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第六章

涼己との特訓

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「まずは自分の身体がどんなふうに動くのか確かめてみるんだな」

 市街地を外れた小高い山の上。
 人の寄り付かない山は木々が生い茂り、猪や狐が走り回り野鳥が鳴き、時折熊も出没する。
 未令は早朝から涼己と鬼山と呼ばれるそんな小高い山に登っていた。
 
 昨夜は―――。

 結局焔将邸に泊まった。
 焔将邸にはちゃんと未令の部屋が用意されており、天蓋付きの豪華な寝台に身の回りの物は全て用意されていた。
 
「まさか焔将来たりしないよね……?」

 恐る恐る女官長に確かめると、女官長はきっとまなじりを上げた。

「ご側妃がそんなことをおっしゃって何となさいます」
「いや、あのね。わたしは側妃って言っても名前ばっかりだから」
「何をおっしゃいますか。焔将さまは未令さまがご側妃に決まられてから、電光石火の勢いで衣や身の回りの品々を揃えさせたのですよ。それも全て未令さまが当邸で不自由なさいませんようにとの焔将さまのご配慮。もし名ばかりのご側妃でございましたら、焔将さまはあのように労を厭わず自ら動いたりはなさいません」
「―――おい、女官長。あまり余計なことは言うな」
「ひぃっ! 出た!」

 女官長の饒舌を止めたのは部屋をひょっこり覗いた焔将だった。

 未令は飛び上がるほど驚き、思わず女官長の後ろに隠れたら、焔将はそのあからさまな態度に息をついた。

「人を熊か何かのように怖がるな。何もとって食おうと言うのではない。少し様子を見に来ただけだ」
「あ、そうなのね……はは…」

 自意識過剰なのだろうか。
 まだどきどきしながら、そろそろと女官長の後ろから出ていくと、焔将はポンと未令の頭を撫でた。

「ゆっくり休め。子細わからぬこと、欲しいものがあれば何でも言うといい」
「……ありがと…」

 それだけ言うと焔将は部屋から出ていった。
 そのあと、女官長に聞いたのだが、焔将は笑わない冷淡な皇弟として皆に恐れられている存在なのだという。
 だから焔将を怒らせてはいけないと釘をさされた。

 でも……。
 あんなに優しい人が冷淡だと言われても困ってしまう。
 

 そして今朝―――。

 焔将は早朝から涼己を呼び出した。

「可能ならば私が教えるのだが、術者の力の遣い方は私にはわからんからな。涼己に教えてもらえ」

 とにかく観月の宴までに、力の遣い方を覚えろと焔将。
 それは未令も望むところだ。
 たった一度きり遣っただけで、自由にコントロールできない力など、あっても意味がない。
 今のままでは力を持て余すことになる。
 自分も力を遣えるのなら、自由に使いこなし、祖父と父の救出に役立てたい。
 
 そこで早速、涼己と共に鬼山にのぼり、力の遣い方を練習することになった。
 鬼山は宮殿から程近いが、鬼門にあたるため人が近づかない。
 
 涼己ははじめに、力を得ることで上がった身体能力の範囲を確かめるよう言った。
 
「身体能力まで上がるの?」

 試しにその場で軽く跳んでみると1メートルほどは跳躍できた。
 強く勢いをつけて跳べば四、五メートルは跳べる。
 地面を強く蹴るようにして走れば二メートルほどの距離を一気に進む。
 思った以上に前に進み、目の前の木にぶつかりそうになり、身体をひねると両足でその木を蹴り、別の木の枝に跳びあがった。
 木にとまっていた鳥たちがいきなりの闖入者に驚き一斉に飛び立つ。

「この感覚で宙も浮けたりして」

 冗談だったのだが、涼己は事も無げに返す。

「できるが宙に浮くのは平衡感覚が難しいんだ。二日間では習得できない」
「え、できるの?」
「できる。が、今は時有を助けるための最低限の力を遣えるようになればいい」
 
 涼己は力をコントロールするには何より心のコントロールが大切だといった。
 怒りや恐怖に負けて心を乱すようでは力は上手く使いこなせない。

「とくに火の力はその性質上、熱しやすく心を乱しやすいんだ。それまでおさえていた感情が溢れたり、攻撃的になりやすくなる。自分を見失うな」

 そう前置きし、炎でこの木を燃やしてみろと空高く枝葉を広げる木を指す。
 どうやれば炎を出せるのか。
 焔将を助けたときのイメージを作るが一向に炎は出ない。
 うんうん唸ってみるが全くそれらしい兆候もない。
 あの時力を遣えたのは切羽詰まっいて、火事場の馬鹿力的なものだったのだろうか。
 やっぱり自分には力はないのではないかと疑い始めたとき、

「おまえ、薙刀の名手だったよな。相手を打ち負かそうと薙刀を振るうときどんな気持ちなんだ?」

 訊かれて未令は考える。
 相手の足さばき、薙刀を持つ手、動き、視線。
 わずかに逸れる緊張感。一瞬の隙。
 今だ!  
 隙を狙って一歩を踏み込むときのあの気持ち。
 ゴウッと目の前の木から炎が上がった。

「今の感覚忘れるなよ」

 涼己はすぐさま水を出し炎を消し去る。

 何度か試すうちにだんだん感覚はつかめてきた。

 確かに涼己のいうとおり、力を遣おうとすると身体が熱くなり、同時に感情が昂ぶるのがわかる。

 その度に涼己は幾度も自分を見失うなと繰り返した。
 
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