あの恋の贖罪

雨宮 千夏

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エピローグ

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 男が寝室の東向きのカーテンを開けると、朝の光が一気に洪水のように部屋に流れ込んできた。

 夜中にリビングで、うたた寝から目を覚ました時、なにか残り香のような――つい今しがたまで自分以外の誰かがすぐ側にいたような……そんな気配を感じた。寝ぼけているのだろう……と寝室に向かいベッドに倒れこんだのを思い出し、首をかしげた。

 男は光があふれる部屋の中で、目を細めながら伸びをした。
 その時、最近いつもあるわき腹の違和感が消えていることに気付いた――。

 色々とおかしな朝だ……、ずいぶんと懐かしい夢も見た。
 ほんとに懐かしい頃の――。

 男は苦笑いを浮かべながら、もう一度首をかしげた――。

 

 ―――医師は沈痛な面持ちで、ある女の親族とおぼしき数人に臨終を告げていた。

「苦しい治療に耐え、よく頑張られました。私どもも全力を尽くして参りましたが……、残念です。心よりお悔やみ申し上げます」
 そういって医師と傍らの看護師は、頭を下げた。

 親族は深く頭を下げ、一人が礼の言葉を口にした。

「先生のおかげです……本当にありがとうございました。昨日までは見ている私たちも苦しくなるほどだったのに、今はこんなに―――」
 そう言って言葉を詰まらせた。

 ほんとうに不思議だ――医師も想う。
 壮絶な痛みを伴う治療だった。医師として歯がゆく思うが、現在はそれしか治療法がない。多くの場合、その苦しみは臨終の際の顔に残ってしまうのだが……。

 それと――。

 数時間前、無駄とは知りつつ最期の触診をした。もう腹水がたまってどうしようもない腹部にふれたとき、昨日まではなかった新たなしこりがあった。長年の経験が、即座に良くないものだと指に告げた。
 たった一日で、なぜ……そんなことが起こるはずはない……。
 その疑問は自分の胸だけに納めた――。
 この期に及んで親族に、患者の体に新しく不穏なものができたなどと告げる事はなかろう……と。



 ―――医師と親族が去った病室に、看護師は一人残った。

 そして送り出す準備に入る前、遺体に手を合わせた。

 ほんとに昨日までのお顔とは別人のよう………と、女の顔をしみじみと見つめた。


 病室の窓から、やわらかな陽光が射し込み――女の顔を彩るように淡く照らしている―――。


 永遠の眠りについたばかりの―――願いが叶って安心したような――どこか微かに笑みさえ浮かべているような――女の穏やかな顔を―――。




                     (了)
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