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第四章

救世主は

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「何をしている?」

 その声に最も素早く反応したのは五人の血族の女性たちと佐代子だった。
 おそらくは声をかけられる前から行動していたのだろう。頭を押さえられながら横目で見ると、みな平身低頭して控えていた。

 けれどかけられた声に聞き覚えのあった未令は「焔将?」と聞き返した。
 それに血相を変えて狼狽えたのは血族の女性たちと佐代子だった。

「も、申し訳ございません! ど、どうかお許しを! 御名を呼び捨てにするなど言語道断。どうかどうかお許しを!」
「申し訳ございません!」
「お許しください!」

 焔将は祥文帝の実弟であるから、彼女たちのこの態度は当然といえば当然だ。
 雲上人を様もつけずに呼ぶなど、この国にあっては許されないことだ。

 同じ血族の不手際には連帯責任でもあるのだろうか。
 佐代子も血族の女性たちも口々に謝罪の言葉を口にし、さらに一層頭を押さえつけてくる。

 けれど未令はすでに焔将からそのままでよいと言われている。
 周りが目の前の焔将をまるで悪鬼であるかのようにして怯えているのが伝わってきて、さきほどのやり取りを思い出していた未令は首を傾げたくなった。
 押さえつけられた首がさすがに痛くなって、体をひねって押さえつけている者の手をかいくぐり顔を上げると、焔将がしゃがんで未令の顔を覗き込んできた。

 焔将と再び呼びかけようとしたが、それより先に周りから悲鳴があがった。

「ひぃ!」
「どうかお許しを!」

 焔将が未令を手にかけると思ったのだろう。血族の女性たちは恐れ慄き、未令から手を放して半歩後ずさり、佐代子も床に額を擦りつけるようにして頭を下げている。
 ただ一人、康夜だけは何が起こっているのかと呆然とこちらを注視している。

「……焔将」
「戻って来たのか? 未令」

 ちらりと康夜の方を見、納得したように息をつき、手を伸ばすと未令の頭をぽんぽんと撫で、そのままふわりと未令を抱き上げた。
 いきなりのことに、その胸を叩いて抗議してやろうとした未令だが、がっしりとした体躯に抱え上げられると不思議と安心感に包まれた。目の前の端正な顔を見ていると一気に疲れが襲ってきて、ぺたりとその体に身を預けた。
 考えてみれば、夕方部活終わりに平安国へ来てから、途中少しの睡眠をとっただけであとは怒涛のような展開と忙しさだったのだ。
 緑香と対戦し、焔将に応戦し、家とマンションの往復で足はへとへとだったし、体力もごくわずかしか残っていない。

「ごめ……焔将…。結構疲れたかも…」

 本当はまた勝手に人を抱き上げてと文句の一つも言ってやりたかったが、そんな気力はどこにもなかった。
 ぺたりと身を預けると、焔将は安心しろとでも言うようにしっかりと未令の体を抱きしめた。



 





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