やっぱりやらねば(続)

Anastasia

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アイラと廉

その2-02

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 廉は、さっきから、アイラの指をゆっくりとなぞりながら、また次の指へと移って行って、その指の付け根から指先までを、ゆっくりとなぞっては、次の指に移っていた。

 その触れ方が、ただ指を握り締めているようながさつな触れ方でもなく、スーっと、皮膚をくすぐっていくかいかないかの微妙な触れ方で、その動きが――妙に体の奥の燻りを残していく。

「初日から、そうやって女を誘い込むなんてね」
「それもルール?」
「そうよ」

「他には?」
「色々ね」
「じゃあ、その度に、そう指摘してくれればいい。当分は、どれがルールか判らないから、色々、試さないとね」

「スムーズねぇ」
「そうかな」
「さすが、女慣れしてるだけあること」

「それは、龍ちゃんとアイラが思い込んでるだけのことだし」
「初日から、それだけスムーズな男なんて、早々、いるわけないじゃない」
「それは経験から?」

 アイラは薄い微笑を浮かべて見せて、廉の方に少し顔を近づけるようにした。

「レンちゃん、嫉妬するのは判るけど、私ほどのいい女を、男が放っておくわけないでしょう」

 それで、廉も少しアイラの方に顔を近づけるようにして、
「アイラが本気を出したら、まあ、どんな男もイチコロだろうし。だから、それは否定しないけどね」

 そしてそれを言い終わると、廉が、サッと、アイラの唇をすくっていた。

「ごちそうさま。あまりにおいしそうだから、我慢できなくてね」

 アイラの瞳がかなり細められ、あまりに飄々と言ってのける廉に、アイラの口元が微かに曲がっていた。





「おやすみ。定番だけど、楽しかったわ」

 アイラのアパートの前で、送ってきた廉に、アイラがそれを言った。

「おやすみのキスは?」
「初日から?」
「伝統じゃないの?」
「違うわよ」
「そうか」

 それを言った廉だったが、片手でアイラの顎をすくいあげ、サッと、そこにキスを落としていた。

「やり過ぎじゃないの?」
「そうかな」

 アイラに口を挟ませず、廉がそのまま唇を深めてきて、キスを強めていた。

 昔から廉とはキスをしているので、今更驚くことではないが、それでも、廉だけでなく、アイラも――不承不承に――廉とのキスが癖になりそうなことは判っていた。
 その唇の動きや、キスの仕方が、頭の奥を刺激しそうになるのは――昔からである。

 ただ、昔はただのキスだけで、それ以上でもそれ以下でもなかったから、その時々で、特別、問題はなかった。
 だが、女を前提としてデートに誘ったアイラにキスをしてくる廉は、もちろん、女を前提として、遊びのキスなどしてこない。

 はぁ……と、唇の間から吐息が漏れていき、自分から引くのは癪に障るので、アイラは瞳を開けて、真っ直ぐに廉の瞳を覗き返した。

 廉はキスをした間も、アイラをずっと見ていた。
 それで、瞳を開けたアイラの瞳が真っ直ぐに飛び込んでくる。

 廉を真っ直ぐに見詰め返すその瞳の強さが、自分からは絶対に引かないことを強く物語っていた。
 このアイラを相手にする場合、勢いに負けて――というのは、あり得ないだろう。

「何度デートしたら次のステップになるのかな」
「そんなに私を抱きたいわけ?」
「そうだね。それを前提として、俺はアイラを女として意識しているから」

 皮肉げに言われたのに、廉はそれを全く気にも留めず、それを真顔で言い返す。

 あまりに素直に認められて、拍子抜けしたアイラは、ちょっと廉を睨め付けながら、ゆっくりと廉の腕を外していく。

「初日じゃないわよ」
「どのくらい?」
「その状況によりけりでしょうけど――当分は、ないわね」

 アイラがにこやかに微笑みを投げて、ちゅと、軽いキスを廉の頬に落とした。

「それじゃあね」

 アイラはドアを開けて、一人さっさと部屋の中に入っていく。
 見送っている廉には振り返らず、そのドアが静かに閉められていった。

 廉はそのドアをまだ少し見ていたが、廉も動き出していた。

 アイラが相手であるなら、そんじょそこらの画策は効かないのである。
 下手に遠回しの方法とて、アイラなら簡単に蹴散らしてしまうだろう。

 だから、普通の男がアイラをデートに誘っても、苦もなく、難もなく、いつも、アイラの手の平で踊らされてしまう。

 だが、廉も、初めから、そんなことは全て承知済みなのである。
 その点では、初日のデートだろうと、心構えができているせいか、アイラのペースに乗せられずに済んだのかもしれない。

「アイラが相手だから」

 手強いのは初めから承知済みである。
 それでも、アイラを女として意識しているそのうずきがある限り、廉とて、簡単に諦めることはしないのだ。
 もう、互いに後戻りができない場所まで来てしまったから。

 それからどうなるのかは、廉も知らないことだった。

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