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第六章

時間は戻らない

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 幼い焔将の声を最後に背後で紫檀の扉が閉まると、未令は再びマンションの一室へと戻っていた。
 辺りはしんと静まり返り、円形の開口窓からは陽光が差し込んでいる。
 ソファの側にカバンはなく、日付は水曜日の、午後二時だった。
 さきほど紫檀の扉を通った時から少しも時間が進んでいない。
 
 焔将は無事に脱出できたのだろうか……。

 背も未令よりまだ低く、小さな手だった。
 酷い目に遭ってはいないだろうかと心配だ。

「でも逃げられたんだよね……」

 大人になった焔将がちゃんと存在しているのだから、無事に脱出し、逃げ出せたはずだ。
 そう思う側から、もしかしたら未令が過去に行ったことで未来が変わり、焔将が……。

 最悪の状況を想像してしまい、ぞっとした。
 
 未令が過去に焔将を助けることは既定路線だったのだろうか。
 もしかしたら未令が助けずともあの焔将だ。自力で逃げ出せたかもしれない。
 だとすれば自分は余計なことをして、未来を捻じ曲げてしまったということはないだろうか。

 考え出すと居ても立ってもいられず、再び紫檀の扉を通った。
 大人になった焔将の存在を確かめずにはいられない。
 勢い込んで扉を開き、飛び出すように外へと出ると、すぐ間近に驚いたような顔の卓水の姿と鉢合わせした。

「おっと、未令ちゃん?」
「わっ! ごめん、卓水」

 慌てた様子の未令に、卓水は怪訝な顔で問いかけた。

「どうしたの? さっき紫檀の扉を通ったばっかりだって、女官から聞いたよ?」
「うん、それはそうなんだけど……」

 どうやら元の平安国へと戻ったようだ。
 時間的な差異もない。
 ほっと安心すると同時に、未令は卓水の肩をがばっと掴んだ。

「焔将は!?」
「焔将さま? さっきまで一緒だったんじゃないの?」
 
 何を言っているんだと言いたげな卓水の言葉に、へなへなとその場にへたりこむ。

「そっかぁ……。よかったぁ。焔将はちゃんといるんだね?」
「当たり前だよ。ほんとどうしたんだよ、変な未令ちゃんだな」
「へへ」

 安心したら笑いが漏れた。
 それをまた奇妙そうに卓水が見てきたが、未来が変わっていないのなら万事良好だ。

「この扉なんだけど……。時々おかしくなるってことはない?」
「おかしいってどんな?」
「例えば扉を通ると時間が戻るとか、ないのかな?」
「はぁ?」

 卓水は今度こそ眉をしかめた。

「何言ってるんだよ、未令ちゃん。この紫檀の扉はね、平安国と日本をつなぐだけで、時間をいったりきたりできるものじゃない。そもそも時間というものは先へ先へと流れていくもので、後戻りしたりしないんだよ。その原則は紫檀の扉を何度通ろうと変わらないよ」
「でもさっきわたし―――」

 時間が戻っていたよと言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。
 なぜ時間が戻ったのか。
 その原理はわからないが、過去に行けることがわかれば、今度はどんな使い方をされるかわからない。
 それこそ祥文帝の耳にでも入れば、悪用されることはわかりきっている。
 卓水も祥文帝には逆らわないと言っていた。
 このことは胸の内に秘めておくのがいいのだろう。

「ううん、なんでもない。―――わたし、やっぱり今日は焔将のところに戻るね」

 紫檀の扉を通り、もしまた時間が戻っていればまた入り直すことになる。
 卓水の見ている前で何度も出たり入ったりを繰り返すと不審に思われる。
 それにやっぱり焔将の姿を直接この目で確かめたかった。



 

 
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