの横へ、王宮の従者らしき男が盆を両手に持ち跪いた。捧げられる盆の中は、王家の紋章が入った艶のある紺色の布で隠されている。

布を捲り、取り出されたのは黒基調のマント。
ユリウスの手がマントを掴み、わざわざ広げた。黒の滑らかさだけでも、かなり上等な物だと分かる。留め具は銀細工でベルト付き。

「どうぞ、君に似合うと思う」

固まっているジンの肩へ、ふぁさりと羽織らされた。
見た目は重厚なのに殆ど重みを感じない。だが薄っぺらくはない。裾は重たげにストンと落ちていて、動かなければ揺れもしない。

(…いや物はいいけど…必要あんのか、この工程…)

壇上でマントを羽織る俺。

ジンはバッと壇上袖にいるユリウスの共犯だろうロキへ顔を向けた。ロキはこっちを見てすら居なかった。

(せ、先生……)

そもそも「お前が席に居たら騒ぎになるだろうから裏の手伝いをしろ」と言って連れて来られたのだ。なのに気付いたらこの有様。
最初からこのつもりだったのだろう。

今更壇上から消える訳にも行かない。

因みにフィルはロキの足元、ドラゴは隠密状態で壇上の端で悠然と座る学園長の膝の上だ。

「これは陛下からだ」

次に差し出されたのは短剣だった。こちらも黒が基調だ。鞘に特殊な皮が使われているのが分かる。細かな鱗が見えたからだ。思わず受け取ってしまったのは、冒険者のさがかもしれない。
握り易い凹みの付けられたグリップに、波打つように反ったブレイド、程良い重みと絶妙な重心設定は鞘のままでも伝わる。鞘から抜けば刀身も黒く、銀色のフラー部分が光を滑らせる。

(…すげぇ良い物だな)

高ければ良いと言う訳ではないが、これは確実に高くて良い物だ。

「お気に召したみたいだね」

静かに我に帰り、短剣へ落としていた目線をユリウスへと移した。微笑む王子様は気怠げに首を傾げ「…それも僕が用意したと言えば良かったかな」とポツリと漏らした。

「……あの、頂けませ 「西部地方からの陛下への献上物なんだそうだ。とは言え、陛下は短剣は使われないから、有効に使ってくれる方へ下賜出来る事を喜んでおられたよ」

「………」

『断る訳ないよな?』と言う副音声が聞こえた気がして、ジンは静かに頭を下げ右手に持ち直した。王族相手に意地を張っても良い事はないだろう。

貰って後腐れがないのなら寧ろ有難い代物だ。

「それと、これを」

ユリウスは両手で取り出した。
透明な魔晶石の中に金粉銀粉が散りばめられ、キラキラと照明を反射して美しく煌めく、知らないおじさんの彫刻。

(………誰……?)

差し出されたおじさんと目が合う。出来が良過ぎて表情がよく分かる。透明なのに。

「魔晶石で作られた初代国王の彫刻像だ」

(いらない…)

口に出しそうになる。ユリウスの手が受け取ってくれと言いたげに、彫刻を押し出した。しょうがないので空いてる左手で受け取った。台座まで魔晶石で出来ており、王家の紋章が刻まれている。

「それは…大きな武勲を立てたり、国に多大な貢献を、した人に、…与えられる栄誉ある物だよ。…僕…こほん、私もそれを与えられる人は、初めて見たくらいだ」

先程までつらつらと話していたのに、時折何かを耐えるような話し方。左手の知らないおじさん(初代国王)から、ユリウスへと顔を向けると薄笑いしていた。

「君が成し遂げた事は大きい、命は何物にも変えられないからね」

良い事言ってるが、吹き出しそうなのを耐えてるのが分かる。

「その彫刻像も、是非有効に使ってくれ。改めて、私の命、そして生徒、教師の掛け替えのない命を救ってくれた事、心より感謝する。勇敢なる我らの隣人よ、 君の行く先に幸多き事を祈ってるよ」

(このおっさんをどう有効に使えと…)

