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アイラと廉
その10-02
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* * *
「レン、ママが、レンの両親から花束が送られてきた、って。皆から、ありがとう、ってお礼言ってたから」
「そうか」
「さすが、日本人ね。礼儀正しいこと。おまけに外交官なんてしてるから、堅苦しい作法も入ってるのね。これで、レンの両親を訪ねないわけにはいかなくなったわ」
廉も、一応、自分の両親というか、母親には連絡を取っていた。
突然、イギリスを訪れていた息子に驚いてはいたが、アイラの祖父の葬式があるという話を聞いて、母親の方は更に驚きをみせていたのは言うまでもない。
アイラの祖父がイギリスにいたなどと思いもよらず、アイラの親戚はイギリスにいるのが多いと、簡潔な廉の説明を聞いて、葬儀のあった今日、すぐに、廉の両親から、お悔やみの電報と共に、葬儀用に――と、大きな花束が送られてきたのだった。
同棲しているとは言え、廉の付き合っている女性の祖父の葬儀でもあり、一度だけ、シンガポールで本当に短くだがアイラにも会っているものだから、廉から連絡を受けて、廉の母親は、すぐに自分の夫にも連絡をしていたのだ。
「花を送ったほうがよろしいかしら」
と、尋ねる廉の母親に、
「礼儀上それも当然のことだ」
と廉の父親もすぐに賛成したらしい。
廉から説明されたB&Bに連絡をして、廉に葬儀の日程や場所などを確認して、今日、大きな花束が届けられたのだ。
「どうして? わざわざ、寄る必要はないよ」
「そんなわけにもいかないじゃない。花までもらったから、ママとパパが挨拶しにいかないとダメかな、って言ってたけど、突然だから、私の両親が訪ねるよりは、私が挨拶しにいった方が、まだいいでしょう? だから、帰る前に、レンの両親のトコに寄っていかなきゃ」
「そうか。だったら、そう連絡しておくよ」
「そうしてよ」
葬儀を終えて、着替えを済ます為に、真っ直ぐにB&Bに戻って来たアイラと廉や、他の独身組みの若い従兄弟達だ。
これから、アイラの祖母の実家で、軽いスナックが出され、葬儀に集まった他の親戚や知り合いなどとの集まりがあるので、またすぐに、出直さなければならないのである。
アイラは自分の着ていた黒のドレスを脱いで、一枚着の長いサマードレスに着直していた。
イギリスでも珍しく、今年の夏は孟夏が続き、夕方近くになっても、まだその暑さが残るほど、今年の気温は例年になく暑いものだった。
「アイラ」
廉もスーツから着替え終わり、アイラの元に寄っていった。
髪の毛を簡単にまとめあげているアイラの首筋に手を伸ばして、スーッと、その首筋から少し露になっている肩に、手を滑らせていった。
「髪の毛は――上げないほうがいいかもしれない」
髪の毛を半分上げた状態で、アイラが少し廉を振り返った。
振り返ったアイラの顔を、廉が静かに見つめている。
だが、その瞳の奥で何かを言いたげに、それでも、ただ言葉も出さず、アイラを静かに見ているのだ。
「――なんで?」
廉はそれにはなにも言わなかったが、髪の毛を持ち上げているアイラの手をゆっくりと外していき、そのまま静かにアイラを抱き締めていった。
自分の胸の中にアイラを抱きいれて、しっかりとアイラを抱き締めていく。
「泣いていいんだよ」
「泣いたわ」
「涙だけじゃなくて、声を出して、泣いていいんだ」
「いいのよ――」
「アイラ」
引きそうになるアイラを止めるようにして、廉が先に口を挟んだ。
「昔から無理をする傾向があるのは、俺も知っている。だけど――体に影響が出るまで――悲しんでいるなら、泣いていいんだ。気性が激しいとかもあるけど、感情が豊かで激しいのだから、俺も、これくらいのことは、予想すべきだった。ごめん、知らなくて」
廉の胸の中で、アイラの動きが止まっているかのようだった。
身動きもせず、アイラがその場で立ち尽くしている。
「――なんで……?」
「アイラ、体重が落ちたのか?」
「ちゃんと食べてるわよ」
「そうだね。だったら――精神的に、やつれているのかもしれない」
「それで、髪の毛を上げないほうがいい?」
「君の家族や親戚が、少し、心配するかもしれないかな」
アイラは廉の胸の中で動かなかった。
スッと、アイラが自分の手を首筋に持っていき、そこで何かを確認したかったのか――その手を首筋に当てている。
「痩せて……見えるの?」
「やつれているだけかもしれない。忙しかったから」
「でも……レンが心配するほどには、明らかに見えるのね」
「ごめん、気が付かなくて」
「レンが誤る必要なんてないわ」
アイラがそれを短く言い捨てて、それから、疲れたように、廉の胸の中で廉に寄りかかるようにした。
そのアイラを、廉がそっと抱き締め返す。
「アイラは、嫌いも好きも両極端で、その性格だから――と、簡単に締めくくるのは簡単だけど、その両極端が激しい分だけ、感情が激しいことになる。そういうアイラだとは判っていたつもりだったけど、俺も、深く考えていなかったのかもしれない。大好きなおじいさんだったんだろう?」
「そうよ……」
アイラの声が涙ぐんでいるが、それでもアイラは泣かなかった。
「強がりだし、意地っ張りだし」
「いいのよ」
「泣くことは、恥ずかしいことでもないし、弱さを見せるんでもない」
「知ってるわよ」
「だから、泣いていいよ」
「わかってるわ。――でも、いいのよ……」
「そう」
廉は、それ以上は、追及しなかった。
アイラが顔を押し当てるように廉にしがみついて、そのアイラを、廉がしっかりと抱き締めていた。
「レンが……一緒に来てくれて、良かったわ」
「そう言ってくれて、俺も嬉しいよ」
「だから、後で抱いて」
「いいよ。アイラがお願いする必要なんてないけど」
「カイリ達も泊まってるのに、やる気ね」
「鍵を閉めて、それをぶち壊したら、カイリ達が弁償すればいいだけのことだ。すぐにその噂が広がって、そんなことを聞いた君のお母さんも、いい顔はしないだろうさ」
そこまできちんと計算しているとは、さすがに、侮れない男である。
おかしくて、廉の腕の中で、アイラが少しだけ笑っていた。
廉の背中に腕を回したアイラが少し顔を上げ、アイラを見下ろしている廉の唇にキスをする。
「もう行かないとね。皆が待ってるし」
「そうだね」
「ミカが――私に男が見つかってよかったわね、って」
「美花さんが?」
「そう。でも、こういう時に、皆が手を取ったり抱き締め合ってるのに、一人でいるのも寂しいわ……」
「こんな時で、非常識かもしれないけど――それを聞いて、俺は嬉しいな。少し、自惚れがでてきた」
「いっつも、自惚れてるじゃない。自信満々に」
そんなことはないのだが、その形容の仕方に、廉も、少々、顔をしかめてしまう。
アイラが廉の腕を離れていくので、廉はアイラの額に、そっと、唇を寄せてキスを落としていた。
「レン、もし別れることになっても、簡単には終わらせないわよ。血まみれで、ギタギタの戦争かもね」
宣戦布告を投げつけられたのだろうか。
一瞬、廉もその意味を頭の中で考えてしまっていた。
すぐに、ふっと、不敵に笑い返し、
「アイラを手放せる男がいるなら、俺も見てみたいね」
アイラの口元が微かに上がり、スッと、アイラがその腕を出した。
廉がその手を取りゆっくりと握り締め、二人は部屋を出て行った。
「レン、ママが、レンの両親から花束が送られてきた、って。皆から、ありがとう、ってお礼言ってたから」
「そうか」
「さすが、日本人ね。礼儀正しいこと。おまけに外交官なんてしてるから、堅苦しい作法も入ってるのね。これで、レンの両親を訪ねないわけにはいかなくなったわ」
廉も、一応、自分の両親というか、母親には連絡を取っていた。
突然、イギリスを訪れていた息子に驚いてはいたが、アイラの祖父の葬式があるという話を聞いて、母親の方は更に驚きをみせていたのは言うまでもない。
アイラの祖父がイギリスにいたなどと思いもよらず、アイラの親戚はイギリスにいるのが多いと、簡潔な廉の説明を聞いて、葬儀のあった今日、すぐに、廉の両親から、お悔やみの電報と共に、葬儀用に――と、大きな花束が送られてきたのだった。
同棲しているとは言え、廉の付き合っている女性の祖父の葬儀でもあり、一度だけ、シンガポールで本当に短くだがアイラにも会っているものだから、廉から連絡を受けて、廉の母親は、すぐに自分の夫にも連絡をしていたのだ。
「花を送ったほうがよろしいかしら」
と、尋ねる廉の母親に、
「礼儀上それも当然のことだ」
と廉の父親もすぐに賛成したらしい。
廉から説明されたB&Bに連絡をして、廉に葬儀の日程や場所などを確認して、今日、大きな花束が届けられたのだ。
「どうして? わざわざ、寄る必要はないよ」
「そんなわけにもいかないじゃない。花までもらったから、ママとパパが挨拶しにいかないとダメかな、って言ってたけど、突然だから、私の両親が訪ねるよりは、私が挨拶しにいった方が、まだいいでしょう? だから、帰る前に、レンの両親のトコに寄っていかなきゃ」
「そうか。だったら、そう連絡しておくよ」
「そうしてよ」
葬儀を終えて、着替えを済ます為に、真っ直ぐにB&Bに戻って来たアイラと廉や、他の独身組みの若い従兄弟達だ。
これから、アイラの祖母の実家で、軽いスナックが出され、葬儀に集まった他の親戚や知り合いなどとの集まりがあるので、またすぐに、出直さなければならないのである。
アイラは自分の着ていた黒のドレスを脱いで、一枚着の長いサマードレスに着直していた。
イギリスでも珍しく、今年の夏は孟夏が続き、夕方近くになっても、まだその暑さが残るほど、今年の気温は例年になく暑いものだった。
「アイラ」
廉もスーツから着替え終わり、アイラの元に寄っていった。
髪の毛を簡単にまとめあげているアイラの首筋に手を伸ばして、スーッと、その首筋から少し露になっている肩に、手を滑らせていった。
「髪の毛は――上げないほうがいいかもしれない」
髪の毛を半分上げた状態で、アイラが少し廉を振り返った。
振り返ったアイラの顔を、廉が静かに見つめている。
だが、その瞳の奥で何かを言いたげに、それでも、ただ言葉も出さず、アイラを静かに見ているのだ。
「――なんで?」
廉はそれにはなにも言わなかったが、髪の毛を持ち上げているアイラの手をゆっくりと外していき、そのまま静かにアイラを抱き締めていった。
自分の胸の中にアイラを抱きいれて、しっかりとアイラを抱き締めていく。
「泣いていいんだよ」
「泣いたわ」
「涙だけじゃなくて、声を出して、泣いていいんだ」
「いいのよ――」
「アイラ」
引きそうになるアイラを止めるようにして、廉が先に口を挟んだ。
「昔から無理をする傾向があるのは、俺も知っている。だけど――体に影響が出るまで――悲しんでいるなら、泣いていいんだ。気性が激しいとかもあるけど、感情が豊かで激しいのだから、俺も、これくらいのことは、予想すべきだった。ごめん、知らなくて」
廉の胸の中で、アイラの動きが止まっているかのようだった。
身動きもせず、アイラがその場で立ち尽くしている。
「――なんで……?」
「アイラ、体重が落ちたのか?」
「ちゃんと食べてるわよ」
「そうだね。だったら――精神的に、やつれているのかもしれない」
「それで、髪の毛を上げないほうがいい?」
「君の家族や親戚が、少し、心配するかもしれないかな」
アイラは廉の胸の中で動かなかった。
スッと、アイラが自分の手を首筋に持っていき、そこで何かを確認したかったのか――その手を首筋に当てている。
「痩せて……見えるの?」
「やつれているだけかもしれない。忙しかったから」
「でも……レンが心配するほどには、明らかに見えるのね」
「ごめん、気が付かなくて」
「レンが誤る必要なんてないわ」
アイラがそれを短く言い捨てて、それから、疲れたように、廉の胸の中で廉に寄りかかるようにした。
そのアイラを、廉がそっと抱き締め返す。
「アイラは、嫌いも好きも両極端で、その性格だから――と、簡単に締めくくるのは簡単だけど、その両極端が激しい分だけ、感情が激しいことになる。そういうアイラだとは判っていたつもりだったけど、俺も、深く考えていなかったのかもしれない。大好きなおじいさんだったんだろう?」
「そうよ……」
アイラの声が涙ぐんでいるが、それでもアイラは泣かなかった。
「強がりだし、意地っ張りだし」
「いいのよ」
「泣くことは、恥ずかしいことでもないし、弱さを見せるんでもない」
「知ってるわよ」
「だから、泣いていいよ」
「わかってるわ。――でも、いいのよ……」
「そう」
廉は、それ以上は、追及しなかった。
アイラが顔を押し当てるように廉にしがみついて、そのアイラを、廉がしっかりと抱き締めていた。
「レンが……一緒に来てくれて、良かったわ」
「そう言ってくれて、俺も嬉しいよ」
「だから、後で抱いて」
「いいよ。アイラがお願いする必要なんてないけど」
「カイリ達も泊まってるのに、やる気ね」
「鍵を閉めて、それをぶち壊したら、カイリ達が弁償すればいいだけのことだ。すぐにその噂が広がって、そんなことを聞いた君のお母さんも、いい顔はしないだろうさ」
そこまできちんと計算しているとは、さすがに、侮れない男である。
おかしくて、廉の腕の中で、アイラが少しだけ笑っていた。
廉の背中に腕を回したアイラが少し顔を上げ、アイラを見下ろしている廉の唇にキスをする。
「もう行かないとね。皆が待ってるし」
「そうだね」
「ミカが――私に男が見つかってよかったわね、って」
「美花さんが?」
「そう。でも、こういう時に、皆が手を取ったり抱き締め合ってるのに、一人でいるのも寂しいわ……」
「こんな時で、非常識かもしれないけど――それを聞いて、俺は嬉しいな。少し、自惚れがでてきた」
「いっつも、自惚れてるじゃない。自信満々に」
そんなことはないのだが、その形容の仕方に、廉も、少々、顔をしかめてしまう。
アイラが廉の腕を離れていくので、廉はアイラの額に、そっと、唇を寄せてキスを落としていた。
「レン、もし別れることになっても、簡単には終わらせないわよ。血まみれで、ギタギタの戦争かもね」
宣戦布告を投げつけられたのだろうか。
一瞬、廉もその意味を頭の中で考えてしまっていた。
すぐに、ふっと、不敵に笑い返し、
「アイラを手放せる男がいるなら、俺も見てみたいね」
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