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関所 1
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明るくなり始めると同時に宿を出た。街道を南へ急ぐ一行の姿は三人だ。先頭を歩く六角義賢に、後をついて行く足利義藤、少し離れて歩く蒲生賢秀。今度は三雲成持の姿が見当たらなかった。
常に、どちらか一人が、周囲の見張りに出ているのだった。
そこまで警戒しなくても、街道を歩く人はまばらで、夜通し歩いてふらついた足取りの者たちに周りを気にしている余裕があるとは思えなかった。現に長旅をして来たとは思えない速さで歩く目立つ風体の義賢たちに追い抜かれても気にした風もなく、視線を地面に向けて歩いている。
それも、不規則な太鼓の音が聞こえてくるまで。
広くなった街道に、いつの間にか同じ方向へ歩く人が溢れ始めていた。これまでのように自分の歩きやすい速度で好き勝手に進めなくなった人たちが虚ろな顔を上げ、先から聞こえてるく音に耳を向けていた。
「関所ですね。通した人数を音で知らせているのですよ」
首を伸ばして先の様子を見ようとした義藤に気づいた義賢が声をかけた。音の正体を説明すると言うよりは、きょろきょろして目立たない様にと言う意味でもあった。
この先で街道は東と南に分岐して、飯盛山城近くの峠に繋がっている。そこの関所で通した人数を報告して置けば、街道の関所を迂回して峠道に入ろうとしても、人数が合わずに見つけられると言う寸法だ。
聞こえていた街道の関所付近の掛け声と太鼓の音が鳴りやむと、遠くから答えるように同じ拍子の音が聞こえてくる。そうやって順番に遠くへ伝えて行っているのだろうが、知らなければ、それは祭りの行列のようにも思え、浮ついた気分にさせられた。
だが、様子は一変した。
先で誰かの悲鳴が上がった。街道の脇に詰めていた兵士が担ぐ背丈の倍はある棒が、人垣の向こうで、一か所に駆け寄って行く。同時に並んでいた人の列が散って、空き地を作った。
六角義賢は出来るだけ素早く、人垣に近づかないように街道の端を進んでいった。
面倒ごとに巻き込まれるのは御免だと言わんばかりの行動だったが、そうすれば騒ぎに気を取られている間にすんなり通り抜けられる予定通りの行動だった。騒ぎが起きていなければ、三雲成持あたりがひと騒動起こして、その隙に通る計画があったのかもしれないが、そうするまでもなく、関所に騒動は付き物。これを利用しない手はない。
そう考えるのは当然だったが、連れの足利義藤にとっては、目の前の出来事に好奇心を押さえられるものではなく、歩きながらも隙間から人垣の中の様子を覗き込んでいた。
薄汚れた着物を着た男が鞘に入ったままの刀を構えている。しかし、遠目に見ても刀を使い慣れた様子ではなく、攻撃するための構えか、刀を差しだそうとしているのか分からなかったが、左右からにじり寄る兵士は、実戦さながらの真剣さで油断した様子はない。
彼らの手にしているのは、言ってみれば、ただの棒だが、その長さと重さから叩きつける威力は槍に匹敵する。その威力故に、使う者に緊張感を持たせている。
だが、それも見る者にとっては、好奇心を掻き立てられるだけだった。
その声を聞くまでは。
「おとーちゃん!」
人の間から聞こえた娘の声に、突発的に足の向きが変わった。跳びはねるように走り出し、人をかき分けて、前へと進んでいた。
聞き覚えのある娘の声に、男が手にしていた脇差。それらが頭の中で繋がっていった。目の前で起こっている出来事が、自分の行動へと繋がっているのだと確信すると、止めようもなく走り出して、それを眺める人の背を押しのけて、つんのめるように人垣の内側に跳び出していた。
急に開けた視界の中央に、地面に倒れている男の姿があった。
それを背にかばう様にして、しゃがみこんでいる娘の姿が。
上段に棒を振り上げた兵士の姿も。
「待て!」
咄嗟に声が出た。自分の声よりも振り返った相手から向けられた殺気をはらんだ緊迫感に、体が痺れる様な圧力を感じた。
「貴様も仲間か!」
兵士の声はうわずっている。明らかに恐怖から来るものだったが、その感情が伝播したかのように、指の先が痺れていた。
手にかかる妙な重さ。
それを感じて、初めて、自分が刀を抜いている事に気がついた。
兵士たちにしてみれば、突然、刀を抜いた相手が飛び掛かって来たのだ。これ以上、緊張する場面もないだろう。
意表を突かれ、相手が委縮しているならこのまま押すか、それとも、話し合えるように間を作るか。
