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深い大きな穴
しおりを挟むその大きな穴は
ある日 突然目の前に
ポッカリとあいていた
大きくて暗くて真っ黒な
それは
覗き込んでも何も見えない
ただひたすらの闇だった
おじいさんはその穴の側で一人で座って
ぼんやりとしていた
何かをしなきゃいけないと
思ってはみるけれど
体が動かなかった
見れば見るほど
大きな穴で スコップで土をかけて
埋めようとしてみるけれど
土はサラサラと穴に落ちていくだけで
埋まることもなく
おじいさんは途方に暮れてしまった
次の日、おじいさんの家族がやってきた
息子はギターをひいて唄をうたった
それは 大事な人の好きな唄だった
おじいさんは涙を流した
息子の嫁は美味しい料理を作った
その料理を食べると
おじいさんは大好きな味を思い出した
孫達はおじいさんの周りで鬼ごっこを始めた
おじいさんはニコニコとそれを見ていた
次の日
友達が遊びに来た
食事に行こうとおじいさんをドライブに誘った
気分転換になるかとおじいさんは承諾した
友達の運転する車に乗って
大きな穴の周りをぐるぐると廻った
おじいさんは穴の事が気になって仕方が無かった
おじいさんは「もう 帰りたい」と言った
次の日
おじいさんはスコップを握って
せっせと穴を埋めていた
サラサラと相変わらず土が穴に落ちていく
少しも穴が埋まっている様子は無かった
けれどおじいさんは
ひたすら土を持ってきては穴を埋めようとした
また次の日も
おじいさんは必死に作業に没頭した
何度もスコップで土を運び
穴に入れて また土を運び
穴に入れる それを何度も繰り返した
するとその時に
うっかり足を滑らして
穴に体が半分落ちた
とっさにおじいさんは
地面から出ていた木の枝にしがみついたが
体はまだ 穴の中へとぶら下がっていた
おじいさんは とても疲れていた
「このまま 手を離してしまおうか」
一瞬 そんな事を思った
するとどこからか
一匹の犬が寄ってきて
枝にしがみついているおじいさんの手を
ペロリとなめた
犬は登っておいでと
云わんばかりに
おじいさんの袖を咥えて 引っ張った
おじいさんは体の力を全部使って
なんとか穴から這い出した
へたり込んだおじいさんの周りを
犬は嬉しそうにしっぽをふって
くるくる廻った
おじいさんは犬の頭を撫でて 少しだけ笑った
次の日は
誰かが穴の周りにキレイな花を植えてくれていた
心なしか 穴が小さくなった気がした
次の日おじいさんは椅子に座って犬を撫でていた
ぼんやりと花が風に揺れるのを見ていた
花の好きだった人の事を思い出して
涙が出た
次の日 おじいさんは桜の小さな木を植えた
その次の日は
息子がおじいさんの髪を切りに来てくれた
おじいさんは髪の事など どうでも良かった
穴の側で
チョキチョキとハサミの音が響いている
「身だしなみもちゃんとしないと
孫に嫌われるよ」と息子が言った
昔 同じ事を言っていた人の事を思い出した
穴が出来てから
ずいぶんと月日が流れた
穴の周りの景色も
ずいぶんと変わった
色んな季節の花が咲き
桜の木も育ち 春にはみんなでお花見をした
チラチラと散っていく花びらを
おじいさんはぼんやりと見ていた
ポカポカとした陽気で胸が一杯になった
おじいさんはたくさん たくさん泣いた
季節も過ぎ 孫たちが成長すると
大きな穴はとても とても小さくなっていた
もうだれも気が付かないほどの
小さな小さな穴のとなりには
小さなスミレの花が
ひっそりと美しく 咲いていた
おじいさんは
それを今日も
穏やかに 見つめながら過ごすのだった
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