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「ある夏のバイト」(原作:リゾートバイト)
「ある夏のバイト」三話
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「ある夏のバイト」三話
翌日、今日は女将さんから貰った
三連休の二日目。
俺達はいつものように朝飯を食べていると、
やたらと女将さんにがニコニコして
俺達の目の前に立った。
いやまぁ…普段からニコニコと
微笑んでるけど、なんか…
笑顔に見えてくる程微笑んでいる。
何か良い事でもあったのかなと思う反面、
昨日の事についてバレたのかという
気持ちもあった。
「女将さん…?。」
「…。」
ひたすらニコニコしていて、
目の前に立っているだけで何も言わない。
あっこれは…このパターンは、なんか
バレている様な気がする…。
やたらと間が長い、これが決め手だった。
頼む…良い事があったとか、
そういう理由であってくれ…。
その考えを読まれていたのか、
女将さんはいきなり口を開いた。
「今日の朝、裏山を見たら
置物が壊れていたの。熊の仕業かしら?。」
「っ…。」
俺は背中にゾワッとする感覚を覚えた。
それは豊浦も苫小牧も同じなのか、
豊浦はそっぽを向いて、
苫小牧は俺を見ていた。
やめろ、俺の方を見るな。バレるだろうが。
ていうか、雰囲気が昨日豊浦が何かを
ぶっ壊した時のやつと、
ほぼ同じ雰囲気なんだよ…。
まずい、まずい、どうにか言い訳を
しなければと俺は思考をまわした。
「熊の仕業だと、思いますよ。」
俺は咄嗟に、熊の仕業って事にした。
バレていない可能性を信じて。
それに女将さん、前に熊が出るって
言ってただろ、だから納得してくれる筈…。
俺達だって勤務態度は悪くなかった筈だし
疑うところが無いと信じたい。
「あらまぁ…そうねぇ…。
良い子のあんた達がする訳ないものねぇ。」
勘の鋭い俺ですら、女将さんが
何を考えているのかわからない。
そんなポーカーフェイスを纏っていて、
俺は凄まじい焦りを感じた。
何を考えている?。本当に読めない。
前にも、厚真がむかわの貴重な限定焼酎を
勝手に売った事がバレた時に、
厚真が言い訳をしつつポーカーフェイスを
纏っていた事があったけど、
そん時は普通に考えてる事がわかったのに、
女将さんはやらたと上手すぎる。
マジで俺の勘が通用しない。
俺達は早々に食事を済ませて、
共同の部屋に戻った。
「ねぇ、室蘭。今日どうするの?。」
「どうするったって…。」
「俺は今日調子悪りぃ…
マジで今日俺動けないから
お前達だけでどっか行ってこい。」
と、苫小牧は敷布団に寝っ転がって
布団を頭まで被り、
そのまま閉じこもってしまった。
いや、夏だし、暑いだろそんな事したら…。
それとも、風邪でも引いたのか?。
昨日まで元気だったのに…。
まぁ風邪は突然引くこともあるしな。
…ん?待てよ…よく考えたら
俺達色々訳ありで滅多に風邪を
引くことないんだったよな…。
え?じゃあ苫小牧の体調不良は一体…?。
「なぁ苫小牧、調子悪いつったよな?。
どんな風に調子が悪いんだ?。」
「なんか知らんが幻覚が見える。」
苫小牧は頭まで被った布団を避けず、
埋もれたままそう話した。
もしかして、寒いのか?。
いやまぁまだ本人に聞いてないから
わからんがな…。
ていうか、幻覚が見えるって…
インフルエンザの時に
タフミル飲んだじゃあるまいし…。
「幻覚はどんなのが見える?。」
「黒いモヤが部屋の壁や天井、
床を這いずりまわってやがる…。」
「ゴキブリじゃねぇの?。」
「馬鹿言え、北海道に
ゴキブリはほぼいねェだろうが…。
それにゴキブリは
天井や壁を這いまわらねぇ。
そんで、その黒いモヤは人形なんだ。」
人形?人形の黒いモヤが壁や天井、
床を這いずっているのか?。
それが本当ならスッゲェキメェな…。
でも、大きさってどれぐらいなんだ?。
人間とほぼ同じ大きさなのか、
それとも小人サイズなのか。
まぁどっちにしろキモいけどな。
「ていうか…人形なのか…?
小さいんだけども…なんか…人形の筈なのに
人形じゃねェみてェなんだ…。」
「人形なのに人形じゃない?。
どういうことだよ、苫小牧。」
人形なのに人形じゃないって、それは
人形じゃないんじゃないのか?。
それとも、人形に似た何かなのか?。
苫小牧の言っている事が
とても意味不明だ…。
「蜘蛛みてェなんだ。
でも蜘蛛とも形容し難いモノだ。」
「蜘蛛みたいだけど
蜘蛛とも言えない形をしているのか。」
「うーん…つまり、
人間が四足歩行してるみたいな感じ?。」
豊浦はそれっぽいことを言った。
確かに、それなら辻褄が合う気がした。
人間が四足歩行って、四つん這いを
イメージさせるけど、
もっとキモい方の四足歩行なんだろうな。
なんか、ブリッジみたいな?。
「そうでもない…あー、ごめん…
なんかもう…俺、気持ち悪くなってきた。」
苫小牧はその言葉だけを残し、
幾ら俺が声をかけても返事をしなくなった。
本当に大丈夫なのかよ…という、
不安があった。昨日あんな事あったし、
それも含めて苫小牧の身に
異変が起きてる事に
何か得体の知れない恐怖を感じた。
もしかして、呪われたとか祟られたとか、
そういう現象が苫小牧の身に起きている。
とか、俺はそんな風に考えてしまった。
「なぁ、豊浦。」
「何?。」
「苫小牧さ、もしかしたら昨日の事で
呪われたとか、祟られたとか、
そういう現象が起きてるかもしれない。」
豊浦は、「だろうな」という顔をしていた。
言い出した奴が呪われたり祟られる。
2chのスレッド動画を見た事ないであろう
豊浦でさえもわかる話だ。
今回、そういう事が起きてしまった。
それを俺は悔やんでいた。
何事もなく、穏便に、
この夏を過ごしたかった。
ただ、その思いでいっぱいだった。
業務終わりの部屋でゲームしたり、
たまに少し怪談話したり、
アイス食ったり、そういう事をしたかった。
怖い思いなんて、怪談話で事足りる。
なんで人がいる筈の町で誰もいないんだよ。
それにあの時のパキパキとした音はなんだよ。
どうしてマップアプリが開けないんだよ。
苫小牧はなんで裏山に行くことに
執着していたんだよ。
あの時の化け物はなんなんだよ…。
そういう思いが、俺の中でぐるぐるしていた。
おかしい、ここはどこかおかしい。
そういう勘を無理矢理
助長させられている様で、
俺はパニックになりそうだった。
こんなにも勘が冴える様な奴に
なりたくなかった。
余計な恐怖を感じたくなかった。
「…大丈夫?。室蘭。
いきなりうずくまってしまったけど。」
豊浦は、俺の肩をポンと叩いた。
俺はいつの間にか、
うずくまってしまっていたらしい。
豊浦のその行動で、俺は籠っていた力が
スッと抜けた。
俺は今気がついた、
自分一人で抱え込もうとしていた事を。
そうだ、俺が前にアイツに言った事、
言った本人が抱え込んでどうする。
今、言うべきだ。あんなぶっきらぼうな
豊浦でも、理解してくれる筈だ。
「…豊浦、俺さ…怖いんだよ。」
「うん…。」
「この宿は、普通じゃないし、
ここ周辺の町だって、普通じゃない。
だって、おかしいだろ。マップが開けないし、
人がいきなりいなくなるし、
それに海行った時の帰り道、
足元からパキパキって音がしたんだよ…。」
「室蘭、その音僕も聞いた。」
「マジで?。」
「うんうん。本当に
気味が悪いなって思ったよ、僕も。
街灯もおかしかったよね?。」
「ああ…。あぁ…。」
俺は、味方がいるというのを実感したのか、
泣き崩れてしまった。
いつも、おかしいとか、怖いとか、
そういう思いを抱えるのは
俺ばっかりだったからだ。
誰も理解してくれない、そう思っていた。
でも、豊浦だけでも
気がついてくれて良かった。
じゃないと、俺は気が狂いそうだった。
「ちょっと、泣かないでよ。
もう既に苫小牧が調子狂ってるのに、
僕まで調子狂っちゃうじゃん…。」
「ごめんな…気がついてくれたから…つい。」
「気がつくも何も、おかしいと思わない方が
おかしいでしょ。馬鹿じゃないの。」
豊浦は、いつもの様にぶっきらぼうだった。
それがかえって安心材料になった。
お前のぶっきらぼうなとこ、
悪いところだと思ってた俺が間違いだったよ。
案外、ぶっきらぼうな奴ほど
信用できるもんだな。
「んで、どーすんの?。
何かしたいんじゃないの?。
例えば…苫小牧の体調不良をどうしたら
和らげる事ができるかを調べるとか、
この宿を出るとか。
そういう事をしたいんじゃないの?。」
「よくわかってんな豊浦…!。」
「だって、僕がそうしたいから。
まぁ、一旦座ろう。」
豊浦の言う通りに、俺と豊浦は
畳の上に座った。
豊浦はもう事前に何かを
企てている様な口ぶりだった。
俺はどこか期待して、豊浦の言葉を待った。
ここまで安心してしまうなら、
自然と人に期待を
してしまうものなのだろうか。
「んーとね、まずさ、
様子を探った方が良いかも。
宿を出ようにも怪しまれたら困るし、
それに女将さんが怒ってるかどうかも
確認した方が良いと思う。」
「ああ…まぁ…そうだな。」
様子を探る。予想外の言葉に
俺は腑に落ちなかった。
またあの女将さんと対面するって事か?。
流石にそれは俺の精神が保たない…。
無理だ…。
「室蘭、女将さんと会うの嫌だと思うけど、
やんなきゃダメだよ。
女将さんの様子によっては今すぐ出れるか、
それとも日が経ってからになるか、
どういう言い訳をすべきか
変わると思うんだ。」
「豊浦の…言う通りだな。」
確かに、様子によっては
俺達が宿を出る事について
激昂する可能性だってあり得なくはない。
やはり、言うタイミングを
見計らうのはやるべきだな。
そういえば、豊浦は最初に結論から
言う様な奴だったな。
愛想がない、なんか変な奴、
そんなイメージが先取りしていたのか
豊浦のその特徴を俺は忘れていた。
「そうだね…女将さんに「今日は働く」って
事を伝える時に様子を探ってみよう。」
「え?休みなのに業務?。」
「だって、苫小牧がこんな調子なのに
呑気に遊べんの?。」
「そうだよな…遊ぶぐらいなら
女将さんの様子を探ったり、
業務してた方が良いよな。」
「でしょ?。そうと決まったら
早速女将さんに伝えに行こう。」
結構急だが、俺はついさっきの豊浦の説明で
腑に落ちたのか、豊浦と一緒に部屋を出て
階段を降り、女将さんの元へ向かった。
「まぁ…休みだけど働きたいのね?。」
「はい。女将さんの力になりたくて…。」
適当にそれっぽい、優等生みたいな
理由をつけて、女将さんの顔をジッと見た。
女将はなんとも言えない顔だった。
いつもの様に微笑んでいないって訳では無いが
どこか威圧感を感じていた。
微笑みが浅いと言うか…。
「働いてくれるのは、嬉しいわ。だけど」
女将さんがすれ違い様に、口を開いた。
「あまりナメないで。」
「っ…。」
その言葉を聞いた瞬間、
俺は全身に鳥肌が立つ様な感覚があった。
ヤバイ。ただそれだけしか表せない。
血管が凍りついていく様な錯覚にも陥った。
俺の脳が意味を理解する事を拒絶している。
「私は少しお出かけしてくるわ。
その間、宿を頼んだわよ。」
女将さんは、何事も無かったかの様に
玄関先へ行ってしまった。
なんだったんだよ、あの言葉は…。
「あまりナメないで。」って…。
昨日裏山の置物を壊しておいて、
それについての責任を負わずに
俺らが辞める事を見抜いたみたいで
凄くゾッとした。
「…室蘭、今は考えない方が良いよ。
それに…うん、もしかしたら
そんな事しなくとも全然女将さんだけで
大丈夫って意味かもしれないし…。」
「そうだな。」
俺はそうとだけ豊浦に返して、