義藤の迷いは一瞬だったが、右手が燃えるように熱くなり、刀の重みが消えていた。
何が起こったのか考える間もなく、目の前で兵士が両手に握った棒を高々と振り上げていた。
常に、どちらか一人が、周囲の見張りに出ているのだった。
そこまで警戒しなくても、街道を歩く人はまばらで、夜通し歩いてふらついた足取りの者たちに周りを気にしている余裕があるとは思えなかった。現に長旅をして来たとは思えない速さで歩く目立つ風体の義賢たちに追い抜かれても気にした風もなく、視線を地面に向けて歩いている。
それも、不規則な太鼓の音が聞こえてくるまで。
広くなった街道に、いつの間にか同じ方向へ歩く人が溢れ始めていた。これまでのように自分の歩きやすい速度で好き勝手に進めなくなった人たちが虚ろな顔を上げ、先から聞こえてるく音に耳を向けていた。
「関所ですね。通した人数を音で知らせているのですよ」
首を伸ばして先の様子を見ようとした義藤に気づいた義賢が声をかけた。音の正体を説明すると言うよりは、きょろきょろして目立たない様にと言う意味でもあった。
この先で街道は東と南に分岐して、飯盛山城近くの峠に繋がっている。そこの関所で通した人数を報告して置けば、街道の関所を迂回して峠道に入ろうとしても、人数が合わずに見つけられると言う寸法だ。
聞こえていた街道の関所付近の掛け声と太鼓の音が鳴りやむと、遠くから答えるように同じ拍子の音が聞こえてくる。そうやって順番に遠くへ伝えて行っているのだろうが、知らなければ、それは祭りの行列のようにも思え、浮ついた気分にさせられた。
だが、様子は一変した。
先で誰かの悲鳴が上がった。街道の脇に詰めていた兵士が担ぐ背丈の倍はある棒が、人垣の向こうで、一か所に駆け寄って行く。同時に並んでいた人の列が散って、空き地を作った。
六角義賢は出来るだけ素早く、人垣に近づかないように街道の端を進んでいった。
面倒ごとに巻き込まれるのは御免だと言わんばかりの行動だったが、そうすれば騒ぎに気を取られている間にすんなり通り抜けられる予定通りの行動だった。騒ぎが起きていなければ、三雲成持あたりがひと騒動起こして、その隙に通る計画があったのかもしれないが、そうするまでもなく、関所に騒動は付き物。これを利用しない手はない。
そう考えるのは当然だったが、連れの足利義藤にとっては、目の前の出来事に好奇心を押さえられるものではなく、歩きながらも隙間から人垣の中の様子を覗き込んでいた。
薄汚れた着物を着た男が鞘に入ったままの刀を構えている。しかし、遠目に見ても刀を使い慣れた様子ではなく、攻撃するための構えか、刀を差しだそうとしているのか分からなかったが、左右からにじり寄る兵士は、実戦さながらの真剣さで油断した様子はない。
彼らの手にしているのは、言ってみれば、ただの棒だが、その長さと重さから叩きつける威力は槍に匹敵する。その威力故に、使う者に緊張感を持たせている。
だが、それも見る者にとっては、好奇心を掻き立てられるだけだった。
その声を聞くまでは。
「おとーちゃん!」
人の間から聞こえた娘の声に、突発的に足の向きが変わった。跳びはねるように走り出し、人をかき分けて、前へと進んでいた。
聞き覚えのある娘の声に、男が手にしていた脇差。それらが頭の中で繋がっていった。目の前で起こっている出来事が、自分の行動へと繋がっているのだと確信すると、止めようもなく走り出して、それを眺める人の背を押しのけて、つんのめるように人垣の内側に跳び出していた。
急に開けた視界の中央に、地面に倒れている男の姿があった。
それを背にかばう様にして、しゃがみこんでいる娘の姿が。
上段に棒を振り上げた兵士の姿も。
「待て!」
咄嗟に声が出た。自分の声よりも振り返った相手から向けられた殺気をはらんだ緊迫感に、体が痺れる様な圧力を感じた。
「貴様も仲間か!」
兵士の声はうわずっている。明らかに恐怖から来るものだったが、その感情が伝播したかのように、指の先が痺れていた。
手にかかる妙な重さ。
それを感じて、初めて、自分が刀を抜いている事に気がついた。
兵士たちにしてみれば、突然、刀を抜いた相手が飛び掛かって来たのだ。これ以上、緊張する場面もないだろう。
意表を突かれ、相手が委縮しているならこのまま押すか、それとも、話し合えるように間を作るか。
義藤の迷いは一瞬だったが、右手が燃えるように熱くなり、刀の重みが消えていた。
何が起こったのか考える間もなく、目の前で兵士が両手に握った棒を高々と振り上げていた。
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