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第二章 

早く還りたいのに

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 次にいつ会えるのかもわからぬまま、面会の刻限は終わった。
 父が「実は康夜もここに来た」と話し始めたところだった。
 続きを聞きたかったけれど、時間だと無情に告げる使者に促され、仕方なく未令は水の牢獄を後にした。
 またトンネルのような長い廊下を歩き、外に出る。
 太陽は西へ傾き、甍の載った朱塗りの宮殿をさらに赤く染めていた。

 宮殿を出たところに揃いの衣を纏った女性が二人佇んでいた。

 未令はその女官へと引き継がれ、女官たちは「こちらです」と未令の両脇を固めるように立ち、宮城内の道を進む。

 日の落ちかけた宮城内にはたくさんの棟が並び、回廊に取り付けられた灯篭に、火の血族と思われる赤い目をした女性が火を灯してまわっていた。

 広い庭園では何人もの水の血族があちこちで水をまき、木の血族と土の血族は協力して庭の盛り土や木々の配置を変えていた。

「あれは何をしているんですか」

 未令が女官に訊くと

「帝の目を楽しませるためにお庭は毎日手を加え、様相を変えることとなっております」

 三六五日毎日違うお庭を楽しめるわけだ。
 優雅なものだ。
 女官は卓水の水晶邸に向かっていると思っていたが、来た時とは明らかに道順が違う。
 宮城内の城壁を越えることなく進んでいく。

「あの、」

 未令はとうとう足を止めた。
 未令としては一刻も早く日本へ還りたい。これ以上の足止めはごめんだ。
 立ち止まった未令に、女官は警戒するようにこちらを見据える。そしてどこにも逃がすまいというように両脇にぴたりとはりつく。行動の自由を奪われているようでなんだか落ち着かない。

「お早くなさいませ。焔将さまがお待ちでございます」
「どうして焔将、さまが……」

 思いがけない名前が飛び出し、ますます混乱する。
 焔将というのはさきほど未令を抱き上げたあの男のことか。
 また夜に会おうと言っていたが、あのときは父のことで頭がいっぱいで聞き流していた。

「でもわたし、もう還らないと」

 あの場をまるく収め、父と会わせてくれたことには感謝するが、今は一刻も早く日本へ戻りたい。
 未令が踵を返そうとすると二人のうち、年長と思われる方の女官が未令の腕を取った。

「ご無礼をお許しください」

 軽く捻りあげられ、未令は顔をしかめた。

「痛い、離してください」

 振り払おうとすると後ろにも気配を感じ振り返る。
 いつの間にか女官と同じ紺青の衣を着た男が、退路を絶つように未令の後ろに立っていた。

 男の物腰から、武術に長けているだろうことが伝わってくる。
 未令の腕をつかむ女官も心得があるような身のこなしだ。

 不穏な空気にどう逃げようかと思案し、周囲にすばやく視線を走らせると、前方の建物の回廊の手すりからこちらを見る焔将と目が合った。



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