言ったからには業務をしなければと
俺は台所へ向かった。
「…。」
俺は、普段は独り言を発するのに
何とも発しないで、淡々と皿を洗っていた。
だって、あん時の「あまりナメないで。」は
一体なんだったのか、はっきりさせたい。
という気持ちもあったが
はっきりさせたらさせたで、
それが昨日裏山の置物を壊しておいて、
それについての責任を負わずに
俺らが辞める事っていうのが
バレているのなら、
俺は多分耐えられない感覚に陥ると、
予測していた。
まぁでも…豊浦の言葉も一理ある。
老人って、自分一人で
なんでもしようとする節があり、
それ故に手伝おうとしたら
逆上する人だっている。
そう考えると、あの発言も
そういうやつだったのか…?。
でも、お淑やかな女将さんがそんな事を
言うのはとてもじゃないけど、
どこかあり得ないという気持ちだった。
うーん…なんなんだほんと…。
「ねぇ、室蘭くん。」
「うわっ…!ビックリした。」
「あまりにも集中してるから、
声をかけたくなっちゃった。」
「あ、ああうん…。」
じっと見つめてくるリサちゃんに、
俺は緊張しながら皿を洗っていた。
リサちゃんの可愛い顔をじっと見ていると、
なんだか少し歪んでいるように見えてきた。
もしかして俺、疲れてるのだろうか。
疲れていたらそんな風に
見えてしまったりするよな…。
でも、なんだろう…疲れているとはいえ、
リサちゃんをよく見てみると
目が笑ってないというか…
そしてだんだん鼻あたりから
ぐるぐる模様になるように
歪んでいっている。
「…。」
俺は、瞳孔が揺れている感覚がした。
「ねe…むロらnnnnnくン。」
喉から「ヒュッ」と、
息を変な感じに吸うような音がした。
目を合わせてはいけない、
目を逸らさなければ。そう思って、
なんとか皿の方を見ようとした。
だが、その吸い込まれる様な
視線から目を離せなかった。
すると、突然皿を持っている手から
ニュルッとした感覚があった。
「…?。」
思わず皿の方に視線を移すと、
皿は水をつけた粘土の様に
ニュルニュルしたものになっていき、
完全な白だった筈が
赤黒く変色してきていた。
「おわっ…。」
俺は思わず手を離した。
そして俺は、吐き気を覚えた。
「ごめん…俺ちょっとトイレ行ってくる。」
「」
話しかけたら、もう人の姿はしていなくて。
俺は逃げるようにトイレに駆け込んだ。
「ぐっ…お、えぇぇぇぇ…。」
なんなんだよアレ…。非現実的すぎる。
あんなのホラーゲームでしか見た事ねぇぞ…。
ていうか、幾ら疲れていたとしても
目に映ったものは、確かに現実だった。
ついさっきの不気味な姿、そしてあの皿。
気のせいであってほしかったと
嘔吐しながらそう思っていた。
確かに、あの時の顔は
見間違いでもなんでもなく、
本当に歪んでいたんだ。
その事実を思い出さまいと、
吐瀉物と記憶を流すように
トイレの水を流した。
俺が台所に戻ると、
リサちゃんはいなくなっていた。
アレはなんだったんだろう?。
リサちゃんはどこに行ってしまったんだ?。
という気持ちのまま、
俺はまた皿を洗い始めた。
そして今日の業務を終えて、
俺達は共同の部屋に集まっていた。
時刻は午後7時。
苫小牧は今日一日体調が悪かったのか、
ずっと部屋で寝ていた。
「なぁ…俺、ヤベェの見ちまった。」
「…室蘭、なんかあった?。」
「豊浦…俺さ、変な体験しちまったんだよ。
リサちゃんの顔が歪んでいったんだよ…。
そしたら皿がさ…ニュルって、
水に浸した粘土みたいになって、
赤黒く変色していったんだよ。」
「僕も変な体験した。
二階の床がいきなり歪んで、
あり得ない動きしてて…
そしたらいきなり赤黒くなって
元に戻ったの。」
「赤黒く?。
おい待てこれ共通点じゃねぇか。」
「ちょっと待って、よく思い出したら
昨日ついてたあの泥も同じ色してる…!。」
「えっマジじゃねぇか!。
ていうか…あの泥って
一体なんだったんだ?。」
俺と豊浦の話を聞いた苫小牧は、
気怠げに布団を避けて上体を起こした。
「…あれさ、よく見たら爪だった。」
「苫小牧?。」
「ご飯粒と、爪だ、気持ち悪りぃ…。」
「マジか…。」
あんなにも気持ち悪いものだったなんて、
俺は衝撃を受けた。
ただの泥だと思い込んでいたからだ。
ていうか、泥だと思いたかった。
泥みたいに見えるドロドロとしたところは、
実は泥じゃなく、もっと違う
汚い何かの可能性も…と考えると、
吐き気を催した。
衛生面的にも気持ち悪いし害だし、
霊に目をつけられているとか、
頭の中が凄くとっ散らかってしまう。
「一体、なぜ赤黒く…?。
ていうか絶対あり得ない現象に遭ってる。
一体なんでそんな現象が?。」
「前にはこういう事無かったよね?。
もしかして…あの時、
何かを壊したから…?。」
俺は今更、もしかしたら豊浦の壊した
あの置物は、魔除けの可能性も
あり得なくはないと、
そう気づき始めていた。
「…おいおい、
本当に俺達まずいことをしちまった。
アレが仮に、魔除けとかなら
とんでもねぇ事になってるぞ。」
「ごめんね…あん時、僕の不注意で…。」
豊浦は、そう言って
申し訳無さそうに頭を下げた。
それがどこか項垂れた様にも見えた。
豊浦も、あんな事しなければと、
思う節があったのかもしれない。
でも、壊してはしまったけど、
そもそも行った事自体、苫小牧が
無理矢理連れてきたんだし、
行かなかったら豊浦が壊す事は絶対無かった。
結果論で言うと苫小牧が悪いと言う事になる。
そんなに悲しそうにしないでくれ。
と、俺は密かに思った。
「そもそも、室蘭が
こんなバイトに誘わなかったら…。」
「なんだよ苫小牧!。そこまで言うか?!。
俺はこんな事になるとは
思っても無かったから誘ったのに、
危険があると知りながら無理矢理連れて行った
苫小牧が悪いだろうが!。」
「じゃあ室蘭、ここの地理とかは
調べたのかよ…!。
調べてないんだったら人の事
言えねェんじゃねェの?!。」
「ちょっと…。」
「調べてたさ!。ていうか調べないと
宿の場所わからねぇだろうが!!。」
「あの時俺は誘った訳じゃねェし!!!。
俺だってあんな事になるとは
思っても無かったんだよ!!!。」
「それは無理がある言い訳だ、
明らかアレは強引に誘っていたし、
熊がが出るとか知っていたし、挙句の果てには
幽霊らしきやつだって見ただろ!!!。
そもそも話題逸らすんじゃねぇよ!!!。」
「あのさ!。落ち着こう?!。
ここで喧嘩なんかしても意味ないじゃん!。」
ボコっ
豊浦のゲンコツが、
俺と苫小牧に降りかかった。
「すぐヒートアップするのやめない?。
君達の悪いところはそこなんだからさ。
そこちゃんと自覚してる?。
「んだよ…だって苫小牧が…。」
「言い訳しない!。確かに、室蘭の言う事も
わかるところはあるけども、
苫小牧にだって、なんらかの
理由があるかもしれないじゃん!。」
「はぁ?。」
「まず、冷静になりなよ。
今の君達じゃ話にならないから。」
そう言って、豊浦は部屋を
出て行ってしまった。
今の俺は怒りと疑問で
頭の中が真っ白になっていた。
それ以上考える余裕が無い。
腑に落ちなくて、俺は歯軋りしながら、
俺と苫小牧はそっぽを向いて、
そのまま落ち着くまで座っていた。
「…で、どうなの?少しは落ち着いた?。」
豊浦に声をかけられて、
俺はふと掛けられた時計を見た。
時刻はもう午後10時を指していた。
いつの間にか、そんなにも時間が
経っていた事に対して自覚は全く無く、
それは苫小牧も同じなのか、
相変わらず顔は合わせてくれないけど、
苫小牧も時計を見たのか驚いた顔をしていた。
「じゃあ、お互いの意見を聞いてみるけど、
苫小牧はあの時誘った事を
「誘ってない」って言ってたよね?。
アレは一体どうして?。」
「アレは…俺はあの時意識が無かった。」
「意識が無い?。」
「ああ、乗っ取られたみたいにな。
原因はわからないが、裏山で影を見た時に
同時に蜘蛛みたいなやつが
俺の服に張り付いていたところを、
払い除けたのが原因かもしれない。」
「…!。その蜘蛛って。」
「そうだ、今も見えている。」
豊浦と、苫小牧の話を聞いて、
乗っ取られたとかは疑心暗鬼だが、
蜘蛛みたいなのを見たってのは
信憑性がある。それがきっかけで
今も蜘蛛みたいなのが見える。
それなら辻褄が合う様な気がした。
「乗っ取られた時、俺は意識が戻った時には
既にあの裏山の奥、見た時には
大量の蜘蛛みたいなやつと、あの化け物。
本当にびっくりしたし、恐怖だった。」
「って、苫小牧は言ってるけど。
僕としては、意識が無い状態で、
もし何者かが苫小牧の意識を操ってたとして、
あの時苫小牧が変に威圧的だったのは、
辻褄が合うと思うんだよね。」
「何者かが苫小牧の意識を乗っ取る?。
あり得ないだろそんなの。」
俺は「誰かの意識を操る能力」なんて、
帯広ぐらいしか聞いた事がない。
それにあんな裏山で俺達以外の市町村がいて、
邪魔してくる訳無い。
そもそも俺達と女将さん、リサちゃんと
あの化け物しかこの町にはいない。
あり得る訳が無い。
「室蘭、今「誰かの意識を操る能力」を
持つ市町村、「帯広」を
思い浮かべたよね?。」
「なんでわかるんだよ。」
「僕もそう思い浮かべたからだよ。
だけど、こんな裏山に僕達以外の市町村が
いる訳無いし、そもそも僕達と女将さん、
リサ以外はこの町には誰もいない。
だけど、あの化け物がいるのなら、
怪奇現象として苫小牧の意識を操る、
なんで事もあり得なくは無いんだよ。」
「…そうなのか?。」
「怪奇現象としては、あり得ると思うな。
絶対にあり得ないと思っていた現象の事を
怪奇現象と言うならば、
それは当てはまると思う。」
「言われてみればそうだな。」
「室蘭の気持ちも、僕はわからなくもないよ。
室蘭だって、こんな事になるとは
予測つかなかったし、こればっかりは
誰が悪いとかは無いと思う。」
豊浦の言う通りだ。
確かに、苫小牧のいう事が本当なら、
苫小牧自身は悪く無いし、
俺だってこんな事になると知らなかった。
確かに、誰が悪いとかは無いんだ。
「僕の提案なんだけど、
明日女将さんに辞めることを
伝えてるってのはどう?。」
「あんな状態なのに…?!。」
「だけど、あの様子だと
いつまでも怒ってる可能性大だよ。
それならいつ辞めちゃっても
同じじゃない?。」
「まぁ…そうか。」
確かに、俺達が裏山の置物を壊した事を、
女将さんにバレているのなら
こっちが謝らない限り
ずっと怒ってると思うし、
違う事だとしたら謝罪した事によって
バレてしまい、
最悪俺達が訴えられる可能性がある。
それを考えると、バレてない可能性を信じて、
トンズラしてしまった方が良い。
申し訳ないとは思うけども…。
「そんな事して良いのか?。
俺としてはすっげェ申し訳ないんだが…。」
「だよね…でも、いつまでも
ここの地に留まるのも僕は嫌だな。」
「俺も嫌だ。それに追い討ちで
弁償しろだの訴えるだの、
色々ごちゃごちゃ言われたら
溜まったもんじゃ無い。
これはもうしょうがないんだ、苫小牧。」
「…それもそうか。」
「じゃあ、明日女将さんに
辞める事を伝えよう。」
明日女将さんに辞めることを
伝える事にして、俺達は置いていた荷物を
全てリュックとかにしまって、
布団を敷き始めた。
「…なぁ室蘭、俺、生きて帰れるかな。」
苫小牧が俺の服の裾を引っ張って、
怯えるようにそう言った。
今まで苫小牧はそんな素振りを
しなかったから、凄く違和感があった。
「どうしてそんな事言うんだよ。
まるでお前が命の危機に
遭ってるみたいじゃねぇか。
なんなら俺と寝るか?。」
「いや…いい。」
苫小牧は、
不安が拭えない様な顔をしつつも、
静かに目を閉じた。そんな苫小牧を見て、
俺は辞めるということを
伝える覚悟を固めて、布団に身を沈めた。
「ある夏のバイト」三話終了
翌日、今日は女将さんから貰った
三連休の二日目。
俺達はいつものように朝飯を食べていると、
やたらと女将さんにがニコニコして
俺達の目の前に立った。
いやまぁ…普段からニコニコと
微笑んでるけど、なんか…
笑顔に見えてくる程微笑んでいる。
何か良い事でもあったのかなと思う反面、
昨日の事についてバレたのかという
気持ちもあった。
「女将さん…?。」
「…。」
ひたすらニコニコしていて、
目の前に立っているだけで何も言わない。
あっこれは…このパターンは、なんか
バレている様な気がする…。
やたらと間が長い、これが決め手だった。
頼む…良い事があったとか、
そういう理由であってくれ…。
その考えを読まれていたのか、
女将さんはいきなり口を開いた。
「今日の朝、裏山を見たら
置物が壊れていたの。熊の仕業かしら?。」
「っ…。」
俺は背中にゾワッとする感覚を覚えた。
それは豊浦も苫小牧も同じなのか、
豊浦はそっぽを向いて、
苫小牧は俺を見ていた。
やめろ、俺の方を見るな。バレるだろうが。
ていうか、雰囲気が昨日豊浦が何かを
ぶっ壊した時のやつと、
ほぼ同じ雰囲気なんだよ…。
まずい、まずい、どうにか言い訳を
しなければと俺は思考をまわした。
「熊の仕業だと、思いますよ。」
俺は咄嗟に、熊の仕業って事にした。
バレていない可能性を信じて。
それに女将さん、前に熊が出るって
言ってただろ、だから納得してくれる筈…。
俺達だって勤務態度は悪くなかった筈だし
疑うところが無いと信じたい。
「あらまぁ…そうねぇ…。
良い子のあんた達がする訳ないものねぇ。」
勘の鋭い俺ですら、女将さんが
何を考えているのかわからない。
そんなポーカーフェイスを纏っていて、
俺は凄まじい焦りを感じた。
何を考えている?。本当に読めない。
前にも、厚真がむかわの貴重な限定焼酎を
勝手に売った事がバレた時に、
厚真が言い訳をしつつポーカーフェイスを
纏っていた事があったけど、
そん時は普通に考えてる事がわかったのに、
女将さんはやらたと上手すぎる。
マジで俺の勘が通用しない。
俺達は早々に食事を済ませて、
共同の部屋に戻った。
「ねぇ、室蘭。今日どうするの?。」
「どうするったって…。」
「俺は今日調子悪りぃ…
マジで今日俺動けないから
お前達だけでどっか行ってこい。」
と、苫小牧は敷布団に寝っ転がって
布団を頭まで被り、
そのまま閉じこもってしまった。
いや、夏だし、暑いだろそんな事したら…。
それとも、風邪でも引いたのか?。
昨日まで元気だったのに…。
まぁ風邪は突然引くこともあるしな。
…ん?待てよ…よく考えたら
俺達色々訳ありで滅多に風邪を
引くことないんだったよな…。
え?じゃあ苫小牧の体調不良は一体…?。
「なぁ苫小牧、調子悪いつったよな?。
どんな風に調子が悪いんだ?。」
「なんか知らんが幻覚が見える。」
苫小牧は頭まで被った布団を避けず、
埋もれたままそう話した。
もしかして、寒いのか?。
いやまぁまだ本人に聞いてないから
わからんがな…。
ていうか、幻覚が見えるって…
インフルエンザの時に
タフミル飲んだじゃあるまいし…。
「幻覚はどんなのが見える?。」
「黒いモヤが部屋の壁や天井、
床を這いずりまわってやがる…。」
「ゴキブリじゃねぇの?。」
「馬鹿言え、北海道に
ゴキブリはほぼいねェだろうが…。
それにゴキブリは
天井や壁を這いまわらねぇ。
そんで、その黒いモヤは人形なんだ。」
人形?人形の黒いモヤが壁や天井、
床を這いずっているのか?。
それが本当ならスッゲェキメェな…。
でも、大きさってどれぐらいなんだ?。
人間とほぼ同じ大きさなのか、
それとも小人サイズなのか。
まぁどっちにしろキモいけどな。
「ていうか…人形なのか…?
小さいんだけども…なんか…人形の筈なのに
人形じゃねェみてェなんだ…。」
「人形なのに人形じゃない?。
どういうことだよ、苫小牧。」
人形なのに人形じゃないって、それは
人形じゃないんじゃないのか?。
それとも、人形に似た何かなのか?。
苫小牧の言っている事が
とても意味不明だ…。
「蜘蛛みてェなんだ。
でも蜘蛛とも形容し難いモノだ。」
「蜘蛛みたいだけど
蜘蛛とも言えない形をしているのか。」
「うーん…つまり、
人間が四足歩行してるみたいな感じ?。」
豊浦はそれっぽいことを言った。
確かに、それなら辻褄が合う気がした。
人間が四足歩行って、四つん這いを
イメージさせるけど、
もっとキモい方の四足歩行なんだろうな。
なんか、ブリッジみたいな?。
「そうでもない…あー、ごめん…
なんかもう…俺、気持ち悪くなってきた。」
苫小牧はその言葉だけを残し、
幾ら俺が声をかけても返事をしなくなった。
本当に大丈夫なのかよ…という、
不安があった。昨日あんな事あったし、
それも含めて苫小牧の身に
異変が起きてる事に
何か得体の知れない恐怖を感じた。
もしかして、呪われたとか祟られたとか、
そういう現象が苫小牧の身に起きている。
とか、俺はそんな風に考えてしまった。
「なぁ、豊浦。」
「何?。」
「苫小牧さ、もしかしたら昨日の事で
呪われたとか、祟られたとか、
そういう現象が起きてるかもしれない。」
豊浦は、「だろうな」という顔をしていた。
言い出した奴が呪われたり祟られる。
2chのスレッド動画を見た事ないであろう
豊浦でさえもわかる話だ。
今回、そういう事が起きてしまった。
それを俺は悔やんでいた。
何事もなく、穏便に、
この夏を過ごしたかった。
ただ、その思いでいっぱいだった。
業務終わりの部屋でゲームしたり、
たまに少し怪談話したり、
アイス食ったり、そういう事をしたかった。
怖い思いなんて、怪談話で事足りる。
なんで人がいる筈の町で誰もいないんだよ。
それにあの時のパキパキとした音はなんだよ。
どうしてマップアプリが開けないんだよ。
苫小牧はなんで裏山に行くことに
執着していたんだよ。
あの時の化け物はなんなんだよ…。
そういう思いが、俺の中でぐるぐるしていた。
おかしい、ここはどこかおかしい。
そういう勘を無理矢理
助長させられている様で、
俺はパニックになりそうだった。
こんなにも勘が冴える様な奴に
なりたくなかった。
余計な恐怖を感じたくなかった。
「…大丈夫?。室蘭。
いきなりうずくまってしまったけど。」
豊浦は、俺の肩をポンと叩いた。
俺はいつの間にか、
うずくまってしまっていたらしい。
豊浦のその行動で、俺は籠っていた力が
スッと抜けた。
俺は今気がついた、
自分一人で抱え込もうとしていた事を。
そうだ、俺が前にアイツに言った事、
言った本人が抱え込んでどうする。
今、言うべきだ。あんなぶっきらぼうな
豊浦でも、理解してくれる筈だ。
「…豊浦、俺さ…怖いんだよ。」
「うん…。」
「この宿は、普通じゃないし、
ここ周辺の町だって、普通じゃない。
だって、おかしいだろ。マップが開けないし、
人がいきなりいなくなるし、
それに海行った時の帰り道、
足元からパキパキって音がしたんだよ…。」
「室蘭、その音僕も聞いた。」
「マジで?。」
「うんうん。本当に
気味が悪いなって思ったよ、僕も。
街灯もおかしかったよね?。」
「ああ…。あぁ…。」
俺は、味方がいるというのを実感したのか、
泣き崩れてしまった。
いつも、おかしいとか、怖いとか、
そういう思いを抱えるのは
俺ばっかりだったからだ。
誰も理解してくれない、そう思っていた。
でも、豊浦だけでも
気がついてくれて良かった。
じゃないと、俺は気が狂いそうだった。
「ちょっと、泣かないでよ。
もう既に苫小牧が調子狂ってるのに、
僕まで調子狂っちゃうじゃん…。」
「ごめんな…気がついてくれたから…つい。」
「気がつくも何も、おかしいと思わない方が
おかしいでしょ。馬鹿じゃないの。」
豊浦は、いつもの様にぶっきらぼうだった。
それがかえって安心材料になった。
お前のぶっきらぼうなとこ、
悪いところだと思ってた俺が間違いだったよ。
案外、ぶっきらぼうな奴ほど
信用できるもんだな。
「んで、どーすんの?。
何かしたいんじゃないの?。
例えば…苫小牧の体調不良をどうしたら
和らげる事ができるかを調べるとか、
この宿を出るとか。
そういう事をしたいんじゃないの?。」
「よくわかってんな豊浦…!。」
「だって、僕がそうしたいから。
まぁ、一旦座ろう。」
豊浦の言う通りに、俺と豊浦は
畳の上に座った。
豊浦はもう事前に何かを
企てている様な口ぶりだった。
俺はどこか期待して、豊浦の言葉を待った。
ここまで安心してしまうなら、
自然と人に期待を
してしまうものなのだろうか。
「んーとね、まずさ、
様子を探った方が良いかも。
宿を出ようにも怪しまれたら困るし、
それに女将さんが怒ってるかどうかも
確認した方が良いと思う。」
「ああ…まぁ…そうだな。」
様子を探る。予想外の言葉に
俺は腑に落ちなかった。
またあの女将さんと対面するって事か?。
流石にそれは俺の精神が保たない…。
無理だ…。
「室蘭、女将さんと会うの嫌だと思うけど、
やんなきゃダメだよ。
女将さんの様子によっては今すぐ出れるか、
それとも日が経ってからになるか、
どういう言い訳をすべきか
変わると思うんだ。」
「豊浦の…言う通りだな。」
確かに、様子によっては
俺達が宿を出る事について
激昂する可能性だってあり得なくはない。
やはり、言うタイミングを
見計らうのはやるべきだな。
そういえば、豊浦は最初に結論から
言う様な奴だったな。
愛想がない、なんか変な奴、
そんなイメージが先取りしていたのか
豊浦のその特徴を俺は忘れていた。
「そうだね…女将さんに「今日は働く」って
事を伝える時に様子を探ってみよう。」
「え?休みなのに業務?。」
「だって、苫小牧がこんな調子なのに
呑気に遊べんの?。」
「そうだよな…遊ぶぐらいなら
女将さんの様子を探ったり、
業務してた方が良いよな。」
「でしょ?。そうと決まったら
早速女将さんに伝えに行こう。」
結構急だが、俺はついさっきの豊浦の説明で
腑に落ちたのか、豊浦と一緒に部屋を出て
階段を降り、女将さんの元へ向かった。
「まぁ…休みだけど働きたいのね?。」
「はい。女将さんの力になりたくて…。」
適当にそれっぽい、優等生みたいな
理由をつけて、女将さんの顔をジッと見た。
女将はなんとも言えない顔だった。
いつもの様に微笑んでいないって訳では無いが
どこか威圧感を感じていた。
微笑みが浅いと言うか…。
「働いてくれるのは、嬉しいわ。だけど」
女将さんがすれ違い様に、口を開いた。
「あまりナメないで。」
「っ…。」
その言葉を聞いた瞬間、
俺は全身に鳥肌が立つ様な感覚があった。
ヤバイ。ただそれだけしか表せない。
血管が凍りついていく様な錯覚にも陥った。
俺の脳が意味を理解する事を拒絶している。
「私は少しお出かけしてくるわ。
その間、宿を頼んだわよ。」
女将さんは、何事も無かったかの様に
玄関先へ行ってしまった。
なんだったんだよ、あの言葉は…。
「あまりナメないで。」って…。
昨日裏山の置物を壊しておいて、
それについての責任を負わずに
俺らが辞める事を見抜いたみたいで
凄くゾッとした。
「…室蘭、今は考えない方が良いよ。
それに…うん、もしかしたら
そんな事しなくとも全然女将さんだけで
大丈夫って意味かもしれないし…。」
「そうだな。」
俺はそうとだけ豊浦に返して、
言ったからには業務をしなければと
俺は台所へ向かった。
「…。」
俺は、普段は独り言を発するのに
何とも発しないで、淡々と皿を洗っていた。
だって、あん時の「あまりナメないで。」は
一体なんだったのか、はっきりさせたい。
という気持ちもあったが
はっきりさせたらさせたで、
それが昨日裏山の置物を壊しておいて、
それについての責任を負わずに
俺らが辞める事っていうのが
バレているのなら、
俺は多分耐えられない感覚に陥ると、
予測していた。
まぁでも…豊浦の言葉も一理ある。
老人って、自分一人で
なんでもしようとする節があり、
それ故に手伝おうとしたら
逆上する人だっている。
そう考えると、あの発言も
そういうやつだったのか…?。
でも、お淑やかな女将さんがそんな事を
言うのはとてもじゃないけど、
どこかあり得ないという気持ちだった。
うーん…なんなんだほんと…。
「ねぇ、室蘭くん。」
「うわっ…!ビックリした。」
「あまりにも集中してるから、
声をかけたくなっちゃった。」
「あ、ああうん…。」
じっと見つめてくるリサちゃんに、
俺は緊張しながら皿を洗っていた。
リサちゃんの可愛い顔をじっと見ていると、
なんだか少し歪んでいるように見えてきた。
もしかして俺、疲れてるのだろうか。
疲れていたらそんな風に
見えてしまったりするよな…。
でも、なんだろう…疲れているとはいえ、
リサちゃんをよく見てみると
目が笑ってないというか…
そしてだんだん鼻あたりから
ぐるぐる模様になるように
歪んでいっている。
「…。」
俺は、瞳孔が揺れている感覚がした。
「ねe…むロらnnnnnくン。」
喉から「ヒュッ」と、
息を変な感じに吸うような音がした。
目を合わせてはいけない、
目を逸らさなければ。そう思って、
なんとか皿の方を見ようとした。
だが、その吸い込まれる様な
視線から目を離せなかった。
すると、突然皿を持っている手から
ニュルッとした感覚があった。
「…?。」
思わず皿の方に視線を移すと、
皿は水をつけた粘土の様に
ニュルニュルしたものになっていき、
完全な白だった筈が
赤黒く変色してきていた。
「おわっ…。」
俺は思わず手を離した。
そして俺は、吐き気を覚えた。
「ごめん…俺ちょっとトイレ行ってくる。」
「」
話しかけたら、もう人の姿はしていなくて。
俺は逃げるようにトイレに駆け込んだ。
「ぐっ…お、えぇぇぇぇ…。」
なんなんだよアレ…。非現実的すぎる。
あんなのホラーゲームでしか見た事ねぇぞ…。
ていうか、幾ら疲れていたとしても
目に映ったものは、確かに現実だった。
ついさっきの不気味な姿、そしてあの皿。
気のせいであってほしかったと
嘔吐しながらそう思っていた。
確かに、あの時の顔は
見間違いでもなんでもなく、
本当に歪んでいたんだ。
その事実を思い出さまいと、
吐瀉物と記憶を流すように
トイレの水を流した。
俺が台所に戻ると、
リサちゃんはいなくなっていた。
アレはなんだったんだろう?。
リサちゃんはどこに行ってしまったんだ?。
という気持ちのまま、
俺はまた皿を洗い始めた。
そして今日の業務を終えて、
俺達は共同の部屋に集まっていた。
時刻は午後7時。
苫小牧は今日一日体調が悪かったのか、
ずっと部屋で寝ていた。
「なぁ…俺、ヤベェの見ちまった。」
「…室蘭、なんかあった?。」
「豊浦…俺さ、変な体験しちまったんだよ。
リサちゃんの顔が歪んでいったんだよ…。
そしたら皿がさ…ニュルって、
水に浸した粘土みたいになって、
赤黒く変色していったんだよ。」
「僕も変な体験した。
二階の床がいきなり歪んで、
あり得ない動きしてて…
そしたらいきなり赤黒くなって
元に戻ったの。」
「赤黒く?。
おい待てこれ共通点じゃねぇか。」
「ちょっと待って、よく思い出したら
昨日ついてたあの泥も同じ色してる…!。」
「えっマジじゃねぇか!。
ていうか…あの泥って
一体なんだったんだ?。」
俺と豊浦の話を聞いた苫小牧は、
気怠げに布団を避けて上体を起こした。
「…あれさ、よく見たら爪だった。」
「苫小牧?。」
「ご飯粒と、爪だ、気持ち悪りぃ…。」
「マジか…。」
あんなにも気持ち悪いものだったなんて、
俺は衝撃を受けた。
ただの泥だと思い込んでいたからだ。
ていうか、泥だと思いたかった。
泥みたいに見えるドロドロとしたところは、
実は泥じゃなく、もっと違う
汚い何かの可能性も…と考えると、
吐き気を催した。
衛生面的にも気持ち悪いし害だし、
霊に目をつけられているとか、
頭の中が凄くとっ散らかってしまう。
「一体、なぜ赤黒く…?。
ていうか絶対あり得ない現象に遭ってる。
一体なんでそんな現象が?。」
「前にはこういう事無かったよね?。
もしかして…あの時、
何かを壊したから…?。」
俺は今更、もしかしたら豊浦の壊した
あの置物は、魔除けの可能性も
あり得なくはないと、
そう気づき始めていた。
「…おいおい、
本当に俺達まずいことをしちまった。
アレが仮に、魔除けとかなら
とんでもねぇ事になってるぞ。」
「ごめんね…あん時、僕の不注意で…。」
豊浦は、そう言って
申し訳無さそうに頭を下げた。
それがどこか項垂れた様にも見えた。
豊浦も、あんな事しなければと、
思う節があったのかもしれない。
でも、壊してはしまったけど、
そもそも行った事自体、苫小牧が
無理矢理連れてきたんだし、
行かなかったら豊浦が壊す事は絶対無かった。
結果論で言うと苫小牧が悪いと言う事になる。
そんなに悲しそうにしないでくれ。
と、俺は密かに思った。
「そもそも、室蘭が
こんなバイトに誘わなかったら…。」
「なんだよ苫小牧!。そこまで言うか?!。
俺はこんな事になるとは
思っても無かったから誘ったのに、
危険があると知りながら無理矢理連れて行った
苫小牧が悪いだろうが!。」
「じゃあ室蘭、ここの地理とかは
調べたのかよ…!。
調べてないんだったら人の事
言えねェんじゃねェの?!。」
「ちょっと…。」
「調べてたさ!。ていうか調べないと
宿の場所わからねぇだろうが!!。」
「あの時俺は誘った訳じゃねェし!!!。
俺だってあんな事になるとは
思っても無かったんだよ!!!。」
「それは無理がある言い訳だ、
明らかアレは強引に誘っていたし、
熊がが出るとか知っていたし、挙句の果てには
幽霊らしきやつだって見ただろ!!!。
そもそも話題逸らすんじゃねぇよ!!!。」
「あのさ!。落ち着こう?!。
ここで喧嘩なんかしても意味ないじゃん!。」
ボコっ
豊浦のゲンコツが、
俺と苫小牧に降りかかった。
「すぐヒートアップするのやめない?。
君達の悪いところはそこなんだからさ。
そこちゃんと自覚してる?。
「んだよ…だって苫小牧が…。」
「言い訳しない!。確かに、室蘭の言う事も
わかるところはあるけども、
苫小牧にだって、なんらかの
理由があるかもしれないじゃん!。」
「はぁ?。」
「まず、冷静になりなよ。
今の君達じゃ話にならないから。」
そう言って、豊浦は部屋を
出て行ってしまった。
今の俺は怒りと疑問で
頭の中が真っ白になっていた。
それ以上考える余裕が無い。
腑に落ちなくて、俺は歯軋りしながら、
俺と苫小牧はそっぽを向いて、
そのまま落ち着くまで座っていた。
「…で、どうなの?少しは落ち着いた?。」
豊浦に声をかけられて、
俺はふと掛けられた時計を見た。
時刻はもう午後10時を指していた。
いつの間にか、そんなにも時間が
経っていた事に対して自覚は全く無く、
それは苫小牧も同じなのか、
相変わらず顔は合わせてくれないけど、
苫小牧も時計を見たのか驚いた顔をしていた。
「じゃあ、お互いの意見を聞いてみるけど、
苫小牧はあの時誘った事を
「誘ってない」って言ってたよね?。
アレは一体どうして?。」
「アレは…俺はあの時意識が無かった。」
「意識が無い?。」
「ああ、乗っ取られたみたいにな。
原因はわからないが、裏山で影を見た時に
同時に蜘蛛みたいなやつが
俺の服に張り付いていたところを、
払い除けたのが原因かもしれない。」
「…!。その蜘蛛って。」
「そうだ、今も見えている。」
豊浦と、苫小牧の話を聞いて、
乗っ取られたとかは疑心暗鬼だが、
蜘蛛みたいなのを見たってのは
信憑性がある。それがきっかけで
今も蜘蛛みたいなのが見える。
それなら辻褄が合う様な気がした。
「乗っ取られた時、俺は意識が戻った時には
既にあの裏山の奥、見た時には
大量の蜘蛛みたいなやつと、あの化け物。
本当にびっくりしたし、恐怖だった。」
「って、苫小牧は言ってるけど。
僕としては、意識が無い状態で、
もし何者かが苫小牧の意識を操ってたとして、
あの時苫小牧が変に威圧的だったのは、
辻褄が合うと思うんだよね。」
「何者かが苫小牧の意識を乗っ取る?。
あり得ないだろそんなの。」
俺は「誰かの意識を操る能力」なんて、
帯広ぐらいしか聞いた事がない。
それにあんな裏山で俺達以外の市町村がいて、
邪魔してくる訳無い。
そもそも俺達と女将さん、リサちゃんと
あの化け物しかこの町にはいない。
あり得る訳が無い。
「室蘭、今「誰かの意識を操る能力」を
持つ市町村、「帯広」を
思い浮かべたよね?。」
「なんでわかるんだよ。」
「僕もそう思い浮かべたからだよ。
だけど、こんな裏山に僕達以外の市町村が
いる訳無いし、そもそも僕達と女将さん、
リサ以外はこの町には誰もいない。
だけど、あの化け物がいるのなら、
怪奇現象として苫小牧の意識を操る、
なんで事もあり得なくは無いんだよ。」
「…そうなのか?。」
「怪奇現象としては、あり得ると思うな。
絶対にあり得ないと思っていた現象の事を
怪奇現象と言うならば、
それは当てはまると思う。」
「言われてみればそうだな。」
「室蘭の気持ちも、僕はわからなくもないよ。
室蘭だって、こんな事になるとは
予測つかなかったし、こればっかりは
誰が悪いとかは無いと思う。」
豊浦の言う通りだ。
確かに、苫小牧のいう事が本当なら、
苫小牧自身は悪く無いし、
俺だってこんな事になると知らなかった。
確かに、誰が悪いとかは無いんだ。
「僕の提案なんだけど、
明日女将さんに辞めることを
伝えてるってのはどう?。」
「あんな状態なのに…?!。」
「だけど、あの様子だと
いつまでも怒ってる可能性大だよ。
それならいつ辞めちゃっても
同じじゃない?。」
「まぁ…そうか。」
確かに、俺達が裏山の置物を壊した事を、
女将さんにバレているのなら
こっちが謝らない限り
ずっと怒ってると思うし、
違う事だとしたら謝罪した事によって
バレてしまい、
最悪俺達が訴えられる可能性がある。
それを考えると、バレてない可能性を信じて、
トンズラしてしまった方が良い。
申し訳ないとは思うけども…。
「そんな事して良いのか?。
俺としてはすっげェ申し訳ないんだが…。」
「だよね…でも、いつまでも
ここの地に留まるのも僕は嫌だな。」
「俺も嫌だ。それに追い討ちで
弁償しろだの訴えるだの、
色々ごちゃごちゃ言われたら
溜まったもんじゃ無い。
これはもうしょうがないんだ、苫小牧。」
「…それもそうか。」
「じゃあ、明日女将さんに
辞める事を伝えよう。」
明日女将さんに辞めることを
伝える事にして、俺達は置いていた荷物を
全てリュックとかにしまって、
布団を敷き始めた。
「…なぁ室蘭、俺、生きて帰れるかな。」
苫小牧が俺の服の裾を引っ張って、
怯えるようにそう言った。
今まで苫小牧はそんな素振りを
しなかったから、凄く違和感があった。
「どうしてそんな事言うんだよ。
まるでお前が命の危機に
遭ってるみたいじゃねぇか。
なんなら俺と寝るか?。」
「いや…いい。」
苫小牧は、
不安が拭えない様な顔をしつつも、
静かに目を閉じた。そんな苫小牧を見て、
俺は辞めるということを
伝える覚悟を固めて、布団に身を沈めた。
「ある夏のバイト」三話終了
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