やっぱりやらねば(続)

Anastasia

文字の大きさ
上 下
32 / 45
アイラと廉

その9-04

しおりを挟む
 カイリが同じB&Bに泊っているから、敵視され、敵意満々の無言の圧力と視線を向けられ、針の筵とかしている廉の周辺では、ここ数日、朝になると、必ず、カイリがうるさくドアを叩いて、アイラを起こしにやって来る。

 いや、わざと、廉に嫌がらせの為に、廉を起こしにやってくる。

 それで、うるさい、と美花から苦情が上がってこようが、廉をせっついて、きまずい朝食を朝から一緒にさせられる羽目になる。

 無言で、話すこともなく、話しかける様子もなく、ただ、シリアルやトーストのような朝食を、そのきまずい朝食の場で食べなければならない苦痛を強いられている廉だ。

 セスは牧場の仕事の関係で朝が早いので、大抵、朝食は一緒だ。

 結婚式は出席せず挨拶だけだったが、セス本人は気にしている様子もなく、新婚となり、おまけに、新たに生まれて来る予定の赤ん坊の話が嬉しくて、今の所、廉には攻撃的な対応がない。

 今の所、アメリカではまだカイリの邪魔が入っていなかったが、それも時間の問題だろうと踏んでいた廉の前で、葬儀にやって来た場所で、新たな戦いが待ち受けていたとは、本当に苦労ものである。

 アイラの祖母の家にいけば、今度は、更なる無言の敵意を真っ向から向けられて、一日中監視される羽目になる廉だ。

 それも、相手は、次男のあのジェイドだ。

 昔だって、きっと、ジェイドの方が――Deadly だと推測していた廉だけに、ジェイドの前だけは、気を抜くことができない。

 たとて、社交辞令のような会話を強制されようと(親戚中が、ちゃんと礼儀正しく話せと、ジェイドを叱るから)、選ぶ言葉だって、返答する言葉だって、廉は間違えたりはしない。

 たった一言だけでも、あのジェイドなら、すぐにわざと裏読みして、廉を攻撃してくることだろうから。

 ここ数日、本当に神経が磨り減る時間が長い……。

 夜は夜で、アイラを抱くこともできない。

 別に、B&Bに泊っているから遠慮しているのでない。
 そう言った行為をしたからと言って、廉自体は恥ずかしさも何も感じない。

 だが、カイリが一緒に泊っている以上、必ず邪魔されることは間違いないのだ。

 まさか、あの最中に、アイラを抱く廉に腹を立てて、部屋の中に居座られたら、もう、最悪の話どころではない。

 本当に、あの兄弟は限度を知らず、手が負えない兄弟だ……。

 廉の苦労を理解してくれるのは、一族の女性陣だろうが、今回は、祖父を失った悲しみに、葬儀の準備で忙しい為、廉の味方になってくれる人はいない。

 アメリカに帰るまでの辛抱だろうが、それでも、廉の苦労はまだまだ続く。

「いつ、アメリカに帰るんだ?」
「葬儀を終えてからだから、水曜か、木曜だろう」

「グレナ伯母さんが、レンは仕事が忙しい、って言ってたぜ」

 それは事実で、言い訳ではない。
 言い訳として、結婚式には参加しなかったが、仕事は忙しい。

 今も、昼には一度B&Bに戻り、電話での確認が難しい仕事は、部屋で済ませて、またアイラの祖母の家に戻って来る。

 電話でも、イーメールの確認とチャットはできるが、さすがに、ミーティングは祖母の家ですることもできず、その度に、B&Bに戻っている。

 アメリカとの時差がかなりあるので、夜は寝る時間になるまで、大抵、仕事を片している状態でもある。

 ただ、その話は、双子達もセスから聞いていた話だった。

 セスの部屋が向かいにあるから、声を落していても、きっと、廉が仕事をしていて、アメリカの相手と話している気配が聞こえてきたのだろう。


「あいつも、仕事が忙しいって言うのは嘘じゃないみたいだな。結構、俺達に気を遣ってるんだろうけど、朝昼晩、必ず、ミーティングみたいなのやってるし、夜も結構遅くまで仕事してるみたいだぜ」


 それで、双子の方も、へえ、とその話を聞いていたのだ。

 アイラの親族に気を遣っているから、祖母の家にいる時も、こっそり外に抜け出して、電話をしていたり、電話でイーメールの確認を済ませているのは、双子も気づいていたことだった。

忌引きびき休暇ってあるのか?」
「あるけど、この場合、俺のパートナーの身内と言うことで、忌引きびき休暇は一日だけなんだ」

 あとは、自分自身の年休から休みを取っても不思議ではないが、休み中だとしても、廉は仕事をしていることになる。

「あんたの仕事って何だ?」
「ビジネスマネージメント関係だよ」
「それって、何だ?」

 実は、ウィリアムは医者の卵。
 マイケルはIT。

 はっきり言って、二人の職業からでは、ビジネスには直接の関りがない。

「今の所、会社の年間の予算の確認や、月収入の予測や、マーケットのレポートや分析の報告とか、アドバイスと言った仕事かな」

「アカウンタント(会計士)なのか?」
「いや、違う」

 廉の務めている会社は、アメリカでも有名なグローバルのオイル会社だ。
 それで、廉の仕事はファイナンス・コントローラーで、いずれ、経験を積んだら、ファイナンス・マネージャーにでも希望するのだろう。

 ファイナンス関係の大学の授業には、会計士となるにあたり必要な科目も取らされたが、廉は会計士ではない。

 経済学、会計学、統計学など色々で、数字の扱いになれていなければいけない職業なので。グラフの読み取りも、分析も含めて。

 さすがに、分野が違う職業だと、全く頭に入ってこない。

「リュウチャンって、もう、アメリカに来ないのか?」
「仕事があるから、たぶん、無理だろうね。日本では、中々、長期休暇は取りにくいらしいから」

「そうなんだ。それで――ああ、Vet になれたのか?」

 昔、龍之介が楽しそうに話していたあの会話を思い出して、ウィリアムも興味深そうに目を輝かせる。

「資格は取れたみたいだ。今は、見習いの仕事をしているみたいだけどね」
「ああ、そうか。Vet になれたのか。そいつは良かったな」

「なんだよ。リュウちゃんって、Vet だったのか? そいつは知らなかったな」

 それで、あのちっこい龍之介を思い出しながら、マイケルも感心している。

「あんたら3人で、毎回、旅行してたみたいだからな」
「そうだね。懐かしい思い出だ」

 大学時代は、三人で一緒に旅行したあの時代が、一番、廉の記憶の中でも強く印象に残っているものだ。

 長い時間、ずっと一緒に旅行しながら、アイラと龍之介に引っ張られて、色々なことに挑戦した。
 色々な料理も挑戦した。
 楽しい思い出だ。

「あぁあ、俺も、もう一回、学生に戻りたいぜ」
「それは楽しそうだけど、生活費も稼がないと生きていけないんで」
「まっ、そうだけどよ」

 いつまでも学生気分のまま遊んでばかりもいられない。
 大人になってしまったから。

 それで、夕食の時間までは――なぜか知らないが、ウィリアムとマイケルがキッチンから動かないので、そこで、なぜかは知らないが会話に混ぜられた廉は、二人で適当な会話を済ましていたのだった。

 もしかして――カイリとジェイドの邪魔が入らないよう、居座らせてくれたのだろうか?

 あの二人が?

 理由は分からないが、あの双子は、廉とアイラの関係に反対しているのではない。
 面白がっているだけだ。

 だから、カイリとジェイドの無言の圧力がかけられようが、廉がしつこく標的にされようが、面白そうに傍観しているだけだ。

 助けは、絶対に、出さない二人だ。

 なのに、なぜかは知らないが、今日は、随分平和な午後の時間になったものだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

処理中です...