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第一章

紫檀の扉

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 あんな言葉にだまされてついていくなんて自分でも馬鹿だと思う。
 でもこの十年間、一度も手掛かりらしきものさえなかった父のことを持ち出され、未令は卓水の言うことを確かめずにはいられなかった。

 連れていかれたのはこの辺りでも高級住宅街として知られる一画に立つマンションで、エントランスを入ると高い天井にはシャンデリアがかかっていた。磨き抜かれた大理石を使ったエントランスの内装は豪華で高級感が溢れている。

 まだ二十代くらいの若い卓水がこんな高級マンションに住んでいるのだろうか。

 マンション入って右手に、ホテルのフロントのようなカウンターがあり、卓水は管理人の男を素通りする。
 未令が見ると、管理人はぺこりと頭を下げた。
 少なくともこの管理人は未令がこのマンションに入っていくところを目撃している。
 卓水のことも知っているようだったし、いざとなれば管理人に助けを求めればいい。
 毛足の長い絨毯に足をとられそうになりながら卓水の後を追いかけてエレベーターホールまで辿り着くと、卓水は「どうぞ」と未令に乗るよう促し、四階の階数表示を点灯させた。

 四階にはエレベーターホールの右手と左手、二つの玄関扉があった。
 卓水は左手の扉を選び、未令を招き入れる。
 玄関もエントランスと同じ大理石の床で、入ってすぐ右手に大きな鏡がある。鏡に映った制服姿の自分の格好が、この高級仕様の場所には不釣合いで思わず未令は苦笑した。
 玄関からは長い廊下が奥まで続いており、その奥にまた扉がある。
 ここまで来ては躊躇しても仕方がない。未令はどうにでもなれの心境でそこへ飛び込んだ。
 なかは広い開口窓が円形に広がるリビングで、中央にはインテリアにしてはおかしな具合に大きな両開きの扉が据えられている。
 木製の扉は古めかしい意匠で、いかめしい閂までついている。

紫檀シタンの扉だよ」

 卓水は扉のことをそう呼ぶと、ぎぃっと音をさせて扉を開いた。

「どうぞ。有明はこの向こうだ」
「えっと……」

 そう言われましても……。どうぞと開かれた扉の向こうにはこのリビングの向こう側が見えているだけだ。
 
「もしかして、わたしからかわれてる?」
「どうして?」
「どうしてって……。だってどう見てもただの扉だし。この向こうって言われても……」

 ねぇ?と同意を求めるように卓水を見たが、卓水は未令の手をとった。

「まぁまぁ。せっかくここまで来たんだし、扉を通り抜けるくらいしてみてもいいと思うけどな」
「そう言われればそうなんだけど…」

 冗談につきあって扉を抜ければ父のことを教えてくれるのだろうか。
 真意を確かめたくて卓水を見るも、卓水はにこにこしながら「ほらほら」と誘うだけで何も読み取れない。

 少なくともはやり未令に害を与えるつもりではなさそうだと悟り、

「じゃあ通るだけだよ……? たぶん、ていうか絶対部屋の向こう側に行くだけだけど」

 インテリアにしてはおかしな具合に据えられた紫檀の扉には、中央に星型の彫刻が施されている。木目が美しく、光沢のある濃い赤茶色の扉だ。
 
 卓水に手を引かれるまま未令は扉をくぐった。


 

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