20 / 45
アイラと廉
その7-01
しおりを挟む
「ちょっと、セスが結婚するって!」
美花に迫られたまま、仕方なく、今日は、仕事の合間に、美花には報告のイーメールを送ったアイラの元に、また美花からの電話がかかってきていた。
そのちょっと前に、アイラの母親からその知らせを受けていたアイラも、美花同様の意気込みで、返事をする。
「聞いたっ。それも来月よ」
「どういうことよ。1ヶ月で、用意なんてできるわけないじゃない。うちらの仕事を何だと思ってるのよ。さっさと結婚して、まあ、親戚は後かなぁ――なんて、考えてるんじゃないでしょうね」
いや、セスの性格なら、それは、かなりあり得そうな話である。
なにしろ、アイラの身内の数を考慮するだけでもかなりのもので、その一家全員が移動するとなると、日にちが、場所が、仕事が――と、本当に決まった日程を決めるだけでも、一苦労なのである。
それで、クリスマスを過ごしたマレーシア旅行とて、かなり前の5月過ぎから日程が決定されていて、どれくらいの予定で、何があって――と、ほぼ全ての準備は、予定されていたくらいである。
結婚式なら、せめて3ヶ月前くらいに連絡をしないと、全員のスケジュールの調整も、並ならぬものである。
それをよく理解しているセスなら、
「じゃあ、参加できる人だけ」
などと、簡単に日程を変更したはずである。
おまけに、自分の子供同然の牧場の仕事があるので、できる時にさっさと実行しなくては――と、今回の結婚に踏み切ったはずである。
「ミカはどうするのよ」
「もちろん、参加するに決まってるじゃない。あのセスが結婚するのよ。相手なんか、“アイリーン”って名前だけで、後は、何にも知らないんだから。グエン叔母さん達も、今週末に、セスの所に訪ねる予定なんだって。それで、しっかり、詳細を聞いてくるらしいから」
「伯母さん達も、知らなかったんでしょう? セスも、隠してたわね」
「そうよ。絶対、最後まで、内緒にしてたのよ」
親戚中が揃って、一族の話題を広める傾向にある為、恋人ができた――云々の知らせは、大抵、その日の内に、全員に広められてしまう情報なのである。
そうなると、次は、
「どなた?」
「どんな人?」
「セスの年なら結婚ね」
「何してる人?」
と留まりを知らないかのように、山のような質問が降りかかってきて、身内が納得するまで、質問攻めの日々を送ることになるもの――そう珍しいことではなかった。
いつも友好的で、人懐っこさそうなセスは、にこやかに、のらりくらりと、その手の質問を交わしている。
あの笑顔に騙されて、すぐに話を逸らされるのは、なにも、今に始まったことではなかった。
「セスめ。私を甘く見過ぎてるわ」
この口調になると、美花は怖れるものがないのである。怖れる方は――その周囲の人間の方だ。
「何するの?」
「今週中に仕事片付けるから、来週には、アメリカに行くわよ」
「来るの? そんな早く? 仕事どうするのよ。1ヶ月近く、休めれるわけ?」
「まあ、見てなさいよ。セスは、ボスになると、そこら辺の融通が効く、ってことを知らないようね。アメリカ行ったら、私だって、噂の“アイリーン”を見に行くわ。アイラ、あんた、仕事休みなさいよ」
「ええ? 一日くらいならいいけど、結婚式の時に、2~3日取りたいから、無理よ」
「じゃあ、1日取って、私とアリゾナね」
そんな約束をした覚えはなかったが、美花が、もう、勝手にその話を決めていた。
「いつ来るの?」
「明日中には連絡するわ。まあ、この美花サマを甘く見過ぎよね。飛行機取るのなんか、お茶の子さいさい、なんだから」
「まあ、そうだけど」
それじゃあねと、その夜はあっさりし過ぎるほどに、簡単な電話で終わってしまい、まあ、やる気満々の美花を止められるのは誰一人いない、
電話を切った時点で、美花が、早速、旅行の手配をし始めているのは、もう間違いがなかった。
「あの人、結婚するの?」
「そう。それも来月よ。1ヶ月もなしで、結婚します、なんて言って来るのは、セスくらいよね、全く」
「なんで?」
「うちの親戚が、どうやって、1カ月程度の知らせで、集まってこれるのよ」
「確かにすごい数だけど。じゃあ、小さいウェディングなんだ」
「そんなことあるはずないでしょう」
自信満々に、きっぱりと、それを断言するアイラに、廉も、それは不思議そうにアイラに向き直っていた。
「なんで?」
「セスの母親――グエン伯母さんね――が、小さいウェディングで満足するはずないじゃない。うちの家系の女は、何事も、完璧にものごとをやり通すのよ」
「いや、それも否定はしないけどね」
アイラはちょっと口を曲げてみせるが、またすぐにその話を続けていく。
「伯母さんなんてね、ケードとセスの男二人になっちゃったから、セスのお嫁さんが決まって分かったら、絶対、1から100まで、セスを問い詰めるわよ。なにしろ、自分の義娘になるんだから」
「あの人――アイラは、妹同様で育ったって言ってたけど、もしかして、あの人のお母さん――伯母さんにも、アイラは可愛がられてる?」
「もちろんよん。グエン伯母さんとダニエル伯父さんは、いっつも、私に優しいのよねぇ。おまけにダニエル伯父さんは、あのダークな容姿がミステリアスで、子供の時は、憧れもしたのよぉ」
ほぅ……と、あの頃の時代を思い出して、アイラも感慨にふけっている。
だが、今の話を聞いて、廉は、更に、一人で納得していたことがある。
あのマレーシアのクリスマスを過ごした間、アイラの兄弟達からの、暗黙のプレッシャーを受けているのは気が付いていたが、一度会ったことがある、セスの両親――特に父親の方からも、何か言い難いプレッシャーを感じていたのである。
理由が判らないのだから、まさか、それが、娘同然のアイラの相手を観察していた――などと、あの時に知る由もなし。
兄弟だけならまだしも、親戚の伯父からまでも、
「可愛いアイラに手を出すな」
と、廉は暗黙のプレッシャーを受けていたとは――
アイラの実の父親からは、そんな感じは受けなかったのに。
胸内で溜め息をこぼしそうになっている廉の前で、アイラが椅子にお座りするように座りなおし、手を前について廉の方に覗き込んできた。
「ミカがね、来週くらいには、アメリカに来るんだって。だから、ミカが泊まるね」
泊めてもいい? ――という質問ではないところが、アイラだった。
だが、そのアイラに慣れている廉も驚いた様子はなく、
「来れるの? 仕事あるだろうに」
「来るんだって。まあ、ミカがああ言ったら、誰も止められないから。それで、二人で、まず、セスの所に確認してくるから、もしかしたら、今週の金曜は休まないで、来週にするかも」
「へえ」
「レンも来る?」
廉はそこでちょっと考えて、
「――一つ聞くけど――もしかして、俺も、結婚式に呼ばれる可能性がある?」
それを聞かれて、アイラの口元が意地悪そうに上がっていく。
美花に迫られたまま、仕方なく、今日は、仕事の合間に、美花には報告のイーメールを送ったアイラの元に、また美花からの電話がかかってきていた。
そのちょっと前に、アイラの母親からその知らせを受けていたアイラも、美花同様の意気込みで、返事をする。
「聞いたっ。それも来月よ」
「どういうことよ。1ヶ月で、用意なんてできるわけないじゃない。うちらの仕事を何だと思ってるのよ。さっさと結婚して、まあ、親戚は後かなぁ――なんて、考えてるんじゃないでしょうね」
いや、セスの性格なら、それは、かなりあり得そうな話である。
なにしろ、アイラの身内の数を考慮するだけでもかなりのもので、その一家全員が移動するとなると、日にちが、場所が、仕事が――と、本当に決まった日程を決めるだけでも、一苦労なのである。
それで、クリスマスを過ごしたマレーシア旅行とて、かなり前の5月過ぎから日程が決定されていて、どれくらいの予定で、何があって――と、ほぼ全ての準備は、予定されていたくらいである。
結婚式なら、せめて3ヶ月前くらいに連絡をしないと、全員のスケジュールの調整も、並ならぬものである。
それをよく理解しているセスなら、
「じゃあ、参加できる人だけ」
などと、簡単に日程を変更したはずである。
おまけに、自分の子供同然の牧場の仕事があるので、できる時にさっさと実行しなくては――と、今回の結婚に踏み切ったはずである。
「ミカはどうするのよ」
「もちろん、参加するに決まってるじゃない。あのセスが結婚するのよ。相手なんか、“アイリーン”って名前だけで、後は、何にも知らないんだから。グエン叔母さん達も、今週末に、セスの所に訪ねる予定なんだって。それで、しっかり、詳細を聞いてくるらしいから」
「伯母さん達も、知らなかったんでしょう? セスも、隠してたわね」
「そうよ。絶対、最後まで、内緒にしてたのよ」
親戚中が揃って、一族の話題を広める傾向にある為、恋人ができた――云々の知らせは、大抵、その日の内に、全員に広められてしまう情報なのである。
そうなると、次は、
「どなた?」
「どんな人?」
「セスの年なら結婚ね」
「何してる人?」
と留まりを知らないかのように、山のような質問が降りかかってきて、身内が納得するまで、質問攻めの日々を送ることになるもの――そう珍しいことではなかった。
いつも友好的で、人懐っこさそうなセスは、にこやかに、のらりくらりと、その手の質問を交わしている。
あの笑顔に騙されて、すぐに話を逸らされるのは、なにも、今に始まったことではなかった。
「セスめ。私を甘く見過ぎてるわ」
この口調になると、美花は怖れるものがないのである。怖れる方は――その周囲の人間の方だ。
「何するの?」
「今週中に仕事片付けるから、来週には、アメリカに行くわよ」
「来るの? そんな早く? 仕事どうするのよ。1ヶ月近く、休めれるわけ?」
「まあ、見てなさいよ。セスは、ボスになると、そこら辺の融通が効く、ってことを知らないようね。アメリカ行ったら、私だって、噂の“アイリーン”を見に行くわ。アイラ、あんた、仕事休みなさいよ」
「ええ? 一日くらいならいいけど、結婚式の時に、2~3日取りたいから、無理よ」
「じゃあ、1日取って、私とアリゾナね」
そんな約束をした覚えはなかったが、美花が、もう、勝手にその話を決めていた。
「いつ来るの?」
「明日中には連絡するわ。まあ、この美花サマを甘く見過ぎよね。飛行機取るのなんか、お茶の子さいさい、なんだから」
「まあ、そうだけど」
それじゃあねと、その夜はあっさりし過ぎるほどに、簡単な電話で終わってしまい、まあ、やる気満々の美花を止められるのは誰一人いない、
電話を切った時点で、美花が、早速、旅行の手配をし始めているのは、もう間違いがなかった。
「あの人、結婚するの?」
「そう。それも来月よ。1ヶ月もなしで、結婚します、なんて言って来るのは、セスくらいよね、全く」
「なんで?」
「うちの親戚が、どうやって、1カ月程度の知らせで、集まってこれるのよ」
「確かにすごい数だけど。じゃあ、小さいウェディングなんだ」
「そんなことあるはずないでしょう」
自信満々に、きっぱりと、それを断言するアイラに、廉も、それは不思議そうにアイラに向き直っていた。
「なんで?」
「セスの母親――グエン伯母さんね――が、小さいウェディングで満足するはずないじゃない。うちの家系の女は、何事も、完璧にものごとをやり通すのよ」
「いや、それも否定はしないけどね」
アイラはちょっと口を曲げてみせるが、またすぐにその話を続けていく。
「伯母さんなんてね、ケードとセスの男二人になっちゃったから、セスのお嫁さんが決まって分かったら、絶対、1から100まで、セスを問い詰めるわよ。なにしろ、自分の義娘になるんだから」
「あの人――アイラは、妹同様で育ったって言ってたけど、もしかして、あの人のお母さん――伯母さんにも、アイラは可愛がられてる?」
「もちろんよん。グエン伯母さんとダニエル伯父さんは、いっつも、私に優しいのよねぇ。おまけにダニエル伯父さんは、あのダークな容姿がミステリアスで、子供の時は、憧れもしたのよぉ」
ほぅ……と、あの頃の時代を思い出して、アイラも感慨にふけっている。
だが、今の話を聞いて、廉は、更に、一人で納得していたことがある。
あのマレーシアのクリスマスを過ごした間、アイラの兄弟達からの、暗黙のプレッシャーを受けているのは気が付いていたが、一度会ったことがある、セスの両親――特に父親の方からも、何か言い難いプレッシャーを感じていたのである。
理由が判らないのだから、まさか、それが、娘同然のアイラの相手を観察していた――などと、あの時に知る由もなし。
兄弟だけならまだしも、親戚の伯父からまでも、
「可愛いアイラに手を出すな」
と、廉は暗黙のプレッシャーを受けていたとは――
アイラの実の父親からは、そんな感じは受けなかったのに。
胸内で溜め息をこぼしそうになっている廉の前で、アイラが椅子にお座りするように座りなおし、手を前について廉の方に覗き込んできた。
「ミカがね、来週くらいには、アメリカに来るんだって。だから、ミカが泊まるね」
泊めてもいい? ――という質問ではないところが、アイラだった。
だが、そのアイラに慣れている廉も驚いた様子はなく、
「来れるの? 仕事あるだろうに」
「来るんだって。まあ、ミカがああ言ったら、誰も止められないから。それで、二人で、まず、セスの所に確認してくるから、もしかしたら、今週の金曜は休まないで、来週にするかも」
「へえ」
「レンも来る?」
廉はそこでちょっと考えて、
「――一つ聞くけど――もしかして、俺も、結婚式に呼ばれる可能性がある?」
それを聞かれて、アイラの口元が意地悪そうに上がっていく。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる