19 / 27
近江八幡の戦い
種珠庵 2
しおりを挟む
「まぁ、そんな事は良いではありませんか。今日は、是非とも先生にお尋ねしたいことがありまして」
多賀高家が話に割って入る。
助け舟としてはありがたかったが、どちらも消化不良と言うか、下げようとした頭を途中で止められたようで、なんとも間が悪い。
経久は苦笑いを浮かべたが、盛時は、より不快に思ったのだろう。言葉の矛先が高家に向いた。
「どうせ、近江の話でも聞きに来たのであろう。おのれの実力を顧みずに、口先だけで手柄を立てようという愚か者の考えだろう」
「ん? いや、俺たちは……」
「戦とは、敵を切り倒す気迫と気迫のぶつかり合い。一騎残らず討ち果たす気迫がなければ、情報も策も意味をなさん。その、見掛け倒しの大刀と同じよ」
「そう、そう、その刀の話だ……」
かみ合わぬ高家の答えに、ふっと見下すような笑いを漏らした。
「お前らのような奴らが、先生の教えを聞こうなど片腹痛いは」
「ふむ……。経久殿は、戦をどうお考えか?」
宗祇から不意に尋ねられ、ぎくりとした。
すぐに答えようにも、向けられた問は捕らえ処のないような大きなものである。
「戦……ですか。……諍いを解決する手段、その一つであっても、全てではない。民の命を無駄にするなど、あってはならない。他に用いれる手段があれば、他の手段を用いるべきかと」
「京に住み公家になったつもりか? 焼け野原となった京を目にしても、その腑抜けよう。自ら命をかけ、血を流す本物の戦を知らぬ奴らのきれい事、武家とは思えぬたわごとよ!」
自分の答えには自信があった。だが、伊勢盛時の言葉は、武士としての力強さを感じさせ、聞いている方も熱い物が込み上げて、胸の内が何かが揺らぐ。
それを聞いていた宗祇は、深く長く息を吐く様に、とてもゆっくり答えた。
「……勇ましさ、も良いでしょう。……しかし、平安な京に居ながら、戦の熱にうなされ、きれい事も言えぬようでは、戦場では、地に足が着かずに、立つも座るも思うに行かず……」
「地に足が着かなければ、振り回した刀を振り下ろす場所もわからず、斬るべき相手も見えはしない。と言う事ですか?」
「場所によっては、門も壊すからな」
華模木の横やりに、どんな表情を作るべきか迷い、咳払いをするかのように口元を押さえた。
「…………馬鹿を言うな」
咽ながら言葉を吐き出すも、それをかき消して伊勢盛時の怒号が上がる。
「私は、戦場で舞い上がったりしません!」
立ち上がった盛時は眼前に迫る騎馬武者を思わせるほど威圧的であったが、宗祇の穏やかさは、少しも損なわれていなかった。砂埃の舞う戦場のただなかでさえ、茶を点てられるのではないかと思えるほどに。
「頼もしい事です……。考えや行動も十人十色、だからこそ皆さまなら戦場でも判断を誤らず動けるでしょう。その様な皆様に、折り入ってお頼みしたい事があるのです」
宗祇の言葉のあいだに取った僅かな間は、冷たい空気が流れ込み緊張が張り詰めるに十分な間だった。
「太政大臣・一条兼良様のご子息・一条冬良様を、美濃の斎藤妙椿の元より取り戻すお手伝いをしていただきたいのです」
美濃の斎藤家と言えば、守護代ではあるが戦乱の中、周辺の豪族を取り込み守護職の土岐家を凌駕するほどの勢力に成長した西軍の東の要であり、京極政経の家督争いの相手、京極高清の後ろ盾である。
「宗祇先生の御頼みとあらば、是非とも引き受けたいのですが、我らも出陣を控えた身で……」
「兵を率いてしまえば、他に目を配る余裕はありませんか。それも仕方ありません……」
決して大袈裟な素振りではない、落胆したようなため息に、胸が締め付けられるような思いが込み上げてくる。
それは、目の前の宗祇と言う人物に認められたいという思い、落胆させてしまったという心苦しさであった。
「お任せください!」
明朗な伊勢盛時の声が響いた。
そこ声に籠る決意からして、小さなため息に同じ思いを抱いたのであろう。
「美濃は、駿河への通り道。東海道を平定するついでに、一条兼良様のご子息も助け出してまいりましょう」
