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燃える疑惑
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「隊ごとに周囲の警戒を怠るな! 潜んでいる敵に用心して進め!」
本陣を奇襲されたなど、前線の兵は知らぬ事。
警戒をさせようと号令を発しても、ばらばらに逃げ出した伊賀久隆の兵を追い始めれば、一息に金川城まで攻め込めそうな勢いであった。
それもまた好機であると言える。
相手に反撃の機会を与えないからこそ大勝できるのだ。
どれだけ蹴散らそうとも、再び集結し再戦の構えを取る時間を与えれば、それは勝利ではなく、優勢に戦を進めていたにすぎない。
(このまま攻めるべきか……)
再び罠があるかもしれぬとの疑念が、これ程の好機を前にしても決断を迷わせていたが、合戦には止められぬ流れというものもある。
直家の決断をよそに、前線はどんどん前へと進み始めていた。
その時、通り過ぎようとする山の中腹あたりから火の手が上がっていた。
「……狼煙? 違うな、合戦の火の子でも飛び火したか?」
その山に兵を伏せた覚えもない。敵も兵を置く理由もない。ならば、火矢が枯れ木に刺さり、少しばかり燃え上がったものかと思われた。
しかし、見る間に他の山からも小さな煙が上がり始める。
「直家様! あれは寺です。山寺の拝殿が燃えているのです!」
「まさか、寺に火をつけたのか!」
この付近の山にある小さな寺には、戦場になりそうな周辺の村から女子供や老人が戦火を逃れて避難していた。小さな寺では寝泊まりできる人数も限られ遠くからも避難してくるため、中山家の兵の家族だけでなく、松田家や税所家の兵の家族も入り混じっている、そこに火を放つとは……。
「全軍止まれ! すぐに火を消しに向かわせろ!」
正気の沙汰ではない。大声で指示を出しながらもそう考えていた。
日が落ち始めている。煙や火にまかれて、山の奥深くに入ってしまえば、探し出すのが困難になる時間だ。山を登ってくる兵士に驚いて逃げ出す事も考えられる。村人が慌てて逃げ出さずに済む最小限の人数で火を消し止めてしまはなければならない。
火を消し止める部隊、けが人を運び出す部隊、村人を麓まで誘導する部隊など複数の部隊に分けて役割を分担させ、直家自身も山に登り村人の救助活動にあたっていた。
「大丈夫か! 姿の見えない者は居ないか?」
「うちの子が、うちの子が、居なくなってしまったのです!」
「大丈夫だ必ず見つけ出す!」
混乱する者をなだめつつ他の者へも指示を行なう。
「家族の揃って居る者から麓に降りろ。休むための陣屋を用意している」
避難するにしても細い山道で走り出せばより危険だった。兵士に誘導させて麓の陣屋へと向かわす。
「これは、宇喜多様、ありがとうございます」
「この寺の住職か? ここにいた者は皆無事か?」
「避難して居た者は、こちらの拝殿にいたため火の手が上がってからでも、皆庭の方へ逃げ出す事が出来ました」
「そうか、ならば皆と共に麓へ降りよ」
「村人を焼き殺そうなど、真に恐るべきは松田元輝でございます……。南無阿弥陀仏……」
「ちょっと待て」
念仏を唱えて立ち去ろうとする住職を呼び止めた。
「なぜ、松田元輝が火を放ったと分かる? 火をつけるところでも見たのか?」
「いえ、見たわけではございませんが、日頃から日蓮宗に改宗しない我らに嫌がらせに兵を派遣し、寺を燃やすと脅しておりましたので……」
「……なるほど」
これだけの条件がそろえば、伊賀久隆が追撃を振り切るために火を放った。誰もがそう信じるであろう。
だが、それは同時に逆も考えられる。
雷が落ちて燃え出したとしても、松田元輝に疑惑を向ける状況ならば、奴らの非道を際立たせるため寺に火を放ったと信じさせる事も可能なのだ。
合戦においては、何事でも起こりえる。
確かなのは、負けた者がすべての責を負う事になると言う事だ。
本陣を奇襲されたなど、前線の兵は知らぬ事。
警戒をさせようと号令を発しても、ばらばらに逃げ出した伊賀久隆の兵を追い始めれば、一息に金川城まで攻め込めそうな勢いであった。
それもまた好機であると言える。
相手に反撃の機会を与えないからこそ大勝できるのだ。
どれだけ蹴散らそうとも、再び集結し再戦の構えを取る時間を与えれば、それは勝利ではなく、優勢に戦を進めていたにすぎない。
(このまま攻めるべきか……)
再び罠があるかもしれぬとの疑念が、これ程の好機を前にしても決断を迷わせていたが、合戦には止められぬ流れというものもある。
直家の決断をよそに、前線はどんどん前へと進み始めていた。
その時、通り過ぎようとする山の中腹あたりから火の手が上がっていた。
「……狼煙? 違うな、合戦の火の子でも飛び火したか?」
その山に兵を伏せた覚えもない。敵も兵を置く理由もない。ならば、火矢が枯れ木に刺さり、少しばかり燃え上がったものかと思われた。
しかし、見る間に他の山からも小さな煙が上がり始める。
「直家様! あれは寺です。山寺の拝殿が燃えているのです!」
「まさか、寺に火をつけたのか!」
この付近の山にある小さな寺には、戦場になりそうな周辺の村から女子供や老人が戦火を逃れて避難していた。小さな寺では寝泊まりできる人数も限られ遠くからも避難してくるため、中山家の兵の家族だけでなく、松田家や税所家の兵の家族も入り混じっている、そこに火を放つとは……。
「全軍止まれ! すぐに火を消しに向かわせろ!」
正気の沙汰ではない。大声で指示を出しながらもそう考えていた。
日が落ち始めている。煙や火にまかれて、山の奥深くに入ってしまえば、探し出すのが困難になる時間だ。山を登ってくる兵士に驚いて逃げ出す事も考えられる。村人が慌てて逃げ出さずに済む最小限の人数で火を消し止めてしまはなければならない。
火を消し止める部隊、けが人を運び出す部隊、村人を麓まで誘導する部隊など複数の部隊に分けて役割を分担させ、直家自身も山に登り村人の救助活動にあたっていた。
「大丈夫か! 姿の見えない者は居ないか?」
「うちの子が、うちの子が、居なくなってしまったのです!」
「大丈夫だ必ず見つけ出す!」
混乱する者をなだめつつ他の者へも指示を行なう。
「家族の揃って居る者から麓に降りろ。休むための陣屋を用意している」
避難するにしても細い山道で走り出せばより危険だった。兵士に誘導させて麓の陣屋へと向かわす。
「これは、宇喜多様、ありがとうございます」
「この寺の住職か? ここにいた者は皆無事か?」
「避難して居た者は、こちらの拝殿にいたため火の手が上がってからでも、皆庭の方へ逃げ出す事が出来ました」
「そうか、ならば皆と共に麓へ降りよ」
「村人を焼き殺そうなど、真に恐るべきは松田元輝でございます……。南無阿弥陀仏……」
「ちょっと待て」
念仏を唱えて立ち去ろうとする住職を呼び止めた。
「なぜ、松田元輝が火を放ったと分かる? 火をつけるところでも見たのか?」
「いえ、見たわけではございませんが、日頃から日蓮宗に改宗しない我らに嫌がらせに兵を派遣し、寺を燃やすと脅しておりましたので……」
「……なるほど」
これだけの条件がそろえば、伊賀久隆が追撃を振り切るために火を放った。誰もがそう信じるであろう。
だが、それは同時に逆も考えられる。
雷が落ちて燃え出したとしても、松田元輝に疑惑を向ける状況ならば、奴らの非道を際立たせるため寺に火を放ったと信じさせる事も可能なのだ。
合戦においては、何事でも起こりえる。
確かなのは、負けた者がすべての責を負う事になると言う事だ。
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