36 / 70
第四章
焔将の側妃
しおりを挟む
康夜は、一体何が起こっているのかわからなかった。
未令が回廊の向こうから駆けてきて、火の血族の、下働き用のお仕着せを着ていたことから未令に力のないことを知り、優越感で満たされたところだった。
この国では、もう自分を卑下することはない。自分の立場は未令よりもはるかに上になったのだ。
そう確信し、どうやら火の血族たちから逃げてきたらしい未令を、どうやって調理してやろうと頭を巡らせている最中だった。
最も楽しい瞬間が訪れようとしているところだった。
けれど―――。
「えっ……?」
康夜、佐代子、血族の女性たちばかりではなく、回廊のあちらこちらから成り行きを見守っていた者たちすべてが声をなくし、凍り付いたようにその場に固まった。
今、康夜の目の前で、祥文帝実弟の焔将が、片腕で未令を立て抱きにし、未令に微笑みかけている。
康夜が祥文帝にまみえた時、康夜のことを興味のなさそうな様子で見降ろしていたあの焔将が……?
未令は少し疲れたのか、安心したように焔将に寄りかかり、その首に腕を回している。
「一体……何なの……?」
思わずそんな疑問が口をついて出た。
康夜の疑問は、そのまま佐代子はじめ、周囲にいた者たちすべての代弁でもあったようだ。
焔将相手に敬語も使わず、疑問を口にした康夜を咎める者は誰もいない。
それほど焔将のこの行動は、普段の彼からは想像もつかないことだったのだろう。
ぽろりと漏らした疑問に答えたのは、さきほど回廊の向こうへ去っていったはずの卓水だった。
「あーあ。未令ちゃん、戻って来ちゃったんだ…。さっきそこで奈生金に会ってさ。未令ちゃんを火の血族に引き渡したって言うから、なんでそんな勝手なことしたんだって文句言ってやってたとこなんだよ。聞けば水晶邸の者が引き留めてきたけど、術者じゃない未令ちゃんを水晶邸でもてなすのはおかしいって言ったんだってね。あいつ、未令ちゃんが焔将さまの側妃になったこと知らなかったみたいなんだよ、ったく」
側妃……?
いま、側妃と言ったのだろうか―――。
康夜は我が耳を疑った。
未令が焔将の側妃?
そんなまさか……。
未令は康夜よりもあとに平安国へ来たはずだ。ここへ来てからまだほとんど時も経っていないだろう。
それがなぜ焔将の側妃に?
さきほど佐代子と交わしたばかりの会話がぐわんぐわんと頭の中にこだました。
平安国で女性が憧れるのは身分の高い者の側妃にあがることで―――。
焔将にも涼己にも卓水にも決まった正妃も側妃もまだおらず、自然ここで暮らす女官たちにとって空席のままのその地位は、だれもが手に入れたいと願うもので―――。
我こそはと思う者は少なからずいる―――。
そんなものかと聞いていたけれど、そんな誰もが憧れる側妃の地位を未令が手に入れた……?
「……ど、して……」
思わずぺたりと康夜はその場にくずおれた。
卓水の話に衝撃を受けているのは、なにも康夜だけではなかった。
まだ何者かもよくわからない未令という者が、焔将の側妃となった―――。
驚きは波紋のようにその場に伝染していき、新しく側妃となった未令を一目見ようと回廊のあちこちから人々が視線を向けてくる。
康夜だって、一体どういう経緯で未令が側妃となったのか。
大いに問いただしたい。
けれどその場に尻もちをついた康夜を見下ろした未令は、明らかに疲れた様子だ。
それを見た焔将が、
「あとで私の宮へ来い。未令から話があるようだ」と言い置き、未令を大事そうに抱いたまま回廊の向こうへと去っていった。
未令が回廊の向こうから駆けてきて、火の血族の、下働き用のお仕着せを着ていたことから未令に力のないことを知り、優越感で満たされたところだった。
この国では、もう自分を卑下することはない。自分の立場は未令よりもはるかに上になったのだ。
そう確信し、どうやら火の血族たちから逃げてきたらしい未令を、どうやって調理してやろうと頭を巡らせている最中だった。
最も楽しい瞬間が訪れようとしているところだった。
けれど―――。
「えっ……?」
康夜、佐代子、血族の女性たちばかりではなく、回廊のあちらこちらから成り行きを見守っていた者たちすべてが声をなくし、凍り付いたようにその場に固まった。
今、康夜の目の前で、祥文帝実弟の焔将が、片腕で未令を立て抱きにし、未令に微笑みかけている。
康夜が祥文帝にまみえた時、康夜のことを興味のなさそうな様子で見降ろしていたあの焔将が……?
未令は少し疲れたのか、安心したように焔将に寄りかかり、その首に腕を回している。
「一体……何なの……?」
思わずそんな疑問が口をついて出た。
康夜の疑問は、そのまま佐代子はじめ、周囲にいた者たちすべての代弁でもあったようだ。
焔将相手に敬語も使わず、疑問を口にした康夜を咎める者は誰もいない。
それほど焔将のこの行動は、普段の彼からは想像もつかないことだったのだろう。
ぽろりと漏らした疑問に答えたのは、さきほど回廊の向こうへ去っていったはずの卓水だった。
「あーあ。未令ちゃん、戻って来ちゃったんだ…。さっきそこで奈生金に会ってさ。未令ちゃんを火の血族に引き渡したって言うから、なんでそんな勝手なことしたんだって文句言ってやってたとこなんだよ。聞けば水晶邸の者が引き留めてきたけど、術者じゃない未令ちゃんを水晶邸でもてなすのはおかしいって言ったんだってね。あいつ、未令ちゃんが焔将さまの側妃になったこと知らなかったみたいなんだよ、ったく」
側妃……?
いま、側妃と言ったのだろうか―――。
康夜は我が耳を疑った。
未令が焔将の側妃?
そんなまさか……。
未令は康夜よりもあとに平安国へ来たはずだ。ここへ来てからまだほとんど時も経っていないだろう。
それがなぜ焔将の側妃に?
さきほど佐代子と交わしたばかりの会話がぐわんぐわんと頭の中にこだました。
平安国で女性が憧れるのは身分の高い者の側妃にあがることで―――。
焔将にも涼己にも卓水にも決まった正妃も側妃もまだおらず、自然ここで暮らす女官たちにとって空席のままのその地位は、だれもが手に入れたいと願うもので―――。
我こそはと思う者は少なからずいる―――。
そんなものかと聞いていたけれど、そんな誰もが憧れる側妃の地位を未令が手に入れた……?
「……ど、して……」
思わずぺたりと康夜はその場にくずおれた。
卓水の話に衝撃を受けているのは、なにも康夜だけではなかった。
まだ何者かもよくわからない未令という者が、焔将の側妃となった―――。
驚きは波紋のようにその場に伝染していき、新しく側妃となった未令を一目見ようと回廊のあちこちから人々が視線を向けてくる。
康夜だって、一体どういう経緯で未令が側妃となったのか。
大いに問いただしたい。
けれどその場に尻もちをついた康夜を見下ろした未令は、明らかに疲れた様子だ。
それを見た焔将が、
「あとで私の宮へ来い。未令から話があるようだ」と言い置き、未令を大事そうに抱いたまま回廊の向こうへと去っていった。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

ひめさまはおうちにかえりたい
あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる