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第三章
必ず連れ帰る
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複雑な思いを抱えながらも再び紫檀の扉を通り、家に帰り着いた。
太陽はまだ東の空にある。朝方なのに家には叔父の康之がいて未令は驚いたが、今日は土曜日で会社は休みだという。
未令が平安国へ向かったのは水曜日の夕方だった。すでにこちらでは二日以上時間が過ぎていたことになる。
叔母の潤子は買い物に出ており、三十分ほど前に家を出たところだと康之はいい、
「平安国へ行ってきたんだね」と聞くので未令は頷いた。
「叔父さん、知ってたんだね」
「ああ。でも行ったことはないんだよ。行く方法もわからない。兄は平安国にいるのだろうとは思っていたけれど……」
十年前、夜中に突然兄が家に押しかけてきてしばらく未令を預かってくれと言われた。
兄は蒼白な顔で、両親を連れ去ったあの白銀の男が三十年前と変らぬ姿で再び現れたと。
奈生金と名乗ったそうだ。
「兄がそう言いだす前に、実は私の周りでも不思議なことがあってね。火災に巻き込まれたり、車にひかれそうになったり。寸前のところで運よく助けられたが、身の危険を感じることが何度もあったんだ」
けれどそれも兄が失踪してからはぱたりとなくなった。
この時に力がないと判断されたのだろうと未令は思った。
「今にして思えばあの一連の出来事には何か関係があったのだろうね。実は康夜が、一週間前平安国へ向かったんだ……。また奈生金が現れたらしい。私はもちろん反対した。兄は行ったきり帰ってこなかったのだしね。でも、勝手に家を抜け出して置手紙一つで行ってしまったんだよ。もう、どうしていいのか……」
康之は悲痛な声でそう言うと顔を伏せた。
「潤子にも説明したが、到底信じてもらえるような話ではない。康夜は誘拐されたんだ、警察に届け出ると言うからなんとか止めているんだが……。未令、あちらで康夜と会えたかい?」
「……ごめんなさい。康夜とは会ってないの。父には会えたけれど……」
「……そうか。……なぁ未令、その平安国への行き方を私にも教えてくれないか? 私の娘を、……康夜を取り戻したいんだ」
「それは……」
紫檀の扉を通れば、意識と身体が分離し、二度と元に戻れない可能性があると卓水は言っていた。
術者でなければその可能性は高く、未令は例外的に運がよかっただけだ。
それでも叔父なら康夜のため、無理にでも扉をくぐろうとするだろう。それならば―――。
「―――わたしがもう一度行ってくる」
康夜は近いうちに向こうへ永久に留まらねばならなくなると卓水が言っていた。
そうなる前に、もう一度自分が行って康夜を連れ戻すしかない。
「わたしが行くから、もう一度行って必ず康夜を連れ戻してくる」
「同じ事を約束して十年経っても還ってこない奴がいるんだ……」
「それは……」
未令には何もいい返せない。返せないけれど絶対に、と康之に約束する。
「絶対に康夜だけでも無事に日本に連れ還るから。だから待ってて。この十年間に報いれるよう、必ず助けるから」
その言葉に康之はすまないと頭をうな垂れた。
「私は未令にとんでもないことをさせようとしているのかもしれない。一緒に暮らした十年を盾に未令を死地に向かわせるなんて、最低だな……」
「違うよおじさん。康夜を一人で平安国へ残してきたらきっとわたしも後悔するから」
だから待ってて。これで恩返しができるのなら、未令にとっても嬉しいことなのだ。
康夜は有明のように牢に入れられているわけではない。
康夜ひとりならなんとか祥文帝の目をかいくぐり、日本へ連れ還れるに違いない。
今ならまだ間に合う。
康夜一人だけでも日本へ還し、最悪自分が盾になったっていい。強行突破だ。
未令は再び家を飛び出した。
太陽はまだ東の空にある。朝方なのに家には叔父の康之がいて未令は驚いたが、今日は土曜日で会社は休みだという。
未令が平安国へ向かったのは水曜日の夕方だった。すでにこちらでは二日以上時間が過ぎていたことになる。
叔母の潤子は買い物に出ており、三十分ほど前に家を出たところだと康之はいい、
「平安国へ行ってきたんだね」と聞くので未令は頷いた。
「叔父さん、知ってたんだね」
「ああ。でも行ったことはないんだよ。行く方法もわからない。兄は平安国にいるのだろうとは思っていたけれど……」
十年前、夜中に突然兄が家に押しかけてきてしばらく未令を預かってくれと言われた。
兄は蒼白な顔で、両親を連れ去ったあの白銀の男が三十年前と変らぬ姿で再び現れたと。
奈生金と名乗ったそうだ。
「兄がそう言いだす前に、実は私の周りでも不思議なことがあってね。火災に巻き込まれたり、車にひかれそうになったり。寸前のところで運よく助けられたが、身の危険を感じることが何度もあったんだ」
けれどそれも兄が失踪してからはぱたりとなくなった。
この時に力がないと判断されたのだろうと未令は思った。
「今にして思えばあの一連の出来事には何か関係があったのだろうね。実は康夜が、一週間前平安国へ向かったんだ……。また奈生金が現れたらしい。私はもちろん反対した。兄は行ったきり帰ってこなかったのだしね。でも、勝手に家を抜け出して置手紙一つで行ってしまったんだよ。もう、どうしていいのか……」
康之は悲痛な声でそう言うと顔を伏せた。
「潤子にも説明したが、到底信じてもらえるような話ではない。康夜は誘拐されたんだ、警察に届け出ると言うからなんとか止めているんだが……。未令、あちらで康夜と会えたかい?」
「……ごめんなさい。康夜とは会ってないの。父には会えたけれど……」
「……そうか。……なぁ未令、その平安国への行き方を私にも教えてくれないか? 私の娘を、……康夜を取り戻したいんだ」
「それは……」
紫檀の扉を通れば、意識と身体が分離し、二度と元に戻れない可能性があると卓水は言っていた。
術者でなければその可能性は高く、未令は例外的に運がよかっただけだ。
それでも叔父なら康夜のため、無理にでも扉をくぐろうとするだろう。それならば―――。
「―――わたしがもう一度行ってくる」
康夜は近いうちに向こうへ永久に留まらねばならなくなると卓水が言っていた。
そうなる前に、もう一度自分が行って康夜を連れ戻すしかない。
「わたしが行くから、もう一度行って必ず康夜を連れ戻してくる」
「同じ事を約束して十年経っても還ってこない奴がいるんだ……」
「それは……」
未令には何もいい返せない。返せないけれど絶対に、と康之に約束する。
「絶対に康夜だけでも無事に日本に連れ還るから。だから待ってて。この十年間に報いれるよう、必ず助けるから」
その言葉に康之はすまないと頭をうな垂れた。
「私は未令にとんでもないことをさせようとしているのかもしれない。一緒に暮らした十年を盾に未令を死地に向かわせるなんて、最低だな……」
「違うよおじさん。康夜を一人で平安国へ残してきたらきっとわたしも後悔するから」
だから待ってて。これで恩返しができるのなら、未令にとっても嬉しいことなのだ。
康夜は有明のように牢に入れられているわけではない。
康夜ひとりならなんとか祥文帝の目をかいくぐり、日本へ連れ還れるに違いない。
今ならまだ間に合う。
康夜一人だけでも日本へ還し、最悪自分が盾になったっていい。強行突破だ。
未令は再び家を飛び出した。
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