「我らも……」
思わず口をついて言葉が出たが、駿河まで出兵する伊勢盛時と比べれば、近江へ向かう京極家は美濃の手前で戦う事になる。
相手を倒さねば先に進めないとなっては、とても救出の役に立てそうにない。
「近江で戦っている京極家が美濃で何をするというんだ?」
反論する言葉もなかった。
東軍に繋がりを持つ伊勢家なら、斎藤家から人質を取り戻す手段もあるかもしれないが、京極家、京極政経は、斎藤妙椿と話し合えるどころか、敵対関係にある。
「はっはっはっ、宗祇先生、この盛時に任せて、御ゆるりとお待ちください」
押し黙った相手に勝ち誇った大袈裟な高笑いを残し、盛時は種珠庵の崩れそうな門をくぐって出て行った。
「武人としての気質は素晴らしい。数年もすれば、盛時殿の勇ましさは、天下に鳴り響く事でしょう……」
伊勢盛時に向けられた宗祇の賛辞を唇を結んで聞いていた。
「……ですが、この度は、京極家の方々にこそ、お力を貸していただきたいのです」
そう言われれば、宗祇の期待に応えたいという思い、伊勢盛時と競い合う思いが相まって、断る事など出来ようもなかった。
多賀高家が話に割って入る。
助け舟としてはありがたかったが、どちらも消化不良と言うか、下げようとした頭を途中で止められたようで、なんとも間が悪い。
経久は苦笑いを浮かべたが、盛時は、より不快に思ったのだろう。言葉の矛先が高家に向いた。
「どうせ、近江の話でも聞きに来たのであろう。おのれの実力を顧みずに、口先だけで手柄を立てようという愚か者の考えだろう」
「ん? いや、俺たちは……」
「戦とは、敵を切り倒す気迫と気迫のぶつかり合い。一騎残らず討ち果たす気迫がなければ、情報も策も意味をなさん。その、見掛け倒しの大刀と同じよ」
「そう、そう、その刀の話だ……」
かみ合わぬ高家の答えに、ふっと見下すような笑いを漏らした。
「お前らのような奴らが、先生の教えを聞こうなど片腹痛いは」
「ふむ……。経久殿は、戦をどうお考えか?」
宗祇から不意に尋ねられ、ぎくりとした。
すぐに答えようにも、向けられた問は捕らえ処のないような大きなものである。
「戦……ですか。……諍いを解決する手段、その一つであっても、全てではない。民の命を無駄にするなど、あってはならない。他に用いれる手段があれば、他の手段を用いるべきかと」
「京に住み公家になったつもりか? 焼け野原となった京を目にしても、その腑抜けよう。自ら命をかけ、血を流す本物の戦を知らぬ奴らのきれい事、武家とは思えぬたわごとよ!」
自分の答えには自信があった。だが、伊勢盛時の言葉は、武士としての力強さを感じさせ、聞いている方も熱い物が込み上げて、胸の内が何かが揺らぐ。
それを聞いていた宗祇は、深く長く息を吐く様に、とてもゆっくり答えた。
「……勇ましさ、も良いでしょう。……しかし、平安な京に居ながら、戦の熱にうなされ、きれい事も言えぬようでは、戦場では、地に足が着かずに、立つも座るも思うに行かず……」
「地に足が着かなければ、振り回した刀を振り下ろす場所もわからず、斬るべき相手も見えはしない。と言う事ですか?」
「場所によっては、門も壊すからな」
華模木の横やりに、どんな表情を作るべきか迷い、咳払いをするかのように口元を押さえた。
「…………馬鹿を言うな」
咽ながら言葉を吐き出すも、それをかき消して伊勢盛時の怒号が上がる。
「私は、戦場で舞い上がったりしません!」
立ち上がった盛時は眼前に迫る騎馬武者を思わせるほど威圧的であったが、宗祇の穏やかさは、少しも損なわれていなかった。砂埃の舞う戦場のただなかでさえ、茶を点てられるのではないかと思えるほどに。
「頼もしい事です……。考えや行動も十人十色、だからこそ皆さまなら戦場でも判断を誤らず動けるでしょう。その様な皆様に、折り入ってお頼みしたい事があるのです」
宗祇の言葉のあいだに取った僅かな間は、冷たい空気が流れ込み緊張が張り詰めるに十分な間だった。
「太政大臣・一条兼良様のご子息・一条冬良様を、美濃の斎藤妙椿の元より取り戻すお手伝いをしていただきたいのです」
