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第7章
永遠の不在
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それは――美しさを発露させることではなかったか。
自らの図抜けた美貌から派生する孤独や絶望に、のた打ちまわってきた。どこにいっても受け入れられず、良くて遠巻きにされ、多くの場合排除され攻撃されてきた。だから美しさを封印するように生きてきた。
それは、美しくなりたい、美しくありたい、という女の本能に抗った生き方だ。普通の女性の、ましてや美弥のような女には理解の及ばない遠すぎる世界だ。
その孤独な世界に優里は長い間、一人で住み続けた。死への憧憬とともに――。
生きることも死ぬこともできない――と思いながら、それでも居場所を探し続けた。自分を受け入れてくれる世界を――ありのままの自分で輝ける世界を。それが叶ったなら、死んでも構わない――。
そんな想いで、AVという世界に踏み込んだのではないか――。
あるいは芸能界でもよかったのかもしれない。事実、女優やタレントには昔、いじめに遭っていたという人間が多い。ヒエラルキーの華やかな一群を置き去りにする美貌の持ち主だ。
だが、芸能界もまた闇が深い――。
いくら本人に光るものがあっても 事務所の力関係やコネで限られた席が埋まってしまう。本人の力量とは関係のないところで、物事が動きすぎる。
あの聡明な優里がそんなことに気付かないはずはない。
AVなら売れるために、芸能界ほど複雑な込み入った力は働かない。死への決意を持っていたとするなら、普通の女性が越えられない媚態を晒すというハードルも越えられたろう。
――そして優里は、ついに自らの美しさを覆い隠すヴェールを脱いだ――。
男たちが現実では決して抱けない完璧なまでに美しい女――女たちがどれだけ焦がれても妬んでも、決してその領域には辿りつけぬと一瞬で悟るほどに美しい女――、その美しい女は、わずか一年足らずでAV業界を席捲し、君臨した――。
優里は願いを叶えた。トップに君臨したのは副産物だ。あくまで優里が願ったのは、自らの美しさを思うがままに発露し、さらに際立たせ、世の中に解き放つことだ。
そして……優里はこうも言った――新しい目標はない――と。それは暗に――これ以上生きる気はない、引いては死を暗示していたのではないか――。
いや――詮もない。単なる推測にすぎない。一人の人間が自ら死を選ぶ。そのうちに孕まれるものを他人が容易に推し量れるものではない。
私は、優里の人生のほんのわずかな期間、その傍を掠めただけの存在だ。何がわかるというのか……美弥は自嘲した。
なのに――、それでもまた気がつくと優里の事を考える。
堂々巡りは続く――きっとこれからも、ずっと――。
どれだけ考えようが、答えに近づこうが、あるいはもしも真相そのものに辿り着いていたとしても、誰も断定はできない。ただ一人だけ正解を知る優里は、逝ってしまったのだから――。
皮肉にも確実にわかるのは、想う人は、もうこの世にいないという事だった。胸をかきむしっても、身もだえしても、のた打ち回っても―――。
――あるのはただ――永遠の不在―――。
世の中には、家族や親しい友人が理由が全く思い当たらないという自殺がある。それらは遺された者に永遠に解けない謎と苦悩をもたらす―――。
……こういうことなのか……親しい誰かが突然、自ら命を絶ってしまうということは……、美弥は思い知った。
果てどない孤独がまたやってきた―――。
――AVに出始めてから2年弱が経っていた。
素人モノも数をこなせば、当然素人ではないとバレ飽きられてくる。
そして何より、優里が生き、優里と出合い、優里が輝いたAV業界に携わることが辛かった。どうしても彼女のことで胸がいっぱいになってしまい、撮影に支障をきたしてしまうこともあった。
――ここらが潮時だ、そう思った。
美弥はAV業界を去った―――。
22歳の春だった―――。
(第8章に続く)
自らの図抜けた美貌から派生する孤独や絶望に、のた打ちまわってきた。どこにいっても受け入れられず、良くて遠巻きにされ、多くの場合排除され攻撃されてきた。だから美しさを封印するように生きてきた。
それは、美しくなりたい、美しくありたい、という女の本能に抗った生き方だ。普通の女性の、ましてや美弥のような女には理解の及ばない遠すぎる世界だ。
その孤独な世界に優里は長い間、一人で住み続けた。死への憧憬とともに――。
生きることも死ぬこともできない――と思いながら、それでも居場所を探し続けた。自分を受け入れてくれる世界を――ありのままの自分で輝ける世界を。それが叶ったなら、死んでも構わない――。
そんな想いで、AVという世界に踏み込んだのではないか――。
あるいは芸能界でもよかったのかもしれない。事実、女優やタレントには昔、いじめに遭っていたという人間が多い。ヒエラルキーの華やかな一群を置き去りにする美貌の持ち主だ。
だが、芸能界もまた闇が深い――。
いくら本人に光るものがあっても 事務所の力関係やコネで限られた席が埋まってしまう。本人の力量とは関係のないところで、物事が動きすぎる。
あの聡明な優里がそんなことに気付かないはずはない。
AVなら売れるために、芸能界ほど複雑な込み入った力は働かない。死への決意を持っていたとするなら、普通の女性が越えられない媚態を晒すというハードルも越えられたろう。
――そして優里は、ついに自らの美しさを覆い隠すヴェールを脱いだ――。
男たちが現実では決して抱けない完璧なまでに美しい女――女たちがどれだけ焦がれても妬んでも、決してその領域には辿りつけぬと一瞬で悟るほどに美しい女――、その美しい女は、わずか一年足らずでAV業界を席捲し、君臨した――。
優里は願いを叶えた。トップに君臨したのは副産物だ。あくまで優里が願ったのは、自らの美しさを思うがままに発露し、さらに際立たせ、世の中に解き放つことだ。
そして……優里はこうも言った――新しい目標はない――と。それは暗に――これ以上生きる気はない、引いては死を暗示していたのではないか――。
いや――詮もない。単なる推測にすぎない。一人の人間が自ら死を選ぶ。そのうちに孕まれるものを他人が容易に推し量れるものではない。
私は、優里の人生のほんのわずかな期間、その傍を掠めただけの存在だ。何がわかるというのか……美弥は自嘲した。
なのに――、それでもまた気がつくと優里の事を考える。
堂々巡りは続く――きっとこれからも、ずっと――。
どれだけ考えようが、答えに近づこうが、あるいはもしも真相そのものに辿り着いていたとしても、誰も断定はできない。ただ一人だけ正解を知る優里は、逝ってしまったのだから――。
皮肉にも確実にわかるのは、想う人は、もうこの世にいないという事だった。胸をかきむしっても、身もだえしても、のた打ち回っても―――。
――あるのはただ――永遠の不在―――。
世の中には、家族や親しい友人が理由が全く思い当たらないという自殺がある。それらは遺された者に永遠に解けない謎と苦悩をもたらす―――。
……こういうことなのか……親しい誰かが突然、自ら命を絶ってしまうということは……、美弥は思い知った。
果てどない孤独がまたやってきた―――。
――AVに出始めてから2年弱が経っていた。
素人モノも数をこなせば、当然素人ではないとバレ飽きられてくる。
そして何より、優里が生き、優里と出合い、優里が輝いたAV業界に携わることが辛かった。どうしても彼女のことで胸がいっぱいになってしまい、撮影に支障をきたしてしまうこともあった。
――ここらが潮時だ、そう思った。
美弥はAV業界を去った―――。
22歳の春だった―――。
(第8章に続く)
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