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伊勢貞親謀殺
万里小路
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吉川屋敷から出ると、口笛で呼び止められた。
人影のなかったはずの通りに、足音も立てずに近寄る猫のように姿を現したのは、華模木だった。
同じ模様の壁が続く武家屋敷では、通りを見通すように眺めても、勝手口や路地の場所が分からなくなっている。そこに潜んでいて待ち伏せれば、簡単に不意をつけるものだ。驚きを表に出さないように、屋敷の中での話をかいつまんで話した。
「それで、追い返されて来たのか?」
話している途中で堪え切れないように笑い出した。
「追い返されたわけではないが……」
「吉川家のご息女が、かんざしの君なのは間違いないのだろう?」
「そうだが、毒殺の犯人を探し出して吉川家の疑いを晴らすためではなく、屋敷近くの流民たちの間で病が流行っているのを調べるうちに、あの薬屋までたどり着いたって感じだったがな」
「初めから見当をつけていたんじゃないのか?」
「かんざしの細工は、藤の花だった。身に着けていたとしたら身分が限られるし、年恰好から察して、以前、藤乃という名を聞いた吉川家のご息女を思い当たっただけさ」
「うらはの裏、解けるか。しかし、随分活発な姫様だな。親切心だけで、そこまでやるものなのか?」
「彼女自身の性格によるところが大きいだろうが、吉川家の情報網は、侮れないからな。知ってしまえば動かずにはいられない。……経基様は、勝手に出歩くご息女を苦々しく思っていたようだが」
「危険なのは間違いないしな。流民たちの体調から毒や病に気を回し、俺たちより早く薬屋にたどり着いた行動力を考えると、暗殺者に出くわさないとも言い切れない」
「だから、経基様も、万里小路家の話をしたのだろう」
「しかし、どうしてまた、公家の万里小路家なんだ?」
「それは、家督を継ぐはずだった万里小路春房が、伊勢貞親と共に若狭に出奔したからだ。万里小路家としては、何度も京へ連れ帰ろうと手を回していたらしいが、頑として、若狭を動こうとしなかった。だが、今回の騒動となると話は別だ。伊勢貞親の骸を引き取るため本人が足を運ばねばならなくなった」
「伊勢貞親が京で死んだ事で、若狭に残る理由も無くなった。って事は、暗殺の首謀者は、万里小路家だったのか?」
「それを調べろ、と言う事でもあるのだろう」
「しかし、相手は日野家に次ぐ地位の公家だろ? どうやって、証拠をつかむんだ?」
「俺たちが証拠をつかんでも、知らぬと言われればそれまでさ。だが、春房に会えれば何とかなる……かもしれん」
「頼りないな」
万里小路家の屋敷の門を叩いた時、日が傾き始めていた。
下京に近い屋敷は、本亭ではなかったが分厚い門と高い壁に囲まれている。万里小路家の屋敷も多くの武家屋敷のように焼き払われて、京に残っているのは、他にはない。
「何の用だ!」
脇の扉から顔をのぞかせた門番が、相手を確かめもせずに横柄な言葉を投げた。
「万里小路春房殿にお会いしたい」
「ここにはおられん」
愛想のない声が経久の問いに間髪入れず答える。
聞くまでもなく答えは決まっていたようであった。
「何処に居られるのですか?」
「答えられん。何処に居ようとも、お前のような奴に、万里小路家の方々がお会いになるはずがない」
「私は……」
話を遮って、大きな音を立て扉が勢いよく閉められた。
取り付く島もないとは、よく言ったものだ。
「なんて奴だ! 無礼にも程がある!」
後に控えていた華模木が怒りをあらわにしたが、それは公家の取る予想した通りの反応でもあった。
門番と騒ぎを起こさないように下京の店に入ったが、怒りの治まらぬ華模木は酒を飲みながらも物騒な計画を話していた。
「表で大声で叫んで出てきた門番をふんじばるか、裏から入り込むのも手だが、塀の高さがやっかいだ。手間取らぬように、夜中を待って忍び込む方がよいかな?」
「見つかれば、ただでは済まんぞ? それに、ただ会えれば良いってものでもないしな。どれだけ信憑性のある話をしても、礼儀を構わないような相手だと聞いてはくれまい。公家とは、そういうものだ」
「そうだな……。万里小路春房を連れ出しても……? 締め上げるなら現当主である冬房の方か?」
「そんな事をしたら、こちらの首が飛ぶさ」
華模木をなだめる様に、話を続けた。
「万里小路春房に伊勢貞親が毒殺されたと伝えれば、怪しい相手を調べる手伝いをしてくれると思ったが、監視され、屋敷から出る自由も無ければ難しいな」
「屋敷に居るかどうかも怪しいものだが、出てこなくちゃいけない理由を作ればいいわけか。……旦那なら屋敷から逃げ出したくなる理由はなんだ?」
「……地震? 火事?」
「どっちも、そんな騒ぎを起こしたら逃げなきゃいけないのは、こっちだろ」
「……そうだな」
逆に諫められる結果に、頭を掻いた。
「他に、……他なら、天気が良ければ……」
「散歩にでも出てくると? 旦那、少しは真面目に考えてくれ」
いつの間にか立場が逆転しているような気分になった。
「ちょっと待てよ、何の話を……静かに」
廊下を急ぎ近づいてくる足音がする。軽いが料理を運ぶ仲居ではない。華模木とそれぞれ、音を立てずに部屋の両端へ移動する。相手が一人なら、どちらかが後ろを取れる。相手が大勢なら、どちらかは逃げ切れる。
足音は部屋の前まで来ると、ためらいもなく襖を開けた。
「経久様!」
甲高い少年の声に、部屋に飛び込んだ瞬間、飛び掛かろうとした足がもつれてよろめく。
京極屋敷に使える小姓の一人だ。
「おっ、おう。何の用だ?」
気を取り直し尋ねたが、小姓は、ゆっくり酒を飲んでいるはずの二人が部屋の両端で立ち上がって身構えているのを不審そうに見比べていた。
「あっ、はい。明日、吉川屋敷にて宴が行われるため、参加するようにとの事です!」
「宴だと?……。何で、また……」
「こいつは、ひょっとすると……」
華模木は、あくどさが溢れ出しているような笑いを浮かべていた。
「……藤の花の宴って、話じゃないんですかい?」
「あっ、はい、そうです。そろそろ見ごろなので、そうだと思います!」
真っ直ぐに答える小姓と目が合うと、華模木は腹を抱えて笑い出した。
人影のなかったはずの通りに、足音も立てずに近寄る猫のように姿を現したのは、華模木だった。
同じ模様の壁が続く武家屋敷では、通りを見通すように眺めても、勝手口や路地の場所が分からなくなっている。そこに潜んでいて待ち伏せれば、簡単に不意をつけるものだ。驚きを表に出さないように、屋敷の中での話をかいつまんで話した。
「それで、追い返されて来たのか?」
話している途中で堪え切れないように笑い出した。
「追い返されたわけではないが……」
「吉川家のご息女が、かんざしの君なのは間違いないのだろう?」
「そうだが、毒殺の犯人を探し出して吉川家の疑いを晴らすためではなく、屋敷近くの流民たちの間で病が流行っているのを調べるうちに、あの薬屋までたどり着いたって感じだったがな」
「初めから見当をつけていたんじゃないのか?」
「かんざしの細工は、藤の花だった。身に着けていたとしたら身分が限られるし、年恰好から察して、以前、藤乃という名を聞いた吉川家のご息女を思い当たっただけさ」
「うらはの裏、解けるか。しかし、随分活発な姫様だな。親切心だけで、そこまでやるものなのか?」
「彼女自身の性格によるところが大きいだろうが、吉川家の情報網は、侮れないからな。知ってしまえば動かずにはいられない。……経基様は、勝手に出歩くご息女を苦々しく思っていたようだが」
「危険なのは間違いないしな。流民たちの体調から毒や病に気を回し、俺たちより早く薬屋にたどり着いた行動力を考えると、暗殺者に出くわさないとも言い切れない」
「だから、経基様も、万里小路家の話をしたのだろう」
「しかし、どうしてまた、公家の万里小路家なんだ?」
「それは、家督を継ぐはずだった万里小路春房が、伊勢貞親と共に若狭に出奔したからだ。万里小路家としては、何度も京へ連れ帰ろうと手を回していたらしいが、頑として、若狭を動こうとしなかった。だが、今回の騒動となると話は別だ。伊勢貞親の骸を引き取るため本人が足を運ばねばならなくなった」
「伊勢貞親が京で死んだ事で、若狭に残る理由も無くなった。って事は、暗殺の首謀者は、万里小路家だったのか?」
「それを調べろ、と言う事でもあるのだろう」
「しかし、相手は日野家に次ぐ地位の公家だろ? どうやって、証拠をつかむんだ?」
「俺たちが証拠をつかんでも、知らぬと言われればそれまでさ。だが、春房に会えれば何とかなる……かもしれん」
「頼りないな」
万里小路家の屋敷の門を叩いた時、日が傾き始めていた。
下京に近い屋敷は、本亭ではなかったが分厚い門と高い壁に囲まれている。万里小路家の屋敷も多くの武家屋敷のように焼き払われて、京に残っているのは、他にはない。
「何の用だ!」
脇の扉から顔をのぞかせた門番が、相手を確かめもせずに横柄な言葉を投げた。
「万里小路春房殿にお会いしたい」
「ここにはおられん」
愛想のない声が経久の問いに間髪入れず答える。
聞くまでもなく答えは決まっていたようであった。
「何処に居られるのですか?」
「答えられん。何処に居ようとも、お前のような奴に、万里小路家の方々がお会いになるはずがない」
「私は……」
話を遮って、大きな音を立て扉が勢いよく閉められた。
取り付く島もないとは、よく言ったものだ。
「なんて奴だ! 無礼にも程がある!」
後に控えていた華模木が怒りをあらわにしたが、それは公家の取る予想した通りの反応でもあった。
門番と騒ぎを起こさないように下京の店に入ったが、怒りの治まらぬ華模木は酒を飲みながらも物騒な計画を話していた。
「表で大声で叫んで出てきた門番をふんじばるか、裏から入り込むのも手だが、塀の高さがやっかいだ。手間取らぬように、夜中を待って忍び込む方がよいかな?」
「見つかれば、ただでは済まんぞ? それに、ただ会えれば良いってものでもないしな。どれだけ信憑性のある話をしても、礼儀を構わないような相手だと聞いてはくれまい。公家とは、そういうものだ」
「そうだな……。万里小路春房を連れ出しても……? 締め上げるなら現当主である冬房の方か?」
「そんな事をしたら、こちらの首が飛ぶさ」
華模木をなだめる様に、話を続けた。
「万里小路春房に伊勢貞親が毒殺されたと伝えれば、怪しい相手を調べる手伝いをしてくれると思ったが、監視され、屋敷から出る自由も無ければ難しいな」
「屋敷に居るかどうかも怪しいものだが、出てこなくちゃいけない理由を作ればいいわけか。……旦那なら屋敷から逃げ出したくなる理由はなんだ?」
「……地震? 火事?」
「どっちも、そんな騒ぎを起こしたら逃げなきゃいけないのは、こっちだろ」
「……そうだな」
逆に諫められる結果に、頭を掻いた。
「他に、……他なら、天気が良ければ……」
「散歩にでも出てくると? 旦那、少しは真面目に考えてくれ」
いつの間にか立場が逆転しているような気分になった。
「ちょっと待てよ、何の話を……静かに」
廊下を急ぎ近づいてくる足音がする。軽いが料理を運ぶ仲居ではない。華模木とそれぞれ、音を立てずに部屋の両端へ移動する。相手が一人なら、どちらかが後ろを取れる。相手が大勢なら、どちらかは逃げ切れる。
足音は部屋の前まで来ると、ためらいもなく襖を開けた。
「経久様!」
甲高い少年の声に、部屋に飛び込んだ瞬間、飛び掛かろうとした足がもつれてよろめく。
京極屋敷に使える小姓の一人だ。
「おっ、おう。何の用だ?」
気を取り直し尋ねたが、小姓は、ゆっくり酒を飲んでいるはずの二人が部屋の両端で立ち上がって身構えているのを不審そうに見比べていた。
「あっ、はい。明日、吉川屋敷にて宴が行われるため、参加するようにとの事です!」
「宴だと?……。何で、また……」
「こいつは、ひょっとすると……」
華模木は、あくどさが溢れ出しているような笑いを浮かべていた。
「……藤の花の宴って、話じゃないんですかい?」
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