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第四章

告白

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―――告白を始める前に、まずは私が初めてエステルを見た時のことを話さなければならない。

 クレトはそう切り出した。
 エステルはえ?とクレトの方を見た。
 初めてクレトと会った日のことは今でもよく覚えている。3年ほど前、父のアルモンテ公爵が知り合いから紹介された商人だと屋敷に連れてきたのが最初だった。
 初めのうちは商談に訪れるクレトと話をすることもなかったが、エステルに異国の物産を手土産として持ってきてくれたところから徐々に話をするようになった。
 父は同じ年頃の異性とエステルが接することを嫌っていたが、クレトは父の信頼が厚かった。おかげでエステルはクレトからたくさんの話を聞けた。毎日の厳しい教育の束の間の楽しみだった。

 けれど違うのだろうか。
 エステルがはてなを顔に浮かべるとクレトは「実はね」と白状した。

「私が初めてエステルを見たのは、レウス王国の王宮で開かれた国王在位十年を祝う式典でだったんだよ。私がバラカルド帝国の要人と知り合いだという話は昨日しただろう? その関係でね。式典に出席していたんだ」

 国王在位十年を祝う式典のことはもちろん知っている。エステルが出席した唯一の式典と言ってもいい。国を挙げて盛大に行われた式典で、当時十五歳だったエステルも参加した。
 バラカルド帝国からもお祝いの使者が参列していたのも知っている。ではその中にクレトはいたのだろうか。

「あの時のことは覚えているけれど、とてもたくさんの出席者だったから」

 全く思い出せない、とエステルが言うと、「それはそうだよ」とクレトは笑った。

「それにね、エステルと直接その時に話したわけでもないからね。でも、居並ぶ出席者の中でも、エステルは飛び抜けて可愛かったんだ。それでつい目を惹かれた」

「……」

 なんと返していいのかわからず頬だけがほてる。あの時のエステルは大勢の人に酔いそうで、未来の王太子妃に相応しく毅然としていろとの父の言葉に恐縮して緊張していた。周りを見る余裕はなかった。

「わたし、きっとあの時顔が強ばっていたと思うの」

「緊張しているなとは思ったよ」

 当時のエステルの顔を思い出すのか、クレトはくすくす笑った。

「わたし必死だったから」

 クレトの目に留まるようなものは何もなかったと思うのだけれど―――。

「そこから君のことが気になりだしてね。君が将来の王太子妃と目されていることも知った。でも私はもっと君のことが知りたくなって、知り合いのつてを頼ってアルモンテ公爵とのつながりを作った。君に会うために」

「そうなの? そのために?」

 そもそも屋敷に出入りするようになったのがエステルのためだったとは……。

「……驚いただろう? 自分でも驚いたよ。君に会いたくてこんなことまでしている自分にね」

 商人として成功しているクレトならば、わざわざそんな手を使わなくとも身近にたくさんきれいな女性はいただろう。何も知らずに無邪気にクレトの土産話に聞き入っていた自分がなんだか恥ずかしい。

 エステルがそう言うと、クレトは首を振った。

「君はとても可愛かったよ。将来の王太子妃だと聞かされていたから初めのうちは気持ちを抑えるようにしていたけれど、その内どうしても君が欲しくなった。だから私は卑怯な手を使った」

「出来レースだった王太子妃選への横槍のこと?」

 これからクレトの話すことは、きっとダナがあの時口を滑らせたことだろう。

「知っていたのかい?」

「いいえ。でもダナさんが今日ちらりとそんなことを口にしていたものだから」

「あいつらはね、昔からの知り合いで私のことも承知している。私はどうしても君をあの王太子なぞにとられたくなかったんだ。だから私はバラカルド帝国要人に頼んで君の王太子妃内定を取り消させた。君が幼いころから王太子妃となるべく教育されてきたことはアルモンテ公爵からも聞いていた。実際、君が頑張っている姿も見てきた。でもね、その全てを壊してでも、私は君が欲しかったんだ。そのせいで君は王宮の広間で皆の笑いものにされ、アルモンテ公爵にも見放された。本当に酷いことをしたと思っている。自分の欲のために勝手な男だろう? 怒るなら怒ってくれていい。これで君の気が変わるなら仕方がないとも思っている」

「……それでだったのね…」

 バラカルド帝国からの申し入れがあったのなら、いくら父が手回ししてエステルを内定させていても無理だったはずだ。

「なんだかほっとしたわ」

「ほっとした? 怒らないのかい?」

 クレトは驚いた顔をしてエステルを見た。

「ええ、ほっとしたわ。なぜ出来レースだったのに落ちたのかしらってずっと気になっていたから。あの時のわたしはとんでもなく酷かったから落ちても当然だとは思っていたのだけれど、それでも少しは気になっていたのよ。だからだったのね。なんだか腑に落ちてほっとしたのよ。それに今となってはクレトに感謝しかないわ。あのままお父様の言うままに王太子妃になっていたら、きっとわたし後悔していたと思うもの。わたしを拾ってくれてありがとう、クレト」

「……まいったな…」

 クレトはくしゃりと前髪をかきあげた。

「そんな風に言われるとは思いもしなかった。私はアルモンテ公爵の気質も心得ていたから、きっと君は家を出されるだろうとも踏んでいた。そこまでわかっていて横槍を入れたんだよ?」

「……だからあの日、お別れの日にクレトはあっさりと帰っていったのね。わたし、本当はあの時もっとクレトとお話ししたかったのよ。だって最後だったんですもの。なのにクレトはすぐに帰ってしまって心残りだったの。もしかして、邸にあった服はこうなることがわかっていてクレトが用意したの?」

 拾われた日、邸にはサイズがぴったりの女性ものの服が揃っていた。あれのおかげでクレトには恋人がいるのではと勘違いした。おまけにマリナの服まであった。
 エステルがそう言うと、クレトは苦笑した。

「あまり準備万端すぎるといらぬ邪推を生むのだと身に染みたよ」




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