中年男が女性の井戸端会議の健康ネタを実践していく話☆

天仕事屋(てしごとや)

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第五章 思いもよらない

第八話 ナッツの彼女

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 それは突然の出来事だった。
 事務所からの家路を車で帰ろうとしていた時のこと。
 
 私は通常、事務所のある通りから細い道に入る。家まで最短距離のこの道は近くに小学校や保育園があり、裏道や脇道が充実している。
 小学校の裏口に図書館とを繋ぐ道があり、神社への階段とも繋がっている。その道の先に保育園があり、道を挟んでグラウンドがある。
 道は少し狭いけれど交通量が少ないので私はそのグラウンドと小学校の間の道をよく利用していた。

 その日はいつもより早く会社を出て夕方にその道にさしかかっていた。小学校はとっくに終わっている時間なので人通りも無い。

 この道は小学校の裏口を廻った辺りから、並木道になっていてこの時期は紅葉がとても綺麗だった。
 はらはらと落ちる赤い葉の向こうに軽自動車がハザードをたいて止まっているのが見えた。

 グラウンド側に寄った軽自動車の左後方から、タイヤを覗き込んでいる女性の姿が見える。

 「あのう、、どうかされましたか?」
 少しづつスピードを落とし、すれ違いざまに窓を開け停車して話しかける。
 女性は一人で立っていて車の中には幼稚園ぐらいの歳の子が乗っているようだ。
 
 女性はこちらに気付いて明らかに困った表情で話す。
 「タイヤが側溝にはまってしまって、、。」

 、、、あれ、、?
 一瞬だけ私の時が止まったような気がした。
 ---------ナッツの彼女だ。
  
 「あ、あぁ、それならちょっと見てみますよ。」
 少しの動揺を隠しながら言葉を返す。

 彼女は私の事を覚えていないかもしれないけれど私の方はナッツを食べて朝をしのぐ事を未だ継続中であり、その情報提供者である彼女の顔をよく覚えている。 
 けれどそれはあくまで私の盗み聞きであって、彼女からしてみれば一介の電気屋の男という認識に過ぎないであろうと思われるからだ。


 私は彼女の車の後ろに距離を取って自分の車を停め直し、トランクからジャッキを取り出した。

 動揺はしたが淡々と作業を行えているのには少々理由がある。
 元々私は車いじりが好きで改造という類ではなく、貰ったカーナビを自分で付けたり業者に頼むとお金がかかるところをちまちま自分でやっていくというような趣味を持つ人間だった。

 若い頃には車やバイクを乗っては一人でふらりと人通りの少ない目についた店や場所に立ち寄ってみるのが好きだった。
 そのお陰か少しの修理やタイヤ交換やパンク直しなどは日常茶飯事なので、ジャッキや工具も通常装備品となっているのだ。


 溝にはまっているタイヤ付近を見ると、なるほど赤や茶色の大きな葉っぱが積もっていて、道と溝の境をわからなくしてしまっている。
 道に見える部分も実は溝の葉が盛り上がっている所で、一見落とし穴のような状態にはまってしまったようだ。

 私はタイヤの状況を確認した後に周りを見ると、グラウンド内にベンチが置かれているのに気が付いた。
 ここならお互いの様子が見えるので、中に乗っている女の子をグラウンドの端のベンチに誘導して座って待っていてもらえるか聞いてみる。
 女の子はこくりと頷いて手提げバッグから絵本を出してすぐに読み始めた。
 この子は日頃から待つことに慣れているのかもしれない。
 女の子の少し大人の対応に感心しながら車に移ることにした。

 私はジャッキで車体の片側を上げてから、近くにあった大きな鉄板を拝借して溝を塞ぐ為タイヤと側溝の間にかませると、彼女にお願いをして車をゆっくりとバックさせてもらった。
 なんとか溝からはタイヤも車体も出たので、彼女の顔も喜びと安堵の表情をうかがわせる。
 それにつられて内心、自分もホッとしている事に気が付いた。

 私はいつの間にか仕事モードに切り替えて作業をしていたようで、少し我にかえると途端に恥ずかしい気持ちと少しの動揺なのか後ろめたさなのかが沸々とこみ上げてくるのを感じていた。

 「本当に有り難うございます。」
 私が道具を片付けていると、彼女が深々と私に向かって何度もお辞儀をしてきた。

 「いえいえ、、タイヤに傷が無かったから多分大丈夫だと思うけど、」

「何かあってたらいけないので一応車屋に行って下さいね。僕、知り合いに連絡しておきますんで。」
 
 照れ隠しもあって素早く車屋の友達に電話をかけるため、彼女と距離をおく。

 その後電話番号を交換し、車屋のメモを渡すとそそくさと車に乗り込んだ。
 彼女と女の子はペコペコと何回もお辞儀をして、私が車を出して見えなくなるまで見送っていた。


 束の間の出来事で何があるということもないが、少しの間のドキドキと、心に何故か爽やかな風が吹いたような気がしていた。



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