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第六章
また会おう
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桟敷席を離れ、宮殿前まで出ると広場の喧騒は遠ざかり、辺りはしんとした夜の空気に包まれた。
さざなみのように遠くに歓声が聞こえてくる。
ひと気のない場所で焔将は未令をおろすとその髪にそっと口付けた。
「また会おう、未令」
「どうして……。そんなこと言うの?」
ここへきて、別れる間際になってまた会おう、なんて……。
決めかねていた心がざわざわ動く。
不覚にも泣きそうになって顔がゆがんだ。
「そんな顔するな。大丈夫だ。時有と有明の救出は上手くいく。その後でまた私に会いにくればいい」
「それって……。紫檀の扉は壊すなってこと? でもそんなことしたらまた」
祥文帝にとらわれる。とらわれるだけならまだしも、一度逃げ出した祖父と父を、祥文帝は許さないかもしれない。
「心配するな。おまえは全力で時有と有明の救出に専念すればいい。そうすればまた会える。それから―――」
「……え?」
囁くように言われた内容に、どうしてと聞き返す間もなく、焔将はそのまま踵を返した。
さよならと一言も言わずに……。
焔将と別れたのち、未令は宮殿の回廊を駆けた。
焔将は謎ばかり落としていって、未令はゆっくりその謎について考えをまとめるべきなのだろうけれど、そんな時間的余裕はない。今はとにかく焔将の言葉を信じ、前へ進むしかない。
観月の宴で人は出払っていて回廊にはほとんど人はおらず、未令は涼己が剣舞の用意のためにあてがわれた一室に駆け込んだ。
「遅い」
涼己はさきほどの裾の長い衣から動きやすい衣服に着替えており、駆け込んできた未令に急げと命じる。
未令は着ていたきらびやかな衣を脱ぎ捨てた。
なかには袖のない簡素だが動きやすい衣服をあらかじめ身につけていた。黒い布で顔を口元まで覆う。
「行くぞ」
涼己は先に立って部屋を出た。
そのまま回廊を渡り水牢のある北側のエリアへと進んでいく。
遅れまいとその後ろを追っていた未令は、別れ際焔将に言われたことを反芻していた。
―――いいか、力は遣うな。
この日のために二日間、時間を惜しんで練習したのにここへ来て力は遣うなと言う。
そもそも涼己から力の遣い方を学んでおけと言ったのは焔将だったのに。
どうして……。
誰もいない回廊を走り考えながら、そうかと一つの答えにたどり着く。
「日本へ還りたければ力は遣っちゃいけないんだ…」
小さな呟きは涼己の耳には届かなかった。
力を遣えば未令が術者であることが祥文帝に露見する可能性がある。それも希少性の高い火の術者だ。祥文帝が放っておくはずがない。力に固執する祥文帝から逃れたければ、力を遣ってはいけない。
祥文帝がそもそも未令に興味を示さなかったのは、力がなかったからなのだ。
獲物があればなんとかなるかもしれない……。
力を遣わなくとも、薙刀があれば自分は戦える。
回廊を走りながら周囲に視線を巡らせると、回廊の曲がり角に薙刀がたてかけてあるのが目に入った。
未令は通り過ぎざま一本の薙刀を拝借した。
涼己はそれを見ても何も言うことなく先へ先へと進んでいく。
未令は必死にその後を追い、今までと趣の異なる曲がり角で涼己は足を止めた。
「この先からが牢への入り口だ」
ここを曲がれば地下の水牢へと続く回廊が始まる。
未令は乱れた呼吸を整えるように大きく深呼吸し、薙刀を構えた。
さざなみのように遠くに歓声が聞こえてくる。
ひと気のない場所で焔将は未令をおろすとその髪にそっと口付けた。
「また会おう、未令」
「どうして……。そんなこと言うの?」
ここへきて、別れる間際になってまた会おう、なんて……。
決めかねていた心がざわざわ動く。
不覚にも泣きそうになって顔がゆがんだ。
「そんな顔するな。大丈夫だ。時有と有明の救出は上手くいく。その後でまた私に会いにくればいい」
「それって……。紫檀の扉は壊すなってこと? でもそんなことしたらまた」
祥文帝にとらわれる。とらわれるだけならまだしも、一度逃げ出した祖父と父を、祥文帝は許さないかもしれない。
「心配するな。おまえは全力で時有と有明の救出に専念すればいい。そうすればまた会える。それから―――」
「……え?」
囁くように言われた内容に、どうしてと聞き返す間もなく、焔将はそのまま踵を返した。
さよならと一言も言わずに……。
焔将と別れたのち、未令は宮殿の回廊を駆けた。
焔将は謎ばかり落としていって、未令はゆっくりその謎について考えをまとめるべきなのだろうけれど、そんな時間的余裕はない。今はとにかく焔将の言葉を信じ、前へ進むしかない。
観月の宴で人は出払っていて回廊にはほとんど人はおらず、未令は涼己が剣舞の用意のためにあてがわれた一室に駆け込んだ。
「遅い」
涼己はさきほどの裾の長い衣から動きやすい衣服に着替えており、駆け込んできた未令に急げと命じる。
未令は着ていたきらびやかな衣を脱ぎ捨てた。
なかには袖のない簡素だが動きやすい衣服をあらかじめ身につけていた。黒い布で顔を口元まで覆う。
「行くぞ」
涼己は先に立って部屋を出た。
そのまま回廊を渡り水牢のある北側のエリアへと進んでいく。
遅れまいとその後ろを追っていた未令は、別れ際焔将に言われたことを反芻していた。
―――いいか、力は遣うな。
この日のために二日間、時間を惜しんで練習したのにここへ来て力は遣うなと言う。
そもそも涼己から力の遣い方を学んでおけと言ったのは焔将だったのに。
どうして……。
誰もいない回廊を走り考えながら、そうかと一つの答えにたどり着く。
「日本へ還りたければ力は遣っちゃいけないんだ…」
小さな呟きは涼己の耳には届かなかった。
力を遣えば未令が術者であることが祥文帝に露見する可能性がある。それも希少性の高い火の術者だ。祥文帝が放っておくはずがない。力に固執する祥文帝から逃れたければ、力を遣ってはいけない。
祥文帝がそもそも未令に興味を示さなかったのは、力がなかったからなのだ。
獲物があればなんとかなるかもしれない……。
力を遣わなくとも、薙刀があれば自分は戦える。
回廊を走りながら周囲に視線を巡らせると、回廊の曲がり角に薙刀がたてかけてあるのが目に入った。
未令は通り過ぎざま一本の薙刀を拝借した。
涼己はそれを見ても何も言うことなく先へ先へと進んでいく。
未令は必死にその後を追い、今までと趣の異なる曲がり角で涼己は足を止めた。
「この先からが牢への入り口だ」
ここを曲がれば地下の水牢へと続く回廊が始まる。
未令は乱れた呼吸を整えるように大きく深呼吸し、薙刀を構えた。
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