美濃の斎藤家と言えば、守護代ではあるが戦乱の中、周辺の豪族を取り込み守護職の土岐家を凌駕するほどの勢力に成長した西軍の東の要であり、京極政経の家督争いの相手、京極高清の後ろ盾である。
「宗祇先生の御頼みとあらば、是非とも引き受けたいのですが、我らも出陣を控えた身で……」
「兵を率いてしまえば、他に目を配る余裕はありませんか。それも仕方ありません……」
決して大袈裟な素振りではない、落胆したようなため息に、胸が締め付けられるような思いが込み上げてくる。
それは、目の前の宗祇と言う人物に認められたいという思い、落胆させてしまったという心苦しさであった。
「お任せください!」
明朗な伊勢盛時の声が響いた。
そこ声に籠る決意からして、小さなため息に同じ思いを抱いたのであろう。
「美濃は、駿河への通り道。東海道を平定するついでに、一条兼良様のご子息も助け出してまいりましょう」
「我らも……」
思わず口をついて言葉が出たが、駿河まで出兵する伊勢盛時と比べれば、近江へ向かう京極家は美濃の手前で戦う事になる。
相手を倒さねば先に進めないとなっては、とても救出の役に立てそうにない。
「近江で戦っている京極家が美濃で何をするというんだ?」
反論する言葉もなかった。
東軍に繋がりを持つ伊勢家なら、斎藤家から人質を取り戻す手段もあるかもしれないが、京極家、京極政経は、斎藤妙椿と話し合えるどころか、敵対関係にある。
「はっはっはっ、宗祇先生、この盛時に任せて、御ゆるりとお待ちください」
押し黙った相手に勝ち誇った大袈裟な高笑いを残し、盛時は種珠庵の崩れそうな門をくぐって出て行った。
「武人としての気質は素晴らしい。数年もすれば、盛時殿の勇ましさは、天下に鳴り響く事でしょう……」
伊勢盛時に向けられた宗祇の賛辞を唇を結んで聞いていた。
「……ですが、この度は、京極家の方々にこそ、お力を貸していただきたいのです」
そう言われれば、宗祇の期待に応えたいという思い、伊勢盛時と競い合う思いが相まって、断る事など出来ようもなかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
永遠より長く
横山美香
歴史・時代
戦国時代の安芸国、三入高松城主熊谷信直の娘・沙紀は「天下の醜女」と呼ばれていた。そんな彼女の前にある日、次郎と名乗る謎の若者が現れる。明るく快活で、しかし素性を明かさない次郎に対し沙紀は反発するが、それは彼女の運命を変える出会いだった。
全五話 完結済み。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
和ませ屋仇討ち始末
志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。
門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。
久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。
父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。
「目に焼き付けてください」
久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。
新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。
「江戸に向かいます」
同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。
父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。
他サイトでも掲載しています
表紙は写真ACより引用しています
R15は保険です
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる