やっぱりやらねば(続)

Anastasia

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アイラと廉

その5-02

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* * *


「ママ」
「アイラ? ――アイラなの? あらぁ、久しぶり。元気だった」

 電話も向こうでアイラの母親の嬉しそうな声を聞いて、アイラも顔を綻ばせる。

「元気よ」
「仕事はどう? 忙しいって言ってたじゃない」

「まだ忙しいけど、今は大分落ち着いたわ」
「そう。それは良かったわね。パパはね、ここずっと、建築サイトに泊まりっぱなしなのよ。夜に電気の接続や、パイプとかを調べるからなんですって」

「へえ。じゃあ、ママ一人なんだ。つまらない?」
「そんなことないわよ」

 アイラの母親は一人だろうと、いつも、自分の楽しみや趣味を簡単に見つけてきて、それで、気楽に時間を潰せる女性だった。

 それから、アイラの母親の日課である、それぞれ他の兄弟達の最近の話題が話されて、カイリはいい年頃なのに――この頃、その話題がかなり繰り返されているが――などなど、未だに初孫が見れないアイラの母親の愚痴も聞いて、ジェイドがこうで、ギデオンがああでと、アイラも久しぶりに兄弟達の近況を聞いて、満足していた。

 兄弟達の近況報告が終わると、今度はアイラの祖父母の話になって、Pop は老衰がひどくなってきているので、もしかしたら長くないかもしれない――と、ちょっと暗い話なってきてしまってアイラも胸を痛めてしまう。

 だが、アイラの母親もそればかりの話で終わらせず、気を取り直したように、次の親戚の話に移っていって、アイラの従姉の3番目の妹のミシェルが、どうやら、第二子を予定しているのよ――などなどが云々、アイラ達の他の従兄弟達がこうでああで、あの伯母さんが、叔父さんが――と、本当に話が尽きないものだった。

 こうやって電話をすると、イーメールだけでは話せなかった近況報告がどっさりあって、アイラもかなりの娯楽時間を満喫できていた。

「――ああ、そうだ。今日、電話したのは話すことがあったからなんだ」

 優に1時間は軽く喋っているアイラとアイラの母親だったが、アイラは最初の目的を思い出して、それを切り出した。

「あら、なあに?」
「あのね、レンと一緒に住むことにしたの。それで、引っ越すから住所変わるわよ、って連絡したの」

「あら、そうなの。どこに行くの?」
「レンのアパートよ。あっちの方が広いし、レンの両親が買ったやつだから、家賃もいらないんでね」

「あら、そう」
「そう。それで、まだレンの住所持ってる? 電話番号も」

「持ってるわよ」
「だったら、新しい住所も電話番号もそっちに変わるから」

「あら、そうなの。レンは元気?」
「元気よ」

「仕事の方はどう?」
「さあ。いつも通りなんじゃないの?」

 いたって簡潔な返事ではあったが、アイラの母親は気にした様子もなく、ふうんと、嬉しそうに聞いている。

「今月末にはここをいなくなるから、電話もあっちにしてね」
「あら、そんなに早くなのね」

「そうね。ここの電話も明日には切るから。まあ、用がある時は、レンのトコにかけてよね」
「わかったわよ」

「うん、そう。今日はそれだけなの。遅くなったし、またね。お休み~」
「お休みなさい、アイラ。またね」

 ヒラヒラと、電話の向こうで手を振っている様相が簡単に伺えてきそうだった。

 アイラもくすっと笑って、今夜の報告も済ましたので、そこで電話を切っていた。

 アイラの母親も久しぶりに娘とお喋りができて、超ご機嫌で電話を切っていた。

 それから、ふふん~と、鼻歌を口ずさみながらキッチンに戻って、お茶でも入れようとお湯を沸かし始める。

 ふふんと、まだ鼻歌を口ずさんでいるアイラの母親は、棚から紅茶のカップを取り出しながら、あれ? 
 と、そこで、一瞬、動きが止まっていた。

 確か、今、自分の娘は、レンと一緒に住むことになった、と言わなかっただろうか。

 アイラがアメリカに行った頃は、親切に、廉の所でしばらくお世話になったのは覚えている。
 カイリ達はまた反対していたが、サンフランシスコにはカイリ達がいない。それで、廉の所でお世話になっていたことは、まだまだ記憶に新しい。

 それで、アイラの母親も、今回もまたフラット(共同生活)するのかしら――と、話を聞いている時は、特別、深く考えなかったのだ。

 だが――――

 アイラは、今では自分のアパートを借りているのである。今更、レンとフラットをする必要もなければ、その状況でもないのだ。

 そうなると、考えられることは、ただ一つ――――

「え?! ――うそっ!」

 アイラの母親は、一瞬、頭に浮かんだその事実に驚いて、つい自分の手を口元に当てていた。

 パッと、電話を振り返るが――確認したくても、今更、電話をかけ直すと、アイラの場所では深夜になってしまう。明日も仕事があるので、今からでは遅すぎるのである。

「えぇ――?! ――いやぁん、二人で一緒に暮らすのね――」

 これは、かなり久しぶりの爆弾発言に近いニュースだったのだ。

「どうしましょう……。――やっぱり、パパに知らせなきゃ――」

 驚いているけど、アイラの母親にとっても、またとない朗報である。
 またとない悪報になるであろうことは――可愛い息子達を見てれば疑いようもなかったが。




 アイラの母親が、一人、ワタワタと驚いていたその頃、廉の場所でも、廉は自分の母親と電話で話をしていた。

『――それで、一緒に住みたい女性がいるので、このアパートの件で話がありまして』

 アイラ達の会話とは違い、廉の方は至って淡々としたものだった。

 だが、一瞬、電話の向こうでも、廉の母親の動きが止まっている気配がして、それで、向こうで少し考えているようである。

『――それは――良かったのかしら……? ――どなた、かしら?』
『一度だけ会ったことがありますよ。シンガポールで』

『ああ――あのお嬢さん? 背が高い方でしょう?』
『そうです』

『まあ――あら、そうなの。あのお嬢さんなの――。まあ、そうですか』

 驚いているのもあるし、戸惑っているのもあるだろうが、電話の向こうでは、廉の母親も、さすがに取り乱した様子がない。

『それで、このアパートのことで、二人に相談がありまして』
『あら、そうなの……? どうしてかしら?』

『ここの名義は、二人の名前になっているので、問題があるのなら、俺が買い取ろうかと考えています』
『あら……それは――お父さんにお聞きしてみないと分かりませんけれど……』

 うーんと、突然のことだけに、廉の母親も返答に困っている。

『それは――また、お父さんとお話になって。わたしはそちらのことは……』
『そうですか。でしたら、仕事の合間に、俺のほうに電話をかけてくれるようにお願いしてもいいですか?』

『それは、構いませんよ。お父さんに、お知らせしておきますね』
『ありがとうございます』

 家族とは言え、廉の家庭内は、いつも、こんな風な会話なのである。

『――あの……、結婚――なんですか?』
『違います』

 あまりに簡潔な返答に、電話の向こうで、廉の母親が言葉に詰まっているようだった。

 それから、シーンと、ほんの少しの沈黙が下りて、また、廉の母親が次の質問を口にする。

『だったら――同棲……、ということに……?』
『日本の仕きたりで言ったら、そういうことになるかもしれませんね』
『まあ……。でも――二人とも、まだ若いでしょうに……』

 ある程度の廉の母親の反応を予想していた廉は、あまり賛成しかねていないその口調にも、特別、驚いた様子はなく、

『結婚の予定は、今の所はありません。まだ将来のことは判りませんが、このことはお互いに同意していることなので、さほど問題も見られないでしょう。同居の件は、今の状態を考えたら、それが一番最適なので、そうなっただけです。心配は、ないと思いますけど』

 淡々と、それを締めくくられた形で、廉の母親も、その後にどう言って良いのか判らない。

 それで、ただ、よく判らない相槌を返すだけだったのだ。

『――そう、ですか……。――一応、お父さんにお話ししておきますので、アパートの件も――その時にお話しすればいいでしょう?』
『そうですね』
『ええ――』

『それでは、失礼します』
『ええ……、わかりましたわ。――体に気をつけて』
『はい』

 それじゃあと、互いに電話を終えて、廉の方の会話は、そう終わっていたのだった。

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