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第四章

焔将の側妃

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 康夜は、一体何が起こっているのかわからなかった。
 未令が回廊の向こうから駆けてきて、火の血族の、下働き用のお仕着せを着ていたことから未令に力のないことを知り、優越感で満たされたところだった。
 この国では、もう自分を卑下することはない。自分の立場は未令よりもはるかに上になったのだ。
 そう確信し、どうやら火の血族たちから逃げてきたらしい未令を、どうやって調理してやろうと頭を巡らせている最中だった。
 最も楽しい瞬間が訪れようとしているところだった。

 けれど―――。

「えっ……?」

 康夜、佐代子、血族の女性たちばかりではなく、回廊のあちらこちらから成り行きを見守っていた者たちすべてが声をなくし、凍り付いたようにその場に固まった。

 今、康夜の目の前で、祥文帝実弟の焔将が、片腕で未令を立て抱きにし、未令に微笑みかけている。
 康夜が祥文帝にまみえた時、康夜のことを興味のなさそうな様子で見降ろしていたあの焔将が……?
 未令は少し疲れたのか、安心したように焔将に寄りかかり、その首に腕を回している。

「一体……何なの……?」

 思わずそんな疑問が口をついて出た。
 康夜の疑問は、そのまま佐代子はじめ、周囲にいた者たちすべての代弁でもあったようだ。
 焔将相手に敬語も使わず、疑問を口にした康夜を咎める者は誰もいない。
 それほど焔将のこの行動は、普段の彼からは想像もつかないことだったのだろう。

 ぽろりと漏らした疑問に答えたのは、さきほど回廊の向こうへ去っていったはずの卓水だった。

「あーあ。未令ちゃん、戻って来ちゃったんだ…。さっきそこで奈生金に会ってさ。未令ちゃんを火の血族に引き渡したって言うから、なんでそんな勝手なことしたんだって文句言ってやってたとこなんだよ。聞けば水晶邸の者が引き留めてきたけど、術者じゃない未令ちゃんを水晶邸でもてなすのはおかしいって言ったんだってね。あいつ、未令ちゃんが焔将さまの側妃になったこと知らなかったみたいなんだよ、ったく」

 側妃……?

 いま、側妃と言ったのだろうか―――。
 
 康夜は我が耳を疑った。

 未令が焔将の側妃?
 そんなまさか……。

 未令は康夜よりもあとに平安国へ来たはずだ。ここへ来てからまだほとんど時も経っていないだろう。
 それがなぜ焔将の側妃に? 
 さきほど佐代子と交わしたばかりの会話がぐわんぐわんと頭の中にこだました。

 平安国で女性が憧れるのは身分の高い者の側妃にあがることで―――。
 焔将にも涼己にも卓水にも決まった正妃も側妃もまだおらず、自然ここで暮らす女官たちにとって空席のままのその地位は、だれもが手に入れたいと願うもので―――。
 我こそはと思う者は少なからずいる―――。

 そんなものかと聞いていたけれど、そんな誰もが憧れる側妃の地位を未令が手に入れた……?

「……ど、して……」

 思わずぺたりと康夜はその場にくずおれた。
 
 卓水の話に衝撃を受けているのは、なにも康夜だけではなかった。
 まだ何者かもよくわからない未令という者が、焔将の側妃となった―――。

 驚きは波紋のようにその場に伝染していき、新しく側妃となった未令を一目見ようと回廊のあちこちから人々が視線を向けてくる。

 康夜だって、一体どういう経緯で未令が側妃となったのか。
 大いに問いただしたい。

 けれどその場に尻もちをついた康夜を見下ろした未令は、明らかに疲れた様子だ。
 それを見た焔将が、

「あとで私の宮へ来い。未令から話があるようだ」と言い置き、未令を大事そうに抱いたまま回廊の向こうへと去っていった。


 
 


 
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