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第二章
いきなり側妃ですか
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その後もしばらく薙刀で応戦し、こちらは必死なのに焔将は余裕で、むしろこの状況を楽しんでいるようだった。
けれどさすがに息が上がってきたなと思う頃、焔将が手を叩き、さきほどの年かさの女官を呼び寄せた。
「お呼びにございますか。焔将さま」
「未令に用意した衣を着せてやれ」
「かしこまりました」
そう言って女官が手に取ったのは、未令が木の棒を奪って床に落ちた着物だった。
着物、と未令は咄嗟に思ったが、実際には肩ひものついた細身のロングスカートとシフォンとレース生地の長衣だった。吊りスカートはしっかりとした絹地の衣だ。女官たちのお仕着せと同じ紺青色だが、ひと目で上質とわかる生地で、一面に銀糸で北斗七星のような文様が刺繍されている。
悔しいけれどなかなか趣味がよくてかわいいじゃないか。
焔将が部屋を出ていくと女官は手際よくそれらを未令に着付けた。
「よくお似合いでございます」
「あの……」
「焔将さまが急ぎ未令さまのためにご用意されたものにございます。おめでとうございます」
「何が?」
「……これは御冗談を。焔将さまは正式に未令さまを側妃としてお迎えされることをお決めになられました」
「ええっ!」
側妃って……。
お妾さんみたいな、あの……?
「いやいやいや、ないわ、それ」
盛大にぶんぶん首を振ると、女官は「はて」と首を傾げ、
「ですが私共はそのようにお聞きしております。おめでとうございます」
何がめでたいものか。
一言文句を言ってやりたいと焔将の居場所を聞けば、さきほどとは別の、寝台のない椅子と机だけが置かれた執務室のような部屋に通される。
焔将もさきほどの夜着から着替えて長衣を羽織り、正面の椅子に腰掛けていた。
「ちょっと焔将……さまっ!」
「様はいらんぞ。未令にそう呼ばれると、なぜか落ち着かん。それに呼び名に様をつけようとも相手に敬う気持ちがないのなら意味がない」
「そういうことは敬われるような態度を示してから言ってほしいんだけど」
いきなり襲っておいてどの口が言う。
ふんっと鼻息も荒く怒ると、焔将は「愉快愉快」とふふふと笑う。
すると卓に茶器をべていた女官がぎょっとしたような顔をし、そそくさと退出していった。
焔将は手にした扇子をくるくると回す。
正直さま付けは慣れないし使いにくい。帝の弟を呼び捨てにというのもどうかと思ったがお言葉に甘えることにした。
「それより側妃ってどういうこと!」
「どういう、とは?」
「だって、だって側妃って……」
「ああ、名実ともにをお望みなら今すぐ続きをやるか?」
「やるか、馬鹿っ!」
地団太を踏んで怒ると焔将はまた愉快そうに笑う。
祥文帝との謁見の時に見た際は、なんだか冷たそうな人だと思ったがそうでもないらしい。
それこそいくつ首があっても足りないようなことを言っている気がするが焔将は怒るどころか楽しげだ。
「とにかく側妃はお断りさせていただきます。だいいち今から日本に還るんだし」
「断ることはできんぞ。決定事項だ。それに有明に会えた恩を忘れたわけではあるまい? また会えるよう取り計らってやろう」
「ぬぬぬぬ、卑怯な」
父との面会を盾にとるとは……。
「どうするんだ? 断れば私とて暇ではない。愛しい側妃のためなら厭いはしないが、いちいち赤の他人のために、面会できるよう手を回すほどお人よしでもないしな。まぁ未令がどうしても嫌だというなら、致し方あるまいが……」
「―――わかった…」
「聞こえんな」
「わかりました! なればいいんでしょ、側妃。なってやるわよ。その代わりちゃんと父と面会できるよう、その、お願いします」
最後はぺこりと頭を下げる。
十年を埋めるには、父とはまだまだ話足りないのだ。
焔将はにやりと笑った。
「そういうことならば手を尽くそう。かわいい側妃の頼みだ。断ることはできんからな」
けれどさすがに息が上がってきたなと思う頃、焔将が手を叩き、さきほどの年かさの女官を呼び寄せた。
「お呼びにございますか。焔将さま」
「未令に用意した衣を着せてやれ」
「かしこまりました」
そう言って女官が手に取ったのは、未令が木の棒を奪って床に落ちた着物だった。
着物、と未令は咄嗟に思ったが、実際には肩ひものついた細身のロングスカートとシフォンとレース生地の長衣だった。吊りスカートはしっかりとした絹地の衣だ。女官たちのお仕着せと同じ紺青色だが、ひと目で上質とわかる生地で、一面に銀糸で北斗七星のような文様が刺繍されている。
悔しいけれどなかなか趣味がよくてかわいいじゃないか。
焔将が部屋を出ていくと女官は手際よくそれらを未令に着付けた。
「よくお似合いでございます」
「あの……」
「焔将さまが急ぎ未令さまのためにご用意されたものにございます。おめでとうございます」
「何が?」
「……これは御冗談を。焔将さまは正式に未令さまを側妃としてお迎えされることをお決めになられました」
「ええっ!」
側妃って……。
お妾さんみたいな、あの……?
「いやいやいや、ないわ、それ」
盛大にぶんぶん首を振ると、女官は「はて」と首を傾げ、
「ですが私共はそのようにお聞きしております。おめでとうございます」
何がめでたいものか。
一言文句を言ってやりたいと焔将の居場所を聞けば、さきほどとは別の、寝台のない椅子と机だけが置かれた執務室のような部屋に通される。
焔将もさきほどの夜着から着替えて長衣を羽織り、正面の椅子に腰掛けていた。
「ちょっと焔将……さまっ!」
「様はいらんぞ。未令にそう呼ばれると、なぜか落ち着かん。それに呼び名に様をつけようとも相手に敬う気持ちがないのなら意味がない」
「そういうことは敬われるような態度を示してから言ってほしいんだけど」
いきなり襲っておいてどの口が言う。
ふんっと鼻息も荒く怒ると、焔将は「愉快愉快」とふふふと笑う。
すると卓に茶器をべていた女官がぎょっとしたような顔をし、そそくさと退出していった。
焔将は手にした扇子をくるくると回す。
正直さま付けは慣れないし使いにくい。帝の弟を呼び捨てにというのもどうかと思ったがお言葉に甘えることにした。
「それより側妃ってどういうこと!」
「どういう、とは?」
「だって、だって側妃って……」
「ああ、名実ともにをお望みなら今すぐ続きをやるか?」
「やるか、馬鹿っ!」
地団太を踏んで怒ると焔将はまた愉快そうに笑う。
祥文帝との謁見の時に見た際は、なんだか冷たそうな人だと思ったがそうでもないらしい。
それこそいくつ首があっても足りないようなことを言っている気がするが焔将は怒るどころか楽しげだ。
「とにかく側妃はお断りさせていただきます。だいいち今から日本に還るんだし」
「断ることはできんぞ。決定事項だ。それに有明に会えた恩を忘れたわけではあるまい? また会えるよう取り計らってやろう」
「ぬぬぬぬ、卑怯な」
父との面会を盾にとるとは……。
「どうするんだ? 断れば私とて暇ではない。愛しい側妃のためなら厭いはしないが、いちいち赤の他人のために、面会できるよう手を回すほどお人よしでもないしな。まぁ未令がどうしても嫌だというなら、致し方あるまいが……」
「―――わかった…」
「聞こえんな」
「わかりました! なればいいんでしょ、側妃。なってやるわよ。その代わりちゃんと父と面会できるよう、その、お願いします」
最後はぺこりと頭を下げる。
十年を埋めるには、父とはまだまだ話足りないのだ。
焔将はにやりと笑った。
「そういうことならば手を尽くそう。かわいい側妃の頼みだ。断ることはできんからな」
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