18 / 70
第二章
いきなり側妃ですか
しおりを挟む
その後もしばらく薙刀で応戦し、こちらは必死なのに焔将は余裕で、むしろこの状況を楽しんでいるようだった。
けれどさすがに息が上がってきたなと思う頃、焔将が手を叩き、さきほどの年かさの女官を呼び寄せた。
「お呼びにございますか。焔将さま」
「未令に用意した衣を着せてやれ」
「かしこまりました」
そう言って女官が手に取ったのは、未令が木の棒を奪って床に落ちた着物だった。
着物、と未令は咄嗟に思ったが、実際には肩ひものついた細身のロングスカートとシフォンとレース生地の長衣だった。吊りスカートはしっかりとした絹地の衣だ。女官たちのお仕着せと同じ紺青色だが、ひと目で上質とわかる生地で、一面に銀糸で北斗七星のような文様が刺繍されている。
悔しいけれどなかなか趣味がよくてかわいいじゃないか。
焔将が部屋を出ていくと女官は手際よくそれらを未令に着付けた。
「よくお似合いでございます」
「あの……」
「焔将さまが急ぎ未令さまのためにご用意されたものにございます。おめでとうございます」
「何が?」
「……これは御冗談を。焔将さまは正式に未令さまを側妃としてお迎えされることをお決めになられました」
「ええっ!」
側妃って……。
お妾さんみたいな、あの……?
「いやいやいや、ないわ、それ」
盛大にぶんぶん首を振ると、女官は「はて」と首を傾げ、
「ですが私共はそのようにお聞きしております。おめでとうございます」
何がめでたいものか。
一言文句を言ってやりたいと焔将の居場所を聞けば、さきほどとは別の、寝台のない椅子と机だけが置かれた執務室のような部屋に通される。
焔将もさきほどの夜着から着替えて長衣を羽織り、正面の椅子に腰掛けていた。
「ちょっと焔将……さまっ!」
「様はいらんぞ。未令にそう呼ばれると、なぜか落ち着かん。それに呼び名に様をつけようとも相手に敬う気持ちがないのなら意味がない」
「そういうことは敬われるような態度を示してから言ってほしいんだけど」
いきなり襲っておいてどの口が言う。
ふんっと鼻息も荒く怒ると、焔将は「愉快愉快」とふふふと笑う。
すると卓に茶器をべていた女官がぎょっとしたような顔をし、そそくさと退出していった。
焔将は手にした扇子をくるくると回す。
正直さま付けは慣れないし使いにくい。帝の弟を呼び捨てにというのもどうかと思ったがお言葉に甘えることにした。
「それより側妃ってどういうこと!」
「どういう、とは?」
「だって、だって側妃って……」
「ああ、名実ともにをお望みなら今すぐ続きをやるか?」
「やるか、馬鹿っ!」
地団太を踏んで怒ると焔将はまた愉快そうに笑う。
祥文帝との謁見の時に見た際は、なんだか冷たそうな人だと思ったがそうでもないらしい。
それこそいくつ首があっても足りないようなことを言っている気がするが焔将は怒るどころか楽しげだ。
「とにかく側妃はお断りさせていただきます。だいいち今から日本に還るんだし」
「断ることはできんぞ。決定事項だ。それに有明に会えた恩を忘れたわけではあるまい? また会えるよう取り計らってやろう」
「ぬぬぬぬ、卑怯な」
父との面会を盾にとるとは……。
「どうするんだ? 断れば私とて暇ではない。愛しい側妃のためなら厭いはしないが、いちいち赤の他人のために、面会できるよう手を回すほどお人よしでもないしな。まぁ未令がどうしても嫌だというなら、致し方あるまいが……」
「―――わかった…」
「聞こえんな」
「わかりました! なればいいんでしょ、側妃。なってやるわよ。その代わりちゃんと父と面会できるよう、その、お願いします」
最後はぺこりと頭を下げる。
十年を埋めるには、父とはまだまだ話足りないのだ。
焔将はにやりと笑った。
「そういうことならば手を尽くそう。かわいい側妃の頼みだ。断ることはできんからな」
けれどさすがに息が上がってきたなと思う頃、焔将が手を叩き、さきほどの年かさの女官を呼び寄せた。
「お呼びにございますか。焔将さま」
「未令に用意した衣を着せてやれ」
「かしこまりました」
そう言って女官が手に取ったのは、未令が木の棒を奪って床に落ちた着物だった。
着物、と未令は咄嗟に思ったが、実際には肩ひものついた細身のロングスカートとシフォンとレース生地の長衣だった。吊りスカートはしっかりとした絹地の衣だ。女官たちのお仕着せと同じ紺青色だが、ひと目で上質とわかる生地で、一面に銀糸で北斗七星のような文様が刺繍されている。
悔しいけれどなかなか趣味がよくてかわいいじゃないか。
焔将が部屋を出ていくと女官は手際よくそれらを未令に着付けた。
「よくお似合いでございます」
「あの……」
「焔将さまが急ぎ未令さまのためにご用意されたものにございます。おめでとうございます」
「何が?」
「……これは御冗談を。焔将さまは正式に未令さまを側妃としてお迎えされることをお決めになられました」
「ええっ!」
側妃って……。
お妾さんみたいな、あの……?
「いやいやいや、ないわ、それ」
盛大にぶんぶん首を振ると、女官は「はて」と首を傾げ、
「ですが私共はそのようにお聞きしております。おめでとうございます」
何がめでたいものか。
一言文句を言ってやりたいと焔将の居場所を聞けば、さきほどとは別の、寝台のない椅子と机だけが置かれた執務室のような部屋に通される。
焔将もさきほどの夜着から着替えて長衣を羽織り、正面の椅子に腰掛けていた。
「ちょっと焔将……さまっ!」
「様はいらんぞ。未令にそう呼ばれると、なぜか落ち着かん。それに呼び名に様をつけようとも相手に敬う気持ちがないのなら意味がない」
「そういうことは敬われるような態度を示してから言ってほしいんだけど」
いきなり襲っておいてどの口が言う。
ふんっと鼻息も荒く怒ると、焔将は「愉快愉快」とふふふと笑う。
すると卓に茶器をべていた女官がぎょっとしたような顔をし、そそくさと退出していった。
焔将は手にした扇子をくるくると回す。
正直さま付けは慣れないし使いにくい。帝の弟を呼び捨てにというのもどうかと思ったがお言葉に甘えることにした。
「それより側妃ってどういうこと!」
「どういう、とは?」
「だって、だって側妃って……」
「ああ、名実ともにをお望みなら今すぐ続きをやるか?」
「やるか、馬鹿っ!」
地団太を踏んで怒ると焔将はまた愉快そうに笑う。
祥文帝との謁見の時に見た際は、なんだか冷たそうな人だと思ったがそうでもないらしい。
それこそいくつ首があっても足りないようなことを言っている気がするが焔将は怒るどころか楽しげだ。
「とにかく側妃はお断りさせていただきます。だいいち今から日本に還るんだし」
「断ることはできんぞ。決定事項だ。それに有明に会えた恩を忘れたわけではあるまい? また会えるよう取り計らってやろう」
「ぬぬぬぬ、卑怯な」
父との面会を盾にとるとは……。
「どうするんだ? 断れば私とて暇ではない。愛しい側妃のためなら厭いはしないが、いちいち赤の他人のために、面会できるよう手を回すほどお人よしでもないしな。まぁ未令がどうしても嫌だというなら、致し方あるまいが……」
「―――わかった…」
「聞こえんな」
「わかりました! なればいいんでしょ、側妃。なってやるわよ。その代わりちゃんと父と面会できるよう、その、お願いします」
最後はぺこりと頭を下げる。
十年を埋めるには、父とはまだまだ話足りないのだ。
焔将はにやりと笑った。
「そういうことならば手を尽くそう。かわいい側妃の頼みだ。断ることはできんからな」
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる