上 下
473 / 530
Part 3

* Д.г 恥を知れ *

しおりを挟む
 アリー・オラフソンは、 オラフソン伯爵家の嫡男で、まだ若い青年だった。20代前半くらいの年齢で、青年らしい若々しい印象を受ける男性だ。

 ヘルバート伯爵家から飛ばされた急使を受け取り、自領の非常事態を聞いて、王都からコトレア領までやって来た青年だった。

 領境りょうざかいの検問を受け、活気ある領地内に入っても、また、門の前で検問を受け、やっとヘルバート伯爵家の邸に通されたものだ。

 随分、念入りに、入場の手続きがされていたように思えたが、まあ、他領のしている習慣や決まりごとに口を出す為に、アリーがわざわざ遠方まで訪ねて来たのではない。

 邸の前で馬車が止まり、馬車から下りて行くと、その前に執事らしき男性がアリーを待っていた。
 自分がオラフソン伯爵家嫡男である旨を話し、ヘルバート伯爵に面会を求めてみた。
 執事は、確認を取りに行かなければならないと、アリーをその場に残し、邸の中に戻って行った。

 しばらくして、アリーは客間のような部屋に案内されていた。
 執事が押さえている扉を通り過ぎ、部屋の中に入っていたアリーは、そこで足を止める。

 ヘルバート伯爵は年配の男性を予想していたので、全く自分の予想とは違った――随分、若い青年を見て、アリーが足を止めていたのだ。

 部屋に入って来たオラフソン伯爵家嫡男を、フィロは無表情に見返していた。

 セシルがボイマレの災害救助作業で多忙な為、領地内での問題は、フィロと執事であるオスマンドの二人で扱っている。

 その時に、オラフソン伯爵家の者がコトレア領にやって来た場合、セシルの父であるヘルバート伯爵を呼び出す必要はないと、フィロとオスマンドはそうセシルから説明されている。

 非常事態の急使は、父であるヘルバート伯爵家の名前で飛ばしてもらったが、この領地にやって来る外部の人間の扱いは、セシルの管轄内である。

 ヘルバート伯爵家の名前だけを聞いて、コトレア領がまだヘルバート伯爵領だと思い込んでいるような貴族なら、他家の情報も手に入れず、その程度の調査も済まさずに、このコトレア領にやって来たことになる。

 まずは、王都で起きた王立学園卒業式でのハプニングは、どれだけ噂になっているのか、どのくらいの噂になっているのか、その最初の態度で判明するだろうと、セシルから説明されていたのだ。

 どうやら、この若いオラフソン伯爵家嫡男は、コトレア領が“準伯爵”の位を授かった、ヘルバート伯爵家の長女・セシルが領主となっている事実を認識していないらしい。

 初歩の初歩である内情調査も済ませず、自分の宿題もやって来なかったようである。
 そんな無知のまま、よくも、コトレア領に足を一歩踏み込めたものだ。

 全く関係もない他領の民を救う為に、わざわざと、セシル自身が多大な労力をぎ込んでやっているというのに。

 あまりに無表情にオラフソン伯爵家嫡男のアリーを見返している若い青年の前で、シーンと言気まずい沈黙だけが降りている。

 椅子を勧められたのでもないので、足を止めたアリーは、その場で立ち尽くしている状態だ。

 若い青年は、黒の燕尾服に近い――制服(?) を着ていた。クラバットの代わりに、洒落た濃紺のスカーフが首に巻かれ、濃紺と銀の刺しゅうがされたベストとジャケットはしわ一つない。

 履いている黒い靴は、一点の曇りがないほどにきれいに磨かれているものだ。
 どこから見ても、一切、乱れのない完璧な整いだった。

 フィロは、今まで執事見習いとして、オスマンドと同じ黒い燕尾服を着ていた。

 だが、フィロの16歳の誕生日を迎え、成人を迎えたフィロは、領地の正式な「執務官」 として、領地のまつりごとを任される立場になった。

 その時に、セシルがフィロの制服を作り直したのだ。


「あら? 新しいポジションができましたもの。せっかくですから、新しい制服でも作ってみましょう?」


 要は、セシルの趣味で新たな制服を作りたい、という個人的な望みだったのだろうが、フィロは制服があたるのなら、洋服を買い替える必要がなく簡単で、文句もない。

 与えられるものがあるのなら、もらうだけだ。

「――私は、オラフソン伯爵家嫡男、アリー・オラフソンと言います」

 だが、最初の挨拶にも、全く返事が返ってこない。
 ただ、あまりに冷たい眼差しが、ジーっと、向けられているだけだ。

 気まずい沈黙に、気まずい雰囲気で、アリーも困っているようだった。
 それで、その沈黙が嫌なのか、無言の圧力に押されたのか、また口を開いた。

「実は……今日は、ヘルバート伯爵より知らせていただきました、ボイマレの災害の件にて、こちらに伺わせていただきました」
「遠路遥々、よくお越しくださいました」

 そして、全くそんな風には思っていないだろう口調だ。感情など微塵もなく、無表情で、その冷たい眼だけが、ジーっとオラフソン伯爵家嫡男を見返している。

「私は、領地の執務官を務めております、フォルテと申します」

 まだ少年に見えなくもない、あまりに若い執務官を前に、オラフソン伯爵家からやって来た男性も、かなり度肝を抜かれてしまって、微かに唖然とした様子が垣間見える。

 アリーは、貴族の子息である。通常なら、領地の執務官と言えど、オラフソン伯爵家嫡男の方が位が上なのは明らかだ。

 領地の執務官が元貴族だったとしても、“伯爵”より上の高位貴族を、ただの領地の執務間にするはずもない。王族に仕えるのならまだしも、わざわざ、高位である立場を捨てて、領地程度の執務官になるような、そんな奇異な行動を取る貴族などいないだろうから。

 執務官が貴族ではなく平民だったのなら、尚更に、相手の方がオラフソン伯爵家嫡男にきちんと礼を取らなければ、不敬罪ものだ。

 そのどちらにしても、オラフソン伯爵家嫡男よりは位が低い立場にいるはずの執務官は、アリーの前で頭を下げることはなかった。




~・~・~・~・~・~・~・~・
読んでいただき、ありがとうございます。ブックマーク・評価★・感想・レビューなどなど応援いただければ励みになります!
Spas ji bo xwendina sees romanê
~・~・~・~・~・~・~・~・
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームで唯一悲惨な過去を持つモブ令嬢に転生しました

雨夜 零
恋愛
ある日...スファルニア公爵家で大事件が起きた スファルニア公爵家長女のシエル・スファルニア(0歳)が何者かに誘拐されたのだ この事は、王都でも話題となり公爵家が賞金を賭け大捜索が行われたが一向に見つからなかった... その12年後彼女は......転生した記憶を取り戻しゆったりスローライフをしていた!? たまたまその光景を見た兄に連れていかれ学園に入ったことで気づく ここが... 乙女ゲームの世界だと これは、乙女ゲームに転生したモブ令嬢と彼女に恋した攻略対象の話

乙女ゲームの世界に転生した!攻略対象興味ないので自分のレベル上げしていたら何故か隠しキャラクターに溺愛されていた

ノアにゃん
恋愛
私、アリスティーネ・スティアート、 侯爵家であるスティアート家の第5子であり第2女です そして転生者、笹壁 愛里寿(ささかべ ありす)です、 はっきり言ってこの乙女ゲーム楽しかった! 乙女ゲームの名は【熱愛!育ててプリンセス!】 約して【熱プリ】 この乙女ゲームは好感度を上げるだけではなく、 最初に自分好みに設定したり、特化魔法を選べたり、 RPGみたいにヒロインのレベルを上げたりできる、 個人的に最高の乙女ゲームだった! ちなみにセーブしても一度死んだらやり直しという悲しい設定も有った、 私は熱プリ世界のモブに転生したのでレベルを上げを堪能しますか! ステータスオープン! あれ?  アイテムボックスオープン! あれれ? メイクボックスオープン! あれれれれ? 私、前世の熱プリのやり込んだステータスや容姿、アイテム、ある‼ テイム以外すべて引き継いでる、 それにレベルMAX超えてもモンスター狩ってた分のステータス上乗せ、 何故か神々に寵愛されし子、王に寵愛されし子、 あ、この世界MAX99じゃないんだ、、、 あ、チートですわ、、、 ※2019/ 7/23 21:00 小説投稿ランキングHOT 8位ありがとうございます‼ ※2019/ 7/24 6:00 小説投稿ランキングHOT 4位ありがとうございます‼ ※2019/ 7/24 12:00 小説投稿ランキングHOT 3位ありがとうございます‼ ※2019/ 7/24 21:00 小説投稿ランキングHOT 2位ありがとうございます‼ お気に入り登録1,000突破ありがとうございます‼ 初めてHOT 10位以内入れた!嬉しい‼

乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい

ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。 だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。 気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。 だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?! 平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。

流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜

古森きり
恋愛
平凡な女子高生、加賀深涼はハロウィンの夜に不思議な男の声を聴く。 疎遠だった幼馴染の真堂刃や、仮装しに集まっていた人たちとともに流星群の落下地点から異世界『エーデルラーム』に召喚された。 他の召喚者が召喚魔法師の才能を発現させる中、涼だけは魔力なしとして殺されかける。 そんな時、助けてくれたのは世界最強最悪の賞金首だった。 一般人生活を送ることになった涼だが、召喚時につけられた首輪と召喚主の青年を巡る争いに巻き込まれていく。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスに掲載。 [お願い] 敵役へのヘイト感想含め、感想欄への書き込みは「不特定多数に見られるものである」とご理解の上、行ってください。 ご自身の人間性と言葉を大切にしてください。 言葉は人格に繋がります。 ご自分を大切にしてください。

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

処刑直前ですが得意の転移魔法で離脱します~私に罪を被せた公爵令嬢は絶対許しませんので~

インバーターエアコン
恋愛
 王宮で働く少女ナナ。王様の誕生日パーティーに普段通りに給仕をしていた彼女だったが、突然第一王子の暗殺未遂事件が起きる。   ナナは最初、それを他人事のように見ていたが……。 「この女よ! 王子を殺そうと毒を盛ったのは!」 「はい?」  叫んだのは第二王子の婚約者であるビリアだった。  王位を巡る争いに巻き込まれ、王子暗殺未遂の罪を着せられるナナだったが、相手が貴族でも、彼女はやられたままで終わる女ではなかった。  (私をドロドロした内争に巻き込んだ罪は贖ってもらいますので……)  得意の転移魔法でその場を離脱し反撃を始める。  相手が悪かったことに、ビリアは間もなく気付くこととなる。

転生不憫令嬢は自重しない~愛を知らない令嬢の異世界生活

リョンコ
恋愛
シュタイザー侯爵家の長女『ストロベリー・ディ・シュタイザー』の人生は幼少期から波乱万丈であった。 銀髪&碧眼色の父、金髪&翠眼色の母、両親の色彩を受け継いだ、金髪&碧眼色の実兄。 そんな侯爵家に産まれた待望の長女は、ミルキーピンクの髪の毛にパープルゴールドの眼。 両親どちらにもない色彩だった為、母は不貞を疑われるのを恐れ、産まれたばかりの娘を敷地内の旧侯爵邸へ隔離し、下働きメイドの娘(ハニーブロンドヘア&ヘーゼルアイ)を実娘として育てる事にした。 一方、本当の実娘『ストロベリー』は、産まれたばかりなのに泣きもせず、暴れたりもせず、無表情で一点を見詰めたまま微動だにしなかった……。 そんな赤ん坊の胸中は(クッソババアだな。あれが実母とかやばくね?パパンは何処よ?家庭を顧みないダメ親父か?ヘイゴッド、転生先が悪魔の住処ってこれ如何に?私に恨みでもあるんですか!?)だった。 そして泣きもせず、暴れたりもせず、ずっと無表情だった『ストロベリー』の第一声は、「おぎゃー」でも「うにゃー」でもなく、「くっそはりゃへった……」だった。 その声は、空が茜色に染まってきた頃に薄暗い部屋の中で静かに木霊した……。 ※この小説は剣と魔法の世界&乙女ゲームを模した世界なので、バトル有り恋愛有りのファンタジー小説になります。 ※ギリギリR15を攻めます。 ※残酷描写有りなので苦手な方は注意して下さい。 ※主人公は気が強く喧嘩っ早いし口が悪いです。 ※色々な加護持ちだけど、平凡なチートです。 ※他転生者も登場します。 ※毎日1話ずつ更新する予定です。ゆるゆると進みます。 皆様のお気に入り登録やエールをお待ちしております。 ※なろう小説でも掲載しています☆

処理中です...