日ノ本燎原

海土竜

文字の大きさ
上 下
11 / 27
伊勢貞親謀殺

鴨川

しおりを挟む
 薬屋で聞いた風体なら、豪華なものではなくても籠か牛車に乗ってきたはずだ。そうでなければ、女官を連れてぞろぞろ歩いていれば余計に目立つ。
 だが、通り沿いの店や何度も荷物を運んでいる人に話を聞いて回っても、まったく足取りがつかめなかった。

「どこかへ身を隠しているのか? 通りで見かけたって話が全くない」

「おかしいな……」

「後も残さず消え去れるはずもない、あの店主が嘘をついたのか?」

「いや、そうじゃないだろう。これだけ探して見つからないのは、予め追っ手をまくために用意していたからだ」

「周到に用意するような相手なら、もっと目立たない格好をしているだろう? 店ではあれだけ目立つ格好をしてて、帰りは変装したって言うのか?」

「そこだよ。どんな格好をしてても、毒に興味を持ったり、高額で薬を買ったら嫌でも人目を引くだろ。だから、店では派手な格好で買い物し、変装して町人に混ざって帰る。店主が覚えるのは派手な格好、そして、追手は派手な格好の客を探すから、隣を歩いていても気が付きはしないさ」

「目立ちすぎる格好していれば、それ以外の特徴を覚えられないからか」

 そう言いつつ華模木の派手な着物に目をやった。大きな菊の柄が入っている。見慣れていれば気にもならなかったが、知らぬ相手が特徴を伝えるなら、菊の柄の着物の男だろう。そう言われてしまえば、着物を脱げば全くの別人になれる。

「初めからこれだけの用意をしていたのは、よほど素性を隠したい理由があると言う事だ」

「いきなり本命を引いたって事か?」

「どうかな。しかし、かんざし一本だけで、探し出せはしないからな……。他の店も回るか」

「そうだな……」

 順番に薬を扱っている店を回った。これと言って、怪しい人物を見つけられたわけではなかったが、最近どの店でも、吐き気や腹痛を押さえる薬が良く売れているらしい。

「まだ食あたりが流行る時期ではないだろう?」

「下京は家が密集していて、流行り始めると一気に広がるものだが……。まてよ、そういや、新しく屋敷の修繕に集めた流民から子供が腹を下したって話をしていた。何も、下京に限った話じゃないかもしれん」

 尼子屋敷跡に住み着いていた流民たちを使って、屋敷の修繕をする仕事の話は広まり、華模木の所へ遠くからも人が集まるようになっていた。

「家の屋敷に住んでいる連中からは、体調を崩したって話は聞かないのか?」

「ああ、自分たちで仕入れた食料で賄っていいるしな。だから、悪い食料が出回っているのかと思ったんだが」

「流民ならともかく、下京の町人まで、悪くなった食料に手を出すはずがない」

「詳しく調べてみる必要がありそうだな」

 廃墟となった屋敷にひっそりと住み着いている流民を尋ね歩くのは武家の経久には無理でも、同じ流民を使えば、それほど困難な仕事ではない。数日と経たずに、多くの情報が集まった。

「体調を崩す前に食べた物はこれといった共通点はないが、鴨川沿いに住んでいる者に多い。下流に行く従って、範囲が広がっていく感じで、下京に入ると症状もいろいろだ」

「住んでいる場所、近江から運ばれた食料の可能性もあるか?」

「御所より上流では、体調を崩した者も居ないし、山沿いでもそんな話は聞かなかった。今のところごく限られた地域に集中していると言う事だ」

「何者かが川に毒を撒いたと?」

「それにしては、被害が少ない。それと一部ではあるが、体調を崩した者の所へ薬を配っている連中がいるらしいとの話もあった」

「どういう事だ?」

「毒の効き目を試していたが、何らかの手違いで川に流してしまい、騒ぎにならないように手を回したのかもしれんな」

「余計に目立ちそうな気もするが、とりあえず鴨川を調べてみれば手掛かりが見つかるかもしれん」

「河原を歩いてみるか……」

 鴨川沿いを上流に向かって歩き出すと、探すまでもなく原因が見つかった。
 死体だ。
 戦で死んだ兵士たちの死体だった。
 初めは供養され焼かれていた死体も、運び込まれる数が増えるにつれ積み上げられるに任され、置き場所に困ると、そのまま川に流されていたのだ。海まで流れず水草に引っかかったり、川底に沈んだ死体が腐敗し、川の水を汚していたのだ。

「……これは、酷いな。毒よりもたちが悪い」

「気づかずに放っておけば、京都中に疫病が広がる」

「ああ、薬を配っても仕方がない。直ぐにでも、動ける連中を集めて川をさらうぞ」

 経久たちが川さらいを始めると、声をかけた流民たちだけでなく町人たちも自分たちで声を掛け合い集まって来ていた。

「こんなに集まってくれたのか?」

「俺たちの町のためさ、いくらでも集まるさ」

 驚く経久に揚々と答える町人たちは、予定よりもはるかに多く、京極家などの武家からも小舟を出し、京の都を上げての一大事業となった。
 だが、それでも、死体を引き上げ、集めて、焼き切るにはかなりの時間がかかる。終わりの見えない作業を繰り返しても、次の戦が始まれば、また死体で埋め尽くされると分かっていても、今はそれを口にする者はいなかった。

「しかし、経久の旦那。町民たちの体調不良の原因は分かったが、伊勢貞親の死因には繋がっていないよな……」

「どれか一つを下手人にする訳にもいかんしな……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

永遠より長く

横山美香
歴史・時代
戦国時代の安芸国、三入高松城主熊谷信直の娘・沙紀は「天下の醜女」と呼ばれていた。そんな彼女の前にある日、次郎と名乗る謎の若者が現れる。明るく快活で、しかし素性を明かさない次郎に対し沙紀は反発するが、それは彼女の運命を変える出会いだった。 全五話 完結済み。

私訳戦国乱世  クベーラの謙信

zurvan496
歴史・時代
 上杉謙信のお話です。  カクヨムの方に、徳川家康編を書いています。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

朱元璋

片山洋一
歴史・時代
明を建国した太祖洪武帝・朱元璋と、その妻・馬皇后の物語。 紅巾の乱から始まる動乱の中、朱元璋と馬皇后・鈴陶の波乱に満ちた物語。全二十話。

処理中です...