やっぱりやらねば(続)

Anastasia

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アイラと廉

その1-02

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* * *



「ああん、もうベタベタじゃない」

 ポタポタと雨の滴を落としながら、アイラはその超不満顔をみせ、ストンと椅子に腰を下ろした。

「どういうことなのよ。朝は晴れてたじゃない。いきなり降ってくるなんて、聞いてないわよ」

 煩わしそうに、髪の毛を手で振りながら雨の滴を払い落とすようにして、アイラは座った場所で足を組み出した。

 それで、アイラの向かいに座っている廉に視線を向けて、ちょっとその瞳を細めていく。

「なんで濡れてないのよ」
「俺が来た時にはまだ雨が降ってなかったから」
「なにそれ? すごい差別だわ。私なんて、ここまで来るのに、仕方ないから、走る羽目になったのよ」

 廉はコーヒーのカップに口をつけながら、ちらっと、足を組んでいるアイラの足元に視線を落とした。

「その靴で走るのは難しいんじゃないの?」
「いいでしょう、これ。さっき買ったばかりなの。でも、この雨のせいで、古い靴に履き替えないといけないけど」

 アイラは、さっき買ったばかりのおニューの靴をプラプラさせて、廉に見せびらかすようにしている。

 そこにウェートレスがやってきたので、アイラはメニューを手早に目を通し、
「今日はホットチョコレートの日よね。こんな雨になるなんて、聞いてなかったんだから。――ホットチョコレートと、このマーブルチーズケーキね」

 その注文を頼んだアイラに頷いて、ウェートレスが、そそと、向こうに去っていく。

「髪が大分伸びたね」
「そうね。この後はヘアカットもしなきゃね」

 アイラがアメリカにやって来て、半年近くが経とうとしていた。

 アメリカにやってきてすぐに仕事を見つけたのは良かったが、すぐに多忙なプロジェクトに突っ込まれて、今日、廉とお茶をするまで、アイラはかなり多忙な日々を送っていたのだった。

 当初の数週間、廉のアパートで、仕事探しとアパート探しを終えたアイラは、仕事が決まって数日後に、新しいアパートに引っ越して行った。
 それからは、やってきた当初は、週末など廉にご飯をご馳走させて、最初の一ヶ月を凌ぎ、その後は、1~2週間に一度程度、コーヒーやお茶をする程度で、仕事の合間にアイラと廉は会っていた。

 やっと、先週辺りにアイラの携わっていた仕事が一段落を見せたので、今日は久しぶりに、アイラのオフである。
 それで、朝から気ままにショッピングを済ませ、入荷されたばかりの夏のドレスも見つけ、その行き先で、アイラが一目ぼれした高いヒールの靴も見つけ、それで、廉と待ち合わせをしているカフェにやってきていたのだ。

 仕事が忙しかったせいで、アイラの好きなショッピングは、仕事の合間、合間に済ましていたのだが、ヘアカットは時間が取れず、アメリカに来て以来、伸びに伸びて、邪魔な長さになっていたのだった。
 ストレートパーマも取れてきて、今では、毛先の方は、アイラの地毛のウェーブが少し出始めていた。

 アイラが邪魔くさそうにその髪の毛をかきあげると一緒に、肘の曲げた辺りまである長い髪が、フサフサと揺れていた。

「それで、仕事は落ち着いたの?」
「そうね。やっとよねぇ」
「随分、忙しかったようだけど」

「そうよ。先月なんか、残業させられたし。アホな契約なんか取るから、こんなに働かされる羽目になるのよ。でも、今月終わりも、もう一回、休み取るからいいのよ」
「取れるの?」

「取るから、いいの。チームのメンバーだって、ここずっとスケジュールがきつかったから、疲れてきてるしね。だから、今月末に全員でオフだわ」
「なるほど」

 アイラのホットチョコレートとチーズケーキが運ばれてきて、アイラは、早速、チーズケーキに手をつけていく。

「これ、まあまあかも」

 ふうん、と廉は特別興味なさそうに、アイラがチーズケーキをパクパク口にいれているのを眺めている。

「アイラ」

 アイラは口を動かしながら、その視線だけを廉に向ける。

「俺が君と知り合って、何年になるか知ってる?」
「何年? ――そうねぇ、今年で6年になるじゃない」
「そうだね。まあ、離れていた分もあるけど、アイラも龍ちゃんも、イーメールは欠かさないから、ずっと二人を知ってるし」
「そうね」

「そうだね。でも、ここずっと、少々、考えていたことがあって」
「なに?」
「アイラを抱いたらどんなんだろう、って」

 それで、フォークを口に持ちかけていたその手が、ピタッと、止まった。

「――それは――今まで試してないオプションね」
「そうじゃない」

 廉はアイラが受け取った意味を静かに否定して、ちょっと首を振った。

「そうじゃない。体を合わせることだけに興味があるんじゃなくて、アイラを女として抱きたい、と考え始めている」

 なんだか、話の内容が逸れていって、チーズケーキを食べる気分でもなくなったアイラは、フォークを皿に置きなおし、それで、少し腕を組みながら廉を見返していく。

「いきなり、なによ」
「いきなり――でもないかな。ずっと――何となく気になっていたことがあって。何となく、むずがっているものがあって、何だろうな、とは気にしたこともあったけど、それを深く考えたことはなかったんだ。ただ、最近――そのむずがっているものが何か、確かめた方がいいんじゃないかと思い出して」
「なんで、それが今なのよ」

「さあ。ただ、次のアイラの崇拝者がアイラとデートするのを見たくないな、と思ってね」
「崇拝者?」
「ロニーだよ」

 アイラはちょっと顔をしかめてみせて、
「ロニーは、単に憧れてるだけよ」
「そうかもね。でも、あまりに執拗に誘われて、同情したアイラが、一度デートしてやるのかな――と考えるのも、あんまりいい気分がしないから」

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