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第二章 

失われた十年

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「さて、それで未令よ。有明のことはこれからどうする算段だ?」

 焔将が急に口調を改めた。

「どうすると聞かれても」

 あの水の檻にとらわれている父をどうすることもできない。
 祥文帝にお願いしても、というかそもそもお願いなどできる相手ではない。
 逆らってはいけない相手に逆らったのだ。
 父が解放されることはないのかもしれない。
 それに祥文帝は力のある者への執着が強いと父は言っていた。
 解放すれば日本へ還ろうとするだろう父を、祥文帝が手放すだろうか。
 平安国では異世界である日本にまで奈生金をつかい、父を連れ戻させたくらいだ。
 未令がその懸念を口にすると、焔将も頷く。

「そうであろうな。私も何度となくおまえの祖父時有と有明両名の解放を兄上に申し立ててきた。だが兄上は解放しようとしなかった。兄上個人の私怨もあろうが、やはり血族の力を少しでも手元に置いておきたいとの思惑もおありなのであろう」
「でも今のところ、戦争になるような心配はないんだよね」

 平安国は諸外国との戦いは現在していないと父は言っていた。
 さしあたって血族の力が必要とされる状況でないはずだ。

「今のところも、今後も、隣国と事を構える気は平安国にはない。だがな、こちらの思惑通り隣国が動くとは限らん。ゆえに私も有明と時有の力はこの国にとって必要不可欠であると思っている。その点では兄上と意見は一致している」
「でも、父や祖父二人がいなくなっても、他にもたくさんいるんだよね……」

 緑香、奈生金、卓水はじめ、あの水牢を守っていた水の血族たち、宮殿に明かりを灯して回っていた火の血族もいた。
 たった二人抜けたところで戦略上、何か大きく変わるのだろうか。
 その未令の疑問へ焔将は答える。

「火の血族は最も即戦力になる。だが現在、火の血族は力を有するものが減る一方でな。力があっても弱いものも多い。即戦力は一人でも多いほうがよい。それに時有の力は強大で、平安国にとって戦略の要とも言うべき存在だ。失うわけにはいくまい、ここ数百年、平安国が平安でいられたのは間違いなく術者のおかげだ」
「……」

 未令は落胆を隠せなかった。
 祖父と父の解放に賛成だと言った焔将の強い後押しがあれば、二人は解放されるかもしれないと期待したが、例え解放されたとしても焔将は二人をこの国から出す気はないということだ。

 父も祖父も、すぐそこにいる。
 いつか還ってくると信じていた父と、それに祖父や、もしかしたら祖母とも一緒に暮らせるかもしれないと期待に胸を膨らませていたのに。

 これまでの失われた十年間を取り戻せると、そう思っていたのに。
 
 明らかに肩を落とした未令に、焔将はふっと笑いを漏らした。

「おまえの落胆はわからぬでもない。さしあたって隣国との緊張もないゆえ、私は時有も有明も日本へ還してもよいと思っておる」
「そうなの?」

 未令は焔将の言に顔を上げた。
 榛色の瞳と視線が絡まる。

「ああ、今は有事ではないからな。もちろん、事が起こればすぐにも呼び戻すことになろうがな」

 だが、と焔将は続けた。

「この話も有明と時有を牢から出してやらねば何も始まらぬがな」
 
 
 
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