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Part 3
Д.д 心配だから - 05
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「まず初めに、この領地内でどれだけの食糧があるのか、その再確認が必要です。自分の保身の為に、食糧確保が必要であるのなら、まずは、残りの領民全員を見殺しにするという状況を前提に、その決断をすべきです」
「――――……そ、それ、は……」
数人が言葉もなく、顔をうつむかせた。
「今は、冬を超えるか超えないかではなく、どうやって、この数か月を生き抜いて行くか、という最大の課題が出されているのです。それで冬を超えることができれば、その後のことは、また、その時に考えれば良いのです」
春に近づけば種植えもできる。
救済援助を申し込んでいる間、ある程度、乾燥しているなら育つ作物を育てることもできる。
「今、一番必要なことは、予測も立てられない将来を心配することではなく、今この時、何ができて、何ができないのか。何が必要なのか。それをきちんと把握し、理解することです。解りましたね?」
「―――――……はい…………」
そして、さっきまでは、セシルの提案に反対の声を上げ、文句を言っていた領民達の群れが、しょぼんと首を垂れ、それでも、今度はセシルの話を聞いて、そこで同意していた。
「なにも、あなた達が保管していた食料を盗む、とは言っていません。これから再確認した食糧全て、書類に記載しておきます。春になり、領地が回復しだしたのなら、オラフソン伯爵に請求すれば良いのです」
「「――――――――――えっ……?!」」
これは、反対派の群れだけでなく、その場の全員が聞き返していた。
今、聞き間違えたのだろうか……と、激しく顔をしかめている者もいる。
「当然でしょう? なぜ、伯爵領でありながら、領民の一人だけが犠牲にならなければならないのです? 今は非常事態ですから、互いに助け合うことが必要ですが、基本的に、その食料は全員のものではありません。他人から借りたものは、しっかり、きちんと、返すべきです。それが貴族であろうと、この地の領主である限り、大威張りして、存在しない領税を搾取《さくしゅ》する権利はありません」
そんなことを、大真面目に言い聞かせるセシルに、さすがに、全員の反応がない。
まさか、お貴族サマに立てつくなんて……そんなこと、考えもしたことがないのだ。
「これから食料の確認をする際、誰の元からどれだけの食糧を借りたのか、その全てをきちんと書類に残しておきます。状況が落ち着いた時に、その請求を考えれば良いのです」
そんな風にはっきり断言されても、セシルに簡単に同意して良いものだろうか……?
「そして、私の領地からもジャガイモの根を張らせるように、指示を出してあります。芽が出てくれば、この地に運んでくるよう手筈は整っています。冬越えで、大きな収穫は難しいかもしれませんが、今から、ジャガイモを植えておけば、この地の気候がそれほど寒くならず乾燥しているという条件を前提に、冬を過ぎ、少しでも、根菜類は収穫できる可能性が高くなってきます」
セシルが領民全員を見渡していき、そして、安心させるような笑みを浮かべた。
「そうやって、あなた達は、一つ一つできることを探し、できることをやらなければならないのです。やっていけば良いのです」
ぱぁっと、今まで気落ちして、憔悴していた領民達の顔に、一筋の灯りが照らされたかのように、希望が照らされたかのように、その瞳に――前を向く力を宿したかのようだった。
「さあ、地面に這いつくばっている暇はありませんよ。やることはたくさんありますもの。しっかり働きましょう」
そして、コキ使う気満々のセシルを前に――ちょっと笑いだした領民達が、また頭を下げていた。
「……はい……。よろしく、お願いします……」
だが、この光景を見守っていたギルバートは、いや――ギルバートだけではなく、王国騎士団の全員が、改めて、セシルのそのすごさに圧倒されていたのだった。
なんと言う求心力。
反対して、セシルに反抗している領民達は、最初から不服そうだった。
それなのに、今は、全員が――前を向いて、明日に生きようと考え始めている。
無理矢理、命令したのではない。強制したのでもない。頭ごなしに押さえつけたのでもない。
ただ、力任せではなく、するりと、あまりに自然に、領民達に生きる希望を与えたのだ。生きていく理由を理解させたのだ。
生き抜いて行く決心をさせたのだ。
今は、完全に見捨てられたのではないと、希望があるかもしれないと、領民達の顔つきが、少しだけ晴れやかになっていた。
頭を下げる理由が、すがって何もしない懇願ではなく、自ら生きていくことを望んだ結果だった。
「――――ああ……、本当に、すごい人だ……」
「いえ、全くの異論はありませんが、そこで惚れ直さないでください――」
口をほとんど開かないように、それだけを、モゴモゴと、呟き返したクリストフである。
「いや、それは絶対に無理だろう」
そんなの、絶対に無理だ。
セシルに惹かれない男なんていない。
前を向いていくことを、絶対に諦めない。その強い意思で、周囲の者達をも引っ張っていく力強さ。
諦めないで、生き抜いていく。生き延びていく。
そうやって、今までもずっと、民を引っ張って来たのだ。導いてきたのだ。
その力強さが眩しくて、輝いていて、惹かれないはずがない。魅了させられない人間など、いるはずもない。
だって、セシルは――この地に舞い降りた、ギルバートが唯一敬愛する“月の女神”なのだから。
~・~・~・~・~・~・~・~・
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Ndinokutendai nekuverenga bhuku iri.
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春に近づけば種植えもできる。
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「―――――……はい…………」
そして、さっきまでは、セシルの提案に反対の声を上げ、文句を言っていた領民達の群れが、しょぼんと首を垂れ、それでも、今度はセシルの話を聞いて、そこで同意していた。
「なにも、あなた達が保管していた食料を盗む、とは言っていません。これから再確認した食糧全て、書類に記載しておきます。春になり、領地が回復しだしたのなら、オラフソン伯爵に請求すれば良いのです」
「「――――――――――えっ……?!」」
これは、反対派の群れだけでなく、その場の全員が聞き返していた。
今、聞き間違えたのだろうか……と、激しく顔をしかめている者もいる。
「当然でしょう? なぜ、伯爵領でありながら、領民の一人だけが犠牲にならなければならないのです? 今は非常事態ですから、互いに助け合うことが必要ですが、基本的に、その食料は全員のものではありません。他人から借りたものは、しっかり、きちんと、返すべきです。それが貴族であろうと、この地の領主である限り、大威張りして、存在しない領税を搾取《さくしゅ》する権利はありません」
そんなことを、大真面目に言い聞かせるセシルに、さすがに、全員の反応がない。
まさか、お貴族サマに立てつくなんて……そんなこと、考えもしたことがないのだ。
「これから食料の確認をする際、誰の元からどれだけの食糧を借りたのか、その全てをきちんと書類に残しておきます。状況が落ち着いた時に、その請求を考えれば良いのです」
そんな風にはっきり断言されても、セシルに簡単に同意して良いものだろうか……?
「そして、私の領地からもジャガイモの根を張らせるように、指示を出してあります。芽が出てくれば、この地に運んでくるよう手筈は整っています。冬越えで、大きな収穫は難しいかもしれませんが、今から、ジャガイモを植えておけば、この地の気候がそれほど寒くならず乾燥しているという条件を前提に、冬を過ぎ、少しでも、根菜類は収穫できる可能性が高くなってきます」
セシルが領民全員を見渡していき、そして、安心させるような笑みを浮かべた。
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「さあ、地面に這いつくばっている暇はありませんよ。やることはたくさんありますもの。しっかり働きましょう」
そして、コキ使う気満々のセシルを前に――ちょっと笑いだした領民達が、また頭を下げていた。
「……はい……。よろしく、お願いします……」
だが、この光景を見守っていたギルバートは、いや――ギルバートだけではなく、王国騎士団の全員が、改めて、セシルのそのすごさに圧倒されていたのだった。
なんと言う求心力。
反対して、セシルに反抗している領民達は、最初から不服そうだった。
それなのに、今は、全員が――前を向いて、明日に生きようと考え始めている。
無理矢理、命令したのではない。強制したのでもない。頭ごなしに押さえつけたのでもない。
ただ、力任せではなく、するりと、あまりに自然に、領民達に生きる希望を与えたのだ。生きていく理由を理解させたのだ。
生き抜いて行く決心をさせたのだ。
今は、完全に見捨てられたのではないと、希望があるかもしれないと、領民達の顔つきが、少しだけ晴れやかになっていた。
頭を下げる理由が、すがって何もしない懇願ではなく、自ら生きていくことを望んだ結果だった。
「――――ああ……、本当に、すごい人だ……」
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口をほとんど開かないように、それだけを、モゴモゴと、呟き返したクリストフである。
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そんなの、絶対に無理だ。
セシルに惹かれない男なんていない。
前を向いていくことを、絶対に諦めない。その強い意思で、周囲の者達をも引っ張っていく力強さ。
諦めないで、生き抜いていく。生き延びていく。
そうやって、今までもずっと、民を引っ張って来たのだ。導いてきたのだ。
その力強さが眩しくて、輝いていて、惹かれないはずがない。魅了させられない人間など、いるはずもない。
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