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第1章
10 夢みたいなこと
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荷物を運んだあと、夢路は大きな部屋に屋敷の人間を集めた。
「彼らはこの屋敷の使用人たち。僕にとって、なくてはならない存在だ」
夢路が言うと、ずらりと並んだ使用人たちが頭をさげる。
続けて夢路は、おれたちを手で示した。
「二人は花と朔弥。今日からこの屋敷に暮らすことになった。良くしてやってくれ」
おれたちも頭をさげると、「よろしくお願いします」と、使用人たちから口々に言葉がかけられる。
彼らの仕事はいろいろだという。屋敷の掃除をしたり、夢路の身の回りの世話をしたり、食事をつくったり、七緒のように車を運転したり……。
みんなにこにこと笑っていて、背中がしゃんと伸びている。おれを「ばけものだ」と気味悪がったり、ばかにしたりする人はいなかった。
「さて、二人の部屋だが……今日のところは客室かな、藤縞」
「そうですね。さすがに用意が間に合いません」
「空き部屋はたくさんあるのだし、後日、好きな部屋を選んでもらおう。というわけで、すまないが今日は客室で我慢してくれ。藤縞、案内を頼むよ」
「かしこまりました」
夢路はソファに腰をおろし、使用人たちもばらばらと散っていく。
「着いてきてください。屋敷を案内します」
そう言って歩きだす藤縞を、おれたちは追いかけた。
歩きながら、藤縞はいろんな部屋の説明をしてくれた。
さっきの場所は『大広間』というらしい。そのとなりが食堂で、さらにとなりが厨房。風呂場、手洗い、客をもてなすための『客間』。二階には、『書斎』という夢路が仕事をするための部屋や、物置部屋、夢路の寝室や空き部屋があるという。
藤縞が空き部屋の一つの扉をひらいた。ものは少ないが、豪華な寝台や家具がある。
「あなたがたには、このあたりの空き部屋を割り当てることになるでしょう。今日のところは別棟の客室を使っていただきますが」
こっちです、と進んでいく藤縞に、朔弥が「あの、」と声をかける。
藤縞は「なんですか」と振り返る。
「それって俺もですか? こいつ……花だけじゃなくて?」
「そうですよ」
「でも、俺は使用人になるわけだろ。主人と同じ並びの部屋なんておかしくないっすか? それとも、みんなこのへんの部屋に住んでるんすか?」
「いいえ。私を含め、住み込みの使用人は離れに暮らしています」
おれには、二人の話している内容の意味がよくわからなかった。けれど朔弥の反応から、いまの状況が普通じゃないということはわかった。
「じゃあ、なんで……」
「あなたがたは使用人ではないからです」
「は……?」
「夢路さまがおっしゃっていたでしょう、家族や友人のように接しろと。つまりあなたがたは、家族や友人として迎え入れられているんです。もちろん、望めば仕事は与えられるでしょうが」
おれたちは、思わず顔を見合わせた。
家族や友人。おれにはできたことのないものだから、いまいちピンとこない。
朔弥がまた「あの……」と言葉をつむぐ。
「あいつ、夢路……さんって、何してる人なんすか? 蒐集家とか言ってましたけど……」
「製薬会社を経営されています。いまは会社を部下にまかせて趣味を楽しむ日々を送っているため、そういった物言いをされたのでしょう」
「製薬会社……」
「信用できませんか」
朔弥は「信用できないっつうか……」と頭をかいた。
「なんでここまでしてくれるのかわかんなくて……。よくあることなんすか? 急に男娼を身請けしたり、ついでみたいに下男も引きとったり」
「……いいえ。自由奔放な方ですが、こんなことは初めてですね。……何かよほど、思うところがあったのかもしれません」
藤縞の声は、なんだか寂しげに響いた。
「夢路さまは風変わりな方ですが、決してあなたがたを悪くは扱いません。どうか、あの方の望むようにしてやってください」
藤縞は丁寧に頭をさげた。そうして顔をあげると、「客室はこちらです」と歩きだす。
案内された客室は、幻夢郷の部屋よりも広く、きれいで立派だった。豪華な天蓋のついた寝台や、大きな棚、椅子や机がある。
朔弥と二人でつかってもじゅうぶんなくらい広いのに、藤縞は一人一部屋だと言った。朔弥の部屋は、おれのとなりだ。
「夕食の準備が整い次第、呼びにきます。長旅で疲れたでしょう。それまで部屋で休んでください」
藤縞はそう言って、お辞儀をして出ていった。
おれは、ぐるりと部屋のなかを見まわした。大きな窓にはきれいな布がかけられていて、天井からはきれいな明かりがぶら下がっている。
寝台に近づいて、そっと腰をおろしてみる。
ふわり。やわらかい寝台に身体が沈む。
きれいなじゅうたん。きれいな寝台。きれいな服、人間と同じズボンと靴。
「……うそみたいだ」
つぶやいた言葉は、ぽつりと響く。
これはほんとうに、現実なんだろうか。
もしかして、都合のいい夢をみているだけなんじゃないか。現実のおれはいまも、幻夢郷のあの部屋にいるんじゃないか……。
「彼らはこの屋敷の使用人たち。僕にとって、なくてはならない存在だ」
夢路が言うと、ずらりと並んだ使用人たちが頭をさげる。
続けて夢路は、おれたちを手で示した。
「二人は花と朔弥。今日からこの屋敷に暮らすことになった。良くしてやってくれ」
おれたちも頭をさげると、「よろしくお願いします」と、使用人たちから口々に言葉がかけられる。
彼らの仕事はいろいろだという。屋敷の掃除をしたり、夢路の身の回りの世話をしたり、食事をつくったり、七緒のように車を運転したり……。
みんなにこにこと笑っていて、背中がしゃんと伸びている。おれを「ばけものだ」と気味悪がったり、ばかにしたりする人はいなかった。
「さて、二人の部屋だが……今日のところは客室かな、藤縞」
「そうですね。さすがに用意が間に合いません」
「空き部屋はたくさんあるのだし、後日、好きな部屋を選んでもらおう。というわけで、すまないが今日は客室で我慢してくれ。藤縞、案内を頼むよ」
「かしこまりました」
夢路はソファに腰をおろし、使用人たちもばらばらと散っていく。
「着いてきてください。屋敷を案内します」
そう言って歩きだす藤縞を、おれたちは追いかけた。
歩きながら、藤縞はいろんな部屋の説明をしてくれた。
さっきの場所は『大広間』というらしい。そのとなりが食堂で、さらにとなりが厨房。風呂場、手洗い、客をもてなすための『客間』。二階には、『書斎』という夢路が仕事をするための部屋や、物置部屋、夢路の寝室や空き部屋があるという。
藤縞が空き部屋の一つの扉をひらいた。ものは少ないが、豪華な寝台や家具がある。
「あなたがたには、このあたりの空き部屋を割り当てることになるでしょう。今日のところは別棟の客室を使っていただきますが」
こっちです、と進んでいく藤縞に、朔弥が「あの、」と声をかける。
藤縞は「なんですか」と振り返る。
「それって俺もですか? こいつ……花だけじゃなくて?」
「そうですよ」
「でも、俺は使用人になるわけだろ。主人と同じ並びの部屋なんておかしくないっすか? それとも、みんなこのへんの部屋に住んでるんすか?」
「いいえ。私を含め、住み込みの使用人は離れに暮らしています」
おれには、二人の話している内容の意味がよくわからなかった。けれど朔弥の反応から、いまの状況が普通じゃないということはわかった。
「じゃあ、なんで……」
「あなたがたは使用人ではないからです」
「は……?」
「夢路さまがおっしゃっていたでしょう、家族や友人のように接しろと。つまりあなたがたは、家族や友人として迎え入れられているんです。もちろん、望めば仕事は与えられるでしょうが」
おれたちは、思わず顔を見合わせた。
家族や友人。おれにはできたことのないものだから、いまいちピンとこない。
朔弥がまた「あの……」と言葉をつむぐ。
「あいつ、夢路……さんって、何してる人なんすか? 蒐集家とか言ってましたけど……」
「製薬会社を経営されています。いまは会社を部下にまかせて趣味を楽しむ日々を送っているため、そういった物言いをされたのでしょう」
「製薬会社……」
「信用できませんか」
朔弥は「信用できないっつうか……」と頭をかいた。
「なんでここまでしてくれるのかわかんなくて……。よくあることなんすか? 急に男娼を身請けしたり、ついでみたいに下男も引きとったり」
「……いいえ。自由奔放な方ですが、こんなことは初めてですね。……何かよほど、思うところがあったのかもしれません」
藤縞の声は、なんだか寂しげに響いた。
「夢路さまは風変わりな方ですが、決してあなたがたを悪くは扱いません。どうか、あの方の望むようにしてやってください」
藤縞は丁寧に頭をさげた。そうして顔をあげると、「客室はこちらです」と歩きだす。
案内された客室は、幻夢郷の部屋よりも広く、きれいで立派だった。豪華な天蓋のついた寝台や、大きな棚、椅子や机がある。
朔弥と二人でつかってもじゅうぶんなくらい広いのに、藤縞は一人一部屋だと言った。朔弥の部屋は、おれのとなりだ。
「夕食の準備が整い次第、呼びにきます。長旅で疲れたでしょう。それまで部屋で休んでください」
藤縞はそう言って、お辞儀をして出ていった。
おれは、ぐるりと部屋のなかを見まわした。大きな窓にはきれいな布がかけられていて、天井からはきれいな明かりがぶら下がっている。
寝台に近づいて、そっと腰をおろしてみる。
ふわり。やわらかい寝台に身体が沈む。
きれいなじゅうたん。きれいな寝台。きれいな服、人間と同じズボンと靴。
「……うそみたいだ」
つぶやいた言葉は、ぽつりと響く。
これはほんとうに、現実なんだろうか。
もしかして、都合のいい夢をみているだけなんじゃないか。現実のおれはいまも、幻夢郷のあの部屋にいるんじゃないか……。
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