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第五章

不可解

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「康夜」
 
 話し合いが終わり、焔将邸を出たところで後ろからくだんの焔将に呼び止められた。
 
 辺りはすっかり暗闇だ。
 康夜は右手に見せかけの炎をつくり周囲を照らした。
 焔将は康夜より頭二つ分ほど背が高かった。自然見上げるように視線を上げると焔将はいかにも秘密の話といったふうに端正な顔を康夜に寄せた。

「今の話、どう思おた?」
「どうって…」

 無謀な計画だ。
 作戦の要である祖父時有の力を、祖父とはいえ康夜は顔も知らないのだ。そんな人物の力をどこまで信じていいのか。

 わからないことだらけで不安だ。
 もし失敗したら日本へ二度と還れなくなるだけでなく、一生有明のように幽閉される日々を過ごさなければならなくなるかもしれない。
 そんな不安を見透かしたように焔将は囁く。

「ひとつ、康夜が確実に助かる方法があるぞ」

 この上なく甘い囁き。
 康夜は焔将を見返した。

「それってどんな…」
「未令にも力があるということにしてしまえば良い」
「え? 未令にも力があるんですか…?」

 思わず大きな声で返すと焔将は静かにと人差し指を口元に立てる。

「いや、未令は術者として目覚めてはいない」
「だったらどういう……」
「なに、実際にはなくともよいのだ。ただ、未令にも力があり、その力は康夜よりも強い。そう兄上に思わせるのだ。もし未令に強い力があるとわかれば祥文帝の関心は未令にうつる。祥文帝が康夜をこの国に引き止めておく理由がなくなる」

 簡単なことだと焔将は事も無げにいう。
 確かに未令に、より強大な力があるとなれば、今の未令の立場と康夜の立場は逆転する。
 今日の話し合いを聞いていると、術者ではない未令は比較的自由に行動でき、実際一度日本へ戻っているとも言っていた。
 だとすれば未令にもし力がある、それも康夜よりも強い力があると祥文帝に思わせれば、祥文帝は未令に執着し、平安国に残るのは未令となり康夜は還ることができる。

「でもどうやって……」

 観月の宴はもうすぐだ。
 未令に力があることを祥文帝に知らせるまで日がない。

 祥文帝への謁見など、康夜の方から申し入れても恐らく会ってはもらえない。

「要は、祥文帝の耳に入りさえすればよい」

 焔将は策士らしく艶然と笑む。

「時有を助けるとき、おまえも一緒に行け。そこで未令が力を遣ったかのようにおまえが偽装しろ。なに、混乱のさなかだ。誰が力を遣ったかなど、どうとでも誤魔化せる。時有救出のため、水牢を襲えば必ずその報は祥文帝の耳に入ろう。だからそこを上手く利用するんだ。未令が力を遣ったかのように偽装し、それを警備の者に目撃させ祥文帝への報告に走らせれば良い。未令に緑香や奈生金の矛先を向けさせよ。さすれば時有も有明も応戦するだろう。その隙に康夜は日本へ還ればよい」

 未令は最悪、康夜だけでも日本へ還せればよいと考えているようだから、扉を通りさえすれば未令はきっと扉を壊し、康夜を助けるはずだと焔将は囁く。

「でも、そんなことをしたら未令は……」

 それこそ日本へは還れなくなる。

「それがどうしたというのだ」

 焔将はぞっとするような冷たい眼差しをした。

「見ていると、そちと未令とはそれほど仲がよいというわけでもなかろう。康夜には、腹に思うことがあるのであろう。自分の益のために他人を犠牲にすることに躊躇う必要はないぞ」
「そうして未令を平安国に残そうとすることに焔将さまの益はあるのですか」
「それはもちろん」

 焔将の榛色の瞳が康夜の照らす炎で揺らめいた。


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