王子の口上にパラパラと拍手が起きるが、全員困惑しているのが分かる。何を見せられてるのか理解出来ずにいるのだろう。当事者のジンも理解していないのだから。

(そりゃそうだろ、何の授与式だよこれ)

壇上のど真ん中でマント着せられて、右手に短剣、左手に彫刻像を持たされた男。
ユリウスが背中へそっと手を置いた、正面を見ろと言ってるようだ。この状況でか。
ゆっくりと前を見る。
目が良いジンは、ハンスが腹を抱えて笑い死にそうになっている姿も、イルラが口を抑えて丸まっている姿も、テオドールが戸惑いながら控えめな拍手をしてる姿も見えている。科の違う場所はもう見もしなかった。

その姿のまま、壇上から袖へと返されたので、その姿のままロキへと真っ直ぐ歩いて行く。

恐ろしくマントのはためきが良い。

ロキは気付いてる癖に背中を向けて、奥に向かって歩き出した。その後ろをずんずんと早足で追い掛ける。ロキも早足になる。フィルは遊んでると思ってるのか、嬉しそうに速度を合わせて2人の横を付いてきた。

奥の壁に追い詰めて、やっとロキは止まった。

「せんせえ…?」

「わ、悪かっ…ぶふっ……こんな事になるとは……ッ」

「俺は辱めを受けた」

「馬鹿者、不敬罪になりたいのか」

ロキはこほん、と口元を手で隠して咳をひとつした。
ジンは近場の棚の上に彫刻像を置き、短剣を腰のベルトへ差してマントを背中から剥ぐ。

「ユリウス殿下は、命の恩人であるお前が不当な扱いを受けないようにと、わざとこの場を用意されたんだ。冒険者資格のあるお前が学園に残った事で、教員生徒、関係のない保護者連中まで何かとケチ付けて来ている。これはお前の為であり、王家からの誠意でもある。冒険者の装備をくれたと言うことは、言外で冒険者であることを認めていると言う事だ。ここまで大々的に第二王子が味方についたら、表立って妙な事を言う奴は減るだろう」

マントの素材を眺めながら、横目でロキを見る。

「…俺の事ならほっといてくれても大丈夫ですよ、どんな扱いされても気にしねぇし…何かあっても逃げ切る自信あるんで」

「…お前今日、今までで一番可愛くないな」

ロキの呆れた声に、ぐ、と息を詰まらせるジン。

「………やだ、先生は可愛がって」

「だったら素直に感謝しておけ」

甘えた事を言うと、ロキは満更でもないようで機嫌を良くした。可愛い。ふんと鼻で笑いながら彫刻像を手に取って、愉快そうに目を細めている。

「はー……そうだな…」

(でもやっぱいらなかったよな、壇上でのパフォーマンス。普通に殿下が礼言って終わりで良かったはず。見せられた奴らも可哀想に…)

とは言え、過ぎてしまった事は仕方ない。

貰ったマントを両手に持つ。魔物素材でしかも飛行系の魔術付与がなされているようだった。滑らかな艶があったので皮っぽいと思っていたが、良く見ると細やかな羽根が見える。内側には好きな魔術を更に付与出来るような仕込みまで付けられている。最上級品の匂いがぷんぷんする。

「マント、気に入ってくれたかな」

背後から声を掛けられて振り返った。周りにチラホラといた教員や補助員達が、近付いて来る人物へ頭を下げて去って行く。

ユリウスがのんびりとした歩調で目の前へと来た。
壇上ではきっちりと着込んでいた制服の上着を肩に掛け、ネクタイも緩めてシャツのボタンも2個ほど開いている。印象がだいぶ変わる。

「ええ、気に入りました。丁度マントを失くした所でしたし、有難く使わせて頂きます。ありがとうございます」

片腕にマントを引っ掛けて改めて頭を下げた。実際、このマントは本当にありがたい。

「そんなに畏まらないでいいよ。僕が選んだ物だから気に入ってくれて良かった。そのマントと短剣の説明書きを持って来たんだ、必要かなって思って」

「ああ、助かります」

差し出された二つ折りの小さな紙を受け取った。素材はともかく、耐性や付与の確認はしておきたかった。
紙を眺めているジンをユリウスは頭を軽く傾げるように見上げてくる。

「……? 何か?」

「…君は、男性が好きなんだよね?」

我関せず(これはこれで良いのか知らないが)のロキが、背後でピクリと反応した気がした。ジンは片眉を上げ首を傾ぐ。徹底的に秘匿にしてる訳ではないが、学園内で知ってる人間は少ない筈だ。
しかし身に覚えはある。ドラゴン騒動の際に、生徒に紛れて矢鱈と付け回す連中が居たから。早々に退散して行ったが。

「そうです」

ユリウスの言葉は質問ではなく確認だ。
誤魔化す理由はない。

「もし、僕が褒美だと言ったら君は受け取る?」

小首を傾げたまま気怠げな色気フェロモンを匂わせ、自分の胸に手を置いたユリウス。

(そっちか)

わざわざ尋ねてくるから好意か悪意のどちらかだろうと思っていたが、どうも前者のようだ。
顔も良く細身の身体も好みだ。何より声が良い、眠たげで気怠げな吐息も唆るものがある。
だが

「受け取れません」

悩む素振りのない返答に、目を丸くしたのはユリウスだけではない。ジンの後ろにいたロキもだ。

「……はっきりしてるなぁ、少しは迎合してくれるかなって思ったのに」

ユリウスが小さく笑う。

「迎合」

忘れていた。入学した当初はしようと思っていたのだが。しかしここで頷くのは迎合になるのだろうか。

「此奴にそう言う高度な人間関係を望むのは難しいですよ」

ロキがジンの隣へと立つ。

「すげぇ言われよう」

「やれるのか?」

「……心構えがあれば」

「だったら常にしておけ」

何も言えないので黙った。

「仲が良いね、羨ましいよ。…君は僕が食事に誘っても来てはくれないんだろうなぁ」

ユリウスの言葉に(本気で誘ってるのだろうか?)とジンは勘繰る。王族と言う国内最大の権力者への偏見と警戒が先走っているが、本人からは権力のケの字も感じない。精力的な様子もない。

「…王族の方でなければ喜んで招待されたと思います」

「……お前は…本当に不敬罪になるぞ」

ロキが額を抑えながら盛大に溜息を吐いた。
新しくなった眼鏡とグラスコード。首筋に流れるグラスコードの合間には、彼の目の色に似た小粒の紫水晶が揺れる。どちらも良く似合ってる。
横目に眺めていると、呆れたような視線を向けられた。

「そんな気軽に不敬罪なんて持ち出さないよ。処罰するのも面倒だからね」

片手を緩やかに振るユリウスは、まるで作られたドールのような微笑を崩す事がない。その目はジンではなく、ロキを見ていた。

「王族だからを理由にしたのは彼なりの気遣いだろう」

「いや、気遣いとかではなく」

間髪入れずに否定すると、2人して驚いたような顔をして見て来る。ていよくフッたと思われてるのだと、ここで理解した。更に「気遣いでなければ何だ?」と悪い方向に2人の思考が向かってるのも分かった。

「誘いは本当に嬉しいんですが、王族の方のプライベートに同行して起きたトラブルや噂の責任は、俺如きでは拭えませんし負えませんので。…ご存知の通り、俺は男爵家の孫でしかなく、一部では野蛮職と呼ばれる冒険者で、同性愛者です。ユリウス殿下と付き合う人種としてはリスクが大きいでしょう」

真に愛し合う身分違いの恋物語ならば、そのリスクも2人の越えるべき愛の試練とでも思えたのかもしれないが。

真っ直ぐに見詰める先でユリウスは少しだけ琥珀の瞳を揺らめかせた。

「……そう」

「貴方は魅力的です」

「……」

ジンの言葉にユリウスは一瞬だけ頬を染めて、伏せ気味だった瞼を開いた。照れたのだろう。賛辞など言われ慣れているだろうに。すぐに戻った表情で、彼が表に出す感情を選び、更に演じられると分かった。
ユリウスは微笑と共に腕を組み、首を傾げる。

「王子でない方が良かった?」

「………まあ、平たく言うと、そうですね」

「王族でなければ誘われた?」

「はい」

「…王族で"なくても"ではなく、王族で"なければ"なんだね。そっか」

小さく呟いて、頷いて、1人で納得して、ユリウスは嬉しそうに目を細めた。伝わったようで安心していると、隣でロキまで安堵したような息を吐いた。
本当に不敬罪になると思って心配してたのかもしれない。

(最近の先生、俺に対して心配ばっかしてんな。申し訳ないけど可愛い…可愛いはおかしいのか?悪い気はしない?)

手に入らない、手に入れないと決めたなら、ジンの関心はすぐに失せる。テオドールが(何故か)例外なだけで、元々は執着のない性格だ。
ユリウスよりもロキへと目を向けてしまう。
その姿をユリウスも気付いている気がするが、詮索はしてこない。しかし突拍子もない事を言って来た。

「ああ、そうだ。前使っていたマントは、何か思い入れとかあるのかな?」

「え?いえ、特には。使い勝手が良くて、長く愛用はしてましたけど。思い入れと言う程は」

「……ふうん、そう。じゃあ今後はそのマントを愛用してくれると嬉しい。それじゃあね」

「あ、待った」

肩に羽織る制服を靡かせ、踵を引いたユリウスにジンは引き止めた。

「すみません、最後にひとつ。ドラゴンの事は、何も聞かれないんですか」

自ら藪を突く真似をするのは良い手ではないが、王宮側があまりに動きがないので気になっていた。
ギルド側、特にガランは随分とそこを心配していた。

ユリウスは「ああ」と吐息のような声を漏らし、踵を返す途中の格好で顔だけ向けてきた。

「あの時の子はドラゴンだったの?見た事ないから分からなかったよ」

「……」

興味なさそうに呟くユリウスに、ジンは違和感を覚えた。ロキは静かにユリウスを見詰めるだけだ。

「一緒に居た護衛騎士は分かったのでは?」

「あー…そうかもね。でも彼から漏れる事は絶対にないから安心して良いよ」

微笑む王子はやはり興味がなさそうだった。
彼と彼の護衛騎士がドラゴンを認識してなかった(ありえないと思うが)としても、目撃者は多数いた筈だ。
王宮からも、魔塔からも、沙汰がない事が不思議で仕方ない。

(俺が思うより、世間はそこまでドラゴンに関心はないのか?)

「…一部の貴族が騒いでるようだけど、国王陛下は一学生が従属している魔物を無理やり奪う気はないよ。君に国家転覆を狙うような危険思想がない限り」

「ありません」

今の国の在り方に不満はない。
ユリウスは「だろうね」と微笑んだ。

「従属している魔物を主人から無理やり引き剥がす方が危ない事は、歴史が証明している。…卒業後は、何らかの接触があるかもしれないけれど。学園にいる間は、ドラゴンやフェンリルについて王宮から手を出す事はないと思って良い。学園長がいらっしゃるしね」

「学園長?」

思わぬ返答に隣のロキを横目で見た。瞬き後、気付いていたのかスッと紫の瞳がこちらを向いた。
王子の誘いは断ったのだから、あまり引き止めるのは良くないと言ってるようだ。

「……そうですか、ありがとうございます」

「いいえ、それじゃあ失礼するよ」

去って行く後姿を眺めている内に、ある事を思い出す。

「…そもそも王宮でドラゴの話は出来ないんだっけ?」

学園長の精神魔法に掛かっているなら、生徒である第二王子は学外の王宮では話せない状況になる筈だ。

「王族は能力低下や洗脳などに部類する魔術の類は効かない特殊な『血族』だ。だからユリウス殿下は学園長の精神魔法にも掛かっていないだろう。その強さが王族を王族足らしめているとも言える」

「そうなんだ、それはすげぇね」

「まあ、物理的な毒や薬は効くから。それらが効かないお前もなかなかのモノだと思うが。魔術によるものは結局の所、魔力量や技術で対抗出来るからな」

「…そうなると、光属性持ちがやっぱ最強な気がしてくるな」

精神魔法に耐性があり、治癒による解毒も可能で、呪術系の魔術も防御、解呪が出来る。
結界も防御も強く、攻撃力に難はあるが出来ない訳ではない。テミスは周囲を焼き尽くす広範囲の攻撃魔術を考案していたくらいだ。自分でやっておいて「これは危険ですね」と呟いてて笑った記憶がある。

「そうでもない。光属性は肉体強化系の術が出来ないからな」

「え?」

「身体能力だけは上げられないんだよ。だから物理的に追い詰められたら勝ち目はほぼない」

「……つまり」

「うん?」

「対人に弱いんだな」

防御や結界をされる前に追い詰めてしまえば良いだけだ。そんな事を考えられるのは人間だけで、魔物は戦闘本能が強いので狡猾な種でもまずは攻撃を試みる。

シンプルな武力に勝てない。結構致命的な気がする。

「……ああ、まあ、そう言う風にも取れるな。そもそも魔物や魔獣は何故か光属性を狙わないし、敵は『人』と言うのは納得する。しかし人間相手でも防御で身を守る事は可能だぞ。防戦一方にはなるだろうが」

「…まずそうだからだって」

「は?」

「光属性はまずそうだから狙わないんだって。な、フィル」

足元にくっついていたフィルを撫でた。へっへっと口を開けて上を向くフィルは、分かってるのか分かってないのか、分からないが笑ってるように見える。

「…それ、ドラゴから聞いたのか」

「そうだよ。笑えるよな」

「……ドラゴ達は、美味そう不味そうで人を見てるのか?魔物は人間も捕食するから、当然と言えば当然なのかもしれんが」

「……」

ジンはロキを見詰めて、間を置いて「あはは」と笑い出した。困惑したロキは眉を顰める。

「俺と同じ事言ってる。でも先生だってそうじゃん」

「……何がだ」

「ヒトを美味そうか不味そうかで見てるだろ?」

「…それはお前だろ」

「俺は可愛いか可愛くないかで見てるよ。先生は可愛い。そのグラスコードも良く似合ってる」

「……」

睨み付けて来るが、黙ったと言う事は悪くない反応だ。こう言う時のロキの眼光は怖くない。
グラスコードの紫水晶へ手を伸ばしても拒まれない。指で摘んで軽く撫でる。

「プレゼントして良かった」

囁くとロキは目線を逸らした。グラスコードから手を離し、壇上の方角へ顔を向けた。始業式の終わりを告げる言葉が聞こえて来る。

「式も終わったみたいだし、先に教室に戻るよ。…ドラゴのお土産と一緒に、それも大事にして。じゃあね」

「…ああ」

ロキはドラゴのお土産の松ぼっくりを思い出して小さく笑った。その時、一瞬だけジンを視界から外した。
目線を戻した時にはジンもフィルも既にどこにも姿がなく、壇上からはけた学園長や他の教師が目に入る。

学園長に付いて回っていたドラゴの気配もない。もうバレてしまったからか、ジンは実力を隠す事なく発揮している。その非凡なる才能を使って身を隠す事に徹するつもりのようだ。

(…もう"目立たない学園生活"は無理だろう)

そんな事はジンも十分分かっているのだろうが。

学園長が悠然と歩いて来る。静かな歩行は足音がない。

「ロキ先生。その彫刻像、ジンのでは?貰ったのかな」

「え?……あ、あいつ…!」

指をさされて振り返る。棚の上で初代国王がキラキラしていた。

『それも大事にして』

ジンの意図を理解し、彫刻像を掴み取りロキは大きく溜息を吐いた。
どうせ大切にしないのは目に見えている。仕方なく、ロキはローブの中へと隠すように仕舞い込んだ。
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