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一騎打ち

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 宇喜多忠家が率いた騎馬隊が真木山城付近で、三浦貞広の部隊とぶつかった。
 三浦家の兵も勇猛ではあったが、加茂衆との戦いで疲弊しており、宇喜多騎馬隊の敵ではなかった。宇喜多忠家が自ら先頭に立ち、隊列を崩して敵陣深くに切り込むと、勝敗は決したかに見えた。
 だが、本陣を目の前にして、忠家の前に一人の武将が立ちはだかった。

「我こそは、牧清冬! ここより先は、進ません!」

 言い終わらぬうちに、砂煙を上げて馬が走り出す。
 槍に覆いかぶさるように構え、馬の背で体を低くし、勢いに任せて突進する。防御を顧みない、一撃にかけた突進だった。

「牧官兵衛殿の息子か!」

 忠家は馬を牧清冬に向け、槍先が地面につくほど下げて走り出す。ぶつかる瞬間、槍を跳ね上げ、牧清冬の体を仰け反らせると、逆手に握った槍の柄を滑らせ、石突きで肩を打って槍を落とさせる。

「父上は、良き武将であった! 無駄に命を捨てられるな」

 そう言い残すと、宇喜多忠家は騎馬隊を引きつれ三浦貞広の本陣の前を素通りして、真木山城へと走り抜けていった。


 日笠青山城は天神山城の支城の一つであるが、城主の日笠頼房は、攻め寄せた宇喜多家の勢いを見ると、城門を固く閉ざし、救援どころか伝令さえ出さなかった。しかし、山中幸盛の援軍が街道に現れると、慌てて家臣を出陣させ、街道の守りに付いていた。

「山中殿ー! 山中幸盛殿! 山中殿が来られるまで、この日笠牛介が街道を死守しましたぞ! 宇喜多兵が何度も攻めかけてきましたが、ここより北には一兵たりとも進ませておりませぬ」

 大声を上げた日笠牛介は名前の通り牛のような巨漢であったが、迎えられた山中幸盛も見劣りしない体格で、兜飾りの見事な大鹿の角が嫌でも人目を引き、思わず見上げてしまう。

「浦上家の家臣の者であったか。宗景殿には、幾度となく援助してもらった。火急の際には手助けするのは当然、だが、たとえ恩義がなくても、忠義を持たぬ謀反人は、許しておけぬ」

「もちろんでございます。宇喜多直家の首を取り、不忠者に裁きを下さねば!」

「ならば、これより、日笠殿も街道を進んで、宇喜多軍に攻め込もうぞ」

「あっ、いや、その、殿より街道の守りを仰せつかっておりますので……」

 大男の額から汗がにじみ出ている。

「そうか、それなら我らは先に進む故、街道の守りを任せよう」

「はっ、是非に!」

「ちょうど、宇喜多軍がそこまで来たようだしな」

「はっ、あぁ?」

 中山幸盛には、一目で大言壮語を吐く日笠牛祐が一度も戦火を交えてない事は分かっていた。傷んでいない装備に、荒らされていない街道。隠そうとしても隠しきれない戦場独特の血の臭いがしないのだから、そんな言葉を信じるのは、戦場に立った事の無い者だけであろう。
 だが、そう見下されて、怒りを抑えられる牛介ではなかった。

「良かろう! そこで草でも食って、見ておくがよい!」

 咆哮を上げると、噴き出した汗が沸騰するほど頭に血を上らせ、鉄の棒のような剛槍を振り回して馬に飛び乗る。
 唸りを上げて振り回される槍に、宇喜多の兵は弾き飛ばされ逃げ惑うかに思えたが、崩れそうな隊列から騎馬が軽やかに進み出る。獲物に気づかれず先回りするかのような軽やかな馬の扱い。宇喜多軍の先陣を率いる花房職秀だ。

「牛が旗を振っておる。これは可笑しな事もあるものだな」

「その頭、叩き潰してくれる!」

 振り抜かれた槍を滑るようにかわして懐に入り込むと、刀が一閃する。遅れて、血飛沫を上げながら牛介の巨体がどうと地面に落ちた。

「その太刀筋、名のある武将と見た! この山中幸盛と立ち会え!」

 大鹿の角が花房職秀に向けられると、馬が陣から飛び出す。崖を駆け上るかのような跳躍力。

「相手にとって不足なし! 花房職秀に斬られて、名を残すがよい!」

 山中幸盛の突進を槍で受けると、手綱を引いて馬の向きを変える。すれ違おうとする背中目がけて槍を振るうが、振り返りもせずに槍先を受けられた。
 息を詰まらせるほどの一撃の打ち合いが、数十、数百、と繰り返され、両軍の兵は邪魔にならぬように周囲を開けて後退し、戦いの熱に当てられたかのように、一騎打ちを眺めていた。

「これ程の使い手が、備前に居ったとは!」

「尼子三傑の筆頭! 聞きしに勝る、が、相手が俺で良かったな! 忠家様なら、三人居ても首を刎ねているぞ!」

 二人の戦いは、直家の本隊が到着しても続いていた。
 地響きを上げる本隊の到着を前にしても、水を差せば蒸気で爆発しそうなほど白熱した一騎打ちに、戦場は凍り付いていた。

「正幸!」

 直家の声が上がる。馬の背に乗ったままの直家の視線も二人に向けられていた。

「ここに」

 すぐさま馬を寄せた花房正幸に、ただ一言だけ命令を発した。

「射れ」

 一騎打ちの最中に弓を射かけるなど、武士道に反する。などと、反論するものは居なかった。誰もが、その戦いの結果を見届けたいと思うほどの名勝負であっても、時間を無駄に使えば、それだけ多くの兵が死ぬ。さらに多くの敵と戦わねばならぬ。それが分かっていても、だれにも止められぬ。その命を下せるのは主君だけであった。
 花房正幸の矢は、大鹿の角飾りを根元から圧し折った。兜の上からであっても、衝撃は脳を揺さぶり、視界をふらつかせる。馬にしがみついて、逃げ出す山中幸盛を花房職秀は追わなかった。
 直家は「よくやった」とだけ二人に声をかけると、三星城へ兵を進めさせ、山中幸盛の追撃には真壁を向かわせた。
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