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学園編 2年目

特別課外授業6

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ーーーパチン

もう何度目か分からない指の音。
繰り返された攻防で、少しは身丈が短くなった魔獣だが、まだ包み込めるサイズではない。

(尾が邪魔そうだな。よく見えねぇが)

見え始めた尾(?)の部分は尖り先細っているが、核が逃げ込むにはちょうど良さそうだ。
ジンは囮も兼ねているので、魔獣の正面から移動は出来ない。魔獣の目玉の大半はジンを見据えているが、残りは上や後ろをグリグリと見回っていて、拠点を見つめ続けている目玉も数個ある。

(どこを狙うべきか悩むよな、ご馳走が散らばってんだから)

魔獣にとってはここにいる全ての生命体が餌だ。
ただ優先順位が違うだけ。

(さながら、俺は馬の前にぶら下がる人参)

興味を引き、誘導する。
正直倒し切れるとは思っていない。ガランはきっと魔塔に連絡をしてる筈で、応援が来るまで持てば良い。
だが、ただ逃げるのは暇だし、魔獣が興味を失う可能性もあった。

ついでのついで。
これで勝てればラッキーだし、少しでも身体を削っておけば後が楽だろうと。

ーーーパチン

得意の火属性。魔獣の下に赤い円陣が幾重も生まれ、その数だけ火柱が立った。

(あ、威力落ちたな)

真っ赤に燃え上がる炎に空も焼かれるが、ジンからすれば満足いくものではない。

魔獣は悶え、焼かれる箇所が溶けて落ちる。
動きが鈍いからか、そう言う反射行動はあまり意識にないのか、魔獣は身を捻りはするが大きく避けようとはしない。
その代わり、『黒閃閃光』の数とサイズが増え、威力も速度も上がっていく。

しかしジンも慣れて来て、サイズによっては短剣で弾き返せるようになって来た。
あまり無理しても筋肉も刃も疲労させるだけなので、基本は避けているが。それもいつまで持つのか。

魔力の減りを実感した今の時点で思った以上に削れていないし、応援の気配もない。

「…もしこのままお前が勝ったら食ってくれて良いけど、食後の感謝を忘れんなよ」

(まあ、口ん中でひと暴れくらいはするかもしんねぇけど)

そんな事を考えて、笑った。

「馬鹿を言うな」

後方から冷めた声が聞こえてジンの表情が固まる。
振り返りたかったが、飛んで来る回転刃に短剣を構える事を優先した。

しかし回転刃はジンの間合いへ入る直前で止まる。
結界だ。

「最大出力ばかりでは効率が悪いと、何度も言っただろうが」

ようやく振り返るジン。誰かなんて考えなくても分かっていたが、実際に目の当たりにした方が実感が湧かなかった。

ロキが呆れた顔して立っている。

「………せんせ、魔獣に結界は役に立たないよ」

「分かっている。だが、時間稼ぎになると教えて貰ったんでな。ギルド長殿に」

「…先生が知らなかったとは思えねぇ情報だけど」

ふんと鼻を鳴らすロキに、なんだか可笑しくなってジンは笑った。
回転刃が結界を侵食しながら削って来る。それはひとつ、ふたつと増えて行き、最初の回転刃が2人の間を高速で抜けて行った。軌道が読めているから、微塵も反応しない。

「手本を見せてやる」

ロキはジンの隣へと立った。
またひとつ、回転刃が抜けて行った。今度はロキの右側をスレスレに。

「核を見つけるだけならば、何も全部を魔力で覆う必要はない」

毛先が少し切れたが気に留めずにロキは右手を肩まで上げた。ジンから見える横顔、その眼鏡の奥でアメジストよりも透明度の高い瞳が光る。

「『鎌風』」

スッと右手を下ろすだけの動作で、ロキの髪がふわりと浮いて、後方から追い風のように強い風が吹き抜けた。草が巻き上がり、風は魔獣に向かって一直線に向かっているのが分かる。

結界が壊れ、回転刃がジンの左を過ぎて行く。
だがジンの目は風を追っていた。

魔獣の顔面、その中央に、ピッと縦に線が入った。
風の軌道に浮いていた目玉のいくつかも。
ゴオッと風の音がしたと思ったら、パカッと魔獣の身体が綺麗に2つに分かれた。

それは偶々だったのだろう。
尾の近くに『核』が見えた。動きはない。

「こうやれば、魔力を節約しつつ核を……ジン!?」

「ナイス先生!」

見えた瞬間に走り出したジンにロキは驚いた。
あくまでも分かり易い手本として見せただけだ。

「切っただけで持続はしない!すぐに元に戻るぞ!ジン!!」

しかしジンは反応せず、真っ二つになった魔獣の身体の中央、その真下を駆け抜けて行く。
徐々に魔獣の身体が引き寄せられるように戻っていき、核もずぷりと真っ黒な油の身へと沈んだ。

「もう遅い」

完全に捕捉した核の気配を追う。移動範囲は右半身のみだ。核を追い込む形で前方から向かうジンは地面を蹴り、跳んだ。

その瞬間、パタンと本を閉じるような容易さで魔獣の身体が元に戻った。

一部始終を見ていた全員が唖然とした。
ロキは息も止まり、瞬きも出来ない。

まさか追い掛けるとは。

魔獣の身体に直接取り込まれた人間など知らない。
だが結果は考えなくても分かる。

「俺は、余計な事を」

呟いて喉奥が詰まった。生まれて初めて感じる、心臓が止まりそうな感覚。血液が凍る。腹から込み上げてくる様々な感情の名前が分からない。

魔獣は動かない。
体内へ意識を集中しているからだろう。
目玉も一点を見詰め、作り上げられていた回転刃もピタリと止まっていた。

数秒が数時間にも感じた後、突然、魔獣がノイズ混じりの絶叫をしたと思ったら、脱力したように地面へと落下した。べちゃりと粘着質な落下音、ようやく粘液スライムらしい姿となった。

「!!?」

全員が再び喫驚に震える中、浮いていた目玉が油のような汁を飛ばしながら弾け、遅れて顔も長い身体もドロドロと溶け始めた。

「……はあーー…」

遠く、先の方で深い呼吸が聞こえた。
ロキの目が、全身に黒い油を被り、粘液の糸を引き摺り魔獣の身体から出て来たジンを捉えた。
ジンもロキの目線に気付き、まだ油の山に隠れていた手元を上げる。

短剣が深々と突き刺さった『核』を掲げるように。

それが見えた瞬間、ガランが顔をくしゃくしゃに歪めて拠点から叫んだ。

「良くやった!!!お前は凄い!!すごいぞジン!!ほんとに…よく…ひとりで戦っ………」

力の限り腹の底から叫ぶ声で、空気がビリビリと震えた。もちろんジンにも届き、泣いてしまったらしいガランがしゃがみ込む姿を見た。

「はは、相変わらず可愛いおっさんだな」

黒い粘液を拭いながら笑う。粘液は暫くすると魔素へと戻り、さらさらと消えて行く。
しゃがみ込んだガランの周りに、いつもの面子が集まって揶揄いながら、全員がジンに向かって手を振った。その笑顔にジンも応える。

顔を戻すと、ロキがスタスタと早歩きで近付いてくる。
その顔が史上最高に怒っているのが分かり、ジンは少し頬が引き攣った。

「あ、核、ぶっ壊してごめん。『消失』使う余裕、流石になくて 「馬鹿者」

ロキが抱き締めに来た。
肩に顔を埋めるロキにジンが固まる。

「お前は、大馬鹿だ」

首に回る腕に力が入る。震える声が言葉にならないロキの気持ちを語っていた。
初めてのロキからの抱擁にジンもまた言葉が出て来ない。

(………あ、)

そしてある事に気付いた。
ロキの腰に片手を添えて、側頭部に頬を寄せる。

「先生先生、なあ、知ってた?」

「……何をだ」

「身長、超えたかも」

言われてロキは顔を引いた。
鼻先が触れ合いそうな距離で見る赤い目は、確かにほんの少しだけ高く感じられる。
嬉しそうに甘く目尻を垂らした微笑みは、ロキの良く知る男そのものだった。

「…今、言う事か」

ふっと思わず笑ってしまう。
ジンは眉を上げて少し驚いた後すぐに微笑む。
離れるロキの動きに腕は離すが、耳元へと口を寄せた。

「先生、フェロモン」

「……は?」

「約束、破らないでね」

「………」

ロキの口端が引き攣る。確かに自分のフェロモンが強く香っている。横目に見てくる赤い流し目に下心と色気が混ざり、ロキは息を詰まらせた。収めなければ拠点に戻れないと言うのに、フェロモンは一層香り高くなってしまった自覚がある。
サッと顔を逸らし、無言でジンを片手で払った。
先に行けと。

ジンは小さく笑ってロキから離れた。
拠点から飛び出すように、ハンスとイルラ、テオドールが走って来るのが見えて、冗談混じりに腕を広げると躊躇いなく3人はジンの胸に飛び込んだ。
これほど思い切り飛び込まれると思っておらず、ジンの方が呆気に取られる。だがすぐに胸がくすぐったくなり、頬が緩んだ。

「ジン!無事で良かったっす!もう意味は全然分かんねぇっすけど!ホントに!すごくて!」
「……良かった、良かったジン。カカココのこと、まともに礼も言えずに…オマエが死ぬんじゃないかと…」
「俺に生きろって言ったのに!お前の方が危ねえじゃん!でもマジで、かっこよかった!マジで何者って感じだけど、強かった!」

三者三様、言いたい事を言い捲るのでジンは口を挟めない。取り敢えず微笑みながら相槌を打つ。イルラの首にいたカカココが伝って首へと巻き付いてきた。
片手にはまだナイフが刺さった核を持ってるので、しっかりそれぞれを抱き締め返せないのが残念だ。
ようやく言いたい事を言い切ったのだろう、3人が落ち着いて来て顔を上げた。
ジンは更に笑顔を深める。

「お前らが無事で良かったよ」

心の底からそう思っているのだと、言葉にして強く自覚する。振り返ると、フェロモンを抑えたロキが後ろに来ていた。目が合い、微笑んでくれる。

4人の笑顔に胸が熱くなる。

しかしまだ終わってはいない。
ガランも同じように思ってるのだろう、顔を乱暴に拭って怖い顔をした。気を入れ直しているだけなのだろうが、知らない人が見たらめちゃくちゃ怒ってるようにしか見えない。

その顔でヅカヅカと大股で歩いて来る。ハンスがサッとジンの背後に隠れた。

「ジン!!魔物がまだ残ってる!念の為にまだ拠点に居てくれ!」

「ああ」

目の前に来たガランへ短剣を抜いた核を差し出す。
魔獣の討伐成功の証拠だ。ガランはまた顔をひしゃげた。両手で受け取り「ありがとうな」と泣きそうな声で言った。
ジンは短剣を腰鞄マジックバッグへ戻しつつ肩を竦めて微笑む。それから空と地でそれぞれ戦うドラゴとフィルを見る。ハンス達3人がジンのどこかしらを握っていて動けないので、顔を向けるだけにした。
ガランもジンの視線を追ってフィルへ目を向けた。

「…こう言っちゃ何だが、2年のブランクはでけぇな。ドラゴもフィルも仕留めきれずにいる。ドラゴはハーピーに翻弄されてるし、フィルも逃げるので精一杯みてぇだ…」

言いにくいのか、目線を手元へ下ろし、割らんばかりの力で両手で核を挟み込んでガランは言う。「だが」と今度は睨み付けるような強い眼差しで顔をあげる。

「魔物だけなら俺らの出番だ。数は揃ってるし、ランディ達の体力もある。ジン、2頭を下げてやってくれ!」

「いや、大丈夫だよ。あれは遊んでるだけだから」

「「「は?」」」

ガランの意気込みを見事に砕くジンの言葉。
重なる声に少し笑う。

「すぐ終わるよ」

カカココをイルラの首へと返すと、ジンは空高く飛ぶドラゴへ顔を向けた。何十頭と群がるジャターユの影の中に、少し大きめの影の後ろに巨大な影が縦に並ぶ。逃げるハーピーに追いかけるドラゴだ。

「Sランクか…どうすっかな…」

魔獣に集中していたので魔物達の対処に今更悩む。
横目でガランを見るとポカンとしたまま、ドラゴを見上げていた。

(……ギルド長就任の景気付けになるかな)

心を決めてドラゴへと告げる。

「ドラゴ、ハーピーは生け取りに。ジャターユは…そうだな、好きにして良い」

大した声量ではない。ドラゴの位置よりも近い拠点で待機しているランディ達にも届かない、普通の声。

その声はきちんとドラゴの耳へと入っていた。

ーーーキィアアァアア‼︎

「オマエの鳴き声はうるさい!オマエはキライだ!ジンの声のジャマをするな!」

ハーピーの鳴き声にドラゴは怒る。
ムスッとしながらドラゴは群がってくるジャターユを振り払い、頭を持ち上げると大きな翼と身体でブレーキを掛けた。

一瞬の静止。

隙と見たハーピーは飛行速度を上げ、金切り声を上げてジャターユの群れを操り、ドラゴとの間に壁を作った。
距離はどんどん離れていく。このまま逃げ切るつもりだ。

「いけどり」

ドラゴは復唱すると、翼を一振りで更に上空へと舞い上がった。置き去りにされたジャターユが気付くよりも早く、間髪入れずの直滑降。

狙いはもちろんハーピー。

離れた距離も、風の抵抗もものともせず、その巨体で風を切り裂く。
ジャターユがハーピーを守るように囲んでいるが、ドラゴは脚から群れに突っ込んだ。爪に、気迫に、勢いに、触れたジャターユが吹っ飛ばされる。

ーーーイヤアアァアアァアッッッ‼︎‼︎

伸ばした後ろ脚1本でハーピーを強く掴むと、激しく身悶えながら耳を劈く女の悲鳴のような咆哮を上げた。ドラゴはムッと無い眉を寄せる。

「うるさいと言っている!!!」

ギッチリと爪が食い込むほどにハーピーを握り締め、直滑降の速度のまま落下して行く。

ハーピーの咆哮にはジャターユの士気を高める効果があったらしく、ギャアギャアと騒ぎ立てるジャターユがドラゴを追い掛けていたが、1匹も追い付けない。

ーーードゴォォオォンッ!!

そのまま地面が割れるような衝撃音が響く。
砂煙が上がり、ドラゴの姿が半分ほど隠れた。
その頭上からジャターユ達が矢のように降ってくる。

ドラゴは頭を振り上げ、紫の闇火を放射した。
闇火は空を禍々しい紫に燃やし、そして消えて行く。

全てのジャターユを塵と変えて。

「おもしろくない」

ぶすくれた声で握り締めたハーピーを見る。
地面に叩き付けられ、ピクピクと痙攣しているハーピーはSランクと言ってもドラゴには小物過ぎた。

ますます呆気に取られるガラン達。
ジンはドラゴの決着を見届けると口角を上げた。その顔は褒めそやすようでもあり、誇らしげでもある。
すぐにフィルの方に顔を向け直す。

「あれは新種だからな…フィル、気絶させられるか」

こちらへの声掛けも大した声量ではないが、フィルの尾がぶおんと振られ、「ワオーーォンッッ」と遠吠えが返ってきた。

フィルは軽快に前後左右に走り回り、獅子の手や牙、時には赤黒い炎も岩のような雹も避けていた。避けるだけなので傍目からは防戦一方に見えていたんだろう。
面白がってギリギリに避けたりするから。

「あの魔物、火と氷属性持ってるんだな」

ジンが呟くとガランがハッと我に返って、ドラゴからジンへと振り向いた。

「そうだ!フィルの相手だがアイツも多分Sランクだろう。五属性中1番相性の悪い火系と水系の属性持ちだ」

「…相性悪い属性持ちだとSなのか?」

ジンの腹の前に居るイルラがガランを見上げて問い掛けた。ガランは腕を組んで頷く。

「ああ、今ん所、Sランク以上の魔物にしか相性悪い属性持ちは発見されてねぇ。まあ、こうやって新種や未確認が出て来るから、絶対とも言い切れねぇが」

「……オマエ、火と水持ちだったよな」

イルラの顔がジンを見上げた。他2人も同じ事を考えていたようだ。

「うん?うん、そうだな。でも安心して、俺、魔物じゃねぇから」

そんな心配は誰もしていなかったのだが。

「あ、」

ずっとフィルを見ていたロキから漏れた声に、全員がロキを見て、ロキの見てるフィルを見た。

空から降って来る雹の数個を咆哮で砕き、フィルがしなやかに走り出す。切り裂く風のような疾走に、獅子は身体の周りにぐるぐると回る火の玉をいくつも作り出して放つ。火の玉はそれぞれが混ざり合い、ひとつの大きな炎の大玉となり、突っ込んでくるフィルを包み込んだ。

「「「フィル!!」」」

ハンス達の声が上がり、それぞれジンの裾やら手首やらを掴む手に力が入った。

「大丈夫」

心配に青ざめた3人へジンが声を掛けると同時に、炎を裂いてフィルが現れた。獅子の間合いへ飛び込むと、ヒビが入る勢いで地面を蹴り、獅子の頭へ弾丸のように突っ込んだ。

ーーードゴンッ!!

鈍くも激しい音がして、獅子の頭が弾かれ仰け反った。

頭突きだ。

フィルはくるりと宙返りして地面へ着地。
獅子は頭を左右に大きく揺らした後、地響きを立てて地面に倒れ込んだ。
上半身を伸ばしながら獅子を軽く威嚇した後、動かないと分かるとフィルは振り返り嬉しそうにジン目掛けて走り寄って来る。

どんどん大きくなる姿にハンス達3人の目がどんどん丸くなる。

「うーん…デケェな」

2年間小さくさせていたから、比較効果で一際大きく見えるだけかとも思ったがどうも違う。
見てない内にちゃんと育っていたんだろう。
それは良いんだが。

「首が痛くなりそうだな」

目の前に立ったフィルの体高は、小さく見積もって5~6メートルあるようだ。

後ろに居るロキへ顔を向けた。

「なあ先生、フィルさ今の時点で親と同じくらいデカいんだけど、これまだデカくなると思う?」

「……魔物の成長には2種類ある。晩成型と早熟型だ。フェンリルは後者で、若い内に身体が出来上がると言われている。ドラゴンもそうだ。だから……」

「…だから?」

「まだ成長するかもしれんし、しないかもしれん」

「そか、…まあ、良いか。ツインヘッドスネークは?」

現時点で分からないなら考えても仕方ない。彼らの親友であるカカココは、イルラの首元でフィルをずっと見ている。

「「晩成型」」

イルラとロキがハモったので、思わず少し笑った。

「じゃあカカココとはだいぶ差が出ちゃうな」

フィルを見上げ直す。少し大人びた顔立ちになったが、いつもと変わらない美しい雪色の毛に満月色のゴールド。降り頻る尾が風を起こしている。
ジンと目が合うとサッと伏せの体勢になった。
褒めて欲しいのだろう。
3人の手が緩んだので、ジンはフィルへと近付いた。
感触はちゃんと伝わるのかと思うほど差があるが、下げられた頭の眉間の辺りを撫でるとフィルの目が幸せそうに細まった。

「……うん、上手だったぞフィル。お前は良い子だ」

身体がいくらデカくてもフィルだ。
グイグイとマズルを擦り寄せてくる仕草に微笑む。

「オレ様は!!!!」

空気を震わせた大声に風が荒ぶる。
ギャオオ!と喉を鳴らす音まで混ざり、竜の雄叫びそのものだった。内容はとてもそうは思えないが。
ドラゴは痺れを切らして低空飛行で飛んで来た。
片足にはぐったりとしたハーピーが掴まれている。そのまま、ズトンッと着地した。
少し地面が揺れ、風に全員が目を閉じた。

雄々しく開かれていた翼を閉じても、ドラゴはフィルよりも大きい。

「……お前もデカいな。腹のもちもち気に入ってたんだが」

真ん丸だったお腹は今やすっきりとしている。

「でもかっこいいな。昔見た絵本のドラゴンよりずっとかっこいい」

目を見て褒めてやりたいが、ドラゴの足元に行くと恐らく顔すら見えないだろう。
ドスッと尻を押されて振り返ると、フィルの目が「乗れ」と伝えてくる。
マズルの上へと立つと、フィルが体を起こしてドラゴの前へと顔を突き出した。ドラゴも合わせて顔を寄せて来る。
丸みのないドラゴンらしい鋭角な目に鋭利な輪郭。吸い込まれそうな闇色の瞳は、太陽光のハイライトで満月だけが輝く夜にも見えた。
寄せられた鼻先へと手を伸ばす。ごつごつとした鱗の感触に微笑む。

「良くやった。凄いぞドラゴ。お前らならあっという間に狩れただろうに。俺の思いを汲んでくれてありがとう」

「オレ様はかっこよくてすごいか」

「ああ、かっこよくて凄い。しかも強くて賢い」

「最高のドラゴンだ!りんご何個分だ!!」

「林檎?……うーん…100個?」

少ないか?とも思ったが、ドラゴは「100個だ!!」と喜んでいるので良いんだろう。と言うか、何の質問だ。

「肉ならどのくらいだ!!」

「えっ…山盛り…?」

「やまもりはなんだ、大盛りより多いか」

「多いな、多分」

「じゃあ山盛りだ!」

質問の意図は分からない。
腹でも空かせてるのかもしれないが我慢して貰うしかない。

ジンは2頭の食事風景を好んでいるが、見せびらかすものじゃないし、血に慣れないハンス達は引いてしまうかもしれない。教員や生徒達が怯えて、ドラゴ達へ悪感情を抱く可能性もある。だから殺さないよう遊んで貰い、仕留めないよう生け取りを頼んだ。

拠点の方が騒めき出した。いや、もうずっと騒がしかったが、人が増えたのだ。

(応援が来たのか、それに、あれは)

高い場所からよく見える。
馬車や馬、従魔に乗った人々が集まってきていた。

ジンはフィルの上から躊躇なく飛び降り、ガラン達の前に着地する。音も衝撃も少ない柔らかい着地だ。

「ガラン、先生達連れて先に拠点へ戻ってくれ」

「えっ!あ、ああ?うん?お前は何すんだ?」

「ハーピーとあの魔物の状態を確認してくるついでに縛ってくる。念の為」

「……縛るって、ああ、『魔力綱』か」

「うん、あんま魔力ないけど、それくらいならまだイケそう」

二の腕を交互に押さえてストレッチをし、ドラゴの足元にいるハーピーへと近付く。
動かない5人に顔だけ振り返る。

「これで終わりじゃない、1番大事な事がまだ残ってるだろ」

腰鞄マジックバッグから取り出した何かを、ガランへと放り投げた。ガランは核を片手に、もう片手で飛んできた3の個物を掴む。

開いた掌にあったのは




「……魔物寄せ」


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