やっぱりやらねば(続)

Anastasia

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アイラと廉

その10-01

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 アイラの祖父の葬儀には、アイラの一族だけではなく、たくさんの知り合いや元同僚、友人達が参列していた。

 大きな葬儀場のホールは満員で、粛々と葬儀が執り行われる中、代表役の身内や友人達の懐かしい思い出話などが話され、悲しみの波だと共に、温かな思い出と優しい笑いも上がっていた。

 昔話を語って行く友人達、挨拶をしながら、全員を抱きしめて行くアイラの親族達。

 どれも、愛情が優しくて、親愛がこもっていて、アイラの祖父がどれだけ愛されていたかを、簡単に物語っていた。

 祖父の遺体を埋葬する為、たくさんの人数が墓地に移り、最後のお別れを済ませて行く。

「Pop ……」

 葬儀場で、棺の中に花を落として行く時も、もう、アイラは泣いていなかった。

 ただ、悲しみを映した瞳で、最後の別れを惜しむように祖父の寝顔を見詰め、そして、その場を離れていた。

 墓地で、深い穴に埋葬されていく棺が視界から消えて行き、その間も、アイラは涙を流さなかった。

 葬儀を終えて、これから、葬儀の参加者と一緒に、軽いスナックなどが提供される。

「アイラ、泣いていいんだよ」
「いいのよ」

 アイラが涙を見せたのは、アメリカで祖父が亡くなった報せを受けたあの時、一度きりだ。
 その後は、アイラは悲しみを深く映した瞳だけは変わらずでも、涙を流していない。

 我慢をして、涙を見せないようにしなくてもいいのに。

 さらっと、廉の手がアイラの横髪をすくい、ゆっくりと、その手が髪の毛を梳くように長い髪の毛を滑り降りて行く。

 アイラはされるままに、ただ、少し廉を見上げている。

「Pop が亡くなっちゃったわ……」

「とても優しそうな人だったよね。マレーシアにいた時も、俺達にとても優しく接してくれた。今日の葬儀でも、どの昔話も、アイラのおじいさんが、どれだけ優しくて、いつも気遣ってくれていた人だったと、皆が同じことを言っていた」

「そうね。Pop は、ジェントルマンで有名だったのよ。若い時からとても礼儀正しくて……」

「そうか。俺は、祖父母とはあまりそう言った強い繋がりがないから、そういう思い出もないんだ」
「なんで?」

「両親の移動が多くて、日本に戻った時は、数日で、挨拶を交わすくらいだったから」
「それって寂しくない?」

「いや。俺は、そんな風に感じたことはなかったけどな」
「じゃあ、おじいさんやおばあさんは?」

「うーん……。もしかしたら、寂しかったのかな? 俺には、分からないかな」
「そう」

 両親と息子の会話でもあっさり。
 態度もあっさり。
 仲は悪いのではない。普通、らしい。

 だから、祖父母との関係もあっさりだったとしても、驚きではないのかもしれなかった。

 アイラには信じられない話だが。

「アルバムに載っていたおじいさんは、いつも優しそうに笑っていたね。アイラと一緒に映っているのも、とても嬉しそうだった」

「そうね……。寂しくなるわ……」

 そう口にしても、アイラは涙しなかった。

 廉の手はアイラの髪の毛の裾まで下りて行き、そのまま、廉がアイラの腰を寄せて、そっと抱きしめていた。

 アイラも簡単に廉を受け入れて、抱きしめ返す。

「もっと泣いていいのに」
「いいのよ……」




「――あの二人、結構、カップルに見えるじゃん」

 廉とアイラを見ていた美花の隣に、セスが寄ってきた。

 親族がそれぞれ戻り出し始めたその場で、その後ろの方に立って、列に並んでいるような廉とアイラを、美花が眺めていたのだ。

 何を話しているかは知らないが、廉が、スーっと、アイラの長い髪を梳いて行って、そこでアイラと2~3、言葉を交わしているようだった。

 アイラの方も、髪の毛を梳かれるその様子を嫌がっているのでもなく、ただ、されるままに、静かに廉の前で立っていた。

「あの二人――昔から、謎の関係だったけど、それで、結局はくっついたんだな」
「そうね」

「あの男が、アイラを――ねえ」
「そうね」

 セスの言いたいことは、美花も大体は想像がついていた。

 初めて紹介された時からそうだったが、廉はその年齢に反して、やけに落ち着いた、淡々とした青年だった。

 あの性格の強いアイラの友達で、もう片ッぽは毒気も抜かれそうな素直な少年――で、対照的なあの3人が揃っていて、それで、今更、あの廉とアイラがカップルとしてくっついたのである。

 カイリ達の暗黙のプレッシャーもものともしていなかったのか、それとも、ただ単に気にしていなかったのか、全くヘコたれている様子もなく、マレーシアでは生き延びた男でもある。

 今回もまた、カイリ達に四六時中囲まれているが、本人もそれは予想していたのだろう。
 相変わらずの淡々とした態度で、カイリ達を相手にしていた。

 あのカイリ達の脅しもものともせず、それを知っていて尚、アイラに触れて行く廉の度胸――とでも言うか、肝っ玉が据わっている――とでも言うのだろうか、ある意味、それも賞賛ものではあった。

 あのアイラも、アイラの性格に負けず、アイラを理解する男を見つけたのである。

「――アイリーンは?」
「まだつわりがひどくて……。電話で話した時は、大したことない、とは言ってたけど……」

 ジョーダンは、毎朝、真っ青になって吐いている、と報告していた。
 それで、セスも、まだ心配そうに、眉間を寄せている。

 それを見やって、美花が、バシンっ――と、セスの背中を叩くようにする。

「新しいパパは心配性ね。あと1~2ヶ月もしたら、つわりも落ち着くでしょうよ。それが終わったら、食欲の時期よ」

「まあ、そうだけど……」
「新婚の夫が、早々、新妻を一人置いておかないんでしょう? いつ帰るのよ」

「明日まで――一応、落ち着くのを見て、戻ろうかなとは考えてる。牧場もあるし。ジョーダンに手伝わせてても、あいつは傷を診る以外、大した役に立たないし」

 ジョーダンの名前が出てきて、美花はそ知らぬ振りをするが、あの――夜が思い出したくもないのに――蘇ってくる。

 行きずりの情事――であったのだ。美花が思い出すようなことでもないのだ――

「――あの男、牛なんか、世話できるの?」
「いや。だから、早くには戻らないとダメだろうな」

「そう…」
「ミカも仕事だから、すぐに戻るんだろう?」

「そうね……」
「Pop に、もう一度だけでも会っていたかったな……」

「そうね……。これも……、大人になった宿命かしら。離れ離れは避けられないもんね」

 それを思い出して、美花の瞳がまた涙で溢れていた。

 セスが、その美花をゆっくりと抱き締めていき、
「Nana は、まだまだ生きなきゃ。俺のひ孫だって見てないのに」
「そうね……。まだまだ、これからよ……」

 美花もセスの背中に腕を回し、頭をその胸に寄せるようにしていた。


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