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第六章

前日

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 次の日も、未令は早朝から鬼山に登り涼己との特訓に明け暮れた。
 本当は明日の観月の宴までに一度日本へ戻るつもりだった。
 叔父にきちんと報告したかったから。
 でも結局、今は少しでも焔将のいるこの場所での時間を過ごしたい。そして答えを出したい。
 そう思い、昨夜も焔将邸に泊まった。
 
 涼己は厳しいが、的確に力の遣い方を説明できるいい先生だった。
 炎の出し方、強弱のコントロール。
 また意図せず力を噴出させないよう、精神を穏やかに保つ方法。

 精神統一は薙刀の試合前にいつもするので慣れているが、今日はあまりうまくいかない。
 涼己に言われ、出現させた手の平の上の炎を一定に保つ訓練をしていたが、大きくなったり揺らいだり消えそうになったりと絶えず変化する。

「何か心配事か?」
「……だって、明日だから」

 観月の宴は明日の夕刻だ。
 祖父と父を助け、日本へ還る刻限が刻一刻と迫っている。
 
「牢やぶりをするんだ。心を落ち着けろと言うほうが無理なことだったな」
「……あ、うん。そうだね」

 もちろん祖父と父を助けられるのだろうかという不安はあるが、それよりも未令の心を占めていたのは、もっと別のことだった。

 明日まで。焔将といられるのは明日まで……。

 ほんの少し前まで、過去で幼少の焔将に会うまでは、祖父、父、康夜と一緒に日本へ還るつもりだった。
 そこに迷いなんてなかった。
 なのに―――。

 今は還るべきなのかどうかわからない。
 ここを離れれば二度と焔将には会えなくなるのだから。
 幼少の頃から今まで、自分のことを待ってくれていた人を置いていくのは心が痛む。
 いや、そうではない。
 未令が、焔将に会えなくなるのが寂しいのだ。
 そんなに長い時を共有したわけではない。それなのにこんなにも心を占めるのはなぜなのだろう……。

 だったらいっその事ここにいればいいのかもしれない。
 そうすればずっと焔将の側にいられる。

 でも同時に、焔将の側妃として一生ここで暮らす自分を全く想像できなかった。
 日本へ還らないという選択肢を選んだ場合の未来が見えない。
 それに未令がここに残っても、祖父と父は日本へ還るのだから未令はまた一人になる。
 学校のことも薙刀のことも友達も、全てを捨てることもまたできない……。

「今日はここまでにしよう」
「え? もう?」

 日はまだ高い。
 できることならもっと練習をしておきたい。
 未令がそう言うと、涼己は肩を竦めた。

「集中できないようでは練習しても意味がない。それに教えられることは大方教えた」
「でも、もっと練習しないと」
「こんな短期間ではやれることはたかが知れている。私も明日の剣舞の準備があるんだ」
「そっか。そうだったよね」

 大事な時間を割いてくれていたのだ。

「それに明日のために体を休めたほうがいいからな」

 涼己の言う通りだ。
 明日の確認をして、山を降りた。
 焔将邸へ戻ると、なぜか女官長が手ぐすね引いて未令を待ち構えていた。

「えっと…。な、なに?」

 嫌な予感に後退りすると、「失礼いたします」との女官長の掛け声とともに両脇を固められ、連行された。

「明日は観月の宴だというのに、早朝からお出かけなさっている場合ではありませんよ」と女官長。

 連れて行かれたのは、衣桁にかけられた衣がずらりと並んだ部屋だった。

「……えっと、これは?」
「明日のお衣装選びに決まっております! 本来なら何ヶ月も前から御用意するのですが、未令さまがご側妃になられましたのがつい先日のことでしたから。急ぎ焔将さまがご用意なさった中から、何着かお選びになってください。サイズなど微調整も必要ですので」
「こんなにたくさんの中から?」

 どれも北斗七星があしらわれた素敵な衣だ。
 
 でも―――。
 観月の宴が終わり、未令がこの国からいなくなれば不要になるものだ……。
 それとも他の誰かが袖を通すことになるのだろうか。

「ささ、早くお選びくださいませ。どれを選んでも間違いはございませんから」
「焔将が用意してくれたのなら、きっとそうなんだろうね……」

 一着一着丁寧に見て手触りを確かめ、特に気になった衣を何着か選んだ。



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