4 / 70
第一章
いとこの康夜
しおりを挟む
「ほら、こっちだよ」
卓水はいまだ呆然としている未令を引っ張り、回廊の先に控えていた女性に未令を託した。
「とりあえず支度しないとだからね」
卓水はそう言って未令を女性の方へと押しやると未令を置いて自分はどこかへ行こうとする。
「え、待って」
こんなよくわからない場所に取り残されるのは勘弁してほしい。
けれど卓水は「ちょっと祥文帝への謁見を申し入れてくる」と言い置き、さっさと回廊の向こうへと歩いて行った。
「こちらへ」
黒い衣を纏った女性は、ここは卓水の私邸で水晶邸という名の邸であること、自分はその水晶邸付きの女官だと名乗った。
女官は天蓋付きの寝台の設えられた部屋に未令を案内した。
部屋に通されると、どこから湧いてきたのかというように次々に衣装や道具を持った同じお仕着せの黒い衣を着た女官が部屋に入ってくる。
「こちらにお着替えを」
失礼しますと女官のなかで一番年かさの女が言うや、未令は着ていたセーラー服やスカート、果ては靴から靴下までもぎとられ、あれよあれよという間に淡い朱色の衣に着替えさせられた。
胸の袷は着物のようだが、下には袴のようなゆったりとしたズボンをはき、腰を帯でしばる。
短い髪も無理矢理結い上げられ、朱色の玉のついた簪をつけられた。
腰帯にも朱色の玉飾りのついた朱色の扇子を差す。
「こちらでお待ちください」
未令の仕度がすむと、女官たちは部屋を退出していく。
追いはぎに遭ったような気分だ。いや、実際追いはぎになどあったことはないのだけれど……。
待てと言われたので未令はしばらくは大人しく寝台に腰掛け待っていた。
が、待てども待てども誰も姿を現さない。
そのうち大きなあくびが出て、寝台に仰向けに寝転んだ。
今日も放課後、大会が近いこともあってみっちりと薙刀の練習をして体は疲れきっている。
本当なら今頃家に帰りついて晩御飯を食べてテレビでも見ている時間だ。
一緒に暮らしている叔父さん叔母さんに何の連絡も入れず来てしまったので、帰りの遅い未令のことを心配しているかもしれない。
父が十年前に失踪してから、未令は父の弟である叔父夫妻の家で暮らしている。
叔父夫妻には、康夜という未令より一つ年上の娘がいる。小学生くらいの頃までは、仲良くしていたのだけれど……。
どこでなにをどう間違ったのか。
最近康夜とは口もきいていない。
原因があるとすれば、おそらく未令にあるのだろうが……。
康夜との関係がギクシャクしだしたのは中学にあがった頃からだった。
小学生の頃はよく一緒に遊んで仲がよかったのに、気がつけば避けられており、顔もあわせず、話さなくなっていた。
ひとつ年上のいとこの胸の内は未令にはわからない。
未令の母は未令を生んですぐに亡くなっており、父が疾走した今、未令にとって唯一頼れる存在は叔父夫妻だ。
叔母の潤子は本当の娘のように可愛がってくれるし、叔父の康之も康夜と変わらず未令と接してくれる。
未令は居候という自分の立場上、積極的に家事全般手伝うようにしてきた。
小学生の頃は同じように康夜も一緒に料理をしたりと楽しかったけれど、いつの頃からか康夜はそんな未令を冷ややかに見るようになった。
それがいけなかったのだろうか。
叔父叔母とはいえ、実の親のように康之と潤子に頼りすぎる自分が悪いのだろうか。
それともふとした拍子に感じる疎外感に、寂しいと物欲しそうに康夜たちの団欒を眺めていたあの自分の卑しい視線がだめだったのだろうか。
それを素直に口に出してはいけないとわかっているくせに我慢して、心が苦しくなって隠し切れず泣いて、康之に気を遣わせたことがだめだったんだろうか。
未令はきちんと線を引こうと、自分のことはなるべく自分でするように心がけた。
温もりがほしいときも、薙刀に打ち込んで紛らわせた。
それでも康夜との間に流れる微妙な空気は何も変わらなかった。
卓水はいまだ呆然としている未令を引っ張り、回廊の先に控えていた女性に未令を託した。
「とりあえず支度しないとだからね」
卓水はそう言って未令を女性の方へと押しやると未令を置いて自分はどこかへ行こうとする。
「え、待って」
こんなよくわからない場所に取り残されるのは勘弁してほしい。
けれど卓水は「ちょっと祥文帝への謁見を申し入れてくる」と言い置き、さっさと回廊の向こうへと歩いて行った。
「こちらへ」
黒い衣を纏った女性は、ここは卓水の私邸で水晶邸という名の邸であること、自分はその水晶邸付きの女官だと名乗った。
女官は天蓋付きの寝台の設えられた部屋に未令を案内した。
部屋に通されると、どこから湧いてきたのかというように次々に衣装や道具を持った同じお仕着せの黒い衣を着た女官が部屋に入ってくる。
「こちらにお着替えを」
失礼しますと女官のなかで一番年かさの女が言うや、未令は着ていたセーラー服やスカート、果ては靴から靴下までもぎとられ、あれよあれよという間に淡い朱色の衣に着替えさせられた。
胸の袷は着物のようだが、下には袴のようなゆったりとしたズボンをはき、腰を帯でしばる。
短い髪も無理矢理結い上げられ、朱色の玉のついた簪をつけられた。
腰帯にも朱色の玉飾りのついた朱色の扇子を差す。
「こちらでお待ちください」
未令の仕度がすむと、女官たちは部屋を退出していく。
追いはぎに遭ったような気分だ。いや、実際追いはぎになどあったことはないのだけれど……。
待てと言われたので未令はしばらくは大人しく寝台に腰掛け待っていた。
が、待てども待てども誰も姿を現さない。
そのうち大きなあくびが出て、寝台に仰向けに寝転んだ。
今日も放課後、大会が近いこともあってみっちりと薙刀の練習をして体は疲れきっている。
本当なら今頃家に帰りついて晩御飯を食べてテレビでも見ている時間だ。
一緒に暮らしている叔父さん叔母さんに何の連絡も入れず来てしまったので、帰りの遅い未令のことを心配しているかもしれない。
父が十年前に失踪してから、未令は父の弟である叔父夫妻の家で暮らしている。
叔父夫妻には、康夜という未令より一つ年上の娘がいる。小学生くらいの頃までは、仲良くしていたのだけれど……。
どこでなにをどう間違ったのか。
最近康夜とは口もきいていない。
原因があるとすれば、おそらく未令にあるのだろうが……。
康夜との関係がギクシャクしだしたのは中学にあがった頃からだった。
小学生の頃はよく一緒に遊んで仲がよかったのに、気がつけば避けられており、顔もあわせず、話さなくなっていた。
ひとつ年上のいとこの胸の内は未令にはわからない。
未令の母は未令を生んですぐに亡くなっており、父が疾走した今、未令にとって唯一頼れる存在は叔父夫妻だ。
叔母の潤子は本当の娘のように可愛がってくれるし、叔父の康之も康夜と変わらず未令と接してくれる。
未令は居候という自分の立場上、積極的に家事全般手伝うようにしてきた。
小学生の頃は同じように康夜も一緒に料理をしたりと楽しかったけれど、いつの頃からか康夜はそんな未令を冷ややかに見るようになった。
それがいけなかったのだろうか。
叔父叔母とはいえ、実の親のように康之と潤子に頼りすぎる自分が悪いのだろうか。
それともふとした拍子に感じる疎外感に、寂しいと物欲しそうに康夜たちの団欒を眺めていたあの自分の卑しい視線がだめだったのだろうか。
それを素直に口に出してはいけないとわかっているくせに我慢して、心が苦しくなって隠し切れず泣いて、康之に気を遣わせたことがだめだったんだろうか。
未令はきちんと線を引こうと、自分のことはなるべく自分でするように心がけた。
温もりがほしいときも、薙刀に打ち込んで紛らわせた。
それでも康夜との間に流れる微妙な空気は何も変わらなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
57
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる