上司のまなざし

雨宮 千夏

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待ちに待った日

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 チャペルの扉が開かれるのを逸る気持ちを抑えて待つ。

 いつか君が、こんな風に皆に祝福される日を願っていた。
 
 あれから3年ほどか―――。
 あの結婚式の二次会の日が思い出された―――。


 ―――部下の結婚式の二次会は、華やかな雰囲気に包まれていた。

 披露宴の後、年かさの上司が出る場じゃないと断ったが、部下である新郎に「ぜひ」と言われ、立食パーティーにのこのこと顔を出してしまった。
 いや、それは言い訳か。本当は一つだけ、どうしても気になることがあった。

 今日、晴れの日を迎えた新郎と同じ部署で働く同僚であり、かつて恋人であった女性――君のことだ――。

 以前、君と新郎が腕を組んで歩いていたのを見たのは偶然だ。
 会社での二人とはまるで違っていた。
 おくびにも出さないように二人とも頑張っていたんだろう。
 噂にすらのぼったことはなかったから、職場の者はおそらく誰も知らなかったにちがいない。

 だが、いつしか二人を包むものが微妙に変わった。
 おそらく、どちらかが無理をしている。
 気配り上手で笑顔を絶やさない君に不意にさす翳りが、気になっていた。
 ケンカでもしたのか、あるいは別れたのか―――。

 もしも君が同性の部下だったなら、飲みにでも誘って冗談まじりにプライベートな事を聞こうとしたかもしれない。
 しかし、異性となると昨今そういう事は、なかなか難しい。

 それからしばらくして、男性部下から結婚の報告があった。
 相手の女性は社外の人だった。
 二次会には部署内の全員を招待するという。
 
 君のことが気にかかった――。

 君はどんな気持ちで、その日を迎えるのだろう。
 もうすっかり過去のもので、なんらの感傷もないのか。
 あるいは同僚として精一杯無理をして二次会に顔を出すのか。
 年かさの男には、どうにもわからない。

 わからないままにその日はやってきた―――。

 そして君は―――鮮やかな衣装に身を包み、同僚数人と一緒に現われた。

 君は、皆に祝福されている新郎と新婦を、少し離れて見つめていた。
 一瞬、ほんの一瞬、横顔にあの頃よく見た翳りのようなものがさした。
 君はうつむいて目を閉じた。
 そして―――かすかにうなずき、顔をあげ、少しだけ微笑んだ。
 うなずいたのも微笑んだのも誰に向けたものではなく、自分自身との会話のようなものだったのだろう。

 そして同僚たちと駆け寄り、新郎に笑顔で「おめでとう」と言う君に、なんだか鼻の奥が熱くなった。

 なあ、君は気付いているか?
 いつも大切な人を想う目で、でもこっそりと、君を見つめている男がいることを。
 君の、まだ少し頼りない後輩だ。

 これも気付かないふりをしよう、そう思った―――。


 ―――式場スタッフが扉のわきに控えたのを見て我に返った。

 今、チャペルの扉が開かれた。

 割れんばかりの歓声と拍手が君を迎える。

 まばゆいほど白いウェディングドレスに身を包んだ君が、お父さんにエスコートされ歩いてくる。
 天窓からこぼれるほどの陽光が降りそそぐヴァージンロードの中を一歩一歩、新郎に近づいていく。

 君を待つ新郎は、あの頼りない後輩だ。
 いや、この数年でずいぶんとしっかりしてきた。
 君がうまくケツを叩いてくれているのかもしれない。
 きっといい夫婦になる。

 あの二次会を超えて、
 君はあの頃よりもずっとずっと綺麗になった。
 そして、幸せそうだ。
 これから、もっと幸せになる。

 おめでとう、ほんとうに おめでとう―――。


                         (了)
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