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アイラと廉
その11-02
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『今夜は――ホテルに泊まるというお話ですが……』
『そうです』
『そうですか……。ごめんなさいね。家がもう少し大きければ、こちらに泊まっていただくのに』
『いえ……、お気になさらないで、ください』
『明日の飛行機の関係もありますので、食事を終えれば、空港の近くに移動した方が、簡単だと思いまして』
『そうですね』
廉が手助けをしてくれてはいるが、一体、この堅苦しさがいつまで持つのだろうか。
『修一も、今夜は、仕事を早目に切り上げてくる、と言っていましたわ』
『そうですか』
『廉に会うのも久しぶりですからね。お父さんも、5時頃には、切り上げてくるそうです』
『そうですか。二人とも忙しいんですか?』
『修一は、忙しいと聞いています。手術のアシスタントが重なって、夜勤が多くなってきたという話も、聞いています』
『そうですか』
『お仕事はどうです?』
『変わりありません』
『そうですか。――柴岬さんも、お仕事がお忙しいと伺っていますが? お仕事は、どのような?』
話の転換もかなりスムーズなものだった。おっとりしたように見えて、さすが、外交官の妻をしているだけはある。
『IT関連の仕事を、しています』
『そうですか』
IT関連と言っても、ピンからキリまで色々はある。
だが、廉の母親は、まだ興味深そうな表情をみせて、納得しているように頷いている。
『お忙しいのでしょう?』
『その時々によりけりですが、今は、少々、仕事が詰まっていまして……』
『まあ、大変ですね』
『それほどでもありませんが――』
それから、お茶用のクッキーなどが出され、ポツポツと、会話も続いていて、廉の父親が帰ってくるまで、アイラは廉の母親の、なかなかにスムーズな話の持ち方に、たぶん一族で初めてであろう――相手方からの、身内調査を受けていたのだった。
アイラの一族に加わってくる新メンバーなら、誰しもが通過するであろう、一族のこれみよがしの質問攻めと訊問。
まさか、その立場を、自分が経験する羽目になるとは思いもよらず、その反対側の立場を、初めて経験していたのもアイラだった。
会話の流れを止めず、それでも、その端はしに、
『ご両親は?』
『お仕事は?』
『ご家族は?』
と言った質問が混ざっていて、廉の母親も、聞くところは、しっかりと、聞き逃すことはないようだった。
それからやっと廉の父親が帰ってきて、そこでもまた、しっかりと、挨拶を済ませなければならないアイラは、
『祖父の葬儀の花束を、ありがとうございました』
一からまた、その挨拶をやり直していたのだった。
夕食に出かけるまでが1時間ほどあって、廉の父親も混ざり、先ほどの会話の復唱ではないが、廉の母親の説明を聞いて、アイラの祖父の話や身内の話も出てきて、かなりやつれをきたし出しているアイラだ。
それでも、仕方なく、言いつけられた通り、礼儀作法を守って、その返答を返していたのだった。
廉の両親には一度だけ会ったことがある。
今日、久しぶりに会った二人は、昔とあまり変わってはいないに見える。
日本人にしては背が高かったのだろう――廉の父親は、アイラほどの背丈で贅肉もなく、スラリとした体躯に、黒のスーツを着込んでいた。
『初めまして。藤波修一です』
レストランで待ち合わせをしていた廉の兄との初めての場で、まだ若そうな男性が座っていた椅子から立ち上がった。
真夏であっても、グレーのスーツをしっかりと着込んでいる廉の兄だ。
廉ほど背が高いのではなかった、それでも、兄の方も、180cmは軽くあるほどには背が高かった。
そして、廉のように切れ長の瞳が似ていて、それでも、眼鏡をかけているその感じが、かなり鋭敏な感じがして、医者であると言うのもかなり頷ける容姿だった。
『初めまして。柴岬藍羅です。お目にかかれて、とても光栄です』
『こちらこそ。今夜はお疲れのことと存じますが、廉もロンドンに来ているとのことで、一緒に食事をできて、私も嬉しく思っています』
『ありがとうございます』
握手も交わさずに挨拶を済ませる経験など、本当に、これが初めてではないだろうか。
他人行儀ではあるが、妙に余所余所しい、それでも、その作法を破れるものでもなくて、アイラは居心地の悪いまま、廉の両親に連れられて、店の奥に足を進めていた。
その3人の後ろから、静かに廉と廉の兄もついてくる。
『久しぶりですね』
『そうだな。大学以来だから――かなり久しぶりだろう。あまり変わらないようだが』
『そうですね。お兄さんも、変わらないようで』
小さな時から、“お兄さん”と、呼びなさいと躾されてきたので、廉が兄を呼ぶ時は、大人になっても、“お兄さん”だった。
『ものすごい美人を連れてきたんだな』
『そうですか?』
『それに、あんなに背が高い日本人を見るのも――初めてだ。モデル並みの高さみたいだな』
『そうですね』
『でも、モデルじゃないのかな?』
『違います』
『あまり日本人らしくもないな』
『そうですね。混血ですから』
『だから、祖父の方がイギリスにいるのか』
そうかと、廉の兄は、ただ淡々と納得しているようだった。
『仕事が忙しいんですか?』
『それは医者の宿命だから、仕方がない。廉の方は、どうなんだ?』
『それほどでもありません』
かなり久しぶりに会う兄弟であるのに、会話も驚くほどに、淡々としている。
椅子に座りながらそれを聞いているアイラは、思わず顔をしかめそうになってしまう。
全員が椅子に腰を下ろすと、すぐにウェーターがやって来て、水のグラスに水を注ぎながら、廉の父親から飲み物の注文を受け取っている。
『柴岬さんは、どうしますか?』
『私は、お酒は遠慮しますので……』
『そうですか。でしたら、ジュース、などでは?』
『それを、お願いします』
アイラの注文も終えたようで、ウェーターがそそとその場を去っていく。
『柴岬さんのご両親は、今は、ドバイにいらっしゃると伺っています』
先程の情報を――会話を、今度は一応、廉の兄にも説明していくようだった。
まあ、互いに会うのは今日が初めてで、おまけに、廉からアイラのことをどのくらい聞いているのかは知らないが、やはり、突然、やって来た息子の恋人の話も、気になるだろう。
『そうですか。ご両親は、何をなさっていらっしゃるのですか?』
アイラは、廉の母親が説明するのかどうかそれを見計らって、その説明はアイラがするのだと判断し、聞こえぬ溜め息を漏らしながら、また同じことを説明し出した。
『父は、建築技術者の管理顧問をしています』
『エンジニアですか?』
『そうです』
『では、ドバイの新しいビルなどの、建設に取り掛かっているんですね』
『今は、建築物の完成までの管理が、ほとんどでいるようですが』
『そうですか。ドバイは、ここ数年で、目を見張るほどに発展していると聞いています。つい最近、報道された街の未来完成図も、とても素晴らしいものですね』
『そのように――聞いています』
『私達も、ドバイは、まだ訪れたことがないんです。お話はよく耳にしまして、一度は訪ねてみたいと思っていますの』
廉の母親がそうやんわりと会話に混ざってきて、アイラはそこで、一瞬、次の返答を考えてしまった。
『そうです』
『そうですか……。ごめんなさいね。家がもう少し大きければ、こちらに泊まっていただくのに』
『いえ……、お気になさらないで、ください』
『明日の飛行機の関係もありますので、食事を終えれば、空港の近くに移動した方が、簡単だと思いまして』
『そうですね』
廉が手助けをしてくれてはいるが、一体、この堅苦しさがいつまで持つのだろうか。
『修一も、今夜は、仕事を早目に切り上げてくる、と言っていましたわ』
『そうですか』
『廉に会うのも久しぶりですからね。お父さんも、5時頃には、切り上げてくるそうです』
『そうですか。二人とも忙しいんですか?』
『修一は、忙しいと聞いています。手術のアシスタントが重なって、夜勤が多くなってきたという話も、聞いています』
『そうですか』
『お仕事はどうです?』
『変わりありません』
『そうですか。――柴岬さんも、お仕事がお忙しいと伺っていますが? お仕事は、どのような?』
話の転換もかなりスムーズなものだった。おっとりしたように見えて、さすが、外交官の妻をしているだけはある。
『IT関連の仕事を、しています』
『そうですか』
IT関連と言っても、ピンからキリまで色々はある。
だが、廉の母親は、まだ興味深そうな表情をみせて、納得しているように頷いている。
『お忙しいのでしょう?』
『その時々によりけりですが、今は、少々、仕事が詰まっていまして……』
『まあ、大変ですね』
『それほどでもありませんが――』
それから、お茶用のクッキーなどが出され、ポツポツと、会話も続いていて、廉の父親が帰ってくるまで、アイラは廉の母親の、なかなかにスムーズな話の持ち方に、たぶん一族で初めてであろう――相手方からの、身内調査を受けていたのだった。
アイラの一族に加わってくる新メンバーなら、誰しもが通過するであろう、一族のこれみよがしの質問攻めと訊問。
まさか、その立場を、自分が経験する羽目になるとは思いもよらず、その反対側の立場を、初めて経験していたのもアイラだった。
会話の流れを止めず、それでも、その端はしに、
『ご両親は?』
『お仕事は?』
『ご家族は?』
と言った質問が混ざっていて、廉の母親も、聞くところは、しっかりと、聞き逃すことはないようだった。
それからやっと廉の父親が帰ってきて、そこでもまた、しっかりと、挨拶を済ませなければならないアイラは、
『祖父の葬儀の花束を、ありがとうございました』
一からまた、その挨拶をやり直していたのだった。
夕食に出かけるまでが1時間ほどあって、廉の父親も混ざり、先ほどの会話の復唱ではないが、廉の母親の説明を聞いて、アイラの祖父の話や身内の話も出てきて、かなりやつれをきたし出しているアイラだ。
それでも、仕方なく、言いつけられた通り、礼儀作法を守って、その返答を返していたのだった。
廉の両親には一度だけ会ったことがある。
今日、久しぶりに会った二人は、昔とあまり変わってはいないに見える。
日本人にしては背が高かったのだろう――廉の父親は、アイラほどの背丈で贅肉もなく、スラリとした体躯に、黒のスーツを着込んでいた。
『初めまして。藤波修一です』
レストランで待ち合わせをしていた廉の兄との初めての場で、まだ若そうな男性が座っていた椅子から立ち上がった。
真夏であっても、グレーのスーツをしっかりと着込んでいる廉の兄だ。
廉ほど背が高いのではなかった、それでも、兄の方も、180cmは軽くあるほどには背が高かった。
そして、廉のように切れ長の瞳が似ていて、それでも、眼鏡をかけているその感じが、かなり鋭敏な感じがして、医者であると言うのもかなり頷ける容姿だった。
『初めまして。柴岬藍羅です。お目にかかれて、とても光栄です』
『こちらこそ。今夜はお疲れのことと存じますが、廉もロンドンに来ているとのことで、一緒に食事をできて、私も嬉しく思っています』
『ありがとうございます』
握手も交わさずに挨拶を済ませる経験など、本当に、これが初めてではないだろうか。
他人行儀ではあるが、妙に余所余所しい、それでも、その作法を破れるものでもなくて、アイラは居心地の悪いまま、廉の両親に連れられて、店の奥に足を進めていた。
その3人の後ろから、静かに廉と廉の兄もついてくる。
『久しぶりですね』
『そうだな。大学以来だから――かなり久しぶりだろう。あまり変わらないようだが』
『そうですね。お兄さんも、変わらないようで』
小さな時から、“お兄さん”と、呼びなさいと躾されてきたので、廉が兄を呼ぶ時は、大人になっても、“お兄さん”だった。
『ものすごい美人を連れてきたんだな』
『そうですか?』
『それに、あんなに背が高い日本人を見るのも――初めてだ。モデル並みの高さみたいだな』
『そうですね』
『でも、モデルじゃないのかな?』
『違います』
『あまり日本人らしくもないな』
『そうですね。混血ですから』
『だから、祖父の方がイギリスにいるのか』
そうかと、廉の兄は、ただ淡々と納得しているようだった。
『仕事が忙しいんですか?』
『それは医者の宿命だから、仕方がない。廉の方は、どうなんだ?』
『それほどでもありません』
かなり久しぶりに会う兄弟であるのに、会話も驚くほどに、淡々としている。
椅子に座りながらそれを聞いているアイラは、思わず顔をしかめそうになってしまう。
全員が椅子に腰を下ろすと、すぐにウェーターがやって来て、水のグラスに水を注ぎながら、廉の父親から飲み物の注文を受け取っている。
『柴岬さんは、どうしますか?』
『私は、お酒は遠慮しますので……』
『そうですか。でしたら、ジュース、などでは?』
『それを、お願いします』
アイラの注文も終えたようで、ウェーターがそそとその場を去っていく。
『柴岬さんのご両親は、今は、ドバイにいらっしゃると伺っています』
先程の情報を――会話を、今度は一応、廉の兄にも説明していくようだった。
まあ、互いに会うのは今日が初めてで、おまけに、廉からアイラのことをどのくらい聞いているのかは知らないが、やはり、突然、やって来た息子の恋人の話も、気になるだろう。
『そうですか。ご両親は、何をなさっていらっしゃるのですか?』
アイラは、廉の母親が説明するのかどうかそれを見計らって、その説明はアイラがするのだと判断し、聞こえぬ溜め息を漏らしながら、また同じことを説明し出した。
『父は、建築技術者の管理顧問をしています』
『エンジニアですか?』
『そうです』
『では、ドバイの新しいビルなどの、建設に取り掛かっているんですね』
『今は、建築物の完成までの管理が、ほとんどでいるようですが』
『そうですか。ドバイは、ここ数年で、目を見張るほどに発展していると聞いています。つい最近、報道された街の未来完成図も、とても素晴らしいものですね』
『そのように――聞いています』
『私達も、ドバイは、まだ訪れたことがないんです。お話はよく耳にしまして、一度は訪ねてみたいと思っていますの』
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