愛なき世界で君だけを

こてつ

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Act3. 小さな一歩

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「では皆さん。良い休日を」

その言葉と共にゲンロクさん含め施設の人達が一斉にセンターホールから出ていく。それが夏期休暇の始まりを知らせだということはもう僕達は知っている。

大抵の子達ははしゃぎながらコクーンを出て外の世界へと飛び出していく。近くには僕達子供が楽しめる娯楽施設が沢山建設されていて、それも全て政府が賄っている。

何に縛られることなく自由である、ということは普段から縛られ監視されている僕達からしたら本当に素晴らしいことで、出来る限り今までの僕達の努力が報われるように遊び尽くす。好きなことを好きなだけするのだ。

……僕は特に何もしない。普段からほぼ自由に動き回っているのでするとすれば少し遠くの本屋を巡り歩くくらいだろうか。他のエリアからも子供達が混じるため規模は数万に昇り大人気である遊園地などでは混雑が毎年懸念されているくらいだ。

コクーンを出て前訪れた川の辺へと歩く。施設の人から貰ったお弁当を持って暫く歩くと段々と霧が辺りに満ちてくる。相変わらず少し薄気味悪い。けれどそんなことは気にしない。僕は木の根元に体を木に預ける形で座り込む。そして持ってきておいたお弁当等が入っているリュックから音楽プレイヤーを取り出した。

適当に保存しておいた音楽を流して目を瞑る。頭の中は僕の好きな音楽で満ち足りて、いつも聴いていたので歌詞が頭に浮かんで自然に口ずさむ。

ツンツンと、肩をつつかれた。僕は驚いて後ろを振り返る。なんとなくそんな気がしていたが、やはりそこには彼女が立っていた。

「どうして僕がここにいるって分かったの?」

すると近くに転がっていた小石を拾い上げて川の奥の方へと投げる。やはり、ぽちゃん──と音を立てて小石は川底へと落ちていく。

「私もここお気に入りなんだ」

そう言ってまた彼女は先程と同じことを繰り返す。

「ユラもあの音、好きなの?」

「うん」

その時だけ、その一瞬だけは彼女に対して警戒心が少し薄れた気がした。今まで僕の感性に肯定的な意を示してくれる人はいなかった。親友であるタケルでさえも。

「でも、やっぱり何度も聞くと飽きちゃうね」

そう言って今度は平べったい石を探し出して、そして見つけるとそれで水切りを始めた。

「なんか、似てるね」

僕も水切りはよくする。小石が川に落ちて、その時に出る音が好きだしそれを何度かしたら飽きてしまう。そんなところも同じで、何故か僕達は似ていると感じた。

「そうだね。私達は似てる」

水切りをやめてユラは真っ直ぐと僕を見つめる。僕はなんだか恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。

「……あ、今目、逸らしたでしょ」

「逸らしてなんていないよ」

そんな感じで軽くユラに弄られる。僕はちょっと距離が縮まったのかな、なんて考えながらもうそろそろお昼の時間だということに気付いた。

「ユラはお昼ご飯どうするの?」

僕は持ってきたお弁当を開けながら訊く。二段構成で、一段目には美味しそうなおかずが幾つか綺麗に分けられて入っていて、二段目にはそれに合うサンドイッチが三つに四つに切り分けられて入っていた。

「……お腹空いたなぁ?」

じーっと僕の手にあるお弁当を見てくるユラ。僕がサンドイッチを手に持ちそれをいろんな方向に動かすと、ユラの目線もまたそれにつられて動く。仕方なく二段目に入っている残り三つのうち二つをユラにあげることにした。

「え、いいの?」

「お腹空いてるんでしょ? 食べていいよ」

「ほんとに……?やった!!」

さも嬉しそうに両手にサンドイッチを持ってとても美味しそうに食べていく。

「でも、一つ条件がある」

「な、何?」

食べるのをやめて少し硬い表情で僕を見る。

「後で聞きたいことがある。君は必ず答えること、いい?」

「……分かった」

それだけ言って僕達はまた食べるのを再開した。

「ふ~。美味しかった~」

満足そうにユラは一息ついている。僕は音楽プレイヤーで音楽を聴きながら目を閉じていた。

「エ~ル! 聞きたいことあるんじゃないの~!?」

ユラが大声で僕を呼ぶ。僕はイヤフォンを外してユラに真剣に向き直る。

「ユラ」

「な、何でしょうか……?」

「君はセクタールームにいるはずだろう?」

そう訊いた途端にユラは「なんだそんなことか」と言って先程まで硬くしていた体を崩した。

「それじゃあ私が皆から忌み嫌われてる『欠陥品』だって、呼ばれてることはもう知ってるんだね?」

「うん」

「……私、逃げてきたんだ」

ユラは俯いてその後の話を淡々と僕にした。話の内容は、セクタールームで彼女達が何をされていたのか、が主で、僕は身の毛がよ立つ程残酷なことを聞いた。

「……それは、本当にされたことなの?」

「そうだよ」

今度は澄まし顔で僕にそう答える。僕はなんて声をかけてあげたらいいか分からなかった。

「多分、見つかるのも時間の問題かな」

「……」

「だからさ、私、ここから逃げ出すんだ」

その時のユラを僕は忘れない。忘れられない。あんなに凛々しくて、それでいていつもの無邪気さはどこにも感じさせないあの決意に満ちた表情のユラを。

「……エルも、一緒にここから逃げよう?」

その言葉を聞いてドキッとした。僕も前からこの場所から逃げ出したいと考えていた。縛られて自由のない監視下に置かれたこんな場所じゃ自分の中の心が死んでしまいそうな気がして。

「ユラはずっとそれが分かってたの?僕も一緒のこと考えていたってこと」
 
「言ったでしょ? 私達は似てるんだよ」

あの時とは違ってこのユラは凄く綺麗だった。僕にだけ見せてくれる笑顔だと勝手に思い込んでしまうほど美しくて、可愛いなって思った。

「私ね、感じるんだ」

「何を?」

急にユラは真剣な表情で僕を見た。僕は蛇に睨まれた蛙のようにその目から、ユラから目を離せなくなって、動けない。

「君はきっと何もかも知ってる」

「……え?」

それだけ言ってまたユラはニコニコと笑顔で「ごめん、何でもないよ」なんて言って僕に立つよう促した。

「行きたいところがあるの。一緒に行ってくれない?」
 
ユラは僕に手を差し出す。僕は最初こそ戸惑ったけれど、自分の意思を、ユラとの約束を確固たるものにするために、ユラの手を取った。

「いいよ、行こう」

僕達は一歩、この世界から歩き出した。


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