21 / 70
第二章
取り壊される
しおりを挟む
もう少しここにいろと言う焔将とすったもんだの挙句、ようやく焔将邸を出ると黒い色のお仕着せを着た卓水付きの女官が待ち構えていた。
水晶邸に戻ると卓水は明らかに湯を使ったとわかるこざっぱりとした未令の姿にショックを受けたようだ。
「焔将さまのやつ。手が早いったらないよな」
勘違いされても仕方のない状況だっただけに未令が何もなかったよというと思い切りうろんげな目を向けられた。
「うそだ。あいつが目をつけた女をものにしないなんてことはこれまで一度だってなかった」
「だからほんとだって」
「それにその衣。焔将さまの御印である北斗七星が描かれてる」
「あ、これ?」
かわいいデザインだなと思っていたが、卓水によると北斗七星は焔将のための御印で、焔将に連なる者にしか着用を許されないデザインだそうだ。
それを着ているということが全てを物語っているらしい。
卓水は「まったく…」とぶつくさ言いながら、紫檀の扉がある部屋へと案内してくれた。
「あの、そうだ康夜のことなんだけど……」
側妃がなんだと大わらわですっかり抜けていたが、まだ肝心なことを聞いていなかった。
「わたしのいとこの康夜もこっちに来てるって聞いたんだけど……」
康夜とはすれ違いばかりでここ数日顔を合わせていない。
「ああ、康夜ね。来たよ」
卓水はあっさりと頷く。
「奈生金が連れてきた。同じように祥文帝の前で緑香にやられて、術者として目覚めたよ」
「そうなの……?」
ということは康夜は火を操れるようになったのだろうか…。
「術者に力を目覚めさせるには色々な方法があるけど、身を危険にさらすのが一番手っ取り早いんだよ。康夜は未令ちゃんみたいに薙刀で応戦するでもなかったから、力に目覚めるまでは相当痛めつけられてたよ」
「……そう、なんだ」
確かに未令は心得があったし運動神経もそれなりだ。
対して康夜は運動は苦手だったし、普通あんな風に宙づりにされたら何も出来ない。
「それで、康夜は? もう日本に還ってるんだよね」
「まさか。力があるとわかった康夜を、祥文帝が還すわけないよ」
「えっ……。じゃあまだ平安国にいるの?」
「だろうね。火の血族に引き取られて、そこの屋敷で暮らすことになるはずだよ。それぞれの血族には役目があるから、康夜にも仕事が割りあてられるだろうね」
「あの、回廊の明かりを灯す役とか?」
さきほど宮城内で火を灯して回る赤い髪の女性達がいた。
「そうだね、それも仕事の一つかな」
ではここ数日康夜は家に帰っていなかったのだろうか。
そんなこともわからないくらい、同じ家に暮らしておきながら康夜のことを知らない。
でもそれならそれで叔父夫妻が黙っているとも思えないが……。
「だからある意味、未令ちゃんは幸運だったんだよ。もし術者として目覚めていれば、今頃未令ちゃんも火の血族に引き取られてたはずだからね。あるいは術者としての力がなくても、火の集団に入って下働きだ。それも焔将さまに引き取られたおかげで免れてるってわけだよ」
こうして日本へ還れるのは、焔将のおかげでもあるのか。
いきなり側妃だなんだと言われ、思いっきり噛みついたが、未令の自由を確保してくれたということのようだ。
「でも力があるほうがこの国では偉いんでしょう?」
せめて康夜が窮屈な思いをしていなければいいと思った。けれど、
「そんなことない。窮屈なことのほうが多いよ。帝をお守りする要だからね。訓練もしなければいけないし、日々の役割もあるしで、それなりに大変だよ。ま、位が高いっていうのは本当だけどさ」
宮城内を少し歩けばわかっただろう?と卓水。
女官のみならず、文官のような年配の者まで、すれ違う者みな、卓水に頭を下げていた。
ここでの暮らしがどんなものなのか。想像もつかないが、康夜は還りたくないのだろうか。
叔父夫妻は日本に留まっている。学校もあるし、きっと還りたくないはずがない。
「康夜を、日本に連れて還れないのかな」
「無理だろうね」
あっさりと卓水は否定する。
「そんな自由はないと思ったほうがいいよ」
「そんな……」
紫檀の扉にかけていた手を思わず離した。
「康夜に会いに行けるかな」
康夜の意思を確かるため会っていくべきだ
そう思ったが卓水は未令を扉の向こうへと押しやった。
「とりあえず今は還ったほうがいいよ。いつ、還れなくなるかわからないからね」
「……それってどういう意味?」
「紫檀の扉は取り壊されることが決まっているからね」
取り壊される……?
卓水の言葉に絶句した。
水晶邸に戻ると卓水は明らかに湯を使ったとわかるこざっぱりとした未令の姿にショックを受けたようだ。
「焔将さまのやつ。手が早いったらないよな」
勘違いされても仕方のない状況だっただけに未令が何もなかったよというと思い切りうろんげな目を向けられた。
「うそだ。あいつが目をつけた女をものにしないなんてことはこれまで一度だってなかった」
「だからほんとだって」
「それにその衣。焔将さまの御印である北斗七星が描かれてる」
「あ、これ?」
かわいいデザインだなと思っていたが、卓水によると北斗七星は焔将のための御印で、焔将に連なる者にしか着用を許されないデザインだそうだ。
それを着ているということが全てを物語っているらしい。
卓水は「まったく…」とぶつくさ言いながら、紫檀の扉がある部屋へと案内してくれた。
「あの、そうだ康夜のことなんだけど……」
側妃がなんだと大わらわですっかり抜けていたが、まだ肝心なことを聞いていなかった。
「わたしのいとこの康夜もこっちに来てるって聞いたんだけど……」
康夜とはすれ違いばかりでここ数日顔を合わせていない。
「ああ、康夜ね。来たよ」
卓水はあっさりと頷く。
「奈生金が連れてきた。同じように祥文帝の前で緑香にやられて、術者として目覚めたよ」
「そうなの……?」
ということは康夜は火を操れるようになったのだろうか…。
「術者に力を目覚めさせるには色々な方法があるけど、身を危険にさらすのが一番手っ取り早いんだよ。康夜は未令ちゃんみたいに薙刀で応戦するでもなかったから、力に目覚めるまでは相当痛めつけられてたよ」
「……そう、なんだ」
確かに未令は心得があったし運動神経もそれなりだ。
対して康夜は運動は苦手だったし、普通あんな風に宙づりにされたら何も出来ない。
「それで、康夜は? もう日本に還ってるんだよね」
「まさか。力があるとわかった康夜を、祥文帝が還すわけないよ」
「えっ……。じゃあまだ平安国にいるの?」
「だろうね。火の血族に引き取られて、そこの屋敷で暮らすことになるはずだよ。それぞれの血族には役目があるから、康夜にも仕事が割りあてられるだろうね」
「あの、回廊の明かりを灯す役とか?」
さきほど宮城内で火を灯して回る赤い髪の女性達がいた。
「そうだね、それも仕事の一つかな」
ではここ数日康夜は家に帰っていなかったのだろうか。
そんなこともわからないくらい、同じ家に暮らしておきながら康夜のことを知らない。
でもそれならそれで叔父夫妻が黙っているとも思えないが……。
「だからある意味、未令ちゃんは幸運だったんだよ。もし術者として目覚めていれば、今頃未令ちゃんも火の血族に引き取られてたはずだからね。あるいは術者としての力がなくても、火の集団に入って下働きだ。それも焔将さまに引き取られたおかげで免れてるってわけだよ」
こうして日本へ還れるのは、焔将のおかげでもあるのか。
いきなり側妃だなんだと言われ、思いっきり噛みついたが、未令の自由を確保してくれたということのようだ。
「でも力があるほうがこの国では偉いんでしょう?」
せめて康夜が窮屈な思いをしていなければいいと思った。けれど、
「そんなことない。窮屈なことのほうが多いよ。帝をお守りする要だからね。訓練もしなければいけないし、日々の役割もあるしで、それなりに大変だよ。ま、位が高いっていうのは本当だけどさ」
宮城内を少し歩けばわかっただろう?と卓水。
女官のみならず、文官のような年配の者まで、すれ違う者みな、卓水に頭を下げていた。
ここでの暮らしがどんなものなのか。想像もつかないが、康夜は還りたくないのだろうか。
叔父夫妻は日本に留まっている。学校もあるし、きっと還りたくないはずがない。
「康夜を、日本に連れて還れないのかな」
「無理だろうね」
あっさりと卓水は否定する。
「そんな自由はないと思ったほうがいいよ」
「そんな……」
紫檀の扉にかけていた手を思わず離した。
「康夜に会いに行けるかな」
康夜の意思を確かるため会っていくべきだ
そう思ったが卓水は未令を扉の向こうへと押しやった。
「とりあえず今は還ったほうがいいよ。いつ、還れなくなるかわからないからね」
「……それってどういう意味?」
「紫檀の扉は取り壊されることが決まっているからね」
取り壊される……?
卓水の言葉に絶句した。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜
梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーロットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。
そんなシャーロットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。
実はシャーロットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーロットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーロットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。
悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。
しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーロットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーロットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーロットは図々しく居座る計画を立てる。
そんなある日、シャーロットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる