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第9章
決行
しおりを挟むまったくどいつもこいつも俺様を不愉快にさせやがる……。
今日も、美弥をなぶってストレス解消せんとな。そのために飼っているんだ。なんせ俺様のようなエリートが身寄りのないフリーター風情の女を嫁にしてやったんだから、しっかりと貢献ささんといかん。
倉重は仕事を終えて駅からの帰り道、そんなことを思いながら、周囲に誰もいないのを確認して薄気味の悪い下卑た笑いを浮かべた―――。
「帰ったぞ」
いつもは物憂げに玄関にでる美弥の姿はなく、物音ひとつなかった。明かりすらついていない。
どういうことだ……。「おい!」と呼びかけるが、やはり静まり返ったままだ。さすがにおかしいと思い、美弥の部屋を開けると、もぬけの殻だった――。
もっとも美弥の持ち物は、多少の化粧品と衣類それと本ぐらいしかなかったはずだが、それらが綺麗さっぱりとなくなっている。
出ていきやがったのか……、逃げる所なんてないだろうが……、ふざけやがって……。
あいつに狙いを定めたのはモルモット臭を強烈に醸し出していたからだ。自分の意思なんてない、何かを求めることもない、すべてを諦め、実験材料にされるのをただ待っているかのような目をしてやがった――。
あの定食屋で見つけた時は、胸が躍ったよ。しかも身寄りがないときてやがった。正に極上のモルモットだ。
20歳近くも年下なら、俺の老後の介護もさせられる。
理想的な長期モルモットになる、そう踏んだ――。
それなのに……、
モルモットが自分の意思なんか持って、行動を起こしやがったのか……。
倉重は、冷蔵庫からビールを取り出し、明かりをつけ、リビングのソファにどかりと身をあずけた。
すると、目の前のテーブルに何か置かれているのが目に入った。署名捺印した離婚届と、その上にメモリースティックがあった。
「あっんの……クソ女……」
これは一体何のメモリースティックだ……?
PCに挿し込み、開いてみると動画ファイルがあった。
なんだこりゃ?再生すると、見たこともない部屋が映った。
壁一面に本棚があり、その前に布団が敷かれ男女がまぐわっている。
男だけがオペラ座の怪人のようなマスクをつけている。
そして男の下で媚態を晒しているのは、美弥だった――。
男が「いいよっいいよっ奥さん……」と呻いている。
この声はどこかで聞いたことがあるぞ……、倉重は記憶を手繰り寄せた。
クリーニング屋のオヤジじゃないか!
俺様という素晴らしい人間の妻という身でありながら、なんてことを……。だいたいあのオヤジ、もういい歳だろ……、なんでそんなに元気なんだ……。
クリーニング屋のオヤジが美弥の上で昇天の表情を浮かべた後、画面が切り替わった――。
――今度は明らかにラブホテルだった。
男はまた怪人マスクを着けている。しかし髪型と口元だけで今度は即座にわかった。こりゃ洋食屋の旦那だ。
あの男は、客の女をいつも物色している。相当な女好きなのはわかってたが、いつの間に美弥をたらしこみやがった……。
美弥は、クリーニング屋の時とは全く違った媚態を晒している。
なんなんだ美弥は……、さっきと全然違うじゃないか。俺も見たことがないぞ。どこでそんなことを身につけやがったんだ……一体おまえは何者なんだ?……
倉重は、なかば呆然としながら画面に魅入った。
そして我に返り、ビール缶を握りつぶし、絶叫しながらそこら中のものを手当たり次第に投げつけた。
そして荒い息を吐きながら、もう一度ソファに身をあずけた。
動画はまだ続いていた――。
事が終わり、洋食屋の旦那がシャワーに向ったようだ。
美弥だけが、ベッドの上に取り残されている。
その途端、美弥がゆっくりと顔をカメラの方に向けた。
そして画面を見据え―― ふふっと嗤った―――。
美弥のその顔を見た時、倉重の全身は総毛立った――。
倉重は両手で頭を抱え、体を震わせながら言った。
何もないっ何もなかったんだっ! こんなものはまやかしだっ……! この俺様が、あんなクリーニング屋や洋食屋に嫁を寝取られるなんて事があるはずがないっ。だからこんなものは出鱈目だっ。
倉重は動画ファイルを削除し、抜き取ったメモリースティックをへし折り、何度も踏みつけた。
だが、美弥の復讐はまだ終わっていなかった―――。
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