486 / 530
Part 3
Д.д 心配だから - 07
しおりを挟む
それでも、セシルの決断にギルバートが口を挟めるものではない。領地内の問題は、セシルが領主として決断しているだけに、婚約者であろうと、ギルバートは部外者に他ならないのだ。
邸に戻ってきてセシルの前で、邸の全員もセシルを心配している気配が伝わって来た。だが、誰一人としてセシルを止める者はいない。口を挟む者はいない。
そっと、ギルバートの手がセシルの頬を包み込む。
ギルバートの手の中に簡単に収まってしまうほどの小さな顔だ。
「――この度は、皆様のご助力に、本当に感謝しております」
「いいえ、お力になれて、私も安堵しております。他国の事情でも、災害は国などの問題ではありませんから。救助が素早く向かうことができて、本当に良かったです」
心からそう言ってくれているギルバートの真摯な優しさに、セシルが微かに瞳を細めた。
「ありがとうございます……」
「私は――あなたの体の方が心配です……」
指摘されるまでもなく、セシルの体はすでに限界に来ている。それを一番に理解しているのも、セシルだった。
「そう、ですね……。天災など、人知を超える問題ですから……。まあ、仕方がありません……」
「そうかもしれませんが……、あなたの体がとても心配です」
「心配してくださり、ありがとうございます……」
まだ、セシルの頬をそっと包み込んでいるギルバートの瞳が、やるせなさそうに揺れている。
ギルバートの顔がゆっくりと近づいて、そのギルバートを見上げているセシルの唇に、温かな感触が降りた。
そっと、唇だけを触れるように、ギルバートの唇がセシルの唇に触れている。
「――謝罪は、したくありません。私は、あなたの婚約者ですから……」
まだ互いの吐息が肌で感じられるほど間近で、ギルバートの唇が動いて、囁きが吐き出される。
「謝罪、なさるのですか?」
「あなたに触れたことは、しません。疲れているあなたの弱みに付け込んだ――と責められたら、します……」
なんだか憮然としたような言い訳だったが、セシルは動こうとはしなかった。
「付け込んでいるのですか?」
「そのつもりはありません」
「嫌がっては、いませんわ」
それを聞いて、ギルバートの動きが一瞬止まっていた。
ギルバートの反対の手もセシルの頬を包み、ゆっくりとセシルの顔を上げさせていく。
今度は、ギルバートの唇が深くセシルの唇を奪っていた。少し空いた唇の隙間さえも埋めるように、ギルバートの唇が押し付けられる。
こんな風に、誰かに触れられるのは――本当に久しぶりだった。
この世界に、次元に飛ばされてきて以来、初めてだった。
もう、ずっと、忘れていた感触だった。温かさだった。
セシルの精神年齢だけで言うのなら、きっと、前世(なのか現世) にいた時のも入れて、平均的な生涯の半生は生きてきたと言える年齢に達しているはずだった。
だが、この世界で生きていくと決め、『セシル・ヘルバート』 という器も、身体も、その立場もやっと慣れ始めてきた。
自分の外見からも、まだ若い少女だったり、女性になったと受け入れられるようになってから、セシルは少しずつ精神年齢のことを考えなくなっていた。
セシルに接してくる全員がセシルを独身女性として、貴族の令嬢として、伯爵家の子女として扱ってくる、接してくるので、いつの間にか、セシルは『セシル・ヘルバート』 という人間を、自分自身で受け入れられるようになっていたのだ。
だから、今のセシルは、ただ、一人の女として、目の前のギルバートからのキスを受けていた。受け入れていた。
こんな風に、熱くセシルを見つめ、その瞳の奥で強くセシル本人を望んできた男性は、この世界でギルバートが初めてだった。
それを考えて、セシルの口元が微かにだけ上がっていた。
そう言えば、この世界でのセシルには、“ファーストキス”ということになるのだろうか。
「……なにか?」
そのセシルの唇の動きを感じ、キスを続けたままギルバートが問う。
お互いの吐き出す吐息が、肌を震わせていた。
「いえ……。ただ、これで、少しは婚約者らしくなったのかしら? ――と」
ギルバートの瞳が上がっていた。
少し唇を離したギルバートの瞳が真っすぐにセシルを見つめながら、ギルバートも――おかしそうに、少し困ったように、そんな顔をみせて、こつんと、その額をセシルの額に合わせるようにする。
「良かった……」
「なぜ、ですか?」
「あなたに嫌われていなくて」
「それは、愚問、では?」
「そう――願ってはいたのですが」
きっと、セシルなら、嫌いな人間をセシルに近寄らせもしないし、見向きもしないだろうな――とはギルバートも思ってしまったことである。だから、少しだけ――ほんの少しだけ、己惚れてしまっていた。
まだ、恋人のような愛情や強い感情がなくても、婚約者となってくれるだけは、ギルバートもセシルに嫌われていなかったのだ。
「今夜は――一緒にいさせてください」
惹き込まれそうな深い藍の瞳が、ギルバートをただ静かに真っすぐ見つめている。
「何もしません。ただ、一緒にいさせてください。あなたのことが心配なのです」
「私……もう、湯あみをする気力も、着替える気力もないのですけれど……」
「ふーむ……それは、私もなのですが」
さすがに、連日連夜の強行軍で、気力・体力も、そろそろ尽きてきているギルバートだ。
~・~・~・~・~・~・~・~・
読んでいただき、ありがとうございます。ブックマーク・評価★・感想・レビューなどなど応援いただければ励みになります!
මෙම පොත කියවීම ගැන ඔබට ස්තුතියි.
~・~・~・~・~・~・~・~・
邸に戻ってきてセシルの前で、邸の全員もセシルを心配している気配が伝わって来た。だが、誰一人としてセシルを止める者はいない。口を挟む者はいない。
そっと、ギルバートの手がセシルの頬を包み込む。
ギルバートの手の中に簡単に収まってしまうほどの小さな顔だ。
「――この度は、皆様のご助力に、本当に感謝しております」
「いいえ、お力になれて、私も安堵しております。他国の事情でも、災害は国などの問題ではありませんから。救助が素早く向かうことができて、本当に良かったです」
心からそう言ってくれているギルバートの真摯な優しさに、セシルが微かに瞳を細めた。
「ありがとうございます……」
「私は――あなたの体の方が心配です……」
指摘されるまでもなく、セシルの体はすでに限界に来ている。それを一番に理解しているのも、セシルだった。
「そう、ですね……。天災など、人知を超える問題ですから……。まあ、仕方がありません……」
「そうかもしれませんが……、あなたの体がとても心配です」
「心配してくださり、ありがとうございます……」
まだ、セシルの頬をそっと包み込んでいるギルバートの瞳が、やるせなさそうに揺れている。
ギルバートの顔がゆっくりと近づいて、そのギルバートを見上げているセシルの唇に、温かな感触が降りた。
そっと、唇だけを触れるように、ギルバートの唇がセシルの唇に触れている。
「――謝罪は、したくありません。私は、あなたの婚約者ですから……」
まだ互いの吐息が肌で感じられるほど間近で、ギルバートの唇が動いて、囁きが吐き出される。
「謝罪、なさるのですか?」
「あなたに触れたことは、しません。疲れているあなたの弱みに付け込んだ――と責められたら、します……」
なんだか憮然としたような言い訳だったが、セシルは動こうとはしなかった。
「付け込んでいるのですか?」
「そのつもりはありません」
「嫌がっては、いませんわ」
それを聞いて、ギルバートの動きが一瞬止まっていた。
ギルバートの反対の手もセシルの頬を包み、ゆっくりとセシルの顔を上げさせていく。
今度は、ギルバートの唇が深くセシルの唇を奪っていた。少し空いた唇の隙間さえも埋めるように、ギルバートの唇が押し付けられる。
こんな風に、誰かに触れられるのは――本当に久しぶりだった。
この世界に、次元に飛ばされてきて以来、初めてだった。
もう、ずっと、忘れていた感触だった。温かさだった。
セシルの精神年齢だけで言うのなら、きっと、前世(なのか現世) にいた時のも入れて、平均的な生涯の半生は生きてきたと言える年齢に達しているはずだった。
だが、この世界で生きていくと決め、『セシル・ヘルバート』 という器も、身体も、その立場もやっと慣れ始めてきた。
自分の外見からも、まだ若い少女だったり、女性になったと受け入れられるようになってから、セシルは少しずつ精神年齢のことを考えなくなっていた。
セシルに接してくる全員がセシルを独身女性として、貴族の令嬢として、伯爵家の子女として扱ってくる、接してくるので、いつの間にか、セシルは『セシル・ヘルバート』 という人間を、自分自身で受け入れられるようになっていたのだ。
だから、今のセシルは、ただ、一人の女として、目の前のギルバートからのキスを受けていた。受け入れていた。
こんな風に、熱くセシルを見つめ、その瞳の奥で強くセシル本人を望んできた男性は、この世界でギルバートが初めてだった。
それを考えて、セシルの口元が微かにだけ上がっていた。
そう言えば、この世界でのセシルには、“ファーストキス”ということになるのだろうか。
「……なにか?」
そのセシルの唇の動きを感じ、キスを続けたままギルバートが問う。
お互いの吐き出す吐息が、肌を震わせていた。
「いえ……。ただ、これで、少しは婚約者らしくなったのかしら? ――と」
ギルバートの瞳が上がっていた。
少し唇を離したギルバートの瞳が真っすぐにセシルを見つめながら、ギルバートも――おかしそうに、少し困ったように、そんな顔をみせて、こつんと、その額をセシルの額に合わせるようにする。
「良かった……」
「なぜ、ですか?」
「あなたに嫌われていなくて」
「それは、愚問、では?」
「そう――願ってはいたのですが」
きっと、セシルなら、嫌いな人間をセシルに近寄らせもしないし、見向きもしないだろうな――とはギルバートも思ってしまったことである。だから、少しだけ――ほんの少しだけ、己惚れてしまっていた。
まだ、恋人のような愛情や強い感情がなくても、婚約者となってくれるだけは、ギルバートもセシルに嫌われていなかったのだ。
「今夜は――一緒にいさせてください」
惹き込まれそうな深い藍の瞳が、ギルバートをただ静かに真っすぐ見つめている。
「何もしません。ただ、一緒にいさせてください。あなたのことが心配なのです」
「私……もう、湯あみをする気力も、着替える気力もないのですけれど……」
「ふーむ……それは、私もなのですが」
さすがに、連日連夜の強行軍で、気力・体力も、そろそろ尽きてきているギルバートだ。
~・~・~・~・~・~・~・~・
読んでいただき、ありがとうございます。ブックマーク・評価★・感想・レビューなどなど応援いただければ励みになります!
මෙම පොත කියවීම ගැන ඔබට ස්තුතියි.
~・~・~・~・~・~・~・~・
3
お気に入りに追加
80
あなたにおすすめの小説
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜
和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`)
https://twitter.com/tobari_kaoru
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに……
なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。
なぜ、私だけにこんなに執着するのか。
私は間も無く死んでしまう。
どうか、私のことは忘れて……。
だから私は、あえて言うの。
バイバイって。
死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。
<登場人物>
矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望
悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司
山田:清に仕えるスーパー執事
乙女ゲームで唯一悲惨な過去を持つモブ令嬢に転生しました
雨夜 零
恋愛
ある日...スファルニア公爵家で大事件が起きた
スファルニア公爵家長女のシエル・スファルニア(0歳)が何者かに誘拐されたのだ
この事は、王都でも話題となり公爵家が賞金を賭け大捜索が行われたが一向に見つからなかった...
その12年後彼女は......転生した記憶を取り戻しゆったりスローライフをしていた!?
たまたまその光景を見た兄に連れていかれ学園に入ったことで気づく
ここが...
乙女ゲームの世界だと
これは、乙女ゲームに転生したモブ令嬢と彼女に恋した攻略対象の話
乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい
ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。
だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。
気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。
だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?!
平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。
転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?
朱音ゆうひ
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。
不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。
もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた?
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
一家の恥と言われた令嬢ですが、嫁ぎ先で本領を発揮させていただきます
風見ゆうみ
恋愛
ベイディ公爵家の次女である私、リルーリアは貴族の血を引いているのであれば使えて当たり前だと言われる魔法が使えず、両親だけでなく、姉や兄からも嫌われておりました。
婚約者であるバフュー・エッフエム公爵令息も私を馬鹿にしている一人でした。
お姉様の婚約披露パーティーで、お姉様は現在の婚約者との婚約破棄を発表しただけでなく、バフュー様と婚約すると言い出し、なんと二人の間に出来た子供がいると言うのです。
責任を取るからとバフュー様から婚約破棄された私は「初夜を迎えることができない」という条件で有名な、訳アリの第三王子殿下、ルーラス・アメル様の元に嫁ぐことになります。
実は数万人に一人、存在するかしないかと言われている魔法を使える私ですが、ルーラス様の訳ありには、その魔法がとても効果的で!? そして、その魔法が使える私を手放したことがわかった家族やバフュー様は、私とコンタクトを取りたがるようになり、ルーラス様に想いを寄せている義姉は……。
※レジーナブックス様より書籍発売予定です!
※本編完結しました。番外編や補足話を連載していきます。のんびり更新です。
※作者独自の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる