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第6章
夜の仕事と昼の仕事
しおりを挟む―――男たちを巧みに誘い込む手腕、そんなものを美弥は実体験としては持ち合わせていない。
ならば、なぜ誘い込めたのか―――。
それは―――かつて仕事でこなした役どころの再現だった―――。
――上京して初めての職場は、寮付きの食品工場だった。
弁当や惣菜、サンドイッチなどが24時間稼動で作られる。
単純作業の仕事にはすぐ慣れたが、辛かったのは元々安い給料から、その価値があるとは思えない額が寮費として天引きされることだった。それも住む家がなければ仕方がなかった。
2年ほど経った頃には、社会経験の乏しい美弥にもわかった。この仕事を続けていても、どこにも辿りつけない。働いて寝て、生きていくための必要最低限の額を使えば、貯金もロクにできない生活が続くだけだと。
そう思って、求人情報誌を見ても、美弥でも採用されそうな仕事は似たような条件ばかりだった。まるで雇用する側が、これぐらいの給料なら、どうにかこうにか暮らせるだけで貯金もロクにできないはずだと示し合わせたように―――。
でも、いつかはなんとかなる……そう自分をごまかしながら働いた。
寮や職場には、仕事を掛け持ちしている同僚が大勢いた。
キャバクラ、ガールズBAR、スナック等のいわゆる『夜の仕事』だ。女としてきらびやかに装い、酒を飲みながら男をいい気持ちにさせ、金を落とさせる。
昼の仕事の給料のほんの足しにという子もいれば、驚くほどの額を稼ぎ、会社と寮を去っていく子もいた。
世間では、そういったいわゆる『夜の仕事』とよばれるものは、どこか蔑まれる。
しかし美弥は、そうは思わなかった。
夜の仕事と呼ばれ世間から低く見られようが、己の才覚と手腕で多額の金を稼げるなら、それは立派なことだ。案外、見下しているのは夜の仕事で稼いでいる方かもしれない。こんな風に――。
……あんたたちはよくそんな雀の涙みたいな額で我慢できるね、それで何ができるの?生きてて楽しい?
ただ――自分にそんな夜の仕事で稼げる才覚も手腕も、男を悦ばせる容貌も、持ち合わせていない事はわかっていた。
男性との間の取り方すらうまくわからぬ自分にどうしてそんな仕事ができようか―――と。
だから私は、この働いて寝るだけの労働地獄から抜け出すことはできないんだろう……と美弥は、なかば諦観を抱きつつ同僚たちの話を聴いていた――。
それにしても『夜の仕事』に比した『ちゃんとした昼の仕事』とはなんだろう。
食品工場で日がな一日、弁当やサンドイッチを作り続ける。
あるいはオシャレなオフィスでデスクワークをする。
『昼のちゃんとした仕事』は無数に挙げることができる。
総じて給料は安く、非正規ならさらにそれは顕著になる。おまけに会社側の都合でいつでもお払い箱にされる。
誰でも代わりのきく仕事を言われたままにおとなしくこなし、つつましく暮らす。
たとえそんな生活を何年続けたところで、余裕など決して生まれずギリギリの生活が続く。
途方も無い数の人間が、そんな暮らしを余儀なくされている。まるでそれが当たり前だというように――。同時に何かがおかしいと気付きながら―――。
そんな状況が自然発生するだろうか? 自然発生でないのであれば、誰かが描いた絵だ。なんのために描いた?
足掻いても足掻いても、決して余裕は生まれない労働地獄――そこに大多数を陥れれば、必然的に働き続ける事になる。高齢になっても死ぬまで働く奴隷が出来上がる――。
その誰かが描いた絵は、そんな絵か……。
――そんなことをよく考えていた頃、街で声をかけられた。
いつものナンパだと思ったら、そうではなかった。
AVのスカウトマンだった―――。
男は正体を隠すでもなく、話だけでも聴いてくれて懇願する。
虚をつかれ、とまどっていると、あれよあれよという間にカラオケボックスに連れていかれた